第六部 第四章 第十話 限界の予兆

 共に在ることを求めるライに応えた大聖霊達──。


 と……そこに微かな声が加わる。一同は一斉に声の主の元……台座に集まった。


「ライ……ありがとう……」

「クローダー!……大丈夫か?苦しくないか?」

「大丈夫。ずっと楽になったよ……」


 それは子供の様な声だった……。


 声を発しているのは元のクローダー……新たなクローダーは未だ喋らない。


「変化は上手くいったのか?」

「うん。大丈夫だよ」

「そっか……良かった。そうだ!いま食い物を……」


 【空間収納庫】から取り出した非常食をクローダー達の前に並べると、二体は勢い良く食べ始めた。


「ハハハ……腹減ってたか」

「ふむ。食事も問題ないならば大丈夫かの……しかし、どちらも『クローダー』というのはちと不便かの……」

「そうですね……じゃあ『クローダー』は残して名前を足しましょう。例えば『クローダー・ティタニー』とか……」

「ティタニー……魔法王国の言葉で『無限』じゃな?」

「はい。無限に記録出来る大聖霊……そんな感じで……」


 会話の最中、新たに生を受けた側のクローダーは突然光を発した。

 何事かと視線を向ける一同……そこで元のクローダーが食事を止め説明を始める。


「彼女、名前が気に入ったって」

「ティタニーで良いの?」

「そうみたいだよ。良い名前を貰って良かったね、ティタニー」


 新たなクローダー『ティタニー』は嬉しそうに一鳴きして再び食事を続けた。


「じゃあ、呼び方は『クローダー』と『ティタニー』ということで」

「うん」

「クローダー達もウチに来るだろ?クローダー用の部屋をアムルが造ってくれたんだ。勿論嫌じゃなければ、だけど……」

「ありがとう、ライ。一緒に暮らすよ。勿論、ティタニーと一緒にね……。ただ、ボク達はしばらくは眠る必要があると思う。変化がかなり大きく負担も掛かったから」

「そっか……。うん、城でゆっくり休むと良いよ。さて……それじゃ帰ろうか」

「その前に……ライ。ボクと契約してくれるかい?今は仮契約だから……」

「……大丈夫か?負担にならないか?」

「大丈夫。これはライの為にもなるんだ」

「……?」


 クローダーはアムルテリアに視線を向ける。アムルテリアの様子が少し暗いことに一同は気付かない。


 そして……ライはクローダーと正式な契約を結ぶことになった。 


「何度も言うようじゃが、本来ならば間を置いて契約させたいんじゃがな……」

「でも、クローダーが必要だっていうなら早い方が良いんじゃないですか?」

「ふむ……クローダーならではの【情報】を鑑みて提言しておるのかのぅ。ワシとしてはお主の身体が心配なんじゃが……」


 メトラペトラの心配を余所にライは契約に乗り気。ここで契約をしておけば魔力供給でクローダーの回復が早まるとライは考えているのだ。


「メトラペトラ……ライとクローダーが同意している以上仕方無いだろう。遅かれ早かれ契約をすることになる」

「アムルテリア……しかしのぅ……」

「いざとなればフェルミナの力を借りて異常を治せば良い。そうだろう?」

「……良かろう。では、ワシらは契約の補助に回るかのぅ」


 二体のクローダーを掌に乗せたライは、改めて大聖霊契約を結ぶことになった。

 この契約によりライの【情報】に関する力は更に効果を拡大して使うことが出来るようになるだろう。



 始まった契約の儀式。大聖霊達の仲介の元で契約陣が展開されると、メトラペトラの口上による契約が始まった。


「この蜜精の森にて大聖霊クローダーと勇者ライの契約を結ぶ。大聖霊フェルミナ、アムルテリア、そしてこのメトラペトラが証人である。契約は……何にするんじゃ?」

「そうですね……じゃあ『家族としての繋がり』にしましょう。皆も後でそう変更しようと思ってますけど、出来ますかね?」

「クローダーと契約を結んだ後なら情報は操り易くなるから可能じゃろう。じゃが、先ずはクローダーじゃな……双方は家族として縁を結ぶことに同意せよ」

「同意します」

「ボクも同意する」

「ここに契約は結ばれた!契約という名義ではあるが、家族という繋がりの元更なる深き絆が結ばれるであろう!」


 契約陣が暖かな光を放ちライとクローダーの契約は成立した。ライの胸にはクローダーの紋章が浮かび上がり他の紋章と融合。

 四つ目の大聖霊紋章が融合され形が変化した紋章は、まるで太陽を模したような形状になった。


「……どうやら大丈夫の様じゃな」

「何とか……」

「では、帰るとするかのぅ……フッフッフ。これで遠慮せず酒が呑めるぞよ?」

「ほ、程ほどにして下さいよ、メトラ師匠?」

「馬鹿モン!今宵は宴じゃろうが!ヒャッホゥ~!先に行っとるぞよ~!」


 酒が我慢出来なかったメトラペトラは猛スピードで森の中へと姿を消した……。


「仕方無い呑兵衛ニャンコだな……でも、確かに宴くらいしても良いかな。ね、フェルミナ?」

「そうですね。今日はマリアンヌや皆さんと腕を振るいます」

「それは楽しみだ。良し!じゃあ帰ろう……我が家に」


 居城に向かおうと歩き出したライは違和感を感じ鼻を拭う。腕を見れば血が付いていた……。


(…………)


 フェルミナに悟られないよう素早く鼻を拭い腕の血も布で拭き取ったライは、何事も無いように歩き続ける。


 そんな様子に気付いていたアムルテリア。クローダー達はアムルテリアの背中に乗り移動している。


(本当にこれで良かったの、アムルテリア……?)


