第六部 第四章 第九話 束ねし力で


 蜜精の森、地脈の要にて始まったクローダーへの干渉。



 台座の上に現れたクローダーは言葉こそ話しはしないが、今から何が行われるのかは理解している様だった。


 大聖霊への干渉は通常では同格の大聖霊達でも不可能。しかし……契約者ならば魔力経路を利用し内側から干渉が可能となる。

 契約とはそれ程に大きな繋がりなのである。


 特にライの場合、契約を絆と考えている。大聖霊達もそれを理解しているが故により強い力となっていた。


 そしてクローダーもそれを理解している。仮とはいえ無条件で契約しているのは、ディルナーチ・海賊の島での約束……そして自らが司る【情報】からライの優しさを理解したからに他ならない。



 そうして始まったクローダーの変化・変質。如何に概念を崩さず、かつ情報量に左右されない状態にするかが肝心だった。


「先ずは概念……【情報】の固定じゃな。概念が変わってしまってはワシらは存在出来ぬ」

「はい。それにクローダーの身体の形状も変えないようにします。必要なのは『クローダー』という存在を維持しつつ負担を減らすことですから」

「分かっておるなら良い。ちゃんと補助はしてやるぞよ。思い切りやれい!」

「お願いします。フェルミナ、アムル、頼む」

「はい!」

「分かっている」


 台座を四方取り囲むように配置したライ、フェルミナ、メトラペトラ、アムルテリア……。常に開いているというライの契約魔力経路を通しクローダーへの干渉が始まった。



 最初はクローダーの【情報を司る】という概念をライの契約紋章に同期させ固定。これによりライがこの場で死なない限りクローダーの概念が変質することはない。


 そしてクローダーをチャクラを用いて【解析】し、大聖霊達と情報を共有……異常の根元たる部分の確認に入る。


「……クローダーの肉体異常は脳の疲弊か……回復はフェルミナに頼める?」

「はい。ライさんの内側からなら可能です」

「魔力回路は……問題ないみたいだ。あとは精神……これが酷く疲弊している。それで根元は……あった!【概念】と命を繋ぐ記録器官……それが悲鳴を上げている」


 クローダーの体内には魔力器官に似た『記録器官』というものが存在した。


 それは大聖霊の概念に蓄積された情報を脳と繋ぎ管理するクローダー特有の器官。器官といっても小さな石の様なものだ。

 十万年の記録に耐えうる筈だった『記録器官』は、膨大な情報の管理が行えず歪みが生じていた。


「……記録器官の異常……これを治して大きくするのは……」

「無理じゃな。クローダーの小さな肉体には入り切るまい。かと言って肉体を一から創り直すにはちと無理があるじゃろう。蓄積した記録が消えてしまうかもしれんしのぉ」


 肉体の再構築は、概念として【情報を司る】ことを維持出来ても蓄積した記録を喪失してしまう可能性が高い。たとえ全ての記録を失わずとも少なからずの危険が伴う。

 その為、それは最終手段として考えることにした。記録よりクローダーの方が大切だが、何よりクローダーが記録の喪失を望んでいない気がしたのである。


「と、なると……」

「うむ。事前に聞いていたお主の思い付きには驚いたが、こうして確認すると最善……これもお主の【幸運】かのぅ……」

「いいえ……多分これは幸運じゃなく……クローダーは救われるべくして救われるんです」

「……そう……かもしれんのぅ」


 それを言うならば、ライが力を宿しクローダーの前に立ったのも大聖霊達と契約したのも運命ということになるのだが……当人は当然理解していない……。

 が、メトラペトラはそれを口にはしない。ライの運命についてはやや疑問点があるのだ。


 とにかく、今はクローダーが優先……メトラペトラは目の前のことに集中する。


「……ここからが大変だぞ、ライ。お前がやろうとしているのは神の御業の一旦…… 油断すれば失敗する。負担も尋常じゃない筈だ」

「分かってるよ、アムル……だから、ここからは集中する。言葉は発しなくても契約紋章を介せば意図は分かるだろ?だからサポートを頼む」

「任せてくれ」

「フェルミナ、メトラ師匠、アムル……救いだそう!家族を!今日、ここでクローダーを苦しみから解放するんだ!」


 そうして始まったのは、何とクローダーの複製体の作製。クローダーの身体の一部を分離し、それを元に【創生】を行う。


 それは紛失した肉体の部位を修復する《補全》という神格魔法に近いが、更に複雑な力。

 細胞の増殖、臓器形成、更に魔力や大聖霊としての力まで全て再現した完全な複製──当然ながら神の所業と何ら変わらない。


 それを可能にしたのが大聖霊達との意識統一。一時的ではあるがクローダーを救う為に大聖霊の力が一つに纏まった。

 大聖霊は神の写し身。統合されれば創世神と同じ力となる。ライ達は不完全ながらもその力を示したのである。



 だが、当然ながら神の力は超越……それを行うライ、そして大聖霊達への負担は非常に大きかった。


 その為に大聖霊達への反動が発生したが、ライはそれを全て一身に引き受けた。力の行使はライを介して行われているのだ。逆流する負担をライが塞き止めても大聖霊達には制止する術はない。


