第七部 第三章 第三話 複数の脅威


 神聖国家エクレトルにて開かれた三度目のペトランズ大陸会議は、混乱に包まれた──。


 事実上の宣戦布告を行ったトシューラ女王ルルクシア。その際、会議場は破壊されその場にての継続は困難となる。

 一時中断を余儀無くされた各国首脳達は、急遽ロウドの盾の修練場たる『盾の製錬所』に場所を移し会議を続ける必要があった。


 ルルクシアがああ言った手前、即座に他国へ仕掛けることはないだろう。ならば今連携している者達の間で様々な対策を考えるにも会議を継続するのは正しい選択である。


 そうして『盾の製錬所』内にある広めの建物にて、トシューラ・アステの二大国を除いたペトランズ大陸会議が継続されることになった。



「全く……とんでもねぇ目に遭ったぜ」


 トォン国王マニシドは盃に注がれた酒を飲み干し大きく溜め息を吐く。

 今度の会議の場には護衛も同席している。念の為……というよりも、護衛として同行した者にも意見を聞きたいというのが理由としては強い。


「ルルクシア女王の力はシウト国から報告を受けていましたが……まさか会議の場で暴挙に出るとは……。各国首脳を危険に晒したのは我が神聖国の……」

「あ~……そんな口上は要らねぇ。それよりも、だ。今後どうするよ?」


 マニシドはぺスカーの謝罪を遮った後、再び酒を注ぎ飲み干す。今飲んでいる酒は薄いらしくマニシドにとっては水の如しらしい。

 そんな様子を呆れたように見ていたぺスカーは小さく溜め息を吐いた後、改めて現状を整理する。


「まず、我が国は各国の争いには関与できません」

「おい……今回に限りゃあ、それは通じねぇんじゃねぇのか?あのルルクシアとかいう小娘……あの力はどう考えても魔王級だろ?」


 マニシドとて一国の王……当然武の嗜みはある。若い頃は国内随一の戦士とも呼ばれていたのだ。当然ながらルルクシアの力量を推し測ることは可能だろう。


「確かにあの力は魔王……しかも最上位級です。しかし、それでもエクレトルは関与できないのですよ」

「はぁ?巫山戯んなよ?お前らは魔王を放置しねぇんだよな?」


 怒りで卓を拳で叩くマニシド。今回のエクレトルは何かと煮え切らない。アスラバルスならきっと対応も違う筈なのだ。


 そんなマニシドを諌めるたのは爆炎の幻覚と共に言葉を発したミルコだった……。背後には眉間に手を当てた子息マレクタルが苦悶の表情で立っている。


『待たれよ、マニシド王。恐らく女王のみならば対処が可能なのだろう。違うか、ぺスカー殿?』

「……。ええ……」


 ミルコの指摘にマニシドは眉根を寄せた。


「あん?どういうこった?」

『つまり、こういうことだ』


 ミルコは自らの推測を述べる。そこはトゥルクの民を影で支えた男──思考の回転は早い。


 ミルコの推測は、ルルクシアがトシューラ国外にて破壊活動を行った際ならば対応できるというもの。しかし、トシューラの中から指示するのみで動かぬ場合は別となるのだろうと付け加える。


『大国の王族というのは血が濃くなると聞く。当然、その中には魔人が生まれる歴史もあるのだろう。トゥルク先王であった我が父ブロガンは血筋云々は置いて魔人だった。しかし、エクレトルからの介入はなかった』


 つまり、各国の指導者が稀に超越存在となることは可能性として然程低くないのだ。

 しかし……その度にエクレトルが介入し争うのでは却って地上の秩序を狂わせることになる。


 同様の理由でエクレトルに把握され放置されている存在はある。トゥルク国のブロガン、トシューラ双子の王女サティア・プルティア……。最たる例はディルナーチ大陸だ。


『人を超えても世界に仇なすとは限らない。それはぺスカー殿が会議の最初の頃に述べていた。逆に言えば超越であろうと無かろうと王が国を動かすことには変わらぬ……つまり』

「けっ!要は国家間紛争と判断されると手出し出来ねぇんだな?じゃあ聞くが、あのルルクシアがその力で脅威存在を増やしても黙ってんのかよ?」


 魔獣の軍事利用や魔導具を利用した兵器は大概超越存在が生み出している。人の身の丈を超えた兵器を造られ戦を起こされた場合、唯人ただびとの身では蹂躙されるだけ。


 そんな疑問にぺスカーは静かに答える。


「意思ある脅威でない場合、我々は関与しません」

「おい!いい加減に……」

『話は最後まで聞くのが礼儀だろう、ブロガン王?』


 暗雲が広がりミルコの背後では龍と虎の幻覚が睨み合っている。緊張感は台無しだ!


