第七部 第三章 第四話 二人の至光天


 混乱に見舞われた第三回ペトランズ大陸会議は、一先ず終了に漕ぎ着けた。


 各国が連携を結んだ反面、結果として世界は二分し大戦は避けられぬことを迫られる。

 それは【闘神】の復活が早まるという最悪の結果──ライの幸運を以てしても世界の流れまでは変えられないことは今更の話かもしれない。



 エクレトルにてベリドの出現を捉え即座に行動を起こしたのは、マリアンヌとマーナ。二人は転移によりライの城へと戻ると、飛翔にて直ぐ様『火葬の魔女』リーファムの住まう島へと向かった。



 一方、エクレトルでは──。



「ペスカーよ……何かあったのか?」


 観葉植物に溢れる室内。そこはアスラバルスの私室である。

 アスラバルスは椅子に座り何かを書き綴っている。エクレトルで紙媒体というのはかなり珍しいことだ。


「ええ。たった今準神格存在『ベリド』を捉えたのです」


 アスラバルスの向かいに座ったペスカーは、手元のパネルを操作し中空に画面を表示した。

 アスラバルスは情報に目を通した後、筆を置き本を閉じる。そして慌てる様子も無く立ち上がり茶を入れ始めた。


「それで……どう対処する?」


 ペスカーの前にカップを差し出した後、アスラバルスは再び椅子に座り自らも茶を一口含んだ。


「勇者マーナとマリアンヌ殿が任せろというのでその様に。どうやら知己の者が関係している様です」

「そうか」

「エクレトルからも天使を送るつもりでしたが、拒否されました。どうしてもと言うならばアスラバルスかマレスフィのどちらかをと言われましたが……一応マレスフィを監視として送りました」


 脅威存在との対峙は少数精鋭が原則……今のエクレトルでは天使の力が足りないとマリアンヌは判断したのだろう。アスラバルスにはそれが直ぐに分かった。


「任せろと言うのならば大丈夫だろう」

「…………」

「どうした、ペスカー?」

「……。何故何も言わないのです?」

「何がだ?」

「私があなたを拘束し行動制限を掛けたことをですよ。納得はしておられぬのでしょう?」


 ペスカーによるアスラバルスへの行動制限。本来同格である至光天……だが、ペスカーは自らの管理する部署の戦力を使いアスラバルスを強制的に拘束した。


「あなたは少し人間に近付き過ぎているのですよ。天使は本来、距離を置き管理する側の存在なのです」

「………。人と共にあることが悪い訳ではあるまい」

「問題は公平性なのです。あなたのそれでは特定の相手にばかり肩入れをしている。それではバランスが崩れてしまう」


 ペスカーは鋭い視線をアスラバルスに向けた。しかし、アスラバルスはただ穏やかに視線を受け止めている。そして再び茶を含み、一息吐いた後ゆっくりと語り始める。


「……以前の私なら貴公の言葉に賛同しただろうな。だが、私は人と触れ合う意味を知った。奇しくもそれはセルミローが提言していた事だと理解したのだ」


 今は亡き至光天セルミロー。彼は人と共に連携する大切さを説いていた。故に人間を更に高みに引き上げることを望んでいた。


「いいえ、違います。セルミローは……」

「違わぬ。……。ペスカーよ……セルミローは知っていたのだ。我ら天使は人を管理する存在ではなく、より良い未来を作る手助けをするべく存在しているのだと。それはセルミローが純天使ではなく免罪天使であるが故に辿り着いた答えでもある」

