久遠安寧の章

第四部 第六章 第一話 桜花天


 久遠国王都・桜花天──。


 久遠国のほぼ中央に位置する平野に発展した最大の都市にして、国の権力を司る最高機関の集う場所である。

 各領地からの流通が集まり経済都市としての面も併せ持つ王都は、人で溢れ文化の華やかさに彩られた賑やかな街だった……。


 桜花天の中央に聳え立つのは城ではなく、空を埋め尽くすかの様な巨大な桜───それは遥か昔、世界を渡りし魔人『百鬼一族』が異世界より持ち込んだ樹木の成長した姿である。

 魔力溢れる大地の影響で変化した桜は、年間を通し散ることもなく花を咲かせ続けていた。



「はぁ~……凄っげぇ……」


 巨大な桜の樹に圧倒され息を飲む勇者ライ。異国人である故か桜を初めて見るのだが、その美しさに見蕩れてしまっていた。


「同じ巨木でも夢傀樹とは大違いですね……」

「……あんなものと比べられても、桜が可哀想じゃな」


 現在、ライ達がいるのはスイレンの親が開いている道場の庭先……。御神楽から道場へと転移したライ達は、目に飛び込んで来た風景に気を取られ“ ほっこり ”としてしまったのである。


「そろそろ宜しいですか?父に紹介致しますので……」

「あ……ごめん。行きましょう、メトラ師匠」

「うむ」


 スイレンの案内で向かったのは敷地内にある屋敷。そこは小ぢんまりとした、やや古びた建物だった。


「父上。ただいま戻りました」


 引き戸を開け良く通る声で帰宅を告げるスイレン……。しかし、呼び掛けに反応は無い。


「おかしいですね……父上~?」


 スイレンの二度目の呼び掛け……途端に建物の奥からけたたましい音が響く。どうやら何かに蹴躓けつまづき盛大に崩した音の様だ……。


 そうして廊下の奥から現れたのは、壮年の……少し白髪の混じった総髪の男……。


「良く戻ったな、スイレン」


 威厳を保とうとしたのか、堂々とした立ち振舞いで現れたスイレンの父。しかし……蹴躓いた足を少し引摺りながらも娘の帰還の嬉しさで口許が歪み、何とも残念な印象を与えている……。


「む……?そちらの御仁は客人か?異国の方の様だが……ま、まさか!遂に来たのか?」

「何がですか、父上?」

「ほら、アレだよアレ……『娘さんを僕にください』と言って『娘が欲しくば俺を倒して奪うが良い』となって、最後は殺し合うっていう………ちょっと刀取ってくる」

「何ですか、その物騒な婚前挨拶は!この方は門下生希望の方ですよ!」

「そうなんだ……ちっ!」


 残念そうな表情を浮かべ舌打ちする様は、まるで子供の様である……。


「……。随分とスイレンちゃんと違いますね……」

「うむ……何というか、色々残念な気配漂う男よな」


 ライ達のその言葉が聞こえたかどうかは分からないが、スイレンは疲れたように説明を続けた。


「……こ、この方はラカン様の推薦者でもあります。必要ならば不知火、豪独楽、嘉神、そしてドウゲン王からも推薦を頂けると思いますが、入門をお願い出来ますか?」

「うぅむ、それ程か……わかった。先ずは上がりなさい」


 座敷に案内されたライ達。畳に卓袱台という、ディルナーチならではの光景にすっかり馴染んだライは正座までしている。

 そして改めての入門申し込み。ライはまず礼儀として自ら名乗ることにした。


「お初に御目に掛かります。私はライ・フェンリーヴ……。ペトランズ大陸の勇者をしていたのですが、縁あって久遠国に招かれました。こちらは私の魔法の師匠、大聖霊メトラペトラです」