「……。我々が出来るのは元凶が他国に渡った際の討伐。魔導具や兵器魔獣に全て反応していれば各国に介入しすぎて有事に間に合わぬのです。それはトゥルクの魔獣騒動で理解したのでは?」

「くっ……」


 トゥルク邪教討伐戦に置いて一処に注意を向けていた結果、各地にて魔獣が出現。事前に邪教徒を拿捕していたにも拘わらず出現した魔獣に各国大わらわだったことは記憶に新しい。

 当然、トォンも被害に遭っているので反論ができない。


「我々は見極めてから動かねばなりません。今回の元凶はルルクシア……その動向に注視はしますが、トシューラ国の戦力に対しては判断が難しいのですよ。御理解頂けましたか?」

「…………ちっ」

「代わりという訳ではありませんが、エクレトルは上空も含め領土を侵す者を許しません。つまり……」

「各国は接地している領土防衛で良い訳ですね?」


 アロウン女王セオーナの言葉にぺスカーは静かに頷いた。


「それが判っただけでも有り難い話ですな。では、私から提案を宜しいか?」

「どうぞ、リドリー殿」

「我がカジームはアステとの国境と海、そして上空を防衛しなければなりません。しかし、地の不利として他国から孤立してしまう……そこでまず、同盟各国に転移魔導具を譲渡致しましょう」


 本来魔導具の補助が必要な転移魔法は流石に伝授が難しい。そこで、簡易転移を可能にした魔導具の譲渡を行うとリドリーは決めた。

 ラジックとエルドナがライの簡易転移魔導具を解析し複製したものを各国に……この提案にはぺスカーが難色を示す。


「過剰な配慮に思えますね。今は良いかもしれませんが、後を考えると賛同し兼ねます」

「大丈夫ですよ。同時に転移阻害結界も伝えますので。そうすれば許可ある国以外の転移は不可能となるでしょう?」

「それはそうですが……」

「それ程心配ならばトシューラとアステが矛を納めた後に回収すれば良いでしょう。複製はまず出来ますまいからな」

「……そういうことならば仕方ありませんか」


 これにより各国への行き来はかなり容易になった。それでもラジックの『転移扉』にしなかったのはリドリーの深慮によるものと言える。


「今回、戦力として援護が必要な国には援軍を送る……で宜しいのですね?」

「そうですな、クローディア女王……。そうして頂けると助かります。我がカジームはまだ途上……人の数が足りませぬ故な」

「そういうことならカジームにゃトォンからも援軍送るぜ?ウチは奴らから一番離れているだけあって余裕がある。転移阻害結界だけでも有り難ぇからな」

「協力、感謝します。マニシド王には是非カジームの果実酒を飲んで頂きたい」

「ハッハッハ!俺は酒にゃうるさいぜ?」


 少しだけ明るさが戻った大陸会議の場。更にトゥルク、ラヴェリントの小国への援軍配置、連合国家ノーマティン、アロウン、アプティオ、シウトの四国連携まで差し障りなく纏まる。詳細は今後更に練ることに決まった。


