幕間⑨ 脅威去りし後……。



 勇者バベルの時代以来、最大とも言える危機『古の魔王アムド・イステンティクス』の脅威は取り敢えず回避された──。


 その吉報はエクレトルから各国に通達され、一時的とはいえ緊張が解かれることとなる。


 エクレトルに設置された『準神格脅威存在対策組織』は、その功績で今やペトランズ大陸中が大きく注目するものとなっていた。


 国籍を越えた結束──。不可能に思えたそれを成し遂げ、かつ結果を残したのである。存在が注目されるのは寧ろ当然と言えるだろう。



 そんな『準神格脅威存在対策組織』の置かれている神聖国家エクレトル内では現在、改めて会議が開かれていた。

 場所は以前、大陸会議が開かれた建物内にある大講堂。各国毎に別れ向かい合う様に席が設けられていた。



「今回、皆様に幾つかの議題・相談がある故にお集まり頂きました」


 エクレトルの施設内に集められたのは『準神格脅威存在対策組織』の『討伐組』の面々である。


 議事進行はマリアンヌという形で相談の場が持たれていた。



「まず最初に……今回は『討伐組』のみに集まって頂いております。トシューラとアステに関しては除外しての議題となりますのでご容赦を」


 僅かな響動めき……しかし、すぐに場は静まった。理由は言わずとも皆が理解している。



 【トシューラとアステは結託し侵略行為を繰返している】



 だが、あからさまにトシューラ・アステの両大国を排除という形式も、通常はそうそう執られることはない。国家間の関係とは是か否かという単純なものではないのだ。


「では……最初の議題です。ある人物から『準神格脅威存在対策組織』では名前が長いとのご指摘がありました。そこで皆様にも相応しい名称をお考え頂きたいと思います」


 この議題を聞いたトォン国の勇者ルーヴェストは、興味無さげに手を挙げた。


「マリアンヌさんは何か無いんですか~?」

「無くはありませんが、皆様の意見を……」

「正直、余程いい加減でなければどうでも良いと思いま~す。マリアンヌさん決めて下さ~い」


 明らかにやる気の無いルーヴェスト。マリアンヌは小さく溜め息を吐いた。


「わかりました。では『やんちゃなルーヴェストと愉快な仲間達』ということで……」

「ちょっと待て、マリアンヌ……何だ、その巫山戯た組織名は?」

「冗談です。落ち着いて下さい」


 表情を崩さないマリアンヌ。皆はマリアンヌが冗談を発したことに少し驚いていた。


「……冗談かよ。お前でも冗談言うんだな」

「皆様からあまりやる気を感じませんので、私も力を抜かせて頂きました。真剣に取り組んで頂けるならば、私も真剣に進めますが……?」

「わかった、わかった……悪かった。で、どんな名称なんだ?」

「【ロウドの盾】──。人名・国名は使用出来ませんし、どうしても言葉を繋ぐと長くなりますので」

「……悪くないんじゃねぇの?だが、【ペトランズ】じゃ無ぇのは何でだ?」

「いつかディルナーチ側も加わる可能性を否定出来ないからです。もしディルナーチ大陸に強大な魔王が出現した場合、皆様は最後まで放置しますか?」

「そん時はそんな場合じゃねぇわな……わかった。俺は賛成だ」


 他の者からも反論はない。『準神格脅威存在対策組織』は『ロウドの盾』と名を改めることとなった。


「では次の議題ですが、『ロウドの盾』の今後の活動をどうするか、です。このままいつまでもエクレトルに滞在という訳には行きませんので」


 精鋭に選ばれる程の人物なのだ。それぞれ国では立場ある身。勇者、親衛隊、騎士隊長等、責任ある立場も多く、帰国する者が殆どである。


 しかし、折角の多国籍精鋭部隊。解散するのは忍びなく、魔王アムドを討つ為に集った『ロウドの盾』を今後にどう繋げるべきかを問う議題である。


「それぞれの国に帰っても活動は出来るのではありませんか?」


 挙手・発言したのは、マリアンヌの隣に座っていたニルトハイムの公女クリスティーナ。

 自らの国を失ったクリスティーナは、ルーヴェストの忠告を受けアステ国には戻らないことになった。


 よって、教えを請うマリアンヌと同様のシウト国側に席を置いている。


「具体的にはどうすべきだと思いますか?クリスティーナ様」

「はい。普段はそれぞれの国の役割を果たせば良いと思います。もし脅威存在が確認された場合、優先的にエクレトルに集合し方針を決める……。もしくは情報の共有の後、それぞれが目的地で合流し連係するのが妥当かと私は思います」