「ほう……私はスイレンの父、リクウ。カヅキ・リクウだ。中々に変わった御仁をお連れしたな、スイレン。で……二人はどんな間柄?」


 まだ玄関先での会話は続いているらしい……。


「そりゃあ……スイレンが襲い掛かる程の仲じゃな」

「何と!そんなに欲求不満だったのか……我が娘ながら何と大胆な。で、どこまで行ったの?子供は?やっぱり刀必要?」

「………お、お互いたちが悪い身内を持つと大変だよね、スイレンちゃん」

「申し訳ありません、ライ殿……」


 拳を握り絞めプルプルと震えるスイレンは、懸命に深呼吸を繰り返していた。


「フゥ……話を戻しますが、私の勘違いでライ殿に斬り掛かった負い目もあります。父上……お願い出来ませんか?」

「………そうか。わかった」


 スッと立ち上がったリクウは、側にある箪笥の引き出しから一枚の紙を取り出し卓袱台に乗せる。


「では、入門コースを選択してください。【一日体験コース】は無料ですが、実質中身スッカスカです。只で得られるものなどあってたまるか!……ケホン!え~……【じっくりコース】は平均五年を掛けて懇切丁寧に仕上げます。【冥府魔道コース】は鬼の如き修業で命の保証はありませんが、修得は早いかもね!」

「………………」

「料金の方ですが、【じっくりコース】【冥府魔道コース】に差はありません。キッチリキッカリ、ケツの毛毟ってでも回収するでぇ?で、お値段はこれくらいで……」


 提示された額はボッタクリとも言える金額だった……。


「父上!」

「スイレン……少し来なさい」

「わかりました」


 廊下に姿を消したカヅキ親子は、小声で言い争っている。


(何ですか父上!あまりに失礼ですよ!)

(スイレンよ……父は試しているのだ。この程度で折れる志の者ならば、最初から技の修得など不可能!)

(ですが、ライ殿はそんな方では……)

(父も辛いのだ。決して『最近門下生が減って生活が苦しい』とか『バカな異国人からゴッソリせしめてやれ!』等と思ってはいないのだぞ?)

(………。本当に?)

(うむ。父を信じろ……。そして、たまには父と豪勢な食事をしようじゃないか!?)

(ち、父上!?)


 小声だが、ライとメトラペトラには丸聞こえ。二人とも白目を剥いていた……。


「………本当に親子なんじゃろうかの?」

「くっ……何て世知辛ぇ……」


 ようやく戻ってきたリクウの顔が妙に腫れていたのは、スイレンが力の限りつねっていたらしい。


「はぁ……娘がさ?言うんだよ……。『お父さん?嫌いになっちゃうからね?』ってさ……?だから、仕方無く……だよ?入門させてやるよ……。へっ……」


 リクウは物凄く不貞腐れている。これが高名な武術家と言われても説得力が無い……。


「ち~ち~う~え~!?」

「ハハハ……。だ、大丈夫だよ、スイレンちゃん。修業をお願い出来るんなら、それで……」

「ですが……」

「メトラ師匠。以前渡した千両箱出して下さい。どうせ使い道無さそうですし……」

「そうじゃの。少し待っとれ」


 メトラペトラの【鈴型収納庫】から取り出した千両箱を差し出すと、リクウは生唾を飲み込みながら蓋を開いた。

 中に入っていたのは山吹色に輝く通貨……。リクウは直ぐ様千両箱の蓋を閉じ、脇に抱えて部屋を後にした。


 しばし後……堂々とした立ち振舞いで現れたリクウ。しかし、ライ達は知っている──屋敷の奥で『ヒャッホゥ~ッ!鴨がネギ背負ってきた━━━っ!』という叫びと、通貨が巻き散る“ チャリチャリ ”という音が聞こえたことを……。


