第七部 第三章 第二話 宣戦布告
ペトランズ大陸会議は続く。
最初の議題である魔獣アバドン対策は同盟の再確認という形に移行。結果としてペトランズ大陸は四勢力に分かれることとなった。
「先程も言いましたが、エクレトルは協力はしても同盟は結べません。各国への公平性を失う恐れがありますから。しかし、あなた方人間はそういった縛りはないでしょう?この場で全ての大国が手を結べば大きな意味があると思いますが……?」
至光天ぺスカーは大国首脳の顔を確認したが良い反応は見られない。小さく溜め息を吐きつつぺスカーが再び口を開こうとしたその時……突然笑い声が上がる。
それは愛らしく鈴の音を思わせる美しい声。しかし、そこに籠った感情は明らかに侮蔑が混じっている。
「エクレトルの天使は随分と上から目線なのですね?本当に不快だわ」
声の主はトシューラに宛がわれた席からのもの……ぺスカーは厳しい視線をそちらへと向ける。
「……。トシューラ代表……貴女、お名前は?」
「これは申し訳ありません。私の名はルルクシア……トシューラの現女王です。そしてトシューラは今後、私が女王として君臨することが決まりました。改めてお見知り置きを」
女王パイスベルの崩御はこれまで公表されていない。しかし、その情報はパーシンからシウト国に伝えられ同盟各国やエクレトルへと伝わっていた。
「新たなトシューラ女王……そうですか。では改めて……今の発言は何のつもりですか?」
「何のつもりも何も……私は思ったことを口にしただけですよ、お婆さん?」
「……!」
老婆の姿をしているぺスカーに対する侮蔑。しかしぺスカーは動じない。
「あなたが何を思おうが勝手ですが、会議の意義を失うことはしないで頂戴ね、お嬢ちゃん?」
前言撤回……。ぺスカーさん、かなり頭にきている御様子。護衛として場に加わっている天使達はかなり狼狽していた。
エクレトルとトシューラの代表が火花を散らす様を見兼ねたマニシドは、横から強制的に議題を戻す。
「喧嘩したけりゃ後でやれ。こっちはこの会議に必要なものがあるから参加してんだ。それ以上続けんなら帰るぞ、俺は?」
この言葉で我に返ったぺスカー。咳払いを一つした後ルルクシアを睨み付け議題に戻る。
が……ルルクシアはどこ吹く風といった様子で鼻で笑った。
その様子に笑いを堪えているアステ王子が居たことには敢えて触れまい。
「フ~……。……。ともかく、魔獣アバドンの対策は提示しました。後は連携なりを取り備えて下さい。それと……貴国は如何なさるおつもりですか?」
指摘を受けたのはこれまで沈黙していたトルトポーリス国。同盟に参加する意思も大国の庇護に入る様子も見せていない。
「トルトポーリスの王、セルゲイです。我が国に関してはお気になさらず」
「ですが……」
「今回、この場には情報を得に来ただけ。必要ならば会議の後勝手に交渉します。トルトポーリスはこれまでもそうしてきましたので」
「そう……ですか」
そう言われればぺスカーは何も言えない。平等な立場での会議というのならば強制はできないのだ。
「まぁ良いでしょう。さて……次の議題は闘神に関するものにするつもりでしたが、情報が足りず提示できるものはありません。本来はここで同盟を提言するつもりでしたが……」
トシューラにはその気がないことは一目で判る。そこでぺスカーはアステ代表へと視線を変えた。
「アステはどうします?」
そこでニタリと笑い立ち上がったクラウドは、大袈裟な身振りで答えた。
「私めはアステ代表のクラウドにございます。皆さん、どうか覚えて下さいね?さて……申し訳ありませんが、我が国はトシューラと既に同盟済み。で……これを破棄して皆さんの方に加担すると虐めみたいでしょ?だからパスしま~す」
「………。貴方は……」
「それにね、お婆ちゃん?アステはトシューラとの同盟に新たな意味を見出だしたんだよ。同盟は破棄しない。だから、その話は終わり」
「…………。良いでしょう」
ぺスカーはクラウドの無礼な口振りには怒りを見せない。そもそもぺスカーは老婆の姿であることは誇りを持っているのだ。その為容姿を揶揄されても不快ではないのだ。
先程ルルクシアと反発したのは天使を侮辱されたと感じた為。
「ならば同盟に関しての話は終了致しましょう。次は魔王に関する情報を……」