 つまりエクレトルという場所に拘らなくても行動を行える様にすべき、という主張らしい。


 このクリスティーナの意見にはトォン国の親衛隊長ブライが意見を述べた。


「我々トォン国の親衛隊は今でこそ役割として此処にいるが、通常は王命が無ければ絶対に動かない。その提案には従えない恐れがある」

「しかし……そんなことを言っている場合では無い事態も起こり得ませんか?」

「……王は聡明な方だが、やはり利を優先するだろう。それはどの国も同様と思うが?」

「そ……それは……」


 クリスティーナはマリアンヌに救いを求め視線を向けるが、マリアンヌ自身もトォン国の親衛隊の意見は正しいと判断している。


「ブライ様の仰る通りでしょう。人は国に暮らすのです。祖国を優先するのは寧ろ正しい考え……」

「そんな……ですが……」

「例えばクリスティーナ様の御姉様が暮らすアステ国イズワード領と、トォン国……魔王が同時発生したら如何致しますか?」

「それは……」


 言葉に詰まったクリスティーナは胸を手で押え俯いてしまった。

 マリアンヌはそっと手を伸ばし、そんなクリスティーナの頭に触れる。それは温もりでどこか安心出来る、優しさの籠ったものだ。


「クリスティーナ様。貴女の意見も間違いではありません。自国優先は仕方の無いことですが、クリスティーナ様の意見に近い形で出来ることもある」

「出来ること……?」

「はい。それは、ある人物が実証しています」


 マリアンヌはシウト国側に座る『ある人物』に視線を向けると、改めて提言を始めた。


「かつて勇者マーナ様はトシューラ国に踏み込みましたが、魔王撃退を理由にお咎め無しとなりました。ここから思い付いた事案ですが、有事の際に越境権限を持つ条約を結ぶべきと考えます」


 この言葉にトォン国側が響動めいた。


「……それは『ロウドの盾』のみが対象か?」


 ブライの問いにマリアンヌは頷いた。


「勿論です。但し『ロウドの盾』と言えど有事の際限定とするべきでしょう。それ以外に『ロウドの盾』として渡った場合、罰則も設けるのが妥当です。越境が必要な有事の判定はエクレトルにお願いしたいのですが………」


 エクレトル側の天使兵には今回、アスラバルスの姿は見当たらない。前回は飽くまでお忍びとしての行動……今回の会議には、天使兵の中でも至光天候補者と名高い『星光騎士団』の団長マレスフィが代表として参加している。

 マレスフィは白銀の鎧に身を包んだ金髪を短く切った女性だ。


「要望は承りました。しかし、立場上この場にての返事は致しかねます」

「はい。それを踏まえた上でもう一つ、お願いがございます」

「何でしょうか?」

「エクレトルには第二回の『大陸会議』を提案して頂きたいのです」


 会議場は再び響動めきが広がった。


「……それでは、トシューラ国・アステ国も含めなければなりませんが?」


 怪訝な顔を向けるマレスフィ。しかし、マリアンヌは表情を変えること無く続ける。


「問題は無いと思います。それに、トシューラ・アステ両国を外すのは長い目で見ても現実的ではありません。もしトシューラ・アステ側で発生した脅威が他国に向かうのであれば、やはり協力は必要なのです」

