第六部 第九章 第五話 勇者ギャンブラー、再び


 ライの休暇は続く。



 休暇とは言ったものの、ダラダラするには気掛かりが多過ぎる。じっとしているのは却って落ち着かない。

 しかし、修行をしようとすると同居人達が心配そうに度々声を掛けて来る。やはり数日は休みに徹した方が良いようだ。


 とは言うものの、何ぶん修行を取り上げたら『無趣味な勇者』ライ……。家の補修はアムルテリア製の城には不要で、家事全般はライよりも適任者が居る。


 結局ライは手持ち無沙汰になり、部屋で神具の作製を始めることにした。



 そんなライの部屋に珍しく来客が……。


「よっ!遊びに来たぜ、ライ?」


 来訪したのは親友のティム。このところ忙しかったティムは、商人組合の若手育成が順調とのことで時間的余裕が出来たらしい。


「お~……どうした、ティム?遊びに来るなんて珍しいな……」

「たまにはな?ところで、暇なら遊びに行こうぜ?」

「それは構わないけど……」

「良し。じゃあ、先ずはノルグーに行くぞ」

「ノルグー?何で?」

「良いから、良いから」

「?」


 そうして、ライは誘われるままに出掛けることになった。どうせなら社会見学をと考えたライは、桃色スライム・ピーリスを頭に乗せノルグーへと転移した……。



 シウト国最西の領地ノルグー。その領主の御膝下、ノルグーの街。

 ライ、ティム、ピーリスの三名は、フリオの屋敷裏庭に姿を現す。


「おお……。これが転移か……凄ぇな」

「そういやティムの腕輪には付いてないんだっけ。どれ……貸してみ?」


 ティムの【腕輪型空間収納庫】に転移の機能が加わった。


「これは有り難い。これで好きな時にライを扱き使……遊びに行けるな」

「おい、ティム……いま『扱き使える』と言おうとしなか」

「さぁ!行くぞ、ライ!休日を堪能するのだ!」

「…………」


 そうしてライを引き連れティムが向かった先……そこはノルグーのカジノだった。


「うわぁ……懐かしいな」

「ん?ああ……そういや、お前の竜鱗装甲って此処で手に入れたんだっけ?」

「ああ。それに、フリオさんと初めて出会ったのも此処だ。思えばノルグーから本格的な旅が始まったんだな……」

「成る程。思い出の地だな」

「………。で、何で此処?」

「実はな?」


 ティムの話では、ノルグーに“ カジノ荒し ”が現れるのだという。

 初めは放置していたが最近ではすっかり図に乗って入り浸っているらしく、困ったノルグー卿レオンから商人組合に依頼があったのだとか。


「くっ……結局、お前の仕事かよ」

「まぁまぁ。そう言うなって……。受けなくても良かったんだけど、どうせお前と遊ぶついでだったからさ?」

「む~……。そういうことなら仕方無いか……」


 ノルグー領主たるレオンとは縁もある。商人組合に頼ったというならば本当に困っているのかもしれない。

 ならば『お節介勇者』の出番である。


「で……どんな奴なんだ、荒しってのは?」

「何でも、カードゲーム専門のギャンブラーらしくてな。イカサマをしている様子が全く無いのに、負け無し。毎日入り浸って荒稼ぎしているんだとさ?」


 不正をしていないのならば摘まみ出す訳にもいかず、カジノの支配人はホトホト困っているとのこと。


「不正じゃないならどうしようもないんじゃないか?」

「いや……不正じゃないのに連日大勝っておかしくないか?」

「まぁ……確かに」

「そこでお前の出番だ。お前の幸運なら奴に勝てる筈……。一丁、とっちめてやれ」

「わかった。因みに……不正してた場合は?」

「そりゃあ……大変な目に遭うだろうな」

「………」


 そうしてカードゲームの賭場に向かえば、何やら人集りが……。


「おお!また勝った!」

「凄いぞ!」

「一体どうなってるんだ?」


 テーブルに積まれたチップの山……余裕綽々の態度でワインを口に含んでいたのは、何と若い女……。


 軽装の冒険者衣装。革製の上着とズボンはピッチリしていて身体のラインが出ている。胸元の開いたシャツ、そしてバックスキン製の帽子……。

 金の長髪は癖っ毛で跳ねているが、それがまた魅力の不思議な女。


「……女だぞ、ティム?」

「あれ?言ってなかったっけ?」

「聞いてない」

「まぁ、男でも女でも別に良いだろ?お前の役割はアイツをギャンブルで負かすことだ」

「………ま、まぁ良いけどさ」


 カジノの従業員と何やら相談したティム。その後ライはカードゲームに加わることになった……。


「此方のお客様から対戦の要望が出ています。如何なさいますか?」


 ディーラーからの言葉でチラリとライを見た女ギャンブラーは、不敵な笑顔を見せ快諾した。


「構わないわよ。但し、私とやるなら釣り合うだけの額を賭けないと駄目よ?」

「それは大丈夫ですよ、お嬢さん」


 ティムがそう述べるとディーラーから大量のチップが差し出された。

 女ギャンブラーが持つチップと同額。これには流石に驚きを見せている。


「………随分、お金持ちね」

「私は商人なのでね……。この男は私の友人ですが幸運な奴なので代理を頼みました」

「そう……。あなたの名は?」

「私はティム。頭にスライムを乗せたコイツはライと言います」

「私の名はヴァネッサよ。この勝負、受けて立ちます」


 カジノ内に歓声が上がる。高額を賭けた対決ともなれば、ギャンブル好きにはこの上無い催し。必然的に観客は増える。



 そんな中……『幸運の天然ギャンブラー勇者』対『さすらいの女ギャンブラー』の対決が始まった。