「………。私と同じ純天使であるあなたが、何故そう言い切れるのですか?」

「経験で知った。それ以上の説明は不要だろう」

「……私は納得できません。少なくとも、今のあなたを至光天として自由にする訳にはいかない」


 ペスカーにはペスカーの信じるエクレトルの姿がある。人に配慮し行動するアスラバルスを心配するが故の独断……それを理解しているからこそアスラバルスも抵抗をしない。


「今の貴公には何を言っても無駄だろう。至光天同士の対立はエクレトルの根幹が揺らぎかねない。故に私は貴公が気付くまで静かにこの部屋で待つとしよう」

「……あなたの望む結果とはなりませんよ?」

「いずれ分かる」

「………。それでは、また来ます。一段落するまで大人しくしていて下さい」


 立ち上がったペスカーはアスラバルスの部屋を後にした。

 残されたアスラバルスは茶を飲み干すと小さく口を開く。


「済まぬな、勇者ライよ。これが今のエクレトルだ」


 その言葉と同時……観葉植物の影から現れたのは牢獄に囚われている筈のライの姿。

 勿論、それは分身体。本体は現在、魔王アムド捜索を行っている。


「仕方無いですね。ましてや主義主張は違って当たり前……でしょう?」


 ライはペスカーが座っていた位置に移動。アスラバルスと向かい合い腰を下ろすと、ペスカーが口にしなかった茶を手に取り”いただきます”と喉へ流し込む。


「!……おいしいですね、これ!」

「それは自家製だ。気に入ってもらえたなら良い」

「ハハハ」


 アスラバルスは穏やかな顔でライを見ている。


「随分と落ち着いている」

「そうですか?いや……これでも困ってるんですけどね?」


 今回ばかりは本当に参っているのだとライは苦笑いを浮かべた。


「自分が強くなっていく中で色々背負い込む覚悟はしてたつもりですけど、まさか自分が騒動の原因になるとは思ってませんでした」

「う……む?原因?」

「シウト国の内紛は多分俺のせいです。それとトシューラの宣戦布告も……」

「詳しく聞かせてくれるか?」

「はい……」


 ライはイルーガとフェンリーヴ家の確執と、トシューラ国に於けるサティア・プルティア救出の顛末を説明した。そしてイルーガが恐らく魔王アムドと繋がりがあることも……。


 アスラバルスはそんなライの話を聞いて呆れたように笑う。


「フッ……それは貴公が原因ではあるまい。考え過ぎだ」


 確かにアスラバルスの言う通りだった。イルーガの件はライのせいではなくイルーガの身勝手な反感である。たとえ魔王アムドと繋がっていてもそれはライのせいではない。

 同様にトシューラ国の問題は友であるパーシンの為……その場に居たのがライでなければパーシンは願いすら叶わなかっただろう。


「貴公は悪くない。いや……もし多少なり原因はあっても、それはたまさかのことだろう。人は……いや、生きとし生けるものは皆、何らかの因果がある。今回は貴公にそれがあっただけ」

「……………」

「恐らく貴公は自らの近くで起こったことに悩んでいるだけだろう。イルーガに対しては友人としての感情が、ルルクシアに対しては友人の妹に対してどう反応すべきか、救う答えを探している……違うか?」