「コホン。あ~……その、何だ。………。カネで何でも手に入ると思ったら大間違いだぞ、この野郎ゥが!?」

「えぇぇ~っ!?」


 次々にライ達の度肝を抜く漢・リクウ。一周回って『あれ?実は凄い大物なんじゃね?』という考えが過るほどだった……。


「じゃ……じゃあ入門は……」

「娘の達ての願いだ。入門を許す」


 言葉とは裏腹に、リクウの口角はつり上がり物凄い揉み手であったことは忘れてはならないだろう……。


「それでは宜しくお願いします」

「うむ。で、今から早速始めるか?」

「いえ……今日は国王の元に向かわねばなりませんので、戻ってからお願いします」

「わかった。では、ライ殿の部屋を用意しておこう。スイレン、手伝ってくれ」

「リクウさん……私は教えを乞う立場ですから、どうか呼び捨てで。私はリクウ師範とお呼びしても?」

「師範……。良いな……それで行こう」

「それでは宜しくお願い致します」


 話が纏まりカヅキの敷地を出たライとメトラペトラは、そのまま桜の側にある王城へと足を向けた。


「…………」

「…………」

「な、何というか……強烈な人でしたね」

「う、うむ……。スイレンからは想像も付かないインパクトじゃな」

「こんな衝撃、ラジックさん以来ですよ」

「……ワシには寧ろお主に近いものを感じるのぅ」

「にゃん……だと……!?」


 あんな人を頼って本当に強くなれるのだろうか?という疑問がライの脳裏を過る。

 しかし、くだんのラジックの元で修業した際も確かな糧となったのだ。それに今更引き返せない以上、覚悟を決めるしかない。



 そんな微妙な心境の中で、ライは街中を通り抜けて行く。頭に猫を乗せた異国人は注目を浴びるかと覚悟していたが、割とそうでもないことに安堵した。


 桜花天は嘉神領同様とまでは行かないが、異国人の姿が稀に確認出来る。恐らくそれは、久遠国が唯一交流を結ぶというスランディ島国の者なのだろう。

 彼らが久遠国の衣装に身を包み仕事をする様を見ると、鎖国された国と忘れる程だった……。



 流行の先端たる華やかな街、豊富な商品、慌ただしく行き交う人波……。流石は王都だけあり、街は全てを集め混ぜ合わせたような不思議な賑やかさを醸し出している。


「しっかし、デカイですね……。街だけでカジームの半分くらい有りますよ?」

「これだけ多いと滅ぼしたくなるのぅ……」

「以前も言ってましたね、ソレ……それじゃ酒屋探せないでしょ?」

「そ……そうじゃ!『みなごろし』を……『みなごろし』を見付けるんじゃ!」

「ほ、滅ぼすと言った後だと物凄く不穏に聞こえますね……。何でそんな酒名に……」


【銘酒・みなごろし】


 呑んだ者はその美味さで手が止まらず、死ぬまで飲み続けるとさえ言われる美酒──なのだが、寧ろヤバイ印象しかない。



「酒は帰りに探しましょう。まずは王に面会を……。リルの件もありますから」

「約束じゃぞ?破ったら滅ぼすぞよ?」

「わ、わかりましたよ。ったく……滅ぼしたら本末転倒でしょうに……」


 王城まで思ったより距離があるようなので、やや速足で歩く。カヅキの道場は割と王城に近いのだが、それでも四半刻もの時間を要してようやく王城『鳳舞城』の正門まで辿り着いた。


