第六部 第九章 第四話 貴族令嬢との再会

 遂に生まれたヤシュロの子はハルカと命名され、ライの同居人がまた一人増えた。


「良かったな、ハルカ……。ようこそ、我が家へ」


 ハルカの頭を撫でようと手を伸ばしたライだったが、ハルカはそれを素早く回避。卵の殻から飛び出しライの顔を踏み付ける。そのまま跳んだ先はホオズキの胸元だった……。


「………。あ、あれ?」


 気不味い雰囲気……。赤子なのに身体能力が高いことにも驚いたが、ハルカはライを避けた。そのことに全員言葉もない様子。


「ハ、ハルカちゃ~ん?パパ……じゃないけど、パパみたいなものでちゅよ~?」


 再び接触を試みるライ。するとハルカは再びライの顔を踏み台に跳躍する。次の着地先はエイルの胸元だ。


「……………」


 ライは“ ガビーン ”!とショックを受けた……。


 嫌われる覚悟は確かにあった……。しかし、それは物心付いてからの話。まさか生まれて直ぐに拒絶されるとは思わなかったのだ。


(ああ……。やっぱり俺は恨まれてるんだな……)


 ライがそう項垂うなだれているとフェルミナがそれを察したらしく否定する。


「ライさんを嫌ってる訳じゃ無いみたいですよ?」

「へっ?」

「アレを見て下さい」


 涙目で顔を上げるライ。フェルミナが指差した先には、エイルの乳に手を伸ばすハルカの姿が……。


「アハハハハ!くすぐったいぞ、ハルカ?」


 執拗にエイルの乳を求めたハルカはヨダレを垂らしている。


「どうやらお腹が空いただけみたいですよ?」

「はぁ~……良かった。ん?じゃあ、何でホオズキちゃんから直ぐに離れたの?」


 そこでホオズキの頭に飛び乗ったメトラペトラが半笑いで告げる。


「チッパイだから出ないと見切ったのじゃろう」

「な、何ですとぉ!ホオズキ、確かにチッパイですが、オッパイは……出ないですね」

「まぁ、出ないのはエイルも同じじゃろうがの……」


 ここで新たな問題発生!当然のことではあるが、同居人全員乳が出ない……。ハルカは次々に飛び移り乳を求めるも、全員対応に困ることになる。


「………。誰か吸わせれば出るんじゃないのかぇ?」

「えぇっ!さ、流石にそれは無理じゃないかな……」


 お気楽精霊人のクラリスですら困る事態。何よりライやイグナースの目もある。


「ランカはこう……一族の秘技みたいなので出ない?」

「……。無茶を言わないでくれ」


 サザンシスの妙技を以てしても乳は出ない。当然の話だ。


 その後、ハルカは同居人の服を剥ぎ取る勢いで乳を求めるも反応に困ってしまった一同。

 一応急いで哺乳瓶は用意したのだが、ハルカは頑として口を付けなかった……。


「これ、リアルに不味いんじゃ……」

「そうですね。魔人なので抗体などは大丈夫だと思いますが、体力を考えると……」

「レイチェルさん……何か手は無いでしょうか?」

「王都に行って貰い乳をするのが最善かと……」

「そうですね。じゃあ、ハルカ……一緒に……」


 近付くライを再び踏み台にしたハルカ。今度はフェルミナの胸に飛び込んだ。


 そしてそのままフェルミナの胸元を器用に開き一気に乳に吸い付く。


「おぉ……!と、とうとう無理矢理吸いに……」

「駄目よ、ライ!あっち向いて!」

「ゲピィ!」


 妖精女王ウィンディの飛び蹴りを受けたライは首があらぬ方向へ……。


 一方のフェルミナ。乳を吸われているものの母乳は出ない。

 【生命】を司る大聖霊フェルミナならば出せそうな気もするが、どうやら何か精神的な理由で出ないらしい。


「ゴメンね……ハルカ」


 取り敢えずは吸いついたことで落ち着いているハルカだが、乳が出ないことには変わりない。問題は解決に至らない。


 と……ここでライの脳裏に呼び掛ける声が。


『私にお任せ下さいますか?』

「!……マーデラ。何とか出来るの?」

『はい』

「じゃあ、悪いけど頼むよ」


 ライに召喚されたのは契約聖獣マーデラ。その姿は更なる変化を果たし、美しく神々しい巫女衣装の様な姿の人魚に変化していた。


 マーデラはフェルミナからハルカを渡されると、おもむろに胸を開き乳を与える。するとハルカはようやく安堵の表情で乳を吸った。


「………。マーデラ、オッパイ出るんだ………」

『私は水を操れます。水を乳の成分に変えることは可能ですので……この子に相応しい栄養素に調整しました』

「助かったよ、マーデラ……。今後も頼めるかな?」

『はい。お任せ下さい』


 マーデラのお陰で問題は解決された。しかし……そこに至るまでに、実は同居人達の乳を何度か見てしまったライ。

 幾人かは服を引っ張られた拍子に……フェルミナは乳を吸われた時に、そして聖獣マーデラも今おもむろに乳を見せている。


 そう……この時、ライの中では再び野獣が疼き始めた。


 股間に潜む魔獣『ムスコサン』──そして、それに伴いヤツ……『スーパーリビドー勇者さん』も進化を始めようとし……



「そんな物欲しそうな顔すんなよ、ライ。あたしの貸そうか?」

「えっ?」


 エイルのそんな言葉に物凄く輝く笑顔を見せるライ。しかし、周囲からの冷たい視線を受けライはスゴスゴと部屋へと帰っていった。


