第六部 第九章 第二話 帰るべき場所
厳重な警備体制の神聖機構内に気付かれず潜入し、更にエルドナを殺害しようとした賊の存在。
その能力も然ることながら、エクレトルの上位権限でしか閲覧できない情報防壁を突破する知能を有していたことに皆は険しい表情を見せている。
可能性の一つとして内部犯の恐れもあるが、エルドナはそれを否定した。
「何度か同じ箇所で操作して試した痕跡があるのよ。これは外部の犯人が確認を行った……。でも、どうやって……」
そこで反応したのはスフィルカだった。
「失礼ですが、エクレトルの技術は魔法王国の技術の流用では?」
「そうなんですか?」
「私の時代にあったクレミラの技術に似ているので、そうなのではないかと……」
ライの視線を受けたアスラバルスは小さく首肯く。
「確かにクレミラ時代のものも組み込んである。地上に合わせる必要があったからな……」
「じゃあ……」
「魔法王国の技術を知る者ならば或いは……しかし、一部は別種のもの。それを短時間で理解する存在など……」
それはエルドナ並みの知識や知能を持つ存在……。
「……とにかく、千里眼で確認します」
が、ライの《千里眼》は不発。霞が掛かったように朧気な影しか見えない。
「なら……」
《残留思念解読》を発動。今度は上手く発動した。
しかし、そこで見えた存在にライは厳しい表情を見せる。
「どうしたの、ライちゃん?」
「……情報を盗んだのは若い女……天使じゃない。でも……」
「……何?」
「女が身に付けている服に魔法王国の紋章が……」
「!?………まさか……」
「ええ……間違いないでしょう」
魔王アムドの臣下……ここに来てアムド一派の暗躍が活発になってきていることに、ライは厳しい表情を隠せない。
「……成る程ね。クレミラの民なら可能性はあるわ。しかも第三種まで情報を奪われたとなると、相手も魔導科学に携わる者……参ったわね」
そして当然、アムドの配下となれば魔王級……エルドナはやはり命の危機だった。
「しかし、魔王級が侵入した割には被害が少ない」
「恐らく内部に何か仕込んでますね……物理的にも、情報的にも……」
「対応出来るか、エルドナよ?」
「情報側は任せて下さい。修復した後で二度と干渉できない新たなシステムを組んでやりますよ……ムフフ!燃えてきたぁ!」
「…………」
「あ、物理的な方はライちゃん宜しくね~?」
奇声を上げ一心不乱に端末を操作するエルドナ。時折百面相のように表情を変え『素晴らしい!』と叫ぶ……どう見ても『女版ラジック』である。
「……さ、さて、じゃあエクレトル内を調べますか」
「う、うむ。協力感謝する、勇者ライ」
再び《千里眼》を発動してみたが、今度は成功。アスラバルスに場所を指摘し神聖機構内に仕掛けられた魔導具を確認、ライとアムルテリアの手により全て回収された。
「それにしても、時限型の爆発魔導具やら毒ガスやら盗聴やら、えげつないことこの上無い……」
「魔王一派が侵入したのだ。仕方あるまい」
「……ところで、この魔導具貰っても?」
「何に使うのだ?」
「後で魔石にでも変えます」
そこで作業を終えたエルドナから申し出が……。
「じゃあ、私に頂戴?魔石足りないのよ」
「竜鱗装甲の?」
「そっ!アリシアのヤツも壊れちゃったし」
「良いよ。頼んだの俺だし……あ、それと、スフィルカさんやアスラバルスさん、他の主力天使にも用意してくれないか?今回の邪教戦でまだまだ戦力が足りないって分かったから」
「了解。良いですよね、アスラバルス様?」
「ああ。この際仕方無いだろう」
戦力バランスが崩れぬ様にしていたエクレトルだが、今回の出来事で竜鱗装甲の情報も一部盗まれてしまった。対抗する必要がある。
