第六部 第一章 第九話 最初の聖獣


 魔術師組合本部──そこで出逢った元魔王と魔女は、ライという共通の知人により友好的な関係となる。


 魔術師として名高いリーファムはエイルにとっても願ってもない相手。レフ族の捜索は思いの外期待できそうだ。



 ともかく、魔術師組合本部は話し合いに相応しい場所ではない。そこでリーファムは場所を変えることにした。

 パチリと指を鳴らした途端、周囲の景色が一瞬で変化。だが、それは幻覚ではない……。建物内からテーブルと椅子ごと自然に囲まれた庭園への転移……。


 古びた屋敷の背後には大樹が風に揺られていた。


「転移……しかも無詠唱かよ。流石は『火葬の魔女』だな」

「この程度なら貴女も出来るでしょ?」

「流石に詠唱無しは無理だな。神具だろ、今のは?」

「フフ……正解よ」


 感心しているのはエイルだけではない。聖獣コウも感嘆の声を上げている。


『凄いよ、エイル。あの乳……只者じゃないね』

「…………」

『それに、あの樹には妖精族がいるよ?』


 コウの指摘に視線を移せば、確かに大樹の枝葉の陰に小さな妖精達の姿が見えた。


「へぇ……妖精か。だからこの地を選んだのか?」

「違うわ。妖精が来たのはついこの間よ」

「……もしかして、ライ絡み?」

「ある意味ではそうかもね」

「相変わらず何かに巻き込まれてるんだな。いや、首突っ込んでるのか?」

「フフフ……もしかして今もそうかも知れないわよ?」

「有り得るな、アハハハ」


 ところが、この頃のライは珍しく剣の修行に専念していた時期。

 といっても直ぐに神羅国の騒動に関わることになるのではあるが……。



 そんな会話に付いていけない人物が約一名──魔術師組合の総帥、アズーシャは首を振っている。

 突然の魔王出現は一周回って達観に至ったご様子。何より、リーファムがいるのでそれ程の不安はないのだろう。


「師匠……少し休ませて頂いても宜しいですか?」

「ここで話だけは聞いていなさい、アズーシャ。情報収集は魔術師の基本よ」

「……わかりました」


 アズーシャが席に座ったとほぼ同時……魔女とは縁遠そうな快活な声を上げ、少女が駆けてきた。


「お師匠様~!おかえりなさ~い!あ、アズーシャ様、お久し振りです~!」

「お久し振り、アンリ。相変わらず元気そうですね」

「はい、元気です。あら?お客様ですか?」


 リーファムはそっと手を伸ばしアンリの頭を撫でる。

 それは愛弟子に見せる慈愛の姿。アズーシャは、自分も昔はああして貰ったことを思い出し少し照れた。


「アンリ、皆様にお茶の用意をお願いね。それから、今からお話しがあるから貴女も聞きなさい」

「わかりました。直ぐに用意します」


 忙しなく駆けて行くアンリは、手慣れているのか素早く茶の用意を終え皆の前に並べる。

 続けてテーブルの中央に茶菓子を置き、最後に自らの分の紅茶を注ぐとようやく椅子に座った。


「さて……貴女の話だけど、大体の予想は付くわ。貴女、レフ族を捜しているのね?」


 紅茶を一口啜ったリーファムはエイルの目的をいきなり看破した。


「流石はあの『火葬の魔女』だな……」

「私、その呼び方好きじゃないからリーファムと呼んで良いわよ」

「分かった。じゃあ、アタシのことはエイルで良いぜ」


 リーファムは小さく頷き承諾する。


「それでエイル……。心当たりがあって捜してるのかしら?」

「いや、全く……。私は探索系が苦手で捜すのも苦労してる。で、ある街でこれを貰って……」


 取り出した紙切れを見てリーファムはふと微笑んだ。


「これ、アギロナ村で手に入れたのね」

「そこまで分かるのか?」

「ええ。だってこれ、私が渡した物だから」


 リーファムがライから受けた依頼『リーブラ国民捜索』。アギロナ村には、トシューラ兵の追跡から運良く逃がれたリーブラの女性が居た。

 それを捜し当てリーファムが迎えに行った際アギロナ村に置いてきた名刺を、エイルは手に入れたのである。


「私のところに来るのは、本当に困った人だけになるように名刺に魔法を掛けてあるの。それに引かれてエイルがやってきた訳ね」

「へぇ~……リーファムは何でそんなことやってんだ?」

「魔術師組合は古い知人が創設したのよ。私はその管理を任されていたんだけど、今は弟子だったアズーシャに地位を譲ったの。だけど、どうやら上手くいっていない様ね……」


 視線を送られたアズーシャは不満げな顔をしている。


「だって、力で押さえ付けたら余計に反発されますでしょ?」

「魔術師っていうのは、力で押さえ付けたらその力を探究したがるのよ。それを上手くチラつかせながら倫理を植え込むの」

「それが上手く行かないから大変なんですよっ!」

「……まぁ、良いわ。後で手本を見せてあげる。それより今はエイルの方ね……人捜しは私の得意とするものだから手伝ってはあげられるけど、対価が必要よ?」

「やっぱりか……」

「レフ族の貴女なら判るかも知れないけど、これは魔術の力を引き上げる為の縛りなのよ。対価を必要としないと精度が落ちる。ごめんなさいね」

「いや……仕方ねぇさ」


 対価もなく力や宝具をバラまく様な奴は、どこぞの痴れ者勇者くらいなもの……それは大聖霊契約という特異性によるものとも言える。


「つってもなぁ……アタシ、金無いんだよ」