 アスラバルスの言葉を受けしばし考えたライは、小さく首肯いた。そう……結局は身近な者の為にそれぞれを救いたいのだ。


「今回、私は貴公の力になれぬ。済まぬな……」

「いえ……助言、助かりました」

「今のエクレトルは少し不安定でな……やはり最高管理の地位たる至光天が二人ではこうなるのだろう。だが、相応しき者が居らぬのでな……」

「マレスフィさんは?」

「アレはまだ若い。純天使であり力があるものの経験が足りぬ。後々にとは考えているが、しばらくは現場で学んで貰う必要がある」

「そうですか……」

「エルドナを……とも考えたのだが……」

「あれは無理でしょう?」

「無理だな」


 ライとアスラバルスは同時に深い溜め息を吐く。エルドナは確かに才覚はあっても人格に問題がある。


「う~ん……あ!スフィルカさんは?」


 神に逆らい地に降りた地天使スフィルカ。人格・力共に相応しいと思われる。が……アスラバルスは否定した。


「固辞された。地上で考えたいことがあるとな……それに、黒い翼はこのエクレトルでは目立つ。以前も話したが、孤立を際立たせる恐れもある」

「スフィルカさんなら大丈夫だと思いますが……いや……そうですね。忘れて下さい」


 ライはスフィルカを同居人として受け入れるつもりなのだ。善意とはいえ追い出すような考えはやはり望ましくないだろう。


「ペスカーは聡明だ。今しばしすれば何が正しいかは気付くだろう。が……時期としては悪い。貴公には恩義があるが今回は……」

「大丈夫です。アスラバルスさん、働きすぎですから休暇と思って休んで下さい」

「済まぬな。この機会に私は自らの力を高めることとしよう。それと、他の天使の指導も行うつもりだ。これまでセルミローとマレスフィに任せきりだったのでな」


 休めと言うライに反してアスラバルスは随分とやる気に満ちている。これもアスラバルスの生真面目さかとライは笑った。


「それで……貴公はどうするのだ、勇者ライよ?」

「取り敢えずはまだ分身を牢に置いておきます。これから本体で対峙するのは魔王アムド……分身を維持できず御迷惑をお掛けするかも」

「思うようにやるといい。それと『ベリド』の件だが……」

「そちらも分身を送ろうと思います。でも、多分大丈夫かな」


 ライが珍しく他人に任せる素振りを見せたことにアスラバルスは驚きの表情を見せた。


「貴公がそこまで言うのはマリアンヌ殿や勇者マーナが居るからか?」

「それもありますが、聞いていた会話からするとアムドが現れたのは四季島──魔女の土地です」

「魔女?情報だけなら聞いたことがある。が、あれは魔術結社の人間だろう?」

「あ~……魔女は二人、いえ、三人居るんです。アスラバルスさんが聞いたのは何という人ですか?」

「【影の魔女】だったか……確か名を『アズーシャ』と聞いたが」

「それは今の魔術結社の長ですよ。一応半魔人でしたね、そう言えば……」


 半魔人でも並の者からすれば超常存在である。魔人並の魔力量と人の倍程の寿命。アズーシャに至ってはリーファムから寿命停滞の魔術を伝授されている。最早魔人と言っても差し障りは無い。


「アスラバルスさん。火葬の魔女って聞いたことありますか?」

「火葬の魔女……リーファム・パトネグラムのことか?行方不明と聞いていたが……」

「アハハ~……多分、魔術結社の関係者以外にはそういうことになっているんだと思います。彼女は精霊格なのでエクレトルから存在を隠したんでしょう」


 ここでアスラバルスは物凄い酸っぱい顔をした。


「………。まさかと思うが、貴公の影響じゃあるまいな?」

「いやいやいやいや……俺が力を手に入れたのなんて、ここ三年の内ですからね?時代が合わないですよ?」

「う、うむ。確かにな……」


 アスラバルスは落ち着く為に自らのカップに再び茶を注ぎ一口含む。 


「ただ、メトラ師匠の弟子なので姉弟子に当たりますけどね?」


 盛大に茶を噴き出したアスラバルス。最早らお約束……。


「ゴホッ!……結局は貴公の関係者ではないか!」

「ま、まぁそうなりますね、結果的に。でも、敵ではないことは保証しますよ」

「……。フ~ッ………」


 そう言えば準神格存在を増やして歩く男だったと今更ながら思い出したアスラバルス。目頭を押さえ考えた後、肩を竦めて半笑い。ライですらちょっとイラっとくる顔だった。


「まぁ良い。しかし、本当に大丈夫なのか?」

「今のベリドの実力は分かりません。でも、リーファムさんは経験が違うと思うので……」


 齢四百を越える精霊格──その経験と知識はアムドの配下にすら届くだろう。

 それでも念の為に分身を送るつもりだとライは補足した。


「一応、周囲を見張っていて欲しいんですけど……。転移して逃げられた場合、追うのが大変なので」

「それは大丈夫だろう。ペスカーが指示を出している筈だ」

「そうですか」


 スッと立ち上がったライを見てアスラバルスは改めて忠告を行う。力は超常ながら他者の為に自らを省みない若者……そしてかつての友である者へ。


「無理はするな。貴公には帰るべき場所も待つ者も居る。それを理解することも勇者の役目だ」

「……はい」

「それに、まだ私は貴公の城に招かれていない。楽しみにしているぞ」

「そう……ですね。俺も楽しみにしています。それじゃ、また……」


 気恥ずかしそうに笑うライはそのまま姿を消した。



 アスラバルスはこの時僅かな不安を覚えたが、きっと気のせいだと考えを振り払った。


 しかし……しばし後、その不安が的中してしまうことをアスラバルスはまだ知らない……。


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