第六部 第一章 第十一話 赤い魔獣
大国トシューラの地──。
魔獣討伐に向かったイグナースとファイレイは、程なく目標を確認した。
しかし……二人が発見した魔獣は、通常知られているものとは少し違っていた──。
「ファイレイ……。あれ……」
「え、ええ。あれは……魔獣?それとも魔人?」
黒い甲殻の魔獣の群れに混じり、赤い鎧の様な甲殻を纏う存在が立っていた……。
それは一見して小型魔獣にも見えるが、どうも形状が他と違う。
人の上半身の様な姿に蠍の下半身……随分と人に近い動作も見て取れる。
決定的だったのは、二人が正面からその姿を確認すると『赤い魔獣』は人面を向けニヤリと笑ったのである……。
「………と、とにかく、周囲の魔獣と一緒に殲滅するよ。魔獣と一緒に居て襲われない時点で、あれは間違いなく『人』じゃない」
「そうね……。それに、あんな禍々しい魔力が人なんて有り得ないわ」
「それじゃ行……」
「待って。試したい魔法があるの……上手くいけば数を減らせるわ」
「わかった。詠唱中は俺が守る。魔獣は魔法抵抗があるらしいから半端じゃダメだよ」
「わかってるわ」
ファイレイが詠唱を始めたのは、友好を結んだレフ族から伝授された魔法。
高速言語を未だ使えない為詠唱に時間を要するものの、威力に関してはレフ族お墨付き──。
時空間魔法・《
影の中に空間を創り出し、その中から鰐型の影が対象を捉え引き摺り込むという限定範囲魔法。
捕らえられた者は影の空間で圧潰されるというものだが、高い知能を持つ者は影に抵抗が可能という欠点もある。
ファイレイは、知性を感じない魔獣にだからこそ効果的な魔法だと判断した。
黒い霧が対象を円形の結界で包んだ次の瞬間……魔獣達は足元から現れた鰐の影に捕らえられ、次々沈み込んで消えてゆく。
影の中からは時折魔獣の体液らしきものが噴き出しているのが見えた。
「うわぁ……。グ、グロいなぁ……」
「……は、初めて生き物に使ったけど、確かに気持ち悪いわね」
極力使わないようにしよう、とファイレイが心に決めたその時……魔獣達を包んでいた魔法の霧が霧散した。
魔獣を殲滅し魔法が解除されたのかと考えたファイレイだったが、黒い霧の中から魔獣の体液に塗れた『赤い甲殻の魔獣』を確認。イグナースもそれに気付き警戒を強める。
「………抵抗されたわ」
「あの赤い奴、やっぱり普通の魔獣じゃないな」
「もしかすると、あれが本体かしら?」
「さぁ……でも、油断するなよ、ファイレイ」
「ええ……」
二人は地上に降り立ち赤い魔獣と対峙する。大きさは人間よりも一回り程大きいが、魔獣としては小型。
人型魔獣は錫杖のような魔導具を手にしており、中年太りの弛んだ男の顔を甲殻の隙間から覗かせている。
「若いのに大したものですねぇ」
突然人型魔獣が発した言葉にイグナースとファイレイは目を見開いた。
「し、喋った!魔獣に知性が……いや、やっぱり魔人なのか?」
「失礼ですね、あなたは……。私は魔獣でも魔人でもありませんよ?」
「………。じゃあ、お前は何なんだ?」
「私の名はメオラ・ゴルバ。プリティス教の元司祭です」
この言葉に益々混乱した二人──。
情報によれば、魔獣召喚を行った可能性がある者の名は『メオラ』という名の司祭だった筈……。
だが、眼前の姿は人というよりは魔人の類い。これは、明らかな異常事態と言えた。
「へぇ……。プリティス教の司祭って【虫】なんだ?知らなかった」
「ふん……物も知らぬ若僧が。この姿は虫ではない」
「虫じゃないなら何なんだよ?」
「そうですね……。私は神の使い……そう!この姿こそが真なる天使なのです!エクレトルの様な紛い物の神ではなく、真の神の御使いたる存在は私、メオラ・ゴルバなのだ!」
チキチキと身体を鳴らし両手を天に掲げるメオラ。その気持ち悪さにイグナースとファイレイは非常に渋い顔をしている……。
「……。あのさぁ?その神の使いさんに聞きたいんだけど、魔獣操ってるのってお前か?」