 対戦はディルナーチ大陸から伝わったとされるカードゲームに手が加えられたもの。

 最初にディーラーがカードを七枚配り、より強い役を成立させた者が勝つ。


 カードは一から十二までの数字が書かれており、柄が六種類。七十二枚のカードに二枚の万能札を加えた計、七十四枚を使用。

 成立役は同色、五つ以上の通し数字、同数字のペア、通し数字三枚のペアといったところ。数字は高いほど強い。


 このゲームの変わったところは、柄ごとに一枚数字を無視した特殊な装飾の札が紛れていること。

 それを手札に加えた状況で相手に勝てば掛け金は一枚につき倍額。最大九倍まで跳ね上がる。


 不要なカード交換は一度のみ。上賭けか降りるかを決められ、上賭けの場合は倍額になる。


「最初の掛け金はあなたが決めて良いわよ?」


 ヴァネッサは余裕。対するライはかなり悩んでいる。勿論、これは演技だ。


「じゃあ、手始めはこれくらいから……」


 手札を確認し一握りのチップを前に出したライ。ディーラーに三枚のカード交換を要求する。

 ほぼ無表情の中、一瞬だけ口許を動かす。嬉しさを隠しきれないといった小賢しくも自然な演技。


「私の番ね」


 ヴァネッサは自らの手札を確認すると同額のチップを差し出す。そして二枚のカード交換を要求した。


「勝負!」


 結果、ライの手は無役。対するヴァネッサは特殊札二枚を加えた三倍。


「ああ。言っておくけど、私には表情による演技は効かないわよ?」

「…………」


 二戦目。ヴァネッサは上掛けで倍額。


 今度のライは完全な無表情。眉も口も微動だにせず、動きも機械的。そのせいか言葉も抑揚がない。


 ヴァネッサは変わらず不敵な笑みを浮かべている。

 手札交換の後、いざ勝負……となるもまたも敗北。今回の負けで六倍のチップが減った。


 観客から漏れる溜め息。女ギャンブラー・ヴァネッサは僅か二戦で結構な額を手に入れた。


「……大丈夫か、ライ?」

「さてね。あと一回で判ると思うけど」

「わかった。頼むぜ?」


 ティムはライの幸運を信じている。何せノルグーカジノ最高獲得額保有者はライなのだ。


 更にライが旅に出る前、王都エルフトで準備した旅立ち資金も実はかなりの額だった。性教育本を買ったり誰かの為に費やしたりとしていなければ、もっと早くに旅立てていたのである。

 そこには理由を付けてローナの元に残ろうとしていたライの想いがあったのだが、当人だけの心の秘密となっている。



 そんなライの三戦目。これまでにない最高の手を揃えた。

 特殊札三枚を加えた同数字三組……。ブラフの為にわざと一枚交換。が、勝ちは確定といって良い。


 しかし……ヴァネッサはあっさりとその勝負を下りた。


「何か嫌な予感がするからパスよ」


 ティムはかなり動揺しているが、ライは逆にニタリと笑う。その表情にヴァネッサは初めて眉を動かした。


「すみませんが、少しトイレに行っても?」

「ええ……。構わないけど……」


 ライはティムを引き連れトイレに向かった。


「おい。今のは流石におかしくないか……?」


 やや興奮気味のティム。対してライはヘラヘラと笑っている。


「………。何か掴んだのか?」

「掴んだ。けど、あれは反則だな」

「やっぱりイカサマかよ……」

「いや、イカサマじゃあ無いよ。ズルではあるけれど……」

「?……どういうことだ?」

「今教えると逃げられるぜ?あの手の輩には追及しても惚けられて終わりだ。大したギャンブラーだよ」

「ということは、何か考えがあるんだな?」

「勿論さ、ティムくん」


 ライは至極悪い顔をしている。意図を察したティムも勿論、悪い顔だ。


「クックック……悪い子にはお仕置きが必要だからなぁ?」

「フッフッフ。楽しみにしてるぜ?ギャンブラー勇者よ?」

「任しんしゃい!」



 手段はどうあれ、相手はギャンブルの場にて勝負を挑んでいる。ならば、同じ舞台で完膚無きまでに負かさねば意味がない。


 そうして幾つかの打ち合わせを済ませたライとティムは、ギャンブルの世界に身を投じた。


「お待たせしました」

「まだ続ける気?」

「勿論。但し、これから先は賭けの額を倍にしましょう。受けますか?」


 余裕を見せるライに挑発されたヴァネッサは、やはり不敵な笑みを浮かべて応えた。


「良いわよ?でも……後悔しても知らないから」

「大丈夫、大丈夫。その時は諦めるから」

「………」


 そうは言いつつもライは明らかに何かを企んでいる様子。それでもヴァネッサはまだ余裕を見せていた。


 この時……少しでも警戒していれば、ヴァネッサのギャンブラー人生は続いていただろう。

 しかし、この場にライが居たことはヴァネッサの人生の転機。彼女もまた、トラブル勇者に巻き込まれる運命……。


「ああ……勝負の前に一つだけ宣言しておきます」

「何……?」

「これからの勝負は全部、上賭けで行きます。手札のカードは全部交換で行くから」

「!?……し、正気なの、あなた?」

「フフン。勿論正気ですよ。何なら人生を賭けても良い……負けたら一生アンタの下僕にして貰っても良い。その代わり逆もありますがね?」

「………面白いじゃない」


 ヴァネッサはライの顔を凝視しニヤリと笑った。


「さぁ。それじゃあ始めましょうか」

「ええ。そして後悔しなさい」


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