「じゃあ、ライちゃんの同居人の情報収集にチョイチョイ行くから」
「了解だ。………。その前にアリシアのことは?」
「大丈夫。アリシアは元気になったわよん。翼も元通りで傷一つ無し。流石は大聖霊様だね~」
「そっか……」
喪失した翼の再生もフェルミナなら可能……。問題はアリシアの受けた恐怖心だったのだが、そちらも大丈夫だとエルドナは言う。
「身を呈して庇ったことに恐怖は無いわよ。寧ろ天使は親しい者を失うのを恐れる。ライちゃんなら分かるんじゃない?」
「まぁ……ね」
「それより、エクレトルの騒動に巻き込んだ礼をしないとね?」
エルドナは培養液の中に待機していた先程のスライムを呼び寄せた。
「この子を分けてあげる。大事にしてね」
「いや……分けてあげるって言われても……」
「大丈夫、大丈夫。培養基を一つあげるから寝床にしてあげて」
「そういう意味じゃなくて……」
「良いの?損するわよ?」
「…………?」
エルドナはライの耳にそっと耳打ちした。
「この子は人の姿を忠実に再現する。勿論、オッパイもね?」
「!?」
突如ライの目がカッ!と迸る!勿論、熱いパトスも迸った!
アムルテリア、そしてスフィルカとアスラバルスはビクッ!と反応した!
「おおおお……」
「それと、女の子の服だけ溶かすとかも出来るし」
今度は“ キュピィ~ン! ”と音を立て目が赤く光る。アムルテリアは音に驚いて吠えている。
「その気になれば人型にもなるわよ?」
「な、なな、何ですとぉ!?」
最終的にはライの鼻から真っ赤なパトスが噴き出した!
「悪い話じゃないでしょ?」
「むむむむむ……是非にお願い致します!」
「フフフ……任せなさい」
それはスライムがライの影響を受けどう進化するのかというエルドナの研究欲……しかし、未だチェリーたる勇者さんは大喜びだった。
夢は膨らみ股間も膨らむ勇者ライ──エルドナからスライムと培養基を受け取りやや鼻息が荒い……。
「また頼ってしまったな。今後は気を付けねば……」
「頼ってくれた方が嬉しいですって。それと、また訓練用に分身を置いて行きます」
「感謝する」
握手を交わすライとアスラバルス。既に幾度も交わしたが縁はより深まってゆくとアスラバルスも感じている。
「ライさん。私は此処で……」
「えっ?行っちゃうんですか?」
「はい。私にも役割が出来ました。その為に動こうと思います」
「……その……もし良かったら、ウチに……」
「はい。区切りが付いたらお世話になって宜しいですか?」
「はい。是非!」
握手を交わすライは、スフィルカが少し明るくなった様に見えた。
「さて……じゃあ、また。帰ろう、アムル」
「帰りは私が転移を」
「頼む」
頭にスライムを乗せたライは、アムルテリアと共に転移の光を残して消えた……。
ここでようやく居城への帰還と相成った。
居城でライを迎えた者の中にはアリシアの無事な姿も加わっている。以前と同じで傷一つ見当たらない。
「アリシア……」
「ご心配をお掛けしました」
ライはゆっくりとアリシアに近付きそのまま抱き締めた。
一同が困惑する中で、ライは涙を浮かべ喜んでいた。
「良かった……本当に……良かった」
「ライさん……」
しかし……周囲からの視線に気付き我に返ったライは、慌ててアリシアから離れる。
「ご、ごめんなさい……」
「いえ……」
それが心からの安堵であることは皆理解している。理解してはいるがやはり嫉妬心はあるもので、挙ってライに詰め寄る者数名……。
そんな状態で少し離れた位置に見えるのはオルネリアとクラリス。新たに加わった同居人達……。
「……皆。今回は祝勝会なんだけど、同居人の歓迎会にもしたい。というか、全同居人の歓迎会も一緒にしようか?」
