第六部 第九章 第六話 幸運無双
ノルグーのカジノにて始まったライと女ギャンブラー・ヴァネッサとのカードゲーム対決。
その四戦目──ここで周囲から響動めきが起こる。対戦者のヴァネッサ自身も明らかな動揺を見せていた。
その場に居る者の視線は全てライの元に集まっている。当人のライはというと……。
「ほへぇ~………」
何ということだろうか……。その顔はアホの子そのものだったのだ。
だらしなく口を開き、虚ろな目はどこを見ているのか判らない。鼻水と涎を垂らし、魂が抜けている御様子。
だが、その手だけはゆっくりと……しかし確実にカードゲームを続ける為に動いている。
ハッキリ言えば『コイツ、マジヤベェ!』といった状態……観衆達もゴクリと固唾を呑み込み注視していた。
そして一番衝撃を受けているのはライの対戦者である女ギャンブラー・ヴァネッサ。しかし、その驚きようは他者とは随分と異なっていた。
(ど、どういうこと?何よ、コレは……)
カードを持つ手が震えているヴァネッサは、何度もライの顔を確認している。
(ま、まさか、バレた?いいえ……たとえバレても防ぐことなんて出来ない筈。でも……じゃあ、今は何故………)
相手の心が読めないのか───?
そう……ヴァネッサは相手の心を直接読んでいたのだ。但しそれは、《念話》のような表層意識を読むものではない。
そもそも念話は魔法の一種……カジノ内には魔法や魔力、纏装などを利用したイカサマを防止する為に、それらを感知する仕組みが至るところに張り巡らせてある。
そんな仕掛けに一切感知されることなく相手の心を読む──つまり考えられるのは存在特性……。
先程までの対戦。実のところライは相手の手の内を探ることに徹していたのだ。
一度目は良い手札をわざと捨てて悪手に。これに反応を示さなかったということは手札を覗いている訳ではないことが窺える。
二度目は最期の瞬間まで手札を見なかった。これに合わせてヴァネッサは勝負への決断が遅れた様子が見えたので、どうやら読心系の何かを行っていると気付く。
そして三度目……。ヴァネッサはライが強い手札を引いた途端の回避。やはりギリギリまでライの思考を待ってからの反応だったので、『予知系』ではなく『読心系』の力だと確信した。
そこに至るまでライは深層意識を封鎖している。
かつて魔王ルーダと対峙した際に研鑽した意識操作。更にクローダーと契約している現在は相手に悟られることなく意識を操作することが出来るようになっていた。
そうして迎えた四戦目──種を見抜いたライは全ての意識を閉じた。最低限の動き以外カードにも目を通さない。最初の手札を全て捨てるのは相手への判断を迷わせる小細工である。
そしてヴァネッサは、ライの狙い通り混乱し判断を誤った。一度のミスから連鎖が始まるなど体験したことがなかったのだろう。
(ど、どっちみちあの男は手札を考えていない。運任せならば勝機はある!)
気を取り直したヴァネッサの手も決して悪いものではない。通常なら七割で勝てる手……。
だが……御存知の通り、運任せに於いてヤツの右に出る者はいない。
「勝負よ!」
「ほへぇ~……」
そして、勝負の結果は───。
「ば、馬鹿な!」
ライの手札の勝利。しかも同数字五枚と特殊札二枚という大役。ここに来てヴァネッサは敗北することに……。
観衆からは盛大な拍手が起こった。
(有り得ない!有り得ないわ!何故……)
ここからヴァネッサのツキは一気に落ちて行く。
上賭けを受けている場合、相手が負けるか上賭けをやめると宣言しない限り勝負を抜けることは出来ない……それがカジノのルール。
人間の勝負事で勝ちが連続するなど有り得ないのである。
それこそ一生分の幸運を集中させるか、『運』そのものを操れない限りは……。
勿論、その結果は火を見るより明らかだった。ヴァネッサの五十連敗──手持ちのチップはあっさりと奪われ、預けているチップ全てを用いても足りず、ヴァネッサの人生は一瞬にして他者の手に握られてしまった。
ギャンブルってマジ怖いよね?
「うぅ……。もう、やめて………」
気の毒になるレベルでの大敗。人が絶頂から絶望に至る姿を初めて見た観客達は、見るに堪えずに散っていった。
相手がアホの子と化しているのもまた理由の一つ。ヴァネッサは顔面蒼白で涙目だった……。
そこでようやくアホから元に戻ったライは、最後の一勝負を申し出る。
「さて……あなたに最後にチャンスをあげましょう。次の一番に勝てたらこれまでの勝負は無かったことにしてあげます。チップは全てあなたのもの、今日の我々の賭け金も全て進呈します。でも、俺が勝ったら……」
「………どのみち私には受けるしかないでしょう?」
ニタリと笑うライは実にイヤらしい顔だ!