「フッフッフ。そうだとしたらどうするのですか?」
「そりゃあ倒すに決まってるでしょ……世界の害虫の親玉なんだから」
「ハッハッハ……害虫はあなた方でしょう?世界に蔓延り、真の神を崇めもせず、世界を食い物にする愚物共よ……。神はお怒りなのですよ。よって、世界は一度浄化されねばならない」
「……どうせ紛い物の神だろ?邪神崇拝者のメオラさん?」
「………なん……だと?」
メオラは怒りで歩肢がワシャワシャと動いている。ファイレイは一瞬小さな悲鳴を漏らした。
「我が神を邪神などと呼ぶ無知な大罪人よ……貴様らはやはり害虫でしかない様だ。ここで私の栄養となることこそが贖罪と知れ!」
「ハハハ!何だよ……結局人食いの化け物じゃないか。でも、良かった……これでお前を遠慮せずに殺せる」
剣をスラリと抜き放つイグナース。瞬時に覇王纏衣を纏いファイレイを背に庇うように移動した。
「ファイレイ、やれる?」
「大丈夫よ。それに……この人はもう魔人ですら無いわ。早く解放してあげましょう」
「了解!」
ファイレイが詠唱を始めると同時、メオラも魔法詠唱を開始。だが、詠唱が先に終わったのはメオラだった……。
「さぁ!愚か者達に裁きを!」
メオラの持つ錫杖から放たれたのは光る鎖……イグナースは反射的にそれを弾き返そうとした。
しかし───。
「駄目よ!イグナース!」
ファイレイの声は一足遅かった……。
魔法の鎖に触れたイグナースは光とは対照的な【闇】に縛られる。
「ぐっ……!な、何だよ、コレ……」
「フハハハハ!それは《闇縛布》という魔法だ!心に闘争心ある者を縛る精神魔法……愚か者よ。くたばるが良い!」
高速で迫るメオラ。蠍の尻尾による一撃がイグナースへと迫る。
だが……それを弾き返したのはファイレイだった。
籠手が変形し展開した『手甲の拳』は素早く尻尾を殴り返し、更にメオラの腹部に打撃を与え吹き飛ばしたのだ。
「ファイ……レイ……」
「しっかりしなさい、イグナース!」
魔法を唱えイグナースの呪縛を解除したファイレイは、そのまま距離を取った。
「悪い……油断した」
「マリアンヌ先生に言われて接近戦を覚えておいて良かったわ」
「……カッコ悪いな、俺」
「落ち込むのは後よ、イグナース。コイツは強いわ」
「だけどファイレイ……コイツを倒せれば、魔獣は止まるかもしれない」
「………。私の判断での撤退に従うならギリギリまで戦いましょう。それで良い?」
「わかった……やろう!」
平原で対峙する『ロウドの盾』対『赤い魔獣メオラ』───。
英雄の卵たるイグナースとファイレイによる、初の命賭けの戦闘が始まった……。
周囲の魔獣を殲滅したとはいえ魔獣はその数を瞬く間に増やす。
メオラが本当に魔獣を操る存在ならば、逸早く打倒せねば包囲される危険もある。
だが……メオラを倒せばこの騒動が終わる可能性を考えれば、ここで仕留めておきたいのが本当のところだった……。
故に若き騎士と魔術師は援軍を待つより逃がさぬことを優先。少数での戦いに踏み切った……のだが──。
「……まさか、ここまで魔法が効かないなんて」
ファイレイは回復したイグナースに前衛を任せ魔法に専念していた。
神格魔法は魔力の消費が激しい。そこで魔法強化用魔導具【増魔の杖】を使用し各属性上位魔法を強化し放っていたのだが、その尽くが傷一つすら与えられていない。
そもそも魔法そのものが本当に通じているのかすらも分からない状況だった。
「もしかして、あの甲殻は魔法を遮っているの?」
メオラは全身を赤い甲殻で覆っている。頭部にさえ兜のような甲殻が覆っているのだ。
守りが弱そうなのは人の形状が残る顔の一部のみ……。しかし、たとえ弱点がそこであったとしても容易に防がれてしまうだろう。
「……じゃあ、俺がやるしかないかな」
「待って、イグナース……。一度、魔法剣を使ってくれる?」
「魔法が効かないなら意味無いんじゃないの?」