「ですが……トシューラ・アステ両国が危険と認識した故に今回は招集を呼びかけていないのでしょう?」

を共有・確認する為に集まって頂いたのが目的です。それを踏まえた上でどう動くか……それこそがこの会議の意義とも言えます」


 シウト・トォンの両大国は魔王襲来を期に同盟を結んだ。詳細はまだ決まっていないが、大陸会議を期に二国間に話し合いの場を持たせるのもマリアンヌの狙いである。

 より密な同盟が今後どうしても必要となるのは間違いないのだ。


「トシューラとアステ……裏で繋がっているのは間違いでは無いでしょう。しかし、イズワード領の新領主たるシン様はトシューラを良く思っておりません。いえ……話を窺う限り、アステ国領主の多くはトシューラ国に不満を持っている様に感じます」

「……貴女は何を言って…」


 そこで、それまでつまらなそうにしていたマーナは不敵な笑顔を浮かべ呟いた。


「……アステ国とトシューラ国の同盟を破綻させる。それが狙い?」

「流石はマーナ様です」


 会議場全体が一気に熱を帯びた様に騒がしくなった。


「本当にアステ国を切り離すなんて出来るのか、マリアンヌ殿?」

「現状は無理ですが、その前段階までは持ち込めるかと……ただ、厄介な者が一名いますが……」

「それは一体誰だ……?」


 ブライはこの期に情報を集めるつもりらしい。エクレトル側も同様の気配を見せていた。

 マリアンヌがそれを理解した上で情報を開示しようとしたその時、確信を持った声が上がる……。


「アステ国王子・クラウドだな?」


 それはルーヴェストだった……。以前からアステ王子クラウドを危険視していたルーヴェストには容易く見当が付いたのだろう。

 得体の知れない違和感を纏う、王子にして勇者。だが、確信を得られなかった。


「根拠は何だ、マリアンヌ?」

「直接受けたから……とでも申しましょうか。あの方は存在特性『魅了』を使います」

「何だと!?」


 再びの響動めき。ペトランズ大陸側では存在特性を使える者は非常に少ない。故に基本的に見極める術は無い。


「尋常ならざる強力な『魅了』です。魔法とは比べ物にならない強さでした」

「……何でお前は平気なんだ?」

「私は固有能力として『解析』を所有していますので何とか対抗出来ました。それに……私の心はある方に既に捧げていますので、奪われることはありません」


 むっとした顔でマーナが睨んでいるが、マリアンヌは華麗にスルー。実に涼しげである。


「ともかく、クラウド王子の『魅了』は異常とも言えます。男女に関係なく魅了は届くでしょう。発動条件は直接触れ目を合せることと推測されます……。強力過ぎる為に恐らく一度に魅了出来る人数に限界がある筈」

「そこまで分かってんなら何とかなるんじゃねぇか……?」

「問題は誰を『魅了済みか?』なのです。強力な戦士や魔術師は勿論ながら、有力領主が魅了されている場合は国家間の紛争に繋がる恐れもある。それに、解除も難しいかと……」


 クラウドが勇者として一度世界を回っているのは周知のこと。各国の要人が魅了されている可能性もある。


「ちっ……ある意味トシューラより厄介だな。シンの奴、わかっててクリスティーナ嬢ちゃんを戻さなかったのか?」

「恐らく勘の部類を超えませんが、何かを感じてはいたのでしょう」

「で、どうしてそんな危険な相手も含めた『大陸会議』をやろうとしてる?」

「アステ国は何故トシューラの言いなりなのでしょう?」

「は……?何だ、いきなり……言いなりだと?」


 同盟ではなく言いなり。この言葉に講堂内は再び騒がしさが増す。


「事例としては、トシューラ・アステの連合艦隊が沈んだ事態を覚えていますでしょうか?」

「この間の『誘導作戦』じゃなく、“ その前 ”のヤツか?」

「はい。公的な発表は『海王討伐』でしたが、壊滅したのはアステの艦隊……海王の脅威を最も理解しているアステ国がそのような愚を犯すでしょうか?」

「あん時ぁ、トシューラ艦隊は少数だったんだっけな……確かにおかしいな」

「あれは、トシューラ国に囚われていた者達の脱走を阻んだもの。過剰な戦力投入は、漏れて困る事実に加え脱走者の中に強力な戦力が有った為です」

「おいおいおいおい……マジか、それ?」

「確かです。……それはトォン国も把握しているのでは無いですか?」


 ブライは無言を貫いていたが、ルーヴェストに睨まれ仕方無く答えることになった。


「確かに……。トォン国には何処からか現れたトシューラ国の兵が居た。事情を聞けば、捕らえていた囚人が逃げた為に処罰を怖れて帰国出来ないとのことだ。何者かに転移させられたとも……」