「う~ん……飛翔出来ないのは面倒っすね」

「仕方あるまい。それも含めた移動方法を考えねばならんの……」


 そんな『異国人勇者』さん──。さっそく門前で止められる。


「何だ、貴様は?城に何の様だ!」

「あぁ……懐かしいな。旅立ちの時も止められたっけ……」

「何を言っている?異国人故に言葉が解らぬのか?」

「あ……スミマセンね。俺、王に呼ばれてんですよ」

「………証拠はあるのか?」

「ちょっと待ってて下さいね~……。はい、書状」


 ちょっとした既視感が襲うが、今回はちゃんとした服装……シウトでの旅立ちの時とは大きく違う。


「………済まぬが確認をしたい。待って貰えるだろうか?」

「大丈夫ですよ~、慣れっこですから」

「そ、そうか……。かたじけない」


 駆け出す門番。だが、戻った際の態度は懇切丁寧に変わっていた。


 案内役に通されそのまま天守へ。但し、刀と荷物は預けることとなった。


 そして遂に久遠王ドウゲンとの面会。襖を開けた先……そこには、王とは思えぬほど線の細い男が座っていた。


「やぁ。まあ座って」


 スズと幼馴染みと聞いていたが、ドウゲンはその見た目の印象から二十代にすら見える。魔人化している訳でもないらしいが、ある意味久遠国の王に相応しい驚きだった。


「……は!初めまして、お目通り頂きまして光栄です。私は……」

「異国の勇者、ライ君だね。堅苦しいのは抜きにしよう。私はサクラヅキ・ドウゲン。一応、この国の王……ということになるのかな?」


 ドウゲンは手で人払いの合図を送ると、微笑みを浮かべ徳利を取り出した。


「一献どうだい?美味い酒を用意したんだ」

「ヒャッホゥ~!話が分かるの~ぅ!」


 メトラペトラは大喜びで飛び付いた。焦る勇者……しかし、ドウゲンは不快な表情一つ見せない。


「……スミマセン。連れが失礼を……」

「いや、却って有り難いよ。王という立場に対して、皆は割と堅苦しくてね……気軽に接してくれる方が私も嬉しい」

「わかりました。でも、言葉だけは許して下さい。その代わり遠慮無しにしますので」

「ハッハッハ……君は書状にあった通りだ。うん、じゃあ話をしようか。その為にわざわざ来て貰った訳だからね」


 ドウゲンは王とは思えぬ気さくな人物……。そして、妙に人を惹き付ける魅力ある人物でもあった。

 本来ならば、こんな待遇を受けることなど無いのだろう相手……。しかしライは、宣言した様に至って気安く接した。


 それは、王の孤独を何となく察した故……。異国人の自分ならば、しがらみを気にせず語れるのではないか?という配慮でもあった。


「成る程ね。君の旅は何というか……やたら慌ただしい?」

「うっ……ご、ごもっともな意見ですね」


 まるで突貫工事の様な流れで行動をしているライの旅は、確かに慌ただしいという表現が相応しいだろう。


 数日単位で移動の繰り返し。しかも、移動する先では何かが起こるというおまけ付きだ。


「だが、そのお陰か成長が早いということになるのかな」

「俺の力なんて借り物ばかりですよ。それ以外もギリギリ絞り出してる感じなので、実力という気がしないですし……」

「だから修業に来たんだね。成る程成る程……」


 話の内容は『ぷらっと勇者放浪記』……しかし、ドウゲンは愉しげに耳を傾けていた。


「そうだ。一つお願い、というか事後報告になりますが……」

「話に出てきた海王の件だね?私としては問題無いよ。聞いた感じでは人を傷付けることは無い様だし」

「それは保証します。今のリルはもう海王とは呼べないかも知れませんが……」

「一度会ってみたいね。ライドウの元に行けば逢えるかな?」

「はい。是非会ってやって下さい」


 それからもドウゲンは、ペトランズの文化や生活の話を色々愉しげに聞いていた。やがて話は魔人に関する事案へと移る。


「ドウゲンさん……ラカンさんのことは?」

「知っているよ。御神楽のこともね……。私の娘も先祖返り……魔人だから」

「そうでしたね」


 ドウゲンの娘は、先祖返りの中でもかなり強力な力を持っているとライドウから伝え聞いている。ましてやラカンには直系の子孫……。御神楽に保護をしようとするのは当たり前とも言えた。


「何故……御神楽に任せなかったんですか?」

「娘は魔人ではあるが厄介者ではないんだ。寧ろおっとりし過ぎてて困る程だよ。だから隔離するような真似は……いや、親の我が儘というのが本音だな。私が娘を手離したく無かっただけだね」

