第六部 第一章 第十話 英雄の卵達


 トシューラ南西の領地・レッジ。



 魔獣発生後──海に面するその領地には、多くのトシューラ国民が雪崩れ込んだ。

 彼等は危険な大地から避難し、安全な海へ逃れようとしていたのだ。



 レッジ領は商業都市メニオリンとの流通経路。レッジ領に多く存在する港町が、海産物や輸入品をメニオリンに運ぶことで経済を回していた。


 メニオリンの街からレッジ領の間は平原地帯──。当然ながら魔獣の進行を遮るものが殆どなく、関所も気休めに過ぎない。

 更に、不思議なことに魔獣の多くはレッジ領を目指して移動。避難民はこの事態に混乱し、逸早く海へ逃れようとしていた……。



 実はレッジ領には、各地の採掘場から集めた魔石の保管施設が存在する。魔獣が集められた魔石に反応していたとトシューラ国が知るのは後のこと。

 しかし……その時点でのトシューラ国からすれば、大量の魔石を失う可能性は今後の国の存続にすら関わる。何としても魔獣を食い止めたいところだった。



 そこでトシューラは、国軍の三分の一をレッジ領防衛に配置。更に『ロウドの盾』に加勢を要請し防衛線を張ったのである。


 そんな防衛線の一翼に、シウト国からの援軍であるイグナース、ファイレイ、シュレイドが加わっていた……。



「ねぇ、シュレイドさん」

「何だ?」

「今回の俺達の仕事って、魔獣に襲われている人々を救うことですよね?」

「ああ。そうだな」

「じゃあ、こんな所に居る場合じゃないですよね?」


 シュレイドはイグナースの問いで目を瞑り、眉間にシワを寄せた。

 二人とも騎士の姿であるプレートアーマー。それらは全てラジック作製の魔導具だ。


「………。言いたいことは分かる。が、これも立派な役目だ」

「いや……役目の意味は理解してます。今後の民の生活を考えれば魔獣から守らなきゃならないものもあるって……でも」

「何故、対峙する国を救うのか納得出来ない……か」

「はい」

「………。これは恐らく布石なんだろう」

「布石……?一体何の……」


 首を傾げるイグナース。シュレイドの代わりに応えたのはファイレイだった。


 ファイレイはクリスティーナと同じ作りで朱色の衣装を纏っている。

 手には先端が小さな鉤の様な杖……そして、その両腕には少々ゴツい籠手を装備していた。


「今回の助勢は明確な危機に対する前例になるの。つまり、脅威と言えるだけの軍事力を以て国が行動を起こした際は……」

「大国と言えど『ロウドの盾』出動の名目になる……成る程。マリアンヌさん、相変わらず考えてるなぁ」


 感心しているイグナースにシュレイドも同意を示した。


「しかも今回は越境の前例にもなっている。加えて、無条件の支援は純然たる貸し……無論、クローディア様が対価を要求することはないが発言力という意味では無視出来なくなるだろう」

「それで少しは大人しくなりますかね?」

「断言は出来ないな……。だが、普通ならば無下に対応することは無い筈だ。結局、侵略を繰返すのでは限界がある。今は民が魔獣に襲われ数を減らしたことでトシューラも国力も減らした」