「で……お前んトコは自前でやるのか?」


 唯一同盟を望まぬトルトポーリスへの確認。確かにペトランズ北北西の端という地の利だけでも守りは堅いが、一応ながらアステとも隣接する国である。


 しかし……トルトポーリスの王は飽くまで連携を拒んだ。


「我が国の守りは我が国のみで十分。心配には及ばぬ」

「そうかよ……後で泣き見んなよ?」


 マニシドの言葉に不敵な笑顔で応えるセルゲイ。トルトポーリスは一貫して自国のみの防衛姿勢を崩さなかった。


 そうして決まった大国間対立への防衛体制──。が、これは飽くまで人同士の争いへの備え。

 会議は再び脅威存在へと話が戻る。


「魔王アムド一派もそうですが、世界には他にも脅威が存在しています。中でも注意すべきは今世魔王……」

「ぺスカー殿。今世の魔王はアムド一派ではないのですか?」


 ノウマティン代表のマイクは怪訝な表情を見せた。


「我々が知る限り今世魔王は二十年以上前から存在します。それでは件の勇者ライがアムドから聞いたという年代とは合わぬのですよ」

「魔王の言葉なんざ信用すんのか?」

「アスラバルスの話ではアムドはライに執心らしいですからね……。そういった嘘は吐かないと思われます」


 アムドはここ数年で復活したことをライに述べていた。ならばそれ以前の脅威は別の魔王ということになる……というのがぺスカーの見解だ。


「根拠はなんだ?」

「手法が違う……としか。マニシド王もお気付きなのでは?」

「………。まぁな」


 アムドは基本、単独若しくは配下が行動を起こす。だが、その手法は局地的な被害に済んでいた。


 しかし……。


「今世の魔王は姿を見せねぇ。その被害の殆んどは魔物や魔獣を操る……違うか?」

「そうです。故に魔王の姿は確認されていません。そしてもう一つ……広範囲で魔物が確認されてはいますが、犠牲が出たのはトシューラ・アステのみです」


 魔物被害という面では各地にて騒動が起こっている。というより、単にロウド世界の魔物が活性化している可能性がある。

 それを踏まえ、明確に人間への被害が発生したのはトシューラ・アステの二国とのことだった。


「………。そりゃあ一体どういうことだ?」

「残念ながらそこまでは分かりません。しかし、それも飽くまで今の内は……という可能性があります。十分御注意を」

「御注意ったってなぁ……」


 大国間対立に加え魔王アムド一派、そして今世魔王と各国が頭を抱える問題の数々……マニシドは既に開き直っている。


「やれやれ……もう他には問題はねぇだろうな?」

「あります」

「あんのかよ!?」

「他にはあと二体の脅威存在を捉えています。一体は唯一観測され続けている存在ですが、一切動きを見せません」

「それは……脅威か?」

「判定不能なのですよ。疎通を図ろうとしましたが追い返されました。なので保留として脅威存在としています」


 位置は再生したニルトハイム国土の北……トゥルクとトルトポーリスの中間に位置する険しい山脈。


『……知らなかった』


 叩き付けるような猛吹雪……これもまたミルコの装着する『帝王の仮面』の幻覚であるが、皆慣れてきた様だ。

 一方、トルトポーリスの王セルゲイは少しばかりではあるが狼狽を見せる。


「その存在は本当に動かぬのだな?」

「ええ。恐らくあなたが生まれるより先にそこに居ます。魔人にしても長生きですので恐らく半精霊か精霊格……そう考えると相当に強力な存在です」

「…………」


 セルゲイの様子を見たマニシドは少し意地悪をしてやろうと皮肉を込める。


「同盟すんなら間に合うぜ?」

「それは……。………いや、不要だ」

「本当に良いのか?魔王がうじゃうじゃだぞ?」

「…………。くっ」


 やはり迷う様子があるセルゲイ。何か不都合があるのか……。

 見兼ねたクローディアはセルゲイに助け船を出すことにした。


「マニシド王……意地悪はその辺りに致しましょう。そんな場合ではないことは解っている筈では?」

「ハッハッハ!つい、な?」

「セルゲイ王。無理に同盟をする必要はありません。国の立場や流儀もあることでしょうから……。でも、出来れば連携して頂ければ互いの為になると思うのです」


 まだ若いクローディアの言葉にセルゲイは困った笑いを見せた。


「あなたは聡明ですな、クローディア女王……。如何にも、私は立場のせいで同盟を結べぬのです。この事はこの場のみの秘密に……」

「わかりました。では、その点は触れず情報連携と致しましょう。しかし、有事の際本当に困った時は遠慮せず申し出て下さい。その際は我が国の精鋭を派遣致しますので」

「………お心遣い、感謝します」

「何でぇ、つまらねぇ。もうちょっとからかわせろよ」

「お巫山戯が過ぎますよ、マニシド王」


 マニシドはニカリと笑う。クローディアは若いが確かに聡明に成長した。王としての胆力も充分に備わりつつある。何より、ハッキリと発言するようになったことが気に入っていた。


「まぁ良いさ。………。で……流石にこれで終わりか?」

「もう一つ……」

「まだあんのかよ!」

「これでエクレトルの掴んでいる情報は最後です。最後の脅威……これは既に動き始めたようです。会議が終わり次第、各国は警戒を」


 同時に警報音が響き渡る。


「何事です?」


 ぺスカーの問いに情報を確認した天使は明らかな狼狽を見せた。


「そ、それが……」

「早く報告を」

「は、はい……!脅威存在『ベリド』の魔力波動を確認!位置はアロウン国東……唱鯨海と魔の海域の中間に位置する海上です!」

「そんな位置に何故……何もない筈ですが………?」


 ぺスカーの言葉とは別に反応を見せたのはマリアンヌとマーナのシウト国護衛。


「マリアンヌ!」

「はい!そこはリーファムさんの……」

「ええ、急ぐわよ!……クローディア女王!私達は先に戻るわ!それと各国、厳重警戒を忘れないで!レグルス!女王をしっかり守りなさい!」

「分かりました!お気を付けて!」


 この言葉を皮切りに、何かと波瀾続きのペトランズ大陸会議は終了──。各国は自国へと帰還となる。


 各自の帰還にはトゥルクの勇者マレクタルと、カジームから手付けとして齎された魔導具による転移、そしてフォニック=レグルスの神具・高速飛行船『スピリア』により即時に行われた。



 これまで沈黙していたベリドの復活──そして対峙するは火葬の魔女リーファム・パトネグラム。



 ライの意図せぬ超常と超常の対決が始まろうとしていた……。



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