第六部 第九章 第三話 ヤシュロの子



 トゥルクに於ける邪教討伐を終えたライは、その激戦の疲れを癒す為しばしの休暇をとることになった。



 思えばディルナーチから戻って何かと慌ただしい日々。脅威は未だ残されているものの、心の静養は必要だという大聖霊達の言葉に従ったのだ。


 これにより各地に配置していた分身も一時解除。本格的な休養に入ることとなる。



 初めライはゆっくりと部屋で横になっていた。しかし、じっとしていると余計なことを考えてしまうので部屋で出来ることを始める。

 最初に行ったのは新たな同居人ともいえる存在『スライム』との交流である。



 スライムはライの部屋の隅に置かれた培養基を寝床としている。培養基は魔石により常に清浄に保たれスライムの成長を促していた。


 そんなスライム。特に制限もしていないので部屋の中を自由に動き回っていたが、ライの呼び掛けで近付いてきた。

 仮にも精霊格……つまりライと同格。喋れないが知能も高いとエルドナは言っていた。


「スライム君……俺もスライムと暮らすのは初めてでさ?色々解らないこともあると思う。で、共に暮らすに当たって契約しておいた方が良いってエルドナが言ってたんだよ。どう?契約しとく?」


 スライムはまるで琥珀のような輝きをしているが、ライの問い掛けに幾分色が濃くなった気がする。


「同意かな?う~ん、判りづらい」


 首を傾げるライ。そこでスライムは人の頭のような形状を作り頷いた。


「おぉ~!やっぱり頭が良いんだ!良し……契約しようか。と言っても何契約にするかな」


 すると今度はスライム自らが契約印を展開。主従契約で良いらしい。


「良いの?一応霊格位は同格だけど……」


 再び首肯くスライム。ライは申し出を受け主従契約を結んだ。

 対価は魔力供給。それと知識を求めるとライの思考に伝わった。


 同時にスライムは桃色に変化。エルドナのスライムと別種の進化を果たした……らしい。


「おお……中々鮮やかな……。さてと、対価の知識は……クローダー契約への閲覧権限を貸す。一部だけど役に立つだろ?」


 契約を果たした為か、スライムからは感情が流れ込んだ。どうやら喜んでいるらしい。


「うん……それじゃあ、次は名前だな。え~っと……エルドナから託されたスライム……となると……ゴライアスなんてどうだ?」


 一体どこから飛んできた言葉なのか……エルドナともスライムとも由縁がない。当然スライムは拒絶の意を示した。


「うぅむ……。じゃあ、シンプルにスラリ……ブハッ!」


 スライムの突撃。しかし柔らかいので痛くはない。


 著作権に引っ掛かりそうなものは却下……という思考がスライムから伝わる。


「ち、著作権?……うぅむ。……。じゃあ、ピーリスってのはどうだ?古い言葉で『知識の探求者』なんだけど」


 ここでスライムさんは、ようやく納得のご様子。桃色スライムの名は『ピーリス』に決定した。



「………そ、それで、ピーリスさん。その……ひ、人型になれるって聞いたんだけど」


 ライの意図を理解したピーリスは、ライと同じ姿になった。

 一見して見分けが付かないが、ピーリスが変化しているライは目が桃色をしている。


「おお……!凄いぞ、ピーリス!」


 ライの顔をしたピーリスはニヤリと笑う。仕草から何から完璧な擬態だ。


「………。そ、それで次は……その……お、女の子に……」


 段々と欲望へと走り出す『加速する欲望勇者』──ピーリスは挙動不審なライの意図を察し、エルドナの姿を形成する。


 しかも全裸……。


「うぉぉぉぉ━━━━━━━━━っ!エクスタスィ━━━ッ!!」


 興奮のあまり“ イエス!イエス! ”と叫ぶ『チェリー勇者』さん。勿論、部屋は防音なので一安心さ!


「くっ!ピーリスさん!あ、あなたは天才か?」


 ピーリスはエルドナの姿のまま微笑んでいる。しかし……ここでライは少し冷静になった。


(こ、これがバレたらどんな目に遭わされるか……。エルドナのことだ……ピーリスに何か術式を仕込んでいる可能性もある。それに、誰かが来てもこの光景は非常に不味い……)