 加えて、焦りは募りながらも途中でクローダーの変質を止める訳にはいかなかった……。



 そんな中で創り上げたもう一体のクローダー……但し、そのままでは意味を為さない。

 ライはフェルミナの概念力を使用し『複製クローダー』を更に変化させる。それは大聖霊という存在の『不思議』を突いた思い付きだった。


「こ、これで準備は整った……。クローダー……直ぐに楽になるからな」


 最後の仕上げとして元のクローダーの記録器官を治し、二つのクローダーの概念力を統合。その結果、再び閃光が放たれる。

 いや……大聖霊たる存在の変化はまるで新たな星の誕生。激しい波動が広がり、大地を、樹々を、そして大気を揺らした……。


 アムルテリアの結界があった為周囲にはその大きな変動は伝わっていない。後に閃光だけが見えたことをマリアンヌ達から聞くことになる。



 やがて閃光が収まった台座の上には二体のクローダーの姿があった……。


「ふぅ……ど、どうやら上手くいった様じゃな」

「多分……ですけどね。フェルミナ、どう思う?」


 フェルミナはライを通じてクローダーの身体を確認……問題は見当たらないとの言葉に一同は安堵した。

 クローダーはどちらの個体も安定しているとのこと。


 二体の外見は殆ど同じ。明確な違いは、新たに生まれたクローダーの甲羅が黄色寄りになっていることだろう。


 そして一番の違い……それは元のクローダーが雄性配偶体だったのに対し新たなクローダーは雌性配偶体。所謂、オスとメスに分かれたのだ。


 同じ【情報】を司り概念を共有する雌雄。変化が上手くいっていれば二体のクローダーは情報の負担を分散している筈……つまり。


「二体になったことで負担は半分、か……。しかし良く考え付くものだな、ライ」

「アムルは知らないけど、実は俺とメトラ師匠は海王にも同じ様なことをやったんだよ」

「成る程……経験からの選択か」


 感心するアムルテリア。対してフェルミナは疑問に思っていたことを確認した。


「ライさん……何故、雄と雌に?」

「フェルミナなら分からないかな?雄と雌が居れば子孫が生まれる。大聖霊としての概念を共有した子孫が残せれば、この先負担の分散が出来る」

「だから“ つがい ”にしたんですね……」

「この先もっと良い方法が見付かればまた考えるけどね」



 一つの意識で二つの身体を持つリル(海王)……一つの概念で二体のクローダー。似てはいるが根本的な部分は違う。


 新たなクローダーは元のクローダーの記憶を受け継いでいるが、思考はそれぞれ独立しているのだ。

 それは、この先も蓄積されて行く情報の負担を共に分け合える存在──。精神的な支えにもなる“ つがい ”であれば、クローダーも満たされるだろうというライの配慮でもある。


 そんなクローダー……未だ言葉を発さない。


「クローダー……喋れないか?」


 ライの呼び掛けに視線を向ける二体のクローダー。苦しんでいる様子はない。


「恐らくまだ馴染んでおらんのじゃろうよ。少し様子を見るぞよ?」

「そうですね……皆、お疲れ様」

「何がお疲れ様じゃ!無理をしおってからに……」


 力の反動を自らで塞き止め大聖霊達への負担を減らしていたライ。メトラペトラはそんなライを質す為に詰め寄った。更にフェルミナも同意を示す。


「無理は駄目って言ったのに……」

「ホレ見ろ。フェルミナが怒るなど相当じゃぞ?」

「ゴ、ゴメンナサイ……」

「素直じゃな……ワシが幾ら言っても聞かん癖に」

「そ、それより、一仕事終わったことだし酒が無制限ですよ?……ホ、ホラ!【収納庫】は便利だなぁ」

「!……な、何じゃ、お主……気が利くではないかぇ?」

「フ、フェルミナもホラ!お菓子と飲み物……アムルもミルクがあるよ?」


 アムルテリアは喜んだがフェルミナは珍しくご機嫌ナナメ……それはそれで新鮮!とは思いつつ、心配を掛けた後ろめたさもありライは必死に取り繕う。


 結果、フェルミナは抱擁を要求。ライはメトラペトラに茶化され照れながらもフェルミナを自らの膝に乗せ優しく抱き締めた。フェルミナは頭を撫でることでようやく機嫌を直した……。


「あのね、フェルミナ……俺は皆が心配だったんだよ。大聖霊への干渉をしているってことは、大聖霊への反動も大きいかなって……」

「……それでも無理はして欲しくないです」

「うん。ごめんなさい……でも、多分この先も考えるより先に動くかもしれない。そんなしょうもない奴なんだよ、俺は。だから……」

「……?」

「身勝手なのは理解してる。俺が一番頼れるのは大聖霊達なんだ。俺は大聖霊達を必ず守る。だから、俺を支えて欲しい」


 ライが支えを要求するのはこれが初めてである。それだけ大聖霊達を信用しているのだ。


「……分かりました。私はライさんを守ります」

「フェルミナ……ありがとう」

「ようやく頼ったのう……仕方の無い奴じゃな」

「メトラ師匠……」

「私達は家族なのだろう?私も出来る限りのことはする」

「アムル……。頼りにしてるよ、皆」


 こうしてライと大聖霊達の絆は更に深まることとなった……。


 そして──そこにはクローダーとの新たな絆も含まれるのである。

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