 ライの内なる野獣、復活ならず……。野獣が再び眠りに就いたことはライさえも知らない。


「………イグナース。あなたも鼻の下伸びてるわよ」

「ご、誤解だ、ファイレイ!俺はそんなつもりじゃ……」

「ふぅん……」


 女性が多数ということもあり、イグナースはそそくさと訓練場へと逃げ去った。



 この出来事は【オッパイがイッパイ事件】としてライの脳内に保管されることとなるのは余談である……。



 新たな同居人、ヤシュロの子ハルカが加わったライの居城。ライは、ハルカの為に子育ての相談へと向かう。

 相手は勿論、ライの実母であるローナ。三人の子を育て上げ、現在は『元・双子の魔王』ニースとヴェイツを任せている子育てのプロだ。


 同行したのはホオズキ、クラリス、レイチェル、サァラ、オルネリア、ウィンディ、そしてハルカの六名。ローナへの挨拶を兼ねた訪問……しかし、そんなフェンリーヴ家の前には赤いドレスを着た少女の姿が──。


「あれ?もしかして……ヒルダ?」


 ライの姿に気付いた少女は一瞬嬉しそうな顔を浮かべた。しかし、直ぐに扇で口許を隠し高笑いを始める。

 螺旋の様にカールする髪型の金髪少女は、フェンリーヴ家のお隣り……有力貴族クロム家の御令嬢、ヒルダ。ライの幼馴染みである。


「オ~ッホッホ!お久し振りですわね、ライ!」

「うん、久し振り……良く一目で俺って判ったな」

「当然ですわ?私は貴方の幼馴染み!見紛う筈もありませんわよ?」


 それは真っ赤な嘘である。ヒルダは事前に情報収集を済ませ、ライが『白髪の男』として帰ってきたことを知っていた。

 更に執事を使い魔導具で姿を記録。その変わりようにヒルダはかなり動揺していた。


 そして何度も予行演習を繰り返し、フェンリーヴ家の前で偶然を装う為日に何度もウロウロしていたのである!



「そう言えば、ヒルダって貴族御令嬢専門の寄宿学校に行ったんじゃなかったっけ?」

「以前の魔獣騒ぎで休校になったのですわ。それで自宅に戻ることに……」

「ああ~……。寄宿学校ってトシューラの近くだったっけ。とにかく無事で良かった」


 その言葉に顔の表情が弛むヒルダ。しかし、扇を畳むとビシッ!とライに向ける。


「あ、貴方こそ、一体何処をほっつき歩いてたんですの?全く……この私に心配をさせるなんて……なってませんわ!」

「悪い悪い。そうだ……俺、蜜精の森に住んでるんだよ。時間があったら遊びに来て」

「フ、フン!ま、まぁ、暇な時には行ってあげても宜しくてよ?」

「うん、待ってるよ。それじゃ……」

「待ちなさい!」


 再びビシッ!と扇を向けたヒルダ。ライの同行者を品定めしている様だ。


「貴方……その娘達は何ですの?前の娘達とまた違うみたいですが?」

「ん?前の娘?」

「良いから答えて!」

「ああ……。俺の同居人だけど……」

「な、何ですってぇ?」


 ガビ~ン!とショックをヒルダは、クラリと体勢を崩したが直ぐに持ち直した。


「そ、それじゃ……そ、その子は……」

「ん?ハルカのこと?ウチの子だけど……」

「グハッ!」


 ヒルダさん。今度は相当のショックを受けたらしく、フェンリーヴ邸の壁を支えにして辛うじて立っている。


「は、母親は誰!貴女?それとも貴女?いいえ……その髪の色はまさか……ライ!貴方まさか、こんな子供に手を出したんですの!?」


 扇を向けられたのはホオズキ。確かに同行者の中では唯一、ハルカと同じ黒髪である。


「ホオズキ、子供じゃないですよ!」

「馬鹿おっしゃい!お子様じゃありませんか!」

「むぅ……ライさん!何か言ってやって下さい!」

「はい。ホオズキちゃん、飴あげる」

「頂きまふぅ!」


 ホオズキは美味しそうに飴を頬張った。


「…………」

「ハハハ。一応言っとくけど、俺の子じゃないよ?亡くなった知人の子をウチで育てることにしたんだ。勿論、実の子のつもりではあるけどね……」

「そ……そう……」


 重い話になったのでヒルダの勢いが無くなった……。しかし、直ぐ様気を取り直しビシッ!と扇を向ける。


「と、ともかく、良く帰って来ましたわね!ま、また顔を見に来ますから待ってなさい!オ~ッホッホ!オ~ッホッホッホ!」


 ヒルダは少し軽やかな足取りでクロム家の門へと去っていった……。


 良く見れば建物の影からクロム家の執事が一礼し、ヒルダの後を追っている。どうやら再会の様子を見守っていたらしい。


「ハハハ……変わらないなぁ、ヒルダは」

「………何か凄い人だったね」

「クラリスの周りにはあんな感じの人は……居る訳ないか」

「アハハハハ。そだね」

「さて……行こうか」



 この後フェンリーヴ邸にてローナと挨拶を交した女性達……。更に増えた女性同居人を確認したローナは、満面の笑顔を浮かべつつライをアイアンクローで締め上げたのは余談……。



 そして翌日からライの居城には、連日の様にヒルダの姿があったのもまた余談であろう……。

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