「確認したいの。あれが【吸収】なのか【無効化】なのか……」
「分かった」
「今度はちゃんと魔導具を起動してね?」
「うっ……。返す言葉もない」
イグナースの装備する魔導具は、青と銀で彩られた鎧。そして同様の素材で造られた剣──。
それは【特殊竜鱗装甲】を解析して開発したラジック版。
シルヴィーネルから譲り受けた竜鱗を元に開発した試作型……まだ解析途中で『生命』の部分が組み込まれていない為、機能の発動は自動ではなく使用者の意思が必要となる。
それでも確実に鎧を起動していれば、先程メオラから受けた程度の魔法は難なく防げたのだ。実のところ、イグナースは魔導具を使い慣れていないのである。
因みに……ラジックの『完成まで待て』との言葉を聞かずイグナースが鎧を気に入り、半ば強引に貰ってきたことは余談だ。
そんな訳で、今度は鎧を『起動』し戦闘態勢に移行したイグナース。
【竜鱗武装】【震竜剣】と名付けられたプレートアーマーと剣。それは、現在ラジックが作製出来る最強装備でもあった。
「
イグナースはファイレイに指示された通りに魔法剣を発動。
飛翔する斬撃は炎と氷の二種。ファイレイがより見極め易いようにイグナースが考えた選択だ。
しかも、メオラが躱しづらい位置への斬撃。回避行動を狭める様に放ったそれは、確実に当てる意図もあった。
結果……ファイレイが見たのは吸収される魔力。斬撃は魔力を失い甲殻を撫でただけとなった。
「魔力吸収……厄介よ、イグナース」
「なら、やっぱり俺が【闘気剣】か【覇王纏衣】で戦うしかないね。戦いに勝てなくても弱点が見付かれば後々戦況が変わる」
「そうね……」
ファイレイは神格魔法の使用よりイグナースの支援をすることを選択。魔力枯渇で足を引っ張ることは避けたかったのである。
《筋力強化》《精神力強化》《技能向上》《魔力向上》《魔法耐性強化》《思考加速(弱)》《対毒結界》などの各種補助支援系魔法をイグナースと自らに使用し、ファイレイは補助に徹することにした。
これによりイグナースは、覇王纏衣三重展開の不完全版【黒身套】を使用可能となる。
主な攻撃は【黒身套】による剣撃と打撃に絞り戦闘が始まった。
「哈ぁぁぁっ!」
先制はイグナース。爆ぜるような踏み込みでジグザクに移動しつつメオラに接近。先ずは試しの剣一閃を放つ。
斬撃はメオラの歩肢の何本かを見事斬り裂いた。
(行けるぞ!これなら……)
そうイグナースが確信したのも束の間……メオラの身体は高速再生を始め歩肢は瞬く間に復元される。
だが、イグナースは構わず斬撃を繰り返す。歩肢、尻尾、腕、腹部、そしてメオラの頭部を次々に斬りつけた後、ファイレイの近くまで一時後退した。
「弱点ぽい場所を片っ端から斬ってみた。何か分かった?」
「ちょっと待ってね」
ファイレイは解析魔法 《身中弱禍》を発動するも抵抗される。そこで視覚纏装【流捉】に切り替えメオラの魔力を窺った。
そこに捉えたのは魔力核……所謂、『魔力製造器』である。
「……イグナース」
「何だい、ファイレイ?」
「アイツ、魔力核が二つあるわ」
「はぁ?ほ、本当に?」
「ええ」
「…………」
魔力製造器が二つある……これは例を見ないこと。
魔獣ですら一つづが当たり前……二つ以上など稀中の稀なのだが、メオラには二つ。当然、魔力の質は濃く量も多い。
「だからあの再生力なのね……魔法を撃ち込むことは逆効果だわ」
「それって、もしかして二つ同時に潰さないとダメってヤツ?」
「多分ね……。倒すのは魔力核の破壊か魔力を完全に奪うしかないと思う」
「……俺達に出来るかな、ファイレイ?」
「それは……」
「やってみないと分からない、か……。良いよ。やろう」
「……。場所は心臓の辺りと鳩尾の辺りよ。無理はしないでね、イグナース」
「わかってる」
若き二人は、ロウドの盾として脅威の殲滅へと挑む……。
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