「ようやくかよ……。俺はそれを聞きに来たようなモンだ」
「失礼しました、マニシド王。では……エクレトルが持つ情報として……」
ぺスカーが語り始めたのはペトランズ大陸に於ける最上位魔王の存在。
その数、凡そ八つ──。以前エクレトルが確認した準神格存在の情報は、精査された末に更新されていた。
「八体も居やがるのかよ……」
「これでも減ったのですよ、マニシド王。ペトランズ大陸だけで言うならばこの倍以上は確認しています。ですが、魔王級と言っても敵ではない場合もあります」
だからエクレトルは『魔王級』として纏めるのではなく『準神格存在』と表現するのだとぺスカーは語る。
「ですが、今回は魔王級としています。つまり……」
「害ある存在と判断した訳か……。具体的に判ってるこたぁ無ぇのか?」
「それが……隠遁に長けた存在ばかりで断片的情報でしか判断できないのです」
「?……どういうことだ、そりゃ?」
「説明致しましょう」
魔王アムドに関しては、海王を利用した誘導作戦の際にその魔力波動を検知し情報を確定した。当然ながら配下三人はアムドの周囲に現れることが多い。
これを情報として固定したのは、その生存が確認されたトォン国シシレック……そして記憶に新しいトゥルク国に於ける邪教討伐。加えて、エクレトルに侵入した者もアムドの配下であることは既に確定した事実である。
「アムド配下は皆、最上位魔王と言えるだけの力を宿しています。これはアムドの禁術が由来しているようです」
「……つまり、この先も魔王級が増える可能性も?」
「その通りです、クローディア女王。アムドのことですから『最上位』の力を与えることは無いでしょうが……」
「逆に言えばそれ以下の魔人がどれ程増えるか判らねぇ訳か……。チッ!厄介な……」
マニシドの不快な様子にカジームの長リドリーが意見を述べた。
「ですが、今現在はおとなしくしている様子。これは好機とも言えるのではないですかな?」
「好機ってお前さん……随分と余裕だな?」
「余裕では無いですが、こんな時だからこその同盟でしょう。カジームは魔法王国の末裔……多少なり各国への協力をする準備があります」
「へぇ……何してくれんだ?」
「同盟国に対して神格魔法の知識を御教授致します」
「!……ま、マジか!?」
マニシド、絶句。ぺスカーも同様に驚愕の表情だ。
「リドリー殿……それはエクレトルとしては看過できません。それは余りに危険な提案です」
「ぺスカー殿……。既にそんな杞憂をする時期では無いのですよ。闘神の復活までに世界の底力を上げねば世界そのものが終焉に至る。今後の管理は闘神を退けてからで良いと思いますが?」
「それは……」
確かに守るべき世界が崩壊してしまっては元も子もない。ましてや相手は闘神……神格魔法を以てしても【神衣】を使う眷族にすら届かないだろう。
それでも……世界に伝えるには危険な智識。ぺスカーはやはり良い顔をしていない。
「大丈夫ですよ。この世界には争いが嫌いな超越者が居りますからな……」
「それは……勇者ライのことですか?」
「そうです、ぺスカー殿。あの者ならばたとえ神格魔法が溢れ争いが起きようとも、何事も無く収めてくれるでしょう」
「そんな無責任な…………」
あまりに他人任せな発言にぺスカーは呆れている。
だが……その場の首脳の幾人かは納得したように頷いた。
「確かにライならあっさり収めてしまうでしょうね」
「レフティス殿……」
「私もそう思います」
「セオーナ殿まで……。……。それ程の人物なのですか、勇者ライは?」
『無論!』
ガカッ!っと雷鳴が疾る──トゥルク王ミルコのマスク……やはり少々鬱陶しい。
「我が高地小国をノーマティンに纏め上げたのも、実はライ殿のお力添えがあったと聞いて居ります。ならば……信じては如何でしょうか?」
ぺスカーはしばし思考していたが、やはり納得はしていない。
してはいないが、彼等の言葉に不思議な説得力も感じていた。
そして出した答えは忠告を踏まえたものだった……。
「………。今回の提案に私は反対です。が……人間同士の争いに発展してもエクレトルには止める権利はありません。その際は一切介入も致しませんのでお忘れにならぬよう」
厄介事がライに丸投げされていることなど当人は露とも知らない。が……知っていたところで行動は殆ど予想通りとなるだろう。
ライの縁者はそう頷いていた……。