 だが、ピーリスが女体化できることは分かった。取り敢えずライは広がる夢に満足したらしく、元の姿に戻るようピーリスに促した。



 とはいえ、実はこの程度はライの分身でも出来ることには気付いていない……。


「ふぅ……眼福ぅ~。ん?そう言えば、部分的な変化も出来るの?例えば……オ、オッパイとか?」


 ピーリスは要望に応え乳房に変化した。ライは再び雄叫びを上げる。


「素ン晴らしすぃ━━━っ!や、やはり天才!ピーリスさん、どうか今後とも一つ宜しくお願いします」


 ソファーで正座しスライムに頭を下げる男・ライ──彼が世界を救ったなどと一体誰が気付こうか。

 そんな勇者さん、すっかり鼻の下が伸びきっている……。



 その後ライは、オッパイ・ピーリスに幸せそうに顔を埋め横たわる。今後、オッパイ枕はライの秘密の楽しみとなる……筈だった。


 しかし───。


「た、大変です、ライさん!」


 オッパイ化したピーリスを自らの胸に付けて遊んでいたところ、けたたましい声と共に部屋の扉が開かれた。


「どうした、ホオズキちゃん!?」


 ライの部屋の扉を勢い良く開けたのはホオズキ。そんなホオズキは、ライの胸にある豊満な乳房を確認し硬直した。


「………。嫌ぁん!ホオズキちゃんのス・ケ・ベ!」

「…………」

「…………」


 互いに見つめ合うこと数秒。重い沈黙の末、ホオズキは腹の底から叫んだ……。


「み、皆さ~ん!ライさんに……ライさんに大きなオッパイが!」

「スト~ップ!待って、ホオズキちゃん!誤解だ!」

「嫌ぁ!ケダモノ!」

「グへァ!」


 ホオズキ、渾身の拳がライの腹部を打ち抜く……。


「グ、グフゥン……ご、誤解だって、ホオズキ……ちゃ……ん……」


 ドチャリと床に崩れ落ちたライはそのまま尺取虫のように部屋を這い回る。

 しかし、そこに乳房は無い。ピーリスは即時擬態を解除し培養基へと戻ったのだ。


 流石は契約しているだけあり察しが良い。ピーリスは空気が読めるスライムなのだ。



「あ、あれ?ホオズキ、見間違いましたか?」

「そ、そうだよぉ?見間違いだよぉ?」


 脂汗と冷や汗で光り這い回る姿はナメクジが如し……。


「スミマセンでした……。ホオズキ、悪いことしました」


 素直に謝るホオズキの純粋さに後ろめたさを感じながらも、ライは話題を逸らすことにした。


「と、ところで何が大変だったの、ホオズキちゃん?」

「あっ!そ、そうです!ライさん、大変なんです!」


 そう言えばいつもに比べ違和感のあるホオズキの姿……いつも抱えていたヤシュロの卵が見当たらない。


「も、もしかして……卵が?」

「はい!卵がかえりそうです!」

「ほ、本当に?」

「今、テラスで皆さんが見守っています。ライさんも早く!」

「わかった!ピーリス、行くぞ!」


 再び培養基から飛び出したピーリスはライの頭に飛び乗った。同時にライはホオズキを脇に抱え転移陣を利用し一階へと向かう。

 テラスには既に同居人全員が集まっている。テーブルに置かれ毛布に包まれている白い卵は、時折揺れながら亀裂を走らせていた。


「どう?生まれた?」


 ライの問い掛けに答えたのはフェルミナだ。


「もう少しです。でも、無事に生まれますよ」


 フェルミナは命を司る大聖霊。見守ってくれている以上、きっと元気な子が生まれてくる筈だ。


「ヤシュロの子か……大丈夫か、ライ?」


 ディルナーチ大陸・久遠国……嘉神領で託された半人半蜘蛛型魔人ヤシュロの卵。嘉神領の為その手で倒さなければならなかったとはいえ、ライは親殺しのかたきには違いない。


 経緯を知るエイルはライの傍に寄りその手を握る。自分が狂わせた友人ヤシュロの子──エイルにとっても複雑な心境だろう。


「……エイルは何も気にすんなよ?エイルが居なけりゃこの子は生まれてさえ来れなかったんだから」

「でも、ライは……」

「俺は覚悟してるから……。殺されてはやれないけど、それでもこの子が立派になるまでは恨まれても育てる。エイルも手伝ってくれるか?」

「ああ……勿論だ」


 そうしている間にも純白の卵には亀裂が走る。僅かに揺れながらやがて卵に裂け目が生まれ、遂に中から手が飛び出した。

 そうして姿を現したのは一、二歳になるかという小さな赤子。


 既に目は開き卵の殻を支えに立っている。成長しているからか産声を上げることはなかった。


「生まれた……生まれた!」


 卵に近付いたライは赤子に視線を合わせるように屈んでその姿を確認する。

 たとえどんな姿でも育てる自信はある。しかし……ヤシュロが苦しんでいたあの姿だった場合、概念干渉してでも直すつもりだった。


 そんなライの考えが不要であることは直ぐに判明した。



 ヤシュロの願いか、ハルキヨの血か……赤子は完全な人型。黒髪に白い肌。性別は女の子で間違いない。

 ライはその小さな手足を確認し指の数も数えたが人そのもの。但し、ヤシュロから継いだものもある。


 額には宝石のような赤い小さな複眼が四つ。そして瞳も赤い。これは生まれながらの魔人の証し……。


「……。これはどうしたら良いんだろ?」

「大丈夫だと思いますよ?この姿はヤシュロという方の願いの形──そう感じます」

「そうか……。そうだな」


 フェルミナがそこまで判ることに驚いたライ。確かに持って生まれた姿を無暗に変えるのは、ライも望むところではない。



「ところで……お名前はどうするんですか?」


 アリシアの言葉で名付けをすっかり忘れていたことを思い出す。


「忘れてた……誰か考えてた?」

「いえ……ライさんが名付けるとばかり」


 一同、急なこと故に沈黙。


 ライとしてはエイルかホオズキに名付けて貰いたいと考えていたが、何かと用があってそれを伝えることを忘れていたのだ。

 この点、親代わり失格と言わざるを得ない。


 しかし、ここでおずおずと手を上げる人物が……。


「ホオズキちゃん。何か候補が?」

「はい。実はホオズキも名前を考えていたんですが、ライさんに付けて貰おうかと……」

「いや……。元々俺はホオズキちゃんかエイルに頼むつもりだったんだ。今まで大事に卵を守ったホオズキちゃんなら、それが一番良いってね」

「そうですか……。本当に良いんですか、エイルちゃん?」


 エイルはニッコリと笑いホオズキの頭を撫でる。


「頼むぜ、ホオズキちゃん!良いの付けてやってくれよ?」

「……わかりました。じゃあ、この子のお父さんから字を貰い春……それと、子供を大切にしていたお母さんの願いが叶うように……春叶……。どうでしょう?」

「ハルカ……うん。良い名前だ。この子の名前はカガミ・ハルカだ」


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