「お金である必要は無いわよ?寧ろ他のものの方が有り難いわね。魔導具、神具とか、特殊な道具とか……」

「う~ん……持ってた物はオルストやラジックにやっちまったからなぁ……」


 槍と籠手はオルストに、他に持っていた宝具は自分の装備を除きラジックへの礼に渡してしまった。今は手持ちがない。


 と、そこで聖獣コウが名乗りを上げた。


『それって変わったものなら何でも良いの?』

先刻さっきも気になったけど、その胸当て喋るのね。いえ……この感じは精霊かしら?」

『残念!ボクは聖獣だよ。コウって言うんだ』

「う、嘘っ……!?あの、最古の神獣コウ?ほ、本当に!?」

『うん。……あれ?お姉さんはボクを知ってるの?』

「昔メトラペトラから聞いたのよ。実質、最初の聖獣だって……」

『ねっ……?言ったでしょ、エイル?』

「神獣とか言われてんだな、お前……」



 呆れているエイルの顔を見たリーファムは、メトラペトラから聞いた伝承を語り始めた──。



 創世神ラールが創った始まりの【獣】は、吸収の力の制御を組み込み忘れ邪気までも吸い込み始めた。

 あまりに多くの邪気を吸った為、【獣】は力が偏り元には戻れなくなる。


 皮肉にも聖獣ではなく魔獣として世界の害になってしまった【獣】だが、その影響で世界は邪気の少ない清らかな世界へと変わる。


 結果からすれば大きな役割を果たした魔獣……。

 自ら生み出したものを処分するのは忍びないと考えた創世神は、永き時を掛け再び聖獣に戻れるようと魔獣を安らかな眠りの中に封印したという……。


 そこで学んだ経験から新たに【創生】した聖獣──それが、『コウ』なのだ。


「ただ、コウは少しばかり特殊になってしまったって聞いたわ」

「それって、何かマズイのか?」

「他の聖獣に比べても邪気に強いのが特長で、力の大きさや能力も特殊らしいわ。けど、ちょっと聖獣らしくない性格になったと聞いているけど……心当たりはある?」

「……心当たりしかない」


 オッパイ大好きエロ聖獣……確かに特殊である。


『いやぁ……照れるな。お姉さんのオッパイも中々の魅力だよね?ねぇ、吸って良い?』

「……。な、成る程、特殊ね」

『昔はオッパイって動物しか居なかったから、【生命】の大聖霊様としばらく一緒に居たんだ。あれも良かったなぁ……』

「フェルミナとも知り合いかよ……」


 当時のフェルミナは大人の姿。胸も豊満だったとしみじみ語るコウに、エイル、リーファム、アズーシャは半笑いだった……。

 この時、アンリだけは動じずお茶のお代わりをしていたのは余談だろう。


『あれ?エイルは大聖霊様と知り合いなの?』

「まぁな……それよりコウ、対価を何とかしてくれる話は?」

『そうだったね。ねぇ、お姉さん。対価は魔法鉱石でも良い?』

「良いけど……どんな魔法鉱石を?」

『燐天鉱なんてどう?』

「乗った!契約成立ね!」


 即断のリーファム。急に勢い付いたリーファムに流石のエイルも少し驚いていた。


「何だ、燐天鉱って……」

「レフ族の貴女も知らないのね……燐天鉱っていうのは天界を形作った際に使用された鉱石よ。ラール神鋼の次に貴重な物なの。簡単に言えば事象神具の殆どに使われている素材よ」

「……何でそんなもの持ってんだ、コウ?」

『持ってないよ?今から創るんだ。だからエイル、魔力を分けてね?』


 ほんの一瞬エイルの胸当てが輝いた後、テーブルを見れば火の粉のような光を散らす鉱石が置いてあった。


「……確かに燐天鉱の様ね」

「………。なぁ、コウ?こんな力は知らなかったぜ?」

『これはボクの存在特性みたいなものだよ。あ、因みにボクはラール神鋼で出来ているんだ』

「………。つまり困ったらお前を売れば良いんだな?」

『フッフッフ……。ボクをエイルのオッパイから無理矢理引き離すなんて出来ないよ?乳がもげても知らないからね?』

「…………」


 エロ聖獣がどこまでもエイルの乳に拘っている様子に、リーファムは改めて呆れていた……。


「ま、まぁ、これで契約成立。依頼はレフ族の捜索、もしくは奪還で良いのね?」

「ああ。リーファム、『カジーム国』のことは?」

「聞いているわ。神聖機構から正式に発表があったから」

「もし見付けたレフ族に問題なければ、そのままカジームに送ってくれ。戦いが必要ならアタシが出向く」

「わかったわ。じゃあ連絡は……その腕輪は通信魔導具ね?それに連絡する」

「……リーファム、頼んだぜ?」

「魔女の契約は絶対よ。安心して。さて、それじゃ仕事の前に親睦を深めましょうか。貴女の話を聞かせて貰える?」

「ああ。良いぜ?アタシもアンタの信頼を高めたいし信用して貰いたい。色々聞きたいこともあるしな……」


 魔女の館に揃った四人の女性。エイルはこの出会いで過去の呪縛から少しづつ解放されることになる。


 しばらくリーファムの館に滞在することになるエイルは、レフ族にすら伝わっていない知識を得ることが出来るだろう。

 更にエイルは、魔術師組合にその名を連ねることで様々な活躍を果たすことにもなる。



 だが、それは魔獣が殲滅された後の話……。魔獣はこの後もしばし猛威を振るい続けるのである。


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