 ファイレイは少しばかり悲しい顔を浮かべ、祈りの姿勢を見せた。


「民は宝……お祖父様が良くそう仰有っています。たとえ対峙している国でも亡くなった方を思うと辛いですね……」

「其処は今後のトシューラがどうなるかで報われるかが変わるな……。只でさえ今は魔王台頭の時代。本来は大国同士が策謀を巡らせている場合ではないんだが……」


 そこでイグナースはふとした疑問に行き当たる。


「シュレイドさん。少し気になったんですけど、俺達が最初に知った魔王って誰なんでしょうか?」

「ん?どういう意味だ?」

「いや……だって魔王が台頭したって言っても、カジーム国のレフ族は魔族じゃなかった訳ですよね?」

「それは……そうだな」

「元魔王……エイルさんが封印から解かれたのも割と最近だそうですし、そもそもエイルさんは正気だって話だし……」

「…………」


 イグナースの言いたいことを理解したシュレイドは、改めて情報を整理してみることにした。


「君が言いたいのは、現在の世界に混乱を齎したと言われる魔王の話だろう?」

「はい」

「そもそも魔族は存在しなかった……という訳ではない。それは分かるか?」

「え?でも………」

「私も気になってエイル殿に確認して貰った……といっても、マリアンヌ殿を通してだが……」


 魔族という呼称は魔人化した者を指したのだろう、というのがエイルの意見だったそうだ。


 禁術 《魔人転生》で魔人化した人間は、当時五十人程居たとエイルは記憶していた。

 魔人化した者は力を得る代わりに精神が歪み暴走……各地に大きな被害を齎したのだという。


 その中には、異形に変化した者も居る。魔族の呼称はその時代に生まれたものなのだろう。


「ちょっと待ってください。それっておかしくないですか?」

「何がだ?」

「いや……。《魔人転生》は大地を枯らすって聞いていたから……」


 その割には世界の大地は緑に満ちている。カジームは近年までの三百年もの間、枯渇に苦しんだとイグナースは聞いている。


「君の認識はちょっと違うな。正確には『魔人転生は魔力を膨大に必要とする』だ。結果、魔力が大地から奪われて枯渇した」

「勘違いしてました……。でも、それなら五十人分もの魔力をどうやって……」

「三百年前には『夢傀樹』という植物型魔獣が猛威を振るっていたそうだ。夢傀樹はトシューラの大地から魔力を奪って成長するから、その一部を贄に使ったらしい」

「………。三百年前って大変だったんですね」

「そうだな……」


 実は邪神を除けば現在の方が脅威の数は多いのだが、体感していないイグナース達にはそれが分からない。


「ともかくエイル殿の話では、今代魔王はその時の誰かの可能性も捨てきれないという話だ」

「トシューラやアステの狂言じゃないんですか?」

「現実に魔王の魔力に反応したからこそ魔物が活性化し数が増えたのだろう。それに……」

「何ですか?」

「アステでも滅ぼされた街がある。狂言にしては少し過剰だろう?」


 アステ国最西の城塞都市フロットは、確かに魔王の手で滅ぼされた。その後も魔物の巣窟となっていて、勇者マーナが解放するまで魔の領域だったのである。


「それにトシューラやアステ以外でも魔王らしき者は目撃されている」

「じゃあ……」

「ああ。魔王は確かに存在する。だが、その正体を確認した者は居ない」


 少なくとも二十年以上前からの存在。二十三歳になるシュレイドが子供の時分には、既にその存在は確認されていた。


 しかし……そうなると魔族の国に住まうと思われていた魔王は、他の地に存在することを意味する。

 カジームに魔族が居ない以上、魔王は人に紛れている……若しくは人との接触を完全に絶っていることになる。


「それはそれで厄介ですよね……」


 ファイレイの言うように、居場所が知れない相手程厄介なものはない。ましてや魔王ともなれば、いつ何時脅威が巻き起こるのかも分からないのだ。


「シュレイドさん。もしかして、今回の魔獣騒ぎは……」

「それは別だと聞いているよ、ファイレイ。いや……もしかして、根は同じかもしれないが……」

「どういうことですか?」

「イグナース。君も騎士ならノルグーの魔獣召喚騒ぎは耳にしているだろう?」

「プリティス教の司祭の件ですか?……あっ!」


 チラリとファイレイに視線を向けたイグナースは『しまった!』という顔をしていた。

 シュレイドはその様子に少し笑顔を浮かべイグナースの肩を叩く。


「気にするな。あの件も脅威に関する事件だ……クローディア女王からも『ロウドの盾』内では公開しても良いと言われている」

「良かった~……」


 これに小首を傾げたのはファイレイだ。シュレイドは手短に説明を始める。


「実はノルグーで魔獣召喚騒ぎがあったんだ。民を不安にさせぬ為、公表は禁じられているが」

「そ、そんなことが……」

「未然には防いだ。犯人はプリティス教の司祭で長年掛けて準備を進めていた。その際、プリティス教が邪教ではないかとの疑いが浮上した」


 『第一回ペトランズ大陸会議』の後、その件を神聖機構に伝達したマリアンヌとクローディア。神聖機構は早速プリティス教の本国トゥルクを監視することになった。


 その後、奇妙な魔力痕跡を追跡。それがプリティス教司祭メオラの持つ儀式魔導具と判断し、監視を強化していた神聖機構。

 司祭が向かった先はトシューラの商業都市メニオリン。そこから魔獣が出現したことで、神聖機構はトゥルクを邪教国家と断定した。


「恐らくこの魔獣騒動が終結した後、ペトランズ大陸会議でトゥルク国への査察が提言されるだろうな」

「先程シュレイド様は『根は同じかもしれない』と仰有いましたけど、もしかして……」

「ん?ああ……それについては確信が無いんだよ、ファイレイ。飽くまで私の勘……だが、見付からない魔王と、魔獣を召喚する邪教、何か関わりがある気がするのは理解出来るだろう?」

