第七部 第三章 第一話 大会議 


 現代のロウド世界に迫る脅威の数は、これまでの歴史で最悪とも言える状態にある。


 魔王、魔獣、そして闘神──本来ならば世界が連携し対処せねばならぬものだ。


 しかし……世界は未だ纏まれぬまま。それを危惧した神聖国家エクレトルは、来たるべき闘神の復活に備える為各国に新たな世界会議の開催を打診した。



 【第三回ペトランズ大陸会議、開催】



 今回は大国・小国問わずより多くの国家に参加を打診したエクレトル。それに各国が応え過去最大の会議が開かれることとなった。


 開催国エクレトルを始めとし、シウト、トォン、アステ、トシューラ、カジームの六大国。更に、イストミル国を加え大国に迫る勢いの連合国家ノーマティン。


 小国としては第一回にも参加していた宗教国家タンルーラと遊牧国家アヴィニーズ。新たな参加国としては大陸北西の国トルトポーリス、更にシウトとトシューラの間にある小国ラヴェリントが加わった。


 そして、ライと所縁ある国……。邪教から解放された森林国家トゥルクと唱鯨の加護国アロウン、海洋に浮かぶ島国アプティオも加わっている。


 因みに各大国に依存せざるを得ない国の殆どは参加を断っている。大国の指示に従うことしかできないという理由からだ。


 それでも十四もの国が集うという歴史的にも初の大会議。エクレトルの警備は必然的に物々しいものとなった。


「今回で三回目になる大陸会議……しかし、これだけの規模となれば改めて議長を決めるべきでしょう」


 エクレトルを代表して挨拶をしているのはアスラバルス……ではない。同じくエクレトル最高指導者の一人『至光天』ぺスカー。会議の場にアスラバルスの姿はない。


 今回、護衛は会議室の外……別室にて待機となっている。会議の様子は魔導具にて伝わる手筈となっている。


「おい。アスラのヤツはどうした?」


 第一回のペトランズ大陸会議以来の付き合いであるトォン国王マニシドは、友の不在に怪訝な目を向けている。


「アスラバルスは諸事情により今回の会議を私に託したのです」

「諸事情?それは何だ?」

「エクレトル内部の問題なので説明しかねます。ただ、マニシド王に宜しくとは言われておりますよ」

「………」


 この時点でマニシドは嫌な予感がした。アスラバルスならば事前に何らかの断りがある筈……。

 友となったアスラバルスとマニシドは時折連絡を取り合っていたが、今回に限りそれが無かった。つまり、連絡を取れない状況だということになる。


(何だかわからねぇが嫌な感じだぜ……)


 もしやシウト国には連絡があったかとクローディア女王に視線を向けるが、その反応はやはり芳しくない。


(シウトも事情を知らねぇとなると益々ヤベェな……)


 とはいえ、この会議を今更延期には出来ない。幸い、今回の会議には事前に信頼できる国の存在をクローディアから伝え聞いている。

 大陸会議に於いては大国小国はなく平等。だからこそ数の有利はある。最悪、多数決で不都合な提案は潰すことが可能だ。


「………。今までエクレトルが仕切っていたんだ。公平であることを誓うなら任せるぜ」

「皆さんもそれで宜しいですか?」


 各首脳はマニシドの提案を飲んだ。実質、エクレトル以外に平等な国は存在しないことは皆が理解するところでもあるのだ。


「では改めて……。私はエクレトル最高指導者の一人、ぺスカー。以後お見知り置きを。今回の会議に於いて知己の間柄もあるでしょうが、自己紹介も兼ね最初の発言の際は名乗りをお願いします。それでは最初の議題を……」


 ぺスカーが提案した最初の議題は魔獣アバドンへの対策。現在、地底深くに潜む『最初の聖獣にして最初の魔獣アバドン』──。あらゆるものを喰らい増殖を行う魔獣をどうすべきか、というものだ。