「そうですか……そうですよね。それが当たり前ですよ」

「……ありがとう」


 ライからすればリルがそうとも言えたが、今は幸せの中に預けてきた。それにドウゲンと立場も大きく違う。

 寧ろドウゲンの立場でそれを決断したことは、尊敬に値すると感じていた。


「まあ、そんな娘も今は知人に預けてあるんだけどね」

「城に居ないんですか?大丈夫なんですか、ソレ……?」

「娘は危険ではないよ?」

「いや……それはわかってます。そうじゃなくて、日々の暮らしの方ですよ。お姫様に世俗の暮らしが出来るのかなって……」

「ハハハ、大丈夫だよ。以前も預けたことがあるからね。君もその内会うんじゃないかな?」

「へっ……?そ、それって……」

「娘はリクウの屋敷に居る。あの娘の師匠だからね、リクウは」

「うそぉ~ん……」


 慌ただしくカヅキ邸を出た為に出会うことはなかったが、あの敷地内に姫様が居たことになるのだ。完全に予想外だった……。


「君はリクウの所で修業するんだろ?娘を頼むよ」

「兄弟子ならぬ姉弟子ですか……。そういえばライドウさん、姫様が凄い剣士だって言ってたような……」

「華月神鳴流の免許皆伝……一応私も学んだ流派だけど、あっさり抜かれたよ。嬉しいような悲しいような……」

「気持ちは何となくですが分かります。俺の妹なんて俺より才能高くて先に旅立ちましたし……」

「ハハハ。まあ、結局世の中はそんなものさ」


 凡俗は努力するしかない……そう言ったドウゲンは少し悲しげな表情を浮かべていた。


「さて……君には改めて頼みがあるんだけど」

「……出来る範囲なら良いですよ?」

「一つは娘のこと。先刻も話したように色々気にしてやって欲しい」

「わかりました。他には?」

「そうだね。週に一度で良いからこうして友人として話がしたいかな?嫌じゃなければ、だけど……」

「わかりました。友人の頼みならお聞きしましょう!」

「ありがとう」


 歳の離れた友人……片や二人の子を持つ国王、片や放浪の『チェリー勇者』。立場も生き様も違う二人だが、だからこその友人とも言える。



 一時の談笑とも言える王との謁見を終え城を退出するライは、周囲から奇異の目で見られていた……。

 その会話は今のライには丸聞こえ。大半がライに対する警戒だった。


(ま……そりゃそうだ)


 一介の異国人が王に気に入られる。当然、何か企んでいると感じるのかも知れない。


「やれやれ……どの国でもこんなものかの?」

「それが当たり前ですよ。胡散臭い異国人は、警戒するのが正しい反応です」

「じゃが、中には過剰に行動する者もおろう?」

「その時は『丁重に』お帰り願いましょう。幸い今回は俺しか狙われないでしょうし」

「ちょっと待て……ワシは狙われないのかの?」

「密偵からの報告で大聖霊と知ってるでしょうから手は出さないでしょう。寧ろ拝まれるんじゃないですかね?………そうだろ、シギ?」


 鳳舞城の門を出てしばらく外壁沿いに歩いていたライは、突然立ち止まり上を見上げる。

 中空に立つ一人の人影は肩を竦め地上に舞い降りた。


「やはり気付いていたか。流石だな、ライ」

「おいおい……一応とはいえ、お前らの『お師匠さん』をナメるなよ?」

「ハッハッハ……そうだったな。悪い。それにしても髪が真っ白だな。お前のことだ……また無茶をしたんだろう?」

「ハハ……ハ……まぁね……」


 嘉神領で別れた領主コテツの密偵……いや、密偵シギ。今は王直属の密偵部隊『梟』に所属していた。


「で、早速俺の見張りか……」

「ハハハ、お目付け役と思ってくれ」

「ま、シギならまだマシだな……。ところで、シギは嘉神からこっちに住まいも移したんだろ?」

「ん?ああ……。お前へのお目付け役になったから、しばらくは久遠国内を飛び回らなくて済みそうだ」

「じゃあ、恋人も連れてきたんだろ?結婚はいつ?」

「結婚はもうした。嘉神の騒動後すぐにな。隠密だから式はやらないが……」


 目立たぬ為に結婚式も断念する……ライにはそれは何かが違う気がした。


「よし。じゃあ、来月にでも結婚式やろうぜ?」

「いや……だから……」

「これは決定事項だ……。何も大々的にやる必要は無いんだよ。俺やリンドウ、トウテツ、カエデさんにライドウさん夫妻だけで良い。ささやかでもね……皆と連絡取っとけよ?」