が……ここで思わぬ事態が発生。
会議会場に再び笑い声が上がったのだ。それはやはりトシューラ代表ルルクシアのもの……しかし、今度は狂気じみた笑い。可憐な筈のルルクシアが魔王に見える程の異様な気配が広がっている。
「ライ・フェンリーヴ……そうです。私はその為に来たのでした。私の大切なものを奪った大罪人……今はエクレトルに居るのでしょう?」
「ルルクシア殿?何を言って……」
「私は今回、ライ・フェンリーヴを殺す為に来たのです。そして世界に宣言する為に……」
膨れ上がるルルクシアの魔力。その姿は徐々に変化を始めやがて半精霊体へ……。
即座に反応した天使達は、ルルクシアの前に立ち他の首脳陣の護衛に移る。
「さぁ……ライ・フェンリーヴは何処です?」
「ルルクシア……貴女は何を……」
「教えて頂けないのならばこんな会議はもう御仕舞いね?ウフフ……アハハハ!」
半精霊体化したルルクシアは纏装を展開。その背の蝶のような羽根を羽ばたかせ乱気流を起こす。
会議会場は結界が施されているがそれすらも容易に撃ち破り建物は半壊した……。
護衛の天使兵……そしてぺスカー、セオーナ、リドリー、レフティスの四名が反射的に動き防御した為、首脳陣に被害はない。
「くっ……これはエクレトル内での明確な破壊行為!赦しませんよ!?」
「赦さない?何を赦して貰うのですか?私はライ・フェンリーヴを引き渡せと言い貴女は拒否した。それは私に対する敵対でしょう?」
「何を訳の判らないことを……」
「まぁ!頭の悪いお婆さんだこと……ウフフフ!」
再度の攻撃体勢に移行したルルクシアだが、そこに別室で控えていた各国の護衛が駆け付ける。
マーナやマリアンヌ達は会議会場の様子を見守っていたのだが、ルルクシアの行動に違和感を感じ咄嗟に対応──破壊に巻き込まれずに済んでいた。
「あらあら……。皆様、お集まりで……」
「……何だぁ?頭がイカれてんのか、トシューラの小娘?それにその力……」
「醜い老害は黙っていて貰えませんか、マニシド王?私は今から宣言致しますので」
「宣言……だと?」
ルルクシアは満面の笑みを浮かべ高らかに声を上げる。
「私はライ・フェンリーヴの引き渡しを要求します。これが叶わぬ場合、トシューラは世界に宣戦布告します」
「何だと?馬鹿野郎……戦争なんて起こしてみろ?闘神が復活して世界が……」
「それが何か問題でも?」
全く意に介す様子もないルルクシアにマニシドの背には怖気が走った。その目は正気の沙汰ではないと改めて理解したのだ。
「私は世界の破滅を望みます。こんな世界は要らないのですよ」
「ライ・フェンリーヴを引き渡せば戦争しないんじゃねぇのかよ……」
「引き渡せば時間的猶予を差し上げるだけです。我が国には既に神格魔法がありますので、あなた方同盟が対等になるまでの時間を……それに、一方的な虐殺じゃ楽しくないでしょう?」
「くっ……!」
最早会話が成り立たないルルクシアに痺れを切らしたマニシドは、ルルクシアの後ろで椅子に座ったままのクラウドに呼び掛ける。
「おい!アステの小僧!何とかしろ!」
「え?う~ん……無理。言ったでしょ?アステはトシューラとの同盟に価値を見出だしたってね?」
「小僧……まさかテメェもか!」
「残念、不正解。勘違いしないでね~?僕は戦争に賛成って訳じゃない。反対しないだけだからさ?」
「同じことじゃねぇか!」
「アハハハ!まぁ、僕には僕の都合があるんだよ。だから都合が良い方に付く」
これにより、分かれた勢力同士による戦争への流れが確定──ペトランズ大陸は二分されることとなる。
「おや?天使の増援が来たみたいだね。ルルクシア女王、一先ず帰りましょう。まだまだお楽しみには早い」
「………。仕方ありませんね。それでは皆様、色よい返事をお待ちしております。ごきげんよう。ウフフフ」
クラウドの隣に並んだルルクシアはそのまま転移魔法を発動──二人は魔法の光の中へと消えた。
ペトランズ大陸会議は突然の事態に打ち切りを余儀なくされることとなった……。
会議の結果残されたのは、これまでの脅威存在とは一線を画した『人と人との争い』という最悪の事態。
それは数百年振りの大規模国家間戦争の幕開けでもあった。
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