第六部 第四章 第八話 救う為の進化


 ランカとの会話を終えた朝食の時間──しかし、皆は微妙に視線を合わせない……。



 すっかり忘れているが、ライは全裸の奇行を見られているのだ。女性達はそれはもう気不味いやら恥ずかしいやらである。


「あ……そう言えばティムは?昨日一日棒に振っちゃったけど……」

「ティム様は実家にお戻りになっております。昨日も朝食後に来訪致しましたので、そろそろおでになるかと……」


 マリアンヌの言葉通り、ティムは食事が終わり掛けた頃に食堂の入り口からひょっこりと顔を出した。


「よっ!今日は起きてたな、ライ?」


 食卓の空いている席に座るティム。マリアンヌは茶の用意をしようとしたが、ティムは素早く断りを入れる。


「悪い、ティム……。寝過ぎちまった」

「まぁ良いさ。で……今日の予定は?」

「ああ……今日こそはクローダーを救う」


 アムルテリアとの契約による力の拡大、半精霊格から精霊格への進化……足りなかった力を埋めた今のライならば、【神格】に至らずともクローダーを救える可能性はある。

 勿論、ライ一人の力では及ばないだろう。だが、大聖霊三体の力を加え束ねれば……ライはそう考えていた。


「グッスリと眠ったお陰で身体も魔力も全快だからな。ところでティム……俺が眠る前に頼みがあるとか言ってたろ?あれって……」

「ああ、その話の前に飯を食っちまえ。サロンで待ってるから」

「お前、メシは?」

「今日は食ってきた。まぁ、こっちは時間的な余裕もあるからゆっくり食えよ」

「了~解」



 食後の片付けも終わり皆が集まったサロンで語られたティムの話は、傭兵街構想に関するものだった。


「ラッドリー傭兵団……ラッドリー夫妻とようやく連絡が付いた。付いたまでは良かったんだがな……」

「大方、息子の呪いが解けたら協力する……ってトコだろ?」

「……話が早いな……つか、察しが良過ぎて気持ち悪い」

「ハ~ッハッハ!伊達にトラブルに巻き込まれまくっちゃいないぜ!?」

「自慢になってねぇよ……と、ともかく、だ?」


 ティムは話の要点を纏めた。


 先ず、傭兵街構想の協力は息子の呪いが解けぬ限り出来ないとのこと。


 現在、傭兵団の頭たるラッドリー夫妻はアステ国にある秘密の聖域に滞在しているという。

 聖獣達の暮らす聖域らしいのだが、そこで最も清らかな場所を間借りして呪いの進行を遅らせているらしい。


「呪いってのはどんなヤツか聞いたのか?」

「全身の感覚を奪う魔法って報告されてるな……。初めは目が見えなくなって次は手足の感覚が、今は嗅覚まで無くなったそうだぜ。そのうち聴覚、そして味覚も無くなるだろうって……」

「そりゃあ辛いな………メトラ師匠、呪いの種類って解りますかね?」

「いや、流石に情報が少なすぎてわからんのぅ……。恐らくじゃが、それは呪いを掛けた【魔族】とやらの編み出した魔法じゃろう。調べねば解らんし、下手をすればクレニエスと同じく【神の呪い】のクチじゃぞ……?」

「となると……どのみち直接出向いて解析して調べないと駄目、か」


 クレニエス・メルマーが受けた呪いと同様、事象神具の類いを用いた【神の呪い】であるとすれば解呪にはやはり相当な力……もしくは知識が必要になる。


 しかし、ライは今まさにそこに手を掛けようとしているのだ。



 【情報】を司る大聖霊──クローダー。現在仮契約であるそれを『正式な契約』として成せれば、呪いを解析して解除する力も得られる筈。

 勿論ライは純粋にクローダーを救いたいだけであり、解呪の力は結果として得られるもの。だが、その力はライの求めていた類いのものであることも事実……。


 救えるものが増えるならば……ライにとっては寧ろ都合が良い。


「ラッドリー夫妻の息子さんて、どのくらい猶予がありそうなんだろ?」

「長く見積もってあと半年……ってところだろうってのが医療魔術師の見立てらしいぜ?まぁ、呪い自体を正確に把握してないからかなり大まかな判断らしいけどよ」

「う~ん……じゃあ、先にそっちに行った方が良いのかな……。でもなぁ……クローダーとはただ契約すれば済む話じゃないんだよ。その存在を少し変える必要がある。今の俺の全力を使っても成功するか分からないんだ」


 ティムは少し不安になった……。


 基本的にライが誰かを救おうとするのは昔からではあるが、流石に自分の領分を弁えていた。

 しかし……それが可能になる力を得たことにより、通常では選ばない様な無理を繰り返し続けているのである。


 親友がまた居なくなるのではないか……そんな不安がティムの内から消えなかった。


「お前……ちょっと飛ばし過ぎじゃねぇか?」

「アハハハ……自覚はしてるよ。いつかこんなやり方してると何かあるんじゃないかって不安は俺にもあるんだ。でもさ……?俺が無理して救える相手がいるなら、きっと意味はある──そう思いたいんだよ」