ライの提案に笑うのはエイルだ。
「そりゃあ良い。………しっかし、見事に女ばっかだな。大丈夫か、ライ?」
「お、男も居るだろ?」
「イグナースだけだろ?」
「はい?ルーヴェストさんは?」
「帰ったよ。取り敢えず明日また来るってさ?」
移動も修行……とルーヴェストは言っていたらしい。一応、転移機能付き『空間収納庫』を渡してあるので問題は無いと思われる。
「……あ、あと、アムルとクローダーが」
「………。ま、良いか。あたしの気持ちは変わらないぜ、ライ?」
「お、おぅ。ありがとグギャ!」
そんなライの顔に飛び蹴りを放つニャンコ登場。すっかり酒臭い……。
「グダグタやってんじゃねぇぞ、バカニャロー……ヒック!」
「ぐっ……!酒ニャン……!」
「良いから呑め!今日だけは無礼講じゃ~!」
「いつも無礼講じゃねぇか……」
「ニャンじゃぁ~?やんのか、あぁん?」
「い、いつにも増して酒癖悪いなぁ……」
邪教……いや、闘神の使徒を退けたことが余程嬉しかったのか、かなり深酒のメトラペトラ。今回は頑張ったのでライは好きにさせることにした。
改めて同居人の自己紹介を絡めつつ宴へ。実に朝方まで飲み続けた一同は、ライとフェルミナを除き全員泥酔した。
「まさか、エイルやマリーまでも酔い潰れるとは……」
「アムルテリアの出した『竜葡萄のワイン』のせいですね。あれは魔人にも酔いが回ります」
「フェルミナは酒気を分解したのか……でも、何で俺は酔わないんだろ?」
「ライさんは皆と違うんです。竜葡萄のワインまで分解したのでしょう」
「そっか……まぁ良いや。さて……後片付けしないと」
分身体でそれぞれの部屋に運び寝かし付けると散らかった食堂を片付ける。『たまには家事をする男』は、しっかり仕事を果たした様だ。
そして……フェルミナと二人、城のバルコニーにて久々にゆっくりと語らう。
「………何かありましたか、ライさん?」
「ん?何が……?」
「………」
フェルミナは改めてライに向き直る。
「………お願いですから、私には隠さないで」
「……………」
「私はあなたと共にある者。最早、悠久の果てまで離れる気はありません。でも……ライさんに距離を置いて欲しくない。だから、私にだけは本心を……」
「……。……うっ」
ライは跪きフェルミナを抱き寄せた。
「俺は……やっぱり弱虫だ」
「ライさん……」
「今回は沢山死んだ……死なせてしまった。特にデミオス……俺はアイツが敵だと分かっていても悲しかったんだ……」
闘神の眷族デミオス……その生き様はあまりに哀しく、ライの心を惑わせた。
「……戦いは……辛いですか?」
「……辛い。でも、そうしないと護れない……。今回だって……」
フェルミナの腹部に頭を当てたライは小刻みに震えている。フェルミナはその頭を子供を諭すように撫で続けた。
「私は多分マリアンヌの様に戦えません。エイルの様に明るく励ますことも……。でも……私はあなたの傍にいる。どんなライさんでも必ず受け入れます。だから……」
ライの顔をスッと持ち上げたフェルミナは、その唇を重ねた。
「必ず私の元に帰ってきて下さい。どんな苦しみからでも必ず癒しますから……」
「フェルミナ……」
涙をグイと拭ったライは、立ち上がりフェルミナを抱き寄せる。
未だ出せぬ答え……自分の大事なものは増えるばかり。でも、フェルミナは待ってくれている。
この先ライは更なる困難に晒されるだろう。たとえそれが何であれ、ライは帰ることができる場所をフェルミナに貰ったのだ。
ライは朝の光の中、その喜びを噛み締めるのであった……。
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