第六部 第一章 第八話 魔術師組合の魔女 

 

 【魔術師組合】



 それは、ペトランズ大陸の魔術師による連盟組織──。



 元来魔術師というものは、己の魔法・魔術・呪術・占術などを高めることを主な目的としている為、他者と連携を取る人種ではない。

 自ら高めた魔法・魔術は謂わば秘伝……他者にそれを知られることは知識を奪われることに他ならないのだ。


 では、何故魔術師達が組合を形成出来ているのか……それは至って単純、金の為である。


 魔法や魔術の研究というものは時間や費用を消費する。それを賄う為にはやはり労働で得るしかないのである。

 王族や貴族に雇われる一部の優秀な魔術師を除き、我の強い魔術師は個人を売り込むよりも組織があった方が安定した仕事が得られる。


 管理され自らに適した仕事を割り振られることでより効率の良い収入が得られることは、組織としても魔術師としても非常に都合が良かったのである。


 組織として確立した魔術師組合は今やちょっとした勢力。が、飽くまで結束力が高い訳ではないので大国からは警戒されていない。



 ここで改めて付け加えるならば、魔術師達は組合を労働を得る場だけとは考えていない。

 魔術師は探究者……己の研究の為には他者の秘伝をも知ろうとするのは必定だった。


 他者の技術や研究を狙うことは実は暗黙の了解。

 魔術師は狡猾であり、そしてしたたか……組合施設の外であれば関知しないという辺り、魔術師組合は他の組合とは構成が大きく違うと言える。


 だが、そういったやり取りがあったからこそ魔法や魔術は発展してきたと言っても過言ではない。個人の研究ではどうしても限界があるのだ。


 故に魔術師は組合に所属し続ける。日々の糧、研究費用、派遣先での対価、そしてより多くの魔法・魔術に触れる為に……。



「………何てぇか、辛気臭い街だな」


 位置的にはペトランズ大陸の南東。シウトとトシューラに挟まれる複数の小国……その中の一つ『ぺルルス』に魔術師組合の本部がある。


 ペルルス国は実質その中枢を魔術師が仕切っている国。だが、国民の大半が農民という不思議な国だった。

 魔術師組合があるのは首都・ティックス。そこは魔術師の街と表現するのが相応しい都市である。


 同じ魔術師の街・エルフトと大きく違うのは、魔術師の思想。エルフトの魔術師は世界のより良い形の為の探究を、ティックスの魔術師は自らの高みを追究する魔術を。当然ながら社会性が違った。