「魔獣アバドンに関しては有効な手段はありません。が……出現地点の誘導は可能です。今回エクレトルはその手段を伝えましょう」


 前回出現したアバドンの行動にはある種の法則性があったという。

 移動の際、何故か無事な地があったことを知ったエクレトルは解析に乗り出した。


 結果──アバドンはあるものを避けていることが判ったらしい。


「アバドンは海水と紫穏石が苦手な様です。と言っても、紫穏石に関しては飽くまで避ける傾向にあるという範疇ですが……」

「発言、宜しいか?」

「はい。貴方は……」

「カジーム国の代表、リドリーです。貴女の提案は生活圏に紫穏石を多く用意し、直接の出現を抑えることですかな?」

「その通りです。それに加え高い魔力物質を街から離れた要所に配置することでアバドンを誘導出来れば、出現の際に民を守る、または逃がす時間的猶予が確保できます」

「成る程……」


 と……ここで複数名から挙手が……。


「私はアヴィニーズの族長・タルラと申す」


 遊牧民の国アヴィニーズ……代表のタルラは五十代程で顔の半分が髭で埋まっている体格の良い男。深緑の民族衣装には信奉する竜の紋様が描かれている。


「我が国にはその……紫穏石というものが採れぬ。その場合はどうすべきか?」


 続いて白い法衣のような衣装に身を包んだ三十代の女性が続く。


「私はラヴェリントの女王イリスフェアと申します。我が国も僅かしか紫穏石が採れません。どれ程あれば十分な効果となるのでしょうか?」


 イリスフェアは困った表情で確認を行う。小国程必要性が高いのだが、領有した土地の問題で採掘量が少ないことは想定の範囲ではある。


「エクレトルは土地そのものに特殊な加工を施しているので紫穏石は不要。なので幾分かは融通して差し上げられますが……それでも足りぬ場合は豊富な国にお願いするよりありませんね」

「それでも費用は掛かるだろう。ましてや需要が高まるのであれば価格高騰も避けられぬのでは?」

「一応、商人組合に依頼し潤沢供給を取り付けてありますが……その辺りは責任ある立場としてあなた方が努力すべき範疇かと存じますが?」


 ぺスカーの言葉にタルラとイリスフェア僅かに不快な表情を見せる。


 確かにぺスカーの言葉は正しい。本来ならば各国の責任で対応するべき事案であり、情報を与えられるだけでも感謝をすべきなのだ。

 だが……敢えて言うならばこのタイミングで公表される不利がある。大国程優位に確保できることを考えれば、小国はどうしても負担を覚悟せねばならない。


 脅威が多発する今、紫穏石にのみに財を割く訳にも行かぬ。それを考えれば、小国の立場を理解し事前に優先報告をして貰いたいというのが本音なのだろう。


 そして珍しく、今回はマニシドも同じ意見だった。


 大国と小国は平等ではない。大陸会議の意義を考えれば、連携とは云わば大国から小国への支援の申し合わせに他ならない。そうでなければ大国のみの会議で事足りるのである。


 ぺスカーは他者だけでなく己にも厳しいことを知らぬ者達からすれば、エクレトルの方針転換にも映るだろう。


 幾分場の雰囲気が悪くなったその時……手を挙げたのはシウト国だった。


「私はシウト国のクローディアです。もし必要であればシウト国は小国への支援要請に応えることは可能ですよ?」

「それはありがたい。が……我が国は然程財を割けぬ」


 アヴィニーズは国内を定住せぬ遊牧民国家。故に防衛戦力は普段遊牧民としての仕事を熟している。


 国境は断崖により阻まれている。そもそも隣接する大国はシウトとトォンなので侵略の可能性は低いものの、魔物等と対する戦力として遊牧民全てが戦う体制を構築していた。

 故にアヴィニーズは部族単位での装備と移動手段に財の多くを費やしている。国としては貧しい部類と言っても良いだろう。


「対価は……そうですね。我が国との平等な流通を改めて協議致しましょう。アヴィニーズには質の良い羊毛と見事な絨毯があると聞きます。その際には我が国側との流通にも物々交換等も検討する用意があります」