 クローダーからの念話を受けたアムルテリアは僅かに項垂れている。


(……これがライの為……そして世界に必要だということはお前なら理解しているだろう、クローダー……)

(でも、ライは苦しみに晒されるよ?もしかしたら無事ではいられないかもしれない。ボクはそれが心配なんだ……)

(……それでも……必要なのだとは言った。そうでなければ私はこんな真似など……)

(わかったよ、アムルテリア。ボクは……ボク達はこの先少し眠りに就くから支えられない。だからアムルテリア……ライを支えてあげてね)

(済まない……)



 異変を感じつつも口にしない者、秘密を宿す者、信じて見守る者達、そして何も知らされぬ者……それぞれの想いを胸に我が家へと向かう。


 その日、新たな家族として加わったクローダーとクローダー・ティタニー。永き苦しみから解放されたクローダーは皆に祝福された。


 ささやかながらの宴が開かれ日は暮れ過ぎて行く。ライは合間に少しばかりフェンリーヴ邸に出掛け、ニースとヴェイツの様態を確認して居城へと戻って来た。



 その日の夜……ライの部屋にクローダー達、そしてアムルテリアが訪れた。


「ん……?どした?」

「うん。ボク達は今晩眠りに就いたらしばらく起きないと思う」

「やっぱり異常が治ってないのか?」

「違うよ。ライのお陰で異常は大丈夫。でも、存在の形が新しくなったから安定化させる時間が必要なんだ」


 ティタニーは未だ喋れない。それも含め存在の調整に眠りに就く必要があるのだとクローダーは告げる。


 大聖霊は『魂の大河』の循環には組み込まれていない。存在そのものが永遠に近いのだ。星がある限り寿命では滅ぶことのない存在は、今回の様な特例の変化があった場合自力での調整が必要となる。


「どのくらい掛かりそう?」

「一年は掛からない筈だよ。起きるまでは結界を張って籠る。でも、ライは問題なく力を使えるからね?」

「……。また会えるなら別れは要らないよな?」

「うん。だから……待っててね、ライ」

「ああ。再会を楽しみに待ってるよ」


 折角家族となったクローダーともしばしの別れ。

 だが、悲しむことはない。次に会う時はクローダーはより万全な状態になっている。それが最善なのは間違いないのだ。


「それでね、ライ……伝えることがあるんだ」

「伝えること?」

「一つはライが感じている身体の異変……それは大聖霊紋章に肉体が追い付かない状態なんだ。通常の力を使う分には問題無いけど、半精霊体以上の力は使わない方が良いよ」

「………いつ治るか分かる?」

「治らないんだよ、もう……」

「……。フェルミナの力を使っても?」

「………うん」

「そっか……」


 ライは悟っていたのかニッコリと笑う。そこに後悔の念は感じられない。

 メトラペトラが危惧していた限界……それが遂に訪れてしまった。勿論、ライには自覚があった……。


 クローダーとの契約時の鼻血。それに【チャクラ】の千里眼の不具合……様々な異変は自らも感じていた。


「でもね?ボク達がライと再会する時には、もう問題は解決していると思う」

「治らないのに?」

「うん。でも、それはライにとっては苦難の道だから……頑張ってね」

「ありがとう、クローダー」

「こちらこそ……。本当にありがとう、ライ」


 浮遊し近付いたクローダーとクローダー・ティタニーは、ライに頬擦りした。


「それと……他にも伝えることがあるんだ」

「ん……?何?」

「ライの存在特性は【幸運】、そしてもう一つは【進化】だよ。色々なものを進化させる力」

「進化……俺は三つあるって聞いたけど……」

「三つ目はね……まだ定まっていないんだ。これはね……本当に前例の無い話なんだよ?」

「そっか……。とにかく一つは【進化】なんだな……分かったよ」

「それじゃ……またね、ライ」

「ああ。おやすみ、クローダー、ティタニー……良い夢を」


 二体仲良く並んで浮遊したクローダーはドアをすり抜け出ていった。


 それを見送ったライとアムルテリア。しばしの沈黙の後、言葉を発したのはライだった……。


「……アムルは気付いていたのか?」

「済まない」

「良いさ。アムルは俺の為に契約を認めたんだろ?」

「それでも……済まない……」

「気にすんなってば」


 アムルテリアを抱擁したライは優しくその頭を撫でる。アムルテリアは涙を浮かべているがライからは見えない。



 この日よりライは、力の制限を心に留め戦わねばならなくなった。厄介なことに魔獣を倒していない今、更なる研鑽で力の不安を補わねばならない。

 苦難の道──クローダーの言葉を噛み締めるように、ライは新たな決意をする。


 頼れるのは存在特性と波動……そして、積み重ねた技能。この先に半精霊体になれなくなる可能性も含めるならば、尚のこと様々な手段を学ばねばならない。

 そういった意味では、サザンシスとの出会いは知識を得る為にもやはり幸運だったと言える。



 その日はアムルテリアと共に眠ることにしたライ。この先は休息から再び研鑽中心の日々へと身を投じることになるだろう。


 だが──ライにはその前にやるべきことがあった。



 翌日、真っ先に向かうのはトシューラ国ドレンプレル領。


 救うべき友の為、そして大切な皆を守れる力を得る為に……ライは再び勇者としての道を歩み始めた───。


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