 彼らを区別する言葉として、前者を『晴天』、後者を『嵐』と表現するのは余談である。


 エイルはそんな魔術師の都、ティックスを歩いていた……。



『ねぇ、エイル?何でわざわざ魔術師組合の本部まで来たの?』


 胸当てに変化しエイルに装備されている『聖獣コウ』は、契約主たるエイルに問い掛ける。


 胸当てには小さな虹色の不思議な宝玉が中央上部に二つ並んで付いている。

 不思議なことに硬質に見える胸当ては、エイルに圧迫感を与えぬ様まるで布の如くユッサユッサと柔らかく流動していた。


「何か言ったか、コウ?」

『わざわざこんな小国まで来た理由を聞いたんだ』

「ん~?それがどうかしたのか?」

『だってさ……魔術師組合の支部って結構アチコチにあったじゃない。ここまで来る間にも一ヶ所あったし……』

「そりゃあ、本部の方が人材が居そうだからな」

『でも、ここの人達感じ悪いよ?エイルを値踏みしている様にも見えるし……』


 現在エイルはこれと言った装備を付けてはいない。主だった装備は全て腕輪型宝物庫に収納してある。

 黒いマントに緑色のシャツ、カーキ色のショートパンツに白いニーソックスといったラフな姿。


 マントと胸当てを除けば余りにラフなので、逆に浮いて見える程だ。


「人の目なんてどうでも良い。例え何かあっても蹴散らせば良いし」

『流石は魔王様……言うことが違うね』

「元・魔王な?勿論、殺しとかはやらないぜ?」

『わかったよ。何かあってもエイルの乳房はボクが死守するから任せて!』

「………。乳房って言わなきゃ格好良かったのにな?」


 そんな会話をしながら向かった先は、魔術師組合本部。

 本部というだけあって道標が各所に用意されており、割とすんなり辿り着くことが出来た。


 魔術師組合本部は一見して石造りの闘技場。しかし、中へと進めば中央には半球状の建物が建築されていた。


「面白ぇ造りだな……外壁は魔術の道具店になってんのか。しかも……」

『うん。防御結界にもなってるね。如何にも魔術師っぽいや』

「さて、お目当ての本部は中だな……」


 外壁から本部までの空間には実に多くの魔術師が存在した。魔導具や呪物を売る者とそれを買う者、旅支度をしている者、何やら魔法の練習をする者……。

 だが、殆どの魔術師はエイルが現れた途端じっと観察をしている。


『ほら……やっぱり見られている』

「ん?ああ……多分、アタシらの魔力に興味があるんだろ」

『それだけじゃないと思うよ?』

「どういうことだ、コウ?」

『まぁ、直ぐに分かるんじゃないかな』


 勿体付けた言い方をするのはコウの癖、とエイルは改めて理解した。


 それより、先ずは魔術師組合とやらを把握するのが先。信用に足るならレフ族の捜索を本気で依頼しようと考え本部に踏み込んだ……のだが──。


「お、おい……あれ……」

「あ、ああ。あれはレフ族か?」


 周囲から聴こえるざわめき……エイルは耳の良いレフ族。しかも魔人化しているので会話が全て聴こえてくる。


「レフ族は貴重だぞ……」

「しかも若い女……」

「あの女はクレミラの知識をどれ程持っているのだ……」

「更なる高みの為に……」

「欲しい……」


 魔術師達は口々に『レフ族』と口にしている。そしてクレミラのことも……。


『ね?言っただろ?どうも外の連中はエイルを値踏みしている様に見えたんだ』

「成る程な。そんなのは慣れっこだったけど、ちょっと気に入らねぇのは確かだ」

『……じゃ、どうする?』

「ちょっと思い知らせる」


 高速言語による魔法詠唱。エイルは建物内全てを対象にした広範囲精神汚染魔法 《業之蔓》を発動。


 《業之蔓ごうのつる》は精神と肉体の両方に作用する幻覚魔法。蕀の蔓が足元から絡み付き身体の自由と魔力を奪う。自らの非道や罪悪を知る者ほど効果は絶大で、幻覚の蕀の絡み付き具合も広くなる。

 身体を蝕む幻覚の蕀に最低二日は魔力を奪われ続けるという精神汚染。これを魔王だったエイルが使用した際、抵抗出来る存在は世界でも有数の使い手だけだろう。


 そして実際、魔術師組合の中で動けた者は僅か二名。一人は受付嬢。もう一人は近くのテーブルで茶を飲んでいる赤髪の女性……。


「へぇ……抵抗出来る奴も居るんだな」


 エイルは素直に感心している。だが、無事だった内の一人……受付嬢は怒りで震えていた。


「貴女!いきなり何てことをしてくれたんですか!」


 ツカツカとエイルに迫る受付嬢は、茶系と白の配色で落ち着いた印象の制服に丸眼鏡。そしてお下げ髪といった、実力者には見えない容姿。

 そんな彼女はビシリ!とエイルを指差し批難の声を上げている。


 しかし、エイルはどこ吹く風といった態度で応えた……。


「は?アタシはアタシに対する悪意を返しただけだぜ?それの何が悪いんだ?」

「そうじゃありません!貴女のせいで私の力がバレてしまうじゃありませんか!」

「あ~……悪いな。わざわざ下っぱのフリして紛れてた奴が、実は上位の力を持つ実力者だとバレちゃマズイ訳か……如何にも魔術師らしい行動だな」

「そうです!私は正体を知られたくなかっ……」


 そこでエイルは受付嬢を睨めつけた。


「知ったこっちゃないね。アンタ、実力者なら偉いんだろ?ということは奴らの態度を放置した責任がある。寧ろこの程度で済んだと感謝して欲しいぜ」

「な、何てふてぶてしい……」

「どうやら分かってないみたいだな……アタシは少し苛ついてんだよ」


 エイルは自らに施していた封印を一つ解除。途端、湧き上がる膨大な魔力……。受付嬢は顔から血の気が失せペタリと腰を落とした。


「こ、ここ、これは……!うっぷ……」

「おいおい……この程度の放出で魔力酔いかよ。大したことねぇな、魔術師組合ってのもよ」

「こんな魔力……あ、貴女は一体………」


 そんな受付嬢の問い掛けを無視したエイルは、無事だったもう一人の女性に近付いた。


「アンタは動じないんだな」

「ええ、まぁ……」

「アンタは目が違う……でも、ここに居るってことは魔術師組合の人間なんだろ?」

「確かに私は組合に加わってはいるけど、ただそれだけよ。魔法・魔術の探究は間に合ってるし……」

「なら、何で参加してるんだ?」

「話せば長くなるわね。聞きたいならお話しするけど?」


 全く動じていない赤髪の女性。敵意も悪意も感じないことを確認したエイルは謝罪を始める。


「アンタにまで魔法を向けて悪かった。この通りだ」

「あら……案外素直なのね」

「相手によるかな。で、アンタと少し話がしたいんだけど」

「良いわよ。でも、ここじゃ少し場所が悪いわね」


 チラリと視線を移した赤髪の女性は、受付嬢を見て溜め息を吐いた。


「だから言ったでしょ、アズーシャ・アグス……もう少し魔術師達を躾