「………。感謝する」


 タルラは頭を下げようとしたがクローディアはそれを制止した。

 この場に於いて対等の姿勢を貫いた形ではあるが、クローディアは自国は既に満たされていると考えているのだ。


 争い以外では協調こそが発展に繋がる……そう信じるクローディアだからこその対応でもあった。


「ふむ……。ならばカジームも協力しましょう。新参の国家ではありますが、我が国には技能があります。紫穏石の鉱石調査にも協力は可能でしょう」

「それは助かります。カジーム国も我がシウト国と同盟済み……問題はありませんね?」


 クローディアの問い掛けにぺスカーは小さく頷いた。


「既にアヴィニーズとの同盟は宣言しています。ラヴェリントとも同様に同盟を結んでいるので当然支援を致します」

「ありがとうございます、クローディア女王」

「お互い女の身……今後ともよろしくお願い致します、イリスフェア女王」


 差し当り魔獣アバドンへの対応に即し、形だけの同盟から正式な体制へ移行。

 そんな光景を見守っていた各国代表の面々だが……ここで唯一人拍手をする人物に注目が集まる。


 その存在感は恐らくこの場にて最高。ドラゴンを模した拘束具の様な仮面を被る人物は、周囲に不穏な風を起こしつつ暗雲を纏い拍手していた。


『ハッハッハ!素晴らしい……これこそが大陸会議の意義と言えよう!』


 ガカッ!と稲光が疾り暗転した中、瞳が赤く輝く。その光景に全員絶句……。

 しかし、その人物は何事も無いかの様に淀みなく話を続ける。


『私はトゥルクの王ミルコ……。我が国も同盟に加わらせて貰おう』


 グリン!と首のみをぺスカーに向けるミルコは紫色のオーラが立ち昇っている。一瞬ぺスカーがビクッ!となったことには誰も触れなかった……。


 ライが改修し忘れた仮面は大舞台で多大なインパクトを与えている様だ。


「……。ト、トゥルク王……それはどういう……?」

『何……我が国はロウドの盾に恩義がある。中でもシウト国の勇者には並々ならぬ恩義があるのだ。故にシウト国との連携は既に決めていた』

「………そ、そうですか」

『そこで、ついでだがこの場に於いてその同盟に加わる国を確認しておきたい。今回の大陸会議の本筋はそこにある……違うか?』

「……そうですね。では順序を変えましょう」


 ぺスカーが手元で魔導具を操作すると、中空に光るパネルが浮かび上がる。そこにはロウドの世界地図が映し出されていた。


「現在、同盟している国は色分けされています。シウトとトォンから始まった同盟は赤く、アステとトシューラの同盟は青く表示。それ以外の国は色抜けしているので分かり易いでしょう」


 大国庇護下にあり会議参加を見送った小国は同盟傘下にあるとして既に各国同盟の色に変化している。


「ここにアヴィニーズとラヴェリント、そしてトゥルクが加わりましたので赤く。他には?」


 そこで手を挙げたのは褐色の肌の女性。滑らかな白い絹のドレスを纏うのはアロウン国代表だ。


「私はアロウン国のセオーナと申します。我が国は一度庇護下にありましたがその後独立しました。ですが、この場にて改めてシウト国との同盟を申請します」

「了承します。宜しいですか、マニシド様?」

「異論は無ぇよ。つうか、今の世界は嫌だとか言ってる状況じゃねぇ。お前が信用するってんなら断る理由も今は無ぇしな?」

「ありがとうございます」


 既に事前打ち合わせしていたクローディアとマニシド。この辺りは演出には丁度良いと言えるだろう。


「では、我が国も……。私は南の島国アプティオの王レフティス。トゥルクとほぼ同じ理由でシウトとの同盟を希望します」


 レフティスは貴族服に身を包んでの参加。最も若い王ではあるが、威厳も貫禄もしっかり備わっている。


「私はノーマティン代表のマイクと申します。我が神の導きによりノーマティンは既に同盟済み。ですが、改めて同盟を表明致します」


 マイクは厳かな金の刺繍入りの黒き法衣を纏っている。宗教国家となったノーマティンに於いてマイクは大司教という立場になっていた。


 地図は次々に赤く染まってゆく。これにより世界の国家の多くは赤く染まった。

 残されたのはディルナーチ大陸を除けば数国……。


「我がエクレトルは役割が違う為、協力はしても同盟は出来ません。ご理解を」

「それは分かってるぜ?それより……お前んトコは良いのか?」


 マニシドはタンルーラの代表である一人の男に問い掛けた。


 剃髪した男は黒い布を身体に巻き付けるような装い。一応タンルーラの正装である。


「私は僧正のテルジン……我が国は既に同盟には加わっています。が……詳しい申し合わせは今しばしお待ちを」

「何でぇ、歯切れが悪ぃな」

「実は……ルクレシオン教の教祖様は現在瞑想に入られていまして……私は代役なのですよ。決定権はありません。ですが、同盟の維持だけは確約します」


 これによりタンルーラも赤に変化。


 そうして出来上がった地図は三つの勢力……。



 順調に団結しつつある様に見えるペトランズ大陸会議はまだ序盤──そんな中でのアスラバルスの不在は、大きな不安が残されたと言って良いだろう。



 そして、今回の会議にはこれまでにはない幾重もの波乱が待ち構えている……。

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