「そうですね……私もそう思います」


 トゥルク国に魔王が居る……勿論、それは可能性の範疇であり確信ではない。油断出来ぬ現状で決め付ける訳にも行かない。


 と、ここでまたもイグナースには疑問が浮かんだ。


「今、魔王級って何体居るんでしょうか?」

「残念だが神聖機構でも全てを把握出来ないらしい。高い魔力反応時は捕捉出来るそうだが、理性ある強者の大概は力を隠す術を備えているとのことでな」

「やっぱり厄介ですね」

「魔力の判別は出来るから最後に居た場所やある程度の数は、神聖機構でも把握している様だ。しかし、如何せん解析に手間が掛かるらしい」


 高い魔力反応が魔人だけとは限らない。勇者バベルの子孫である半竜人に始まり、魔人、半魔人、聖獣、魔獣、霊獣、魔物、精霊、精霊体、半精霊体……それらの高魔力反応は一度調べねばならないのだ。


 それでも人型、霊獣(聖獣・魔獣)型、精霊型、魔物型に即時分類出来る様になったのは、エルドナが技術者として現れてからの話だという。



「確認された中にはこちら側……つまり平和を望む者も相当数含まれている。それを除いた脅威、または脅威可能性の現在の数は凡そ十五。但しペトランズ大陸だけの数だ」

「十五!そ、そんなに居るんですか?」

「今後増える可能性もある。だから我々は強くならねばならない」

「そうですね……よぉし!」


 準備体操を始めたイグナースだったが、意図を察したファイレイは素早く釘を刺した。


「駄目よ、イグナース!あなた、魔獣を倒しに行くつもりでしょ?」

「……だってさ?守ってるだけじゃ民の被害が増えるばかりしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「俺達『ロウドの盾』は脅威の排除と民の救出が役割……違うかい?」

「うっ……イ、イグナースが正論言ってる」

「酷いな……。でもさ?早く魔獣を倒さないと逃げ遅れた人が居るかもしれないでしょ?」

「それはトシューラの領主達が対応……」

「してると思う?本当に?」

「…………」


 領土の防衛線は国軍で固められているが、レッジ領の兵は姿が見当たらない。

 少し前に合流したトシューラ兵の会話では、レッジ領主は自らの居城に大部分の兵を割いていて領民は放置しているとのこと。正直、期待は出来ない。


「俺達はトシューラ国民じゃないから行動を拘束されないし、結果として領堺を守れれば問題ないんですよね、シュレイドさん?」

「………わかった、行ってこい。ファイレイも一緒に行ってくれ」

「シ、シュレイドさん!でも、それは……」

「ここは私が残る。但し、二人とも危険を察知したら引き返せ。良いな?」

「………。わかりました。イグナースに暴走はさせませんから」


 首肯くシュレイドを確認したイグナースとファイレイ。二人は飛翔し魔獣捜索へと向かう。

 と、ほぼ同時……上空より一人の天使が降りてくる。


「マレスフィ殿か……」


 金の短髪、輝く鎧に身を纏う天使マレスフィは、上空の警戒を行っていた。

 しかし、イグナースとファイレイが飛翔する姿を目撃し確認の為に降りてきた様だ。


「お二方はどちらへ?」

「若い者は待機が苦手らしいのですよ」

「……。大丈夫なのですか?」

「まぁ、ファイレイが居れば何とかなるでしょう。危険があれば上手く引き際を見極めて逃げる筈ですよ?」


 イグナース、ファイレイの才覚は『ロウドの盾』の中では頭一つ抜きん出ている。イグナースは経験不足が否めないが、ファイレイは何度かマリアンヌと任務に当たっている。引き際を間違えることは無い筈だ。


「それよりマレスフィ殿……戦況はどうなっていますか?」

「『ロウドの盾』参加者による魔獣駆逐のお陰で随分と数を減らすことが出来た様です。ただ、魔獣が……」

「話に聞いていた増殖・再生ですか……」

「はい。倒す端から再生……または卵から増殖を始めるので、少しでも手を緩めると盛り返されてしまいます。それでもマーナ殿やルーヴェスト殿が地区毎に完全消滅させているので、魔獣の包囲は上手く進んでいる様ですが……」

「流石は三大勇者……別格ですね」

「ですが、このままでは消耗戦……幾ら三大勇者といえど休みなく戦うのは無理でしょう」


 今は人間側に余裕があるが、やがて前線で戦う者には限界が来る。そうなり始めた際、今度は抑えきれなくなるのではというのがマレスフィの不安だった。


「決め手に欠ける……か」

「それに、この混乱に紛れ魔王級が動き出さないとも限りません」

「なればこそ、早めにカタを付けたいのだが……」

「……エクレトルからの増援が来れば戦況は変わるかもしれません。いま少し様子を見ましょう」

「我々は我々の出来ることをやれば良いのですよ、マレスフィ殿。というか、それしか出来ません」

「そう……ですね」

「さて……イグナースとファイレイはどこまでやれるか……」



 シュレイドの送り出した若者二人……この先に必要となる英雄の卵達は、魔獣を発見。戦闘を開始した──。


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