「……………」


 そう……ライはこういう男……。だからこそティムは不安なのである。


 ティムはそんな友人が誇らしくもあり心配で仕方無いが、言ったところで意志を変えるとは思えない。

 ならば、信じるのもまた友の役目……と諦めるしかない。


「……わかったよ。但し、一つだけ言っとくぜ?次にお前が突然居なくなったら、戻った時にぶん殴る。良いな?」

「……了解。悪いな、心配掛けてさ?」

「こんなこと慣れさせんなよな……」

「ああ……」

「良し。じゃあ、話の続きだ。ラッドリー夫妻は息子さんが助かれば協力してくれるだろう。傭兵団全体で街の構築と運営に尽力してくれるのは間違いない。で……話には続きがある」


 ラッドリー夫妻は、協力出来ないことを前提として色々と気を使ってくれたという。

 その人脈を用い同業者の中から更に幾つかの傭兵団を選べと申し出てくれたのだ。


 提言の一つとして、『傭兵街』は一国ではなく他にも幾つか創った方が良いとのこと。

 脅威存在以外……つまり、魔物や組織立った犯罪者達に対抗する為の傭兵は各地にいた方が良いだろう──という意見だった。


 最近では脅威の出現を見計らい大規模な犯罪行動に走る盗賊等も確認されているという。国防に戦力が割かれている隙に内側から荒らされる……それは国も民も望むところではない。

 そんな風に国益を損なわぬ為ならば『傭兵街』は各国にとっても悪い話ではない筈だ。


「……そこまで気を使ってくれたのか。じゃあ、何がなんでも救わなきゃな……ラッドリー夫妻の息子さん」

「頼めるか、ライ?」

「まぁ、元は話大きくしたの俺だしな」


 と、丁度アムルテリアが外出から戻る。どうやらクローダーを救う為に相応しい場所を確認していたらしい。


「起きたか……異常はないか、ライ?」

「大丈夫だよ。心配掛けてゴメンな?」

「いや……お前が無事なら良い。それで……今日ということだったが、本当に大丈夫なのか?」

「ああ。今日……クローダーを救う。あんな苦しみ、一刻も早く救ってやらないと」


 本当はアムルテリアと契約した直後でも良かったのだが、メトラペトラがそれを制止したのである。

 大聖霊の契約が馴染む前に新たな契約を交わすことは危険だと、念の為に万全を期したらしい。


「それでも、本来は半年は間を置きたいんじゃがな……」

「スミマセン、いつも勝手で……」

「何……クローダーに関してはワシらの為に、なんじゃろう?感謝こそすれ怒っては居らぬよ」

「………あれ?師匠が珍しく優しい?」

「たわけ!ワシはいつも優しいわ!何なら……今、この場でサックリと爪を……」

「ゴ、ゴメンナサイ……。遠慮致します」

「フン!ならば、とっととクローダーを救うぞよ?」

「了解ッス!」



 それからティムには『サザンシス』の為に用意して欲しいものを告げて一旦別れることになった。


 大聖霊を除く同居人全員にはこのまま居城で待機して貰うことになる。


 何せ今からやろうとしているのは大聖霊の変質……本来なら神が行うことを代理でやろうというのだ。そんな場に居合わせて何らかの影響が出た場合、取り返しが付かない。


「アリシア。邪教討伐はどれ位になりそう?」

「間も無くだとは思いますが……拿捕は各国で一斉に行わないと逃げられるかもしれませんから」

「じゃあ、トゥルクへ踏み込むのと各地に潜む邪教徒拿捕は同時か……」


 ライはアリシアに近付き耳打ちした。


「もしかするとクローダーの件でまた寝込むかもしれない。そうしたら少し待って貰えると有り難いんだけど……」

「一応伝えておきます。………。あの……」

「ん……?何?」

「無理は駄目ですよ、ライさん……?」

「アリシアにまで……いや、皆に心配掛けてるな。……ゴメン。いつか埋め合わせをするから」

「フフフ……そうですね。期待しています」



 マーナだけは幾分ゴネたが、メトラペトラの“ メッ! ”の一言で大人しくなったことに全員が驚いていた……。




「じゃ、ちょっくら行ってくるね~」


 ライは大聖霊達を伴いまるで散歩に出掛けるように森の奥へと向かう。残された者達はその背を見送ることしか出来ない。



「最善の地脈の位置は既に見付けてある。ここ数日で周囲に被害が出ないよう結界も用意した。安心して良い」

「流石はアムルだな……これで安心して全力を出せる」


 ライにもクローダーを救える確証はない──。


 相手は大聖霊……世界の法則にすら絡む存在。力が足りていても上手く変化を与えられるかハッキリ言って自信がない。

 それでも、やらねば救えないのだ。いや……ライは必ず救うと決意している。最早、迷いは無い。


「クローダーを……皆の大切な姉弟きょうだいを、今日こそ永い苦しみから解き放つんだ!」

「はい!」

「そうじゃな……」

「頼んだぞ、ライ」

「ああ……行こう!」



 蜜精の森の奥──洞窟の更に先……アムルテリアにより結界の楔の打ち込まれた竜脈の要所。

 そこには、やはりアムルテリアの創り上げた台座が用意されていた。


 その前に立ったライは胸の大聖霊紋章に思念を込めて呼び掛ける。


「クローダー……待たせた。今助けてやるからな……だから、来てくれ!」


 カッ!と閃光が疾り森が白く染まる。やがて光が収束した台座の上には赤い宝石の様な甲羅を持つ亀──クローダーの姿が……。


「久しぶり。積もる話はお前を治してからにしような。さて……やるか!」



 クローダーの解放……それは枠外とされていた大聖霊の復活という世界の大きな変化であり、同時にライの苦難の始まりでもある……。



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