第六部 第四章 第十一話 尊厳国家の空で


 ペトランズ大陸の最西の国・カジーム──。


 魔法王国の末裔であるレフ族の国は、様々な遍歴を経て遂に国として認定されるに至る。



 新たな国名は【尊厳国家・カジーム】───領土の広さと魔法知識の深さから、遂には大国にまで数えられることとなった。


 これによりシウト・トォンの二大国と改めて同盟を結び、他国との対等な立場を確立。カジームは侵略への脅威を排することが可能となるだけの正当性を手に入れた。

 更に、シウト・トォンという大国と同盟を結んだことで暮らし振りも発展の兆しが見え始める。



 そんなカジーム国は現在、少し複雑な事情に悩んでいた──。



 一つは入国に関すること。


 カジーム国は国としては非常に人口の少ない国家だが、他の中小国家から比べれば格段に広い領土を持っている。

 しかし、土地を守り抜いてきたレフ族にとって他国との交易・交流は遥か過去のこと。永い孤立の歴史は国の在り方として『入国管理』に迷いを生じていた。


 その迷いはかつてアステ国とトシューラ国から土地を奪われ続けたことに起因している。


 だが、それも詮無きこと……何せレフ族の多くはそれを体験した者。忘れられる訳もない。


 同時に、その警戒心に囚われていてはカジームの発展に支障が出てしまうこともレフ族達は理解している。



 そこでレフ族から相談を受けたラジックは、知己にして頼れる存在となったティムに協力を願い出ることにした。

 カジーム国にとって安心出来る国交には落し処の見極めが必要だったのである。


 そうして交易の専門家でもあるティムの助言で考え出されたのは、玄関口としての交易都市の建造。

 交易をその街で一手に引き受け他の地への立ち入りは規制を掛けることで侵略への恐怖を克服し、やがては国を開いていくという考えだった。


 カジームはそれを了承しティムも協力することを約束。現在、交易都市は建築の最中……。

 その為の資金はティムの私財、ライ、ラジックの各種利益、及びエルフト訓練所に関わり交友を結んだ貴族の一部が私財を投入したことは余談としておこう。


 これにより諸外国との交流を目的とした入国受け入れの準備が整いつつあった。




 そこでレフ族には、もう一つの問題が生まれることとなる。


 それは【人】───。



 カジーム国は発展の為の人手が明らかに足りないのだ。



 元々レフ族は長寿の一族。その為か、子孫を残す繁殖力がかなり低い。

 現在カジームにいる子供は二十人。年齢的には人間の老齢に当たるが、カジームの感覚では人間の十四歳以下に当たる。


 この先レフ族が子孫を増やすにせよ、出産率が低く成長も遅い。連れ去られたレフ族が戻ったとしても、かつての戦いで人口が減ったことはかなり痛手だったと言えた。


 勿論、手が無い訳ではない。レフ族以外との婚姻で生まれる子は出産率が上がり成長も早まる。つまり混血のレフ族──その寿命こそ半分程だが、高い魔力はそのままになるという。