「つまり、トシューラの悪事のケツ持って艦隊壊滅かよ……確かに異常だな」

「近年の目立った例はその事件ですが、調べてみると事ある毎にアステ国は損失を出す様子が見られます。それもトシューラの為に」

「同盟じゃなく属国かよ……」


 大国のアステが属国……それが事実ならばトシューラという国の危険さを見直さねばならない事態だった。


「だが、クラウドを見るとそんな風には見えねぇがな……」

「だからこそ好機なのです。クラウド王子は歴代の王族と違い何処かトシューラ国の被害を望んでいる節がある。それがこの間の『誘導作戦』です」


 被害を出したのはトシューラ艦隊。そもそも誘導作戦を提案したのもクラウド王子なのだ。


「今考えると、あれは海王による艦隊壊滅を狙ったのかも知れません。結果は魔王存在に殲滅されましたが、クラウド王子の狙いは果たされたと言って良いのでは?」

「つまり……クラウドの奴はトシューラを潰しに掛かってるってのか……」

「そんなクラウド王子ならば、アステ国内の領主にトシューラの傀儡が加わっていても放置しているとは思えません」

「ん~……。他は知らねぇが最大領主のイズワード卿はトシューラへの疑念持ち……ってのは、シンから聞いたけどな」


 もし心底トシューラに隷属しているなら、トシューラ国との同盟に批判的な領主を見逃しはしないだろう。


 しかし……シンを通じてイズワード元領主パルグから話を聞く限り、何らかの精神操作を受けた気配は無いという。切れ者として名高いパルグは魔術師としての技量も併せ持つのだ。気付かぬとは考え辛い。


「恐らく、現在のアステ国はクラウド王子が操っているのでしょう。それ故か、その目は国内に警戒を向けていない様にも感じます。トシューラに従うフリをしている可能性は充分にあるのでは?」

「なら、ヤツを抱き込むのか?」

「いえ……先程も言ったように、『魅了』の力は強力。それに──クラウド王子は人間としての何かが欠けている様に感じました。自国の兵を平気で犠牲する人間……やはり企みがハッキリするまで距離を保つべきでしょう。ですが、諸公の意向に関してはこの期に確認したい」

「つまり、アステをトシューラから引き離すのではなく、アステ国内での意思を反トシューラに傾けるのか……怖えぇな、お前」


 もしクラウドがトシューラに逆らっている場合、より『魅了』の力を効果的に使うだろう。それは乱用しないことと同義とマリアンヌは考えていた。

 その場合、クラウドはアステ国内に於いて王家という立場が利用出来る。魅了の対象数が限られる場合、アステの諸公は対象外になっていると推察される。


 逆にアステ国内の領主に対し優先的に魅了を使っている場合は、クラウドはトシューラの尖兵としての役割を果たしていることになる。

 そうと判った際は、クラウドからは距離を置き新たな方法を模索しなければならないだろう。


「大陸会議に呼び込むのは、その隙を突いてアステの中を確認する為か……」

「はい。トシューラを呼ぶのもアステに警戒されない為のもの。それに……」

「まだ何かあるのかよ……?」

「いえ。それは大陸会議の場で明るみになる筈ですので……」

「?……まあ良いけどよ。で……どうする、天使さんよ?」


 マレスフィはしばし沈黙した末、同意の方向で話を進める約束をした。


「では、一度話を纏めます。一つ、第二回大陸会議の開催。議題は『ロウドの盾』による有事越境権限の確立。加えて、エクレトルよりの指令部配置」

「それは脅威存在に対してのみの提案で良いのだな?」

「はい、ブライ様。そして二つ目……。アステ国内の意思確認。これがもしトシューラへの同盟重視ならば、我々の体制も今までのまま維持となります。慎重に行動しないと国家紛争に傾く恐れもありますので、飽くまでも可能性程度の期待として下さい。行動は……クリスティーナ様ならば作戦前から問題無くイズワード卿に面会出来るでしょう。後は運次第」


 クリスティーナは拳を固く握り胸に当てた。


「わかりました。義兄や姉の為にも尽力致します」

「因みに私も同行致しますのでご安心下さい」

「おい……それじゃ大陸会議、不安じゃねぇのか?」

「それまでには戻る予定ですが……間に合わない場合、大陸会議は優秀な方にお願いするつもりです。それより──皆様には念を押しますが、クラウド王子と対峙することがある際は重々お気を付け下さい」


 単独面会の回避、直接接触の禁止を告げた後、さらにマリアンヌはもう一言加える。


「クラウド王子の実力は三大勇者に並ぶと思われます。マーナ様、ルーヴェスト様と言えど油断はなされません様に……」

「わ~ってるよ……アイツの目を見りゃわかるぜ」

「私はアイツ嫌いだから近付かないわよ。大陸会議にも出ないから心配要らないわ」


 エルドナ社の『竜鱗魔導装甲』の所持者でもあるクラウド……その身に確かな実力も備えていることをマリアンヌは見抜いている。


「他に議題があれば会議を続けますが、どなたか提案はありませんか?」


 各国、反応無し。


「では議会は解散と致します。各国の帰還、道中お気を付け下さい」


 『ロウドの盾』は一時散り散りなる。その間の脅威は各国毎の対応となるだろう。


「マレスフィ様。少しご相談があるのですが……」

「わかりました」


 閑散とした講堂の中に残ったのはマリアンヌ、クリスティーナ、マーナ、ルーヴェスト、マレスフィ、そしてサァラだ。


「それで御用は……?」

「あの場では口にしませんでしたが、今から大陸会議中までに有事が起こる可能性があります」

「それは……魔王アムドにまつわることですか?」

「いえ……恐らくは別件です」


 マリアンヌが告げたのはトシューラ国に移動した魔王【鱗】に関するもの。


「既にアスラバルス様からお聞き及びかも知れませんが、今トシューラには四体の魔王級存在が居ます。それがどう動くか予想が付きません」

「……ベリド、とかいう魔人ですか。それほど脅威ですか?」

「はい。ベリドは魔獣すら生み出した存在。古の魔王の一体と結託した可能性を考えると魔王アムド並みに危機的状況と考えるべきでしょう。何よりベリドは、確かな意思を持ちトシューラ国と手を結んでいる。それが一番危険なのです」


 遺跡の街エノフラハで起きた事件は、獣人の青年オーウェルからの報告でトシューラ国の陰謀と明らかになっている。


「それは分かりますが、何故『大陸会議』までに危機があると?」

「今回、一番被害を受けたのはトシューラ国です。他国の被害の少なさを考えれば納得するとは到底思えません。それに……」

「それに……何ですか?」

「損害を埋めるにはどうするのが早いか……お判りでは?」

「他国から奪う……ですか」


 隣接する小国の中には豊富に資源を持つ国もある。そこに攻め込む大義名分に『魔王討伐』を掲げる可能性は高い。


「そんな……その為に魔王の力を借りるとお考えですか?」

「トシューラならば有り得ない話では無いでしょう?」

「………わかりました。それで、一体どうすべきとお考えですか?」

「エクレトルには幾つかの小国に助力して頂きたいのです。魔王探索を理由に小国に兵を配置しては頂けませんか?」


 他国への防衛戦力配置。エクレトルにとってはあまり前例がない事案である。


「………。それは……人の争いに関わらぬというエクレトルの理念に反します」

「もし、只の侵略ならばそうでしょう。しかし、既に魔王級の魔人と結託を確認しているのです。アスラバルス様にご進言頂くだけで構いませんから、どうか……」

「………わかりました。アスラバルス様にお伝えしましょう」

「ありがとうございます、マレスフィ様」

「いえ……それではこれで」


 立ち去るマレスフィを見送り残った一同は、まだ置かれてある椅子に腰を下ろした。


「さて……どうなるかね?」


 だらんと崩れ落ちる様に座るルーヴェストは、手をヒラヒラさせながらニヤけていた。


「恐らくは大丈夫でしょう。ですが……」

「まだ何かあんのかよ!」

「何か……嫌な予感がするのです。エノフラハの魔獣、古の魔王三体、魔人ベリド、双子の魔王……脅威存在が続いていますから」


 勘の領域を出ないマリアンヌの予感。だが……。


「俺もな……ちと考えちゃいたがな?大体、魔王の封印解いたの誰だってぇ話だよ」

「…………」


 そんな中、挙手する存在が……。


「何でしょうか、サァラ様?」

「あのですね?……ノルグーでの出来事をご存知ですよね?」

「ノルグー……魔獣を呼び出そうとした司祭のことか、嬢ちゃん?」

「は、はい。お師匠様……魔術師クインリーの話では、プリティス教というのは昔の『魔獣信仰』じゃないかって……」

「魔獣信仰って邪教だろ?マジかよ……」


 魔法王国クレミラ崩壊後に出現した魔獣信仰は、当時の混乱に乗じ非道の限りを尽くしたという。

 エクレトル建国後、魔獣信仰は縮小し勇者達の手により壊滅させれたと伝えられている。


「断言は出来ません……。ただ、クインリー様の助言でキエロフ大臣はプリティス教関係者を国外追放にしました。他国はどうなのかな……と思って……」


 サァラはプリティス教司祭アニスティーニにより人生を狂わされた。恨みが無いと言えば嘘になるが、他者が自分同様の犠牲になることの方が何より恐かった。


「トォン国は神聖教……後はドラゴン信仰だな。他のは許可して無ぇから大丈夫だぜ?」

「そうですか……」

「だが、他の国はわからねぇ。それが不安か?」

「はい……。もしプリティス教が邪教なら、大陸会議に合わせて何かしそうな気がして……すみません」


 不安げなサァラの肩を抱き寄せたのはクリスティーナだった。


「サァラ様が謝ることはありませんよ?皆を心配することは悪いことではありません。かくいう私も……その……不安ですし……」

「クリスティーナさん……」

「しっかし……不安にさせたい訳じゃ無ぇが、サァラ嬢ちゃんの予感が当たったら結構ヤバイかも知れねぇぜ?……プリティス教ってのは小国に多いと聞く」

「ですがルーヴェスト様……。まさか、そんなタイミングで行動を起こすでしょうか?」

「そんなタイミングだから行動を起こすんだろ?邪教だぜ、邪教?迷惑でナンボってヤツだろ」


 身も蓋も無い言い方だが、実質はその通りなのだろう。『よこしま』な『宗教』とは、つまりは邪神崇拝を意味している。


「……現状として確認のしようがないですね。やはり対策はエクレトル頼りになってしまうでしょう」

「そうですか……」

「出来るならプリティス教の大本営に潜入調査すべきでなのでしょうが……シウト国はそこまで動くとも考えられません。こういう時、世界の纏まりの無さを痛感しますね」

「マリアンヌさん……」


 残念そうなサァラをクリスティーナが抱き締めつつ頭を撫でる。



 その時──重苦しい空気を振り払う様に立ち上がる者がいた。

 そう……三大勇者にしてシウト国の女勇者、マーナ・フェンリーヴである。


「はい!この話は終わり~!世の中なんてどうせなるようにしかならないのよ?考えるだけ無駄無駄!わかった、サァラ?」

「マーナさん……」

「勝手に動くのが勇者の特権みたいなものだし、何かあれは私達が動けば良いのよ。ね?筋肉勇者?」

「何!筋肉が見たい?仕方ねぇな……」

「ちょっと!脱ぐんじゃ無いわよ!バカじゃないの!?」

「ふっ……バカになる程筋肉が見たいか……よし!ならば見ろ!この……大胸筋のダンスをバカになる程見続けろおぉぉぉ~っ!?」

「い~やぁぁ~っ!や~め~て~!?」


 神聖国家エクレトルというその名の通り『神聖な国』の中で、女性に裸体を見せ付けるルーヴェスト。

 左右の大胸筋をリズミカルに動かし、逃げ回る女性達を追い回す姿は完全に変態さんの様相だった……。


 逃げ回った末に建物の隅に追い込まれたマーナ、クリスティーナ、サァラの三人は、小さく身を寄せ恐怖と嫌悪感で涙を浮かべている。


「さぁ……お嬢ちゃん達。よぉく見てごらん?これが……!これが俺のォ!筋肉ちグベェ!?」

「いい加減になさって下さい、ルーヴェスト様」


 ルーヴェストの後頭部を直撃したのはマリアンヌの手刀。ルーヴェストは頭を抱え踞っている。


「ぐあっ……マリアンヌ……俺はただ要望に応えて喜ばせようとだな……」

「要望していませんし、喜んでもいません。早く服を着ないと痴漢と叫びますが、宜しいですか?」

「………スイマセンしたぁ!」


 流石のルーヴェストと言えど『女性を追い回す痴漢勇者』というレッテルは不名誉らしい。そう……彼は勇者。変態さんでは断じて無い………筈?


「ちっ……まあ良い。だがマーナ嬢ちゃんの言う通り、何かありゃあ『勇者』が動く。世界中に勇者はいるからな……心配すんな」

「……………」

「おいおい、そんなに怯えて誰の仕業だ?……さては魔王か!?」

「あんたのせいよ、あんたの!?見なさい……クリスティーナとサァラを!完全に涙目じゃない!サァラに至ってはトラウマものよ?」


 怒るマーナも実は涙目なのだが、そこは勇者のはしくれ……気丈に振る舞っている。


「…………悪い悪い。さて、じゃあ俺は逃……帰るか」

「今、逃げると言い掛けたわね……」

「おいおい。あんましつこいと『お兄ちゃん』に嫌われちゃうぜ?だろ、マリアンヌ?」

「何でお兄ちゃんが………そうだ!そう言えばマリアンヌ、あんた……」


 マーナが目を逸らした一瞬……ルーヴェストは素早く逃げ出し部屋から姿を消した。その動きはまるで小動物の様に機敏だった……。


「…………」

「…………」

「そ!そんなことより!あんた何でお兄ちゃんが居たのに教えなかったのよ!?」

「ほへは、らいはまがそほねはった……」

「何言ってるか分からないわよ!ハッキリと喋りなさい!?」

「マ、マーナ様。マーナ様がマリアンヌ様の頬を離さないと喋れないと思うのですが……」


 ガッシリと頬を掴まれたマリアンヌは全く動じない。しかし……その顔は大変なことになっていた……。


「大体、お兄ちゃんが何で魔の海域なんかに……」

「はいほほをふふひひ……」

「ああ……マリアンヌさんがまるで別人に……」


 その後……マーナが落ち着くまで頬をつねられ続けたマリアンヌ。白肌が今は仄かに赤い……。


「ともかくシウト国に帰りましょう。悩むより行動。私達は魔王を倒せたんじゃなく助けられたのよ!お兄ちゃん最高!……じゃなくて、私達はもっと強くならなくちゃならないのよ!」


 心の声が漏れているマーナだが、皆を活気付けるには充分だったらしい。

 結局、出来ることなど限られるのだ。


 ならば───。


「そうですね。………クリスティーナ様、まずはシウトに向かいますが宜しいですか?」

「はい!ご教授、よろしくお願いします!」

「私も……修業お願い出来ますか?」

「はい、サァラ様……新しい装備も揃えて頂きましょう」

「はい!」

「じゃ、帰るわよ!……シウト国に!」


 それぞれが強くある為に……。



 決意を新たに一同はシウト国へと帰還。


 だが……これより先の大陸会議も含め、ペトランズ大陸には再び大きな試練が襲い掛かる。


 奇しくもそれは、会議の後この大講堂で語られたことをなぞるように進んで行くことになる………。




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