「……だ、だが、仕事が」

「どうせ俺に張り付いてるだけなら寧ろ好機だろ?」

「………わかった。感謝する」


 シギとて式を開きたく無かった訳ではない。それは妻であるツグミの為にも行いたかった筈なのだ。

 ライとしては友人を祝うのが当然というだけなのだが、それはシギにとっては感謝すべき事柄である。


「良し。じゃあ、祝いの酒を用意しないとな……この辺で酒屋……」

「シギよ。『みなごろし』を売ってるところに案内せい!」

「メトラ師匠……結婚式に『みなごろし』はマズイでしょ……」

「アホタレ!『みなごろし』はついでじゃ!あの酒蔵には祝い酒もちゃんとある。確か名を『子宝船』だったかのぅ」

「……うぅむ。同じ酒蔵なのに名前が対照的過ぎる」

「ハハ……わかった。案内しよう」


 街中を行く中、ライは少しばかり気になったことを訪ねることにした。


「聞きたいんだけどさ?姫様って何でリクウさんのトコに……?」

「ああ。ライは知らないのか……華月神鳴流というのは百鬼一族に伝わる正当な剣術なんだ。つまり……」

「リクウさんも王族……成る程ね」

「リクウ殿は凄い方だが、弟子を殆ど取らないと有名でな。よく師事を仰げたな……」

「いや……ライドウさん含めた紹介のお陰だと思うけど……?」

「さて……どうだろうな?」


 リクウは権力に媚びることはしないという。例え紹介があっても弟子を取らないことのが多いのだとシギは言った。


「でも、姫様は?」

「姫は天賦の才を持っていたからだろうが、ドウゲン王の友人でもあるリクウ殿は姫を幼い頃から知っているのも大きかったのだろうな」

「……じゃあ、スイレンちゃんて姫様の幼馴染みか?」

「スイレン殿とも知り合ったのか?全く……お前の人運はまるで狙ったように人物に行き当たるな……」


 スイレンも華月神鳴流皆伝。但し、実践経験が足りない為に御神楽で修業を続けているらしい。


「もしかしてジゲンさんも……?」

「豪独楽領主か?あの方はリクウ殿と共に学んだ後、自己流を組み合わせたと聞いているが……」


 ジゲンの流派は『豪派心明流』というらしい。自らの身体に合わせた変化を加えているとのことだった。


「この国には他に流派は無いのか?」

「寧ろ多いぞ?先祖が異世界から渡ったのは知っているだろ?その時の【異界の門】を通って今でも稀にこの大陸に迷い込む。まあ、五十~百年単位に十人程らしいが、剣術家も数人居てな」

「へぇ~……【異界の門】か」

「ああ。何処に開くかはある程度の範囲しか特定出来ないが、その影響で幾分文化も流れ込んでくる。密偵の技術等はその類いだな」

「こっちからは行けないのか?」

「さあ……あまり聞いたことは無いな。だが、あちらに行ったら戻れない可能性もあるぞ?」

「そりゃあ……洒落にならないな」


 それは流れてくる者も同意見だろうとシギは苦笑いしている。


「おっと……ここだ。……隠密が監視対象とあまり長く話さない方が良いだろう。でも、用があれば遠慮するなよ?」

「ああ、わかった」

「式の件……ありがとう、ライ」


 辿り着いた酒蔵。シギは目的を果たした為に別れを告げ姿を消した。が、気配はしっかり残している。


「……さて、じゃあ『みなごろし』を買って『子宝船』を注文するのじゃ!」

「そういや……お金、リクウさんに渡しちゃったからあまり買えませんよ?」

「な、何!金が無いとな?」

「有るには有ります。確認はしてませんけど……」


 風呂敷を広げ金子を確認すれば、結構な額が入っていた。


「ライドウさん……こんなに……」

「アヤツなりの感謝なのじゃろう。まあ、不知火程の大領主じゃ。心配は要るまい」

「それでも……感謝しないと……」


 メトラペトラが満足するだけ『銘酒・みなごろし』を買い込んだライは、街を散策しつつリクウの道場へと帰路を辿る。


 明日からは修業が始まる──そう気合を入れ直したライは、少しでも早い技術修得を誓いながら夕暮れの街を往くのだった。




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