 しかし……それは長い目で見れば純粋なレフ族の滅亡を意味している。当然ながら簡単に結論を出すことは出来ない。



 以上の事情もあり、カジーム国には信頼出来るシウト国の使者と【ロウドの盾】の者達が人手不足の助力として滞在していた。




 それらを踏まえた上で、時はライがシウト国に帰還した頃にまで遡る──。



「テメェ……レフ族か?」


 カジーム上空──。


 結界の外で対峙している二人の人物……。



 一人は全身黒ずくめ……頭からフードを被りローブで身を包んでいる来訪者。


 そしてもう一人……槍を片手に警戒している男。カジームの防衛を託された傭兵オルストだ。



 外部から迫る高い魔力に反応し、即座に来訪者と対峙したオルスト……しかし、どうも様子がおかしいことに気付く。

 来訪者からは殺気や悪意を感じないのである。


「………お前は誰だ?」

「質問してんのはこっちだ。テメェはレフ族かと聞いている」

「何故そう思う?」

「感じる気配っつうか空気がな……レフ族のそれに近い」

「フッ……中々勘が良い。確かに私はレフ族だ」


 黒ずくめの男はフードを外しオルストに顔を晒した。

 穏やかな表情だが戦士の威厳を纏う男。青い目、金の髪、そして長い耳……間違いなくレフ族の特徴。


「成る程……それで、テメェの名は?」

「順序が違う。私は質問を答えた。次はお前の番だ」

「ちっ……俺は傭兵だ。カジームの防衛を頼まれてる」

「成る程……良い傭兵を雇った様だな 」

「次だ。……それで、テメェは誰だ?」

「私の名はハイノック……レフ族ではあるが昔に袂を分かった者だ」

「袂を別った?里を出たってことか?」

「その様なものだ。魔獣騒ぎがあったので様子を見に来たと言えば信じるか?」


 嘘を吐いている様子は見当たらず、レフ族であることも疑いようもない。オルストにも経験による『見抜く目』は備わっているが、敵ではないとしか思えない。

 だが……オルストには違和感が拭えなかった。


 それは勘の領域……死線を潜り抜け生き残ってきたオルストならではの直感である。


「里が心配ってことは身内が居るんだろ?名前を教えろ」

「………。バニンズだ」

「バニンズだと?テメェは魔王の身内か?」

「魔王?……。フッ……そうか……皮肉な話だな。よりによって我が血族が【魔人転生】を……。魔王になってしまったのか……」


 その時ふと見せたハイノックの表情は後悔……オルストは益々判断が難しくなる。

 オルストがこうして警戒しているのは魔王アムドの存在を知るが故……。


 古代魔法王国クレミラ──その王族の子孫が建国したのがカジーム国。つまり、魔王アムドはレフ族だ。

 魔法王国は血統を重視したと聞いている。当然配下はレフ族になるだろう。


「……里の事情を知りたけりゃ下りな。但し、拘束はさせて貰うぜ?」

「不要だ。気になり少し立ち寄っただけのこと……。私は……一族を捨てた身だ。だが、魔王となった者がいるならば止めねばならん」

「必要無ぇよ。ある野郎が魔王から人へ戻した」

「!……本当か?そんなことは不可能な筈だが……」

「嘘言っても俺には得なんざ無ぇ」

「……そうか」


 今度は安堵……オルストがここまで相手の性分を掴み辛いというのは初めてだった。

 悪意は無くレフ族を想う気持ちに偽りを感じない。感じている魔力は今は普通だが、対峙している限りはまるでフィアアンフ並の圧を感じる。


 そもそも、この男はその気配から粗暴さを感じない。魔王の配下にしては穏やかなのだ。


「……時に傭兵よ」

「オルストだ」

「フム……。オルストよ……お前の対価は何だ?」

「は……?」

「カジーム国……レフ族を守る対価は何かと聞いている」


 ここで初めてニヤリと笑うオルスト。


「……決めてねぇ」

「何……?」

「魔法、知識、魔力豊かな環境……俺にとっちゃカジームにいる限り何でも足しになる。だから今はその分働いているのさ。まぁ、こうして真面目に動いてんのは魔王から頼まれたからだがな?じゃねぇと後が厄介だ」

「……そうか。ハッハッハ」


 ハイノックは穏やかな声で笑う。オルストは乱暴な言葉遣いにも拘わらずただ粗暴なだけの者ではないと理解したのだ。


「……最後に一つだけ聞かせてくれ。魔王になった者はどうしている?」

「世界に散ったレフ族を捜しに行ったぜ?」

「その者の名は……?」

「エイルだ。エイル・バニンズ……浅褐色の肌のレフ族だから一目で判るだろうよ」

「感謝する、傭兵オルスト。これからもカジームを頼めるか?」

「言われるまでも無ぇ。俺が犠牲になってまで守るつもりは無ぇが、一応義理くらいはあるからな……」

「そうか……」


 ハイノックは懐から小刀を取り出しオルストへ放り投げた。


「これは情報料……それと私からの依頼料だ。カジームを頼む」

「おい……これは……」


 手元の小刀から顔を上げハイノックを見ると既に姿がない。転移によりこの地を去ったレフ族……ハイノックは、結局何者か分からなかった。


(魔王の配下って気は全くしなかったな。だが……何だってんだ?)


 オルストは汗が止まらなかった。威圧でも膨大な力でもない。ただ対峙し穏やかに会話をしただけ……しかし、オルストの本能は相手が並々ならぬ存在だったと知らせていた。


 ともかく一度里に戻ることにしたオルストは、レフ族の長リドリーに経緯を話し小刀を見せる。


「……こ、これは……!」

「何だ……?凄ぇモンか?」

「いや……さっぱり分からんけど?」

「くっ!おい、ジジィ……どうやら死にたいらしいな?」

「冗談の通じん奴よ……これは小型の【空間収納庫】。刃に機能が付いていて、鞘から抜き放つと空間を開く」

「成る程な……コイツは有り難てぇ」

「しかし、こんな貴重なものを……一体何者なのか……?」

「レフ族なのは間違いなかったぜ?ただ、テメェらと違って何つぅか堅苦しい感じがした。それと……気になるのは『バニンズ』って名を出したことだな」

「ふぅむ……それだけじゃ分からんな。だが、お前に“ 報酬 ”を置いていったのならば少なくとも敵ではない……か」


 結局、今回の件はレフ族の皆には内密となった。里を去った者が誰の身内でも、それを追いかけようとする者も現れる可能性がある。その前にまずカジームを安定させねばならない。


 と……そこにラジックが現れた。


「お?今日はオルスト君も一緒かい?」

「くっ……。出たな、変態メガネ……」


 ラジックはオルストの持つ神具を見たいが為にさんざん追い回した過去があった。

 殴られても脅されても付け回すラジックにとうとう根負けしたオルスト……これはレフ族達に驚きを与えた事件でもある。


「酷いなぁ……あ、そうそう。君の鎧や剣とか完成したけど、確認するかい?」

「マジか!ハハッ……それを早く言えよ!」

「それとですね、長老……後でティム君が来ます。必要な物があったら書き出しておいて下さい」

「済まないな、ラジック殿」

「いえいえ……こちらはお世話になっている身ですから」

「良いから行くぞ、変態メガネ!」


 ラジックはオルストに襟首を掴まれ去っていった……。


「……何だかんだと仲が良い奴らよ。しかし……」


 貴重な神具を持ち、バニンズ家の血筋と縁を持つ者──オルストが得体が知れない者と評した存在、ハイノック。リドリーはその名に心当たりがある。


(ハイノック様……まさか、本当に貴方なのですか?)



 一人秘密を宿したリドリーの胸には不安と郷愁の念が残された……。



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