そうして始まった最後の勝負。ライはティムに説明を加えながら手札を切る。
「この人は存在特性持ちだ。力は【読心】……長時間の発動できないみたいだけど」
「マジか……でも、それってイカサマじゃね?」
「カジノのルールには魔法や纏装は禁止されてるけど、『心を覗いちゃいけません』て無いだろ?だからグレーゾーンだな」
「屁理屈じゃねぇか……」
そう……屁理屈である。しかし、『存在特性』は実際に禁止はされていない。これはペトランズ大陸に存在特性持ちが少ない状況からの不備である。
そしてルールで禁止されていない以上、イカサマとは言えないのだ。
「だからズルな訳だ。で、この最後の勝負でそれを証明する」
「?」
「まぁ見てろ」
そう言ったライがホッコリとした表情を浮かべた途端、ヴァネッサは赤面しカードを投げ捨てた。
「キャーッ!な、なな、何考えてんのよ、変態!」
「ふっふ~ん?何が見えたの?」
「そ、そそそ、それは……」
ライが思い付く限りのエロいこと………それはヴァネッサが到底口にすることの出来ない卑猥なものだ。
「はい、勝負は終わり~。ヴァネッサさん、少し今後の話をしましょうか?」
エロい顔のまま近付くライ。その背後からは至極悪い顔のティムも迫る。
ヴァネッサの思考には未だ卑猥な映像が焼き付き混乱………その結果……。
「きゅう~………」
失神。ヴァネッサは完全に意識を失った。
「あ~あ。やっちゃった……ティムがそんな顔で近付くから」
「それを言ったらお前の顔の方が遥かにヤバイぞ?大体お前……一体何を想像して相手に見せたんだ?」
「そ、それは…………キャアァァッ!」
エロい想像を女性に見せた……そんな『こっ恥ずかしいこと』に今更気付いたライは、手で顔を覆いイヤイヤと肩を振っている。
「ま、まぁ良い。ともかく、これで依頼達成だ。さて……カジノで遊び倒すぜ、ライ?」
「へっ?この人はどうすんの?」
「見張り付きでカジノの宿に預けときゃ良いよ。話は後でゆっくり聞けば良いんだし。実は、今回の本当の目的は景品にある」
「景品て……」
「まあ、付いてこいよ」
ティムが向かったのは景品交換の部屋。以前、竜鱗装甲が置かれていた空間である。
「そういや……ここの最高の景品て何?」
「ん~?あ……また竜鱗装甲だぜ?」
「マジか……え?もしかしてアトラの仲間?」
この問いに、胸元でペンダントに変化していた竜鱗装甲アトラが反応を示す。
『いいえ。あれは通常の竜鱗装甲ですね。私達は【特殊竜鱗装甲】です』
「そっか……」
確かに交換に必要なチップはライの時の五十分の一以下……。それでも小さな家が建つだろう額だ。
「そういや、アトラとの出逢いの地でもあったんだな。これぞ運命ってヤツか……」
『運命ですか?』
「ああ、運命だよ。今なら分かる………今後とも頼むよ、相棒?」
『はい、我が主』
神の眷族とも共に戦った本当の意味での相棒・竜鱗装甲アトラ。ライの生涯の宝物──。
そして、ティムが指差したのもまた宝物と成り得るもの。
「ライ……俺達の目標はアレだ!」
「あ……あれは、まさか!?」
「フッフッフ……流石はライだ。直ぐに気付いたか」
それは一見只の箱に見える。文字も説明もないピンク色の箱……しかし、そこに記された紋章をライは忘れようもない。
「ま、まさか……あれは貴族向けの性教育ぼ」
「シッ!声が大きい!」
「だ、だけど、ティム……!」
「興奮するのは分かる。だが、落ち着け。いいかライ……あれは最新の研究も加わり、何と鮮明な映像も加わった超限定版なのだ。その名も……」
貴族向け性教育資料『愛の奴隷~性神の誕生~・完全究極版』───。
図解や鮮明な映像魔石・全十個と再生魔導具を加えたそれは、貴族すら滅多に手に入らないという希少さでカジノの景品に加わった代物。
「な、何で……ティムがそんなに詳しいんだ?」
「ん?俺が立案して作った」
「うぉぉい!」
「ハッハッハ!正確には『俺が依頼して作らせた』だな。エロ産業ってのは凄く儲かるんだぜ?」
「くっ!な、なら、何故俺に提供してくれないんだ?優先して手に入るだろ?」
ムフゥ!ムフゥ!と荒い鼻息で興奮気味の勇者さん。その肩を叩く親友はそっと囁く……。
「努力して手に入れるからこそエロは輝く……違うか、親友?」
「エロは……輝く……」
「さぁ行くのだ、ライよ!お前のエロを更に輝かせる為に!」
「よぉし!俺達の戦いはこれからだ!」
ライとティムはカジノに向かい駆け出した……。
この後、ライは運を絞り出しエロ教本を見事ゲットした……のだが、ちょっとしたオチが付いてくるのは次回のお話。
ライの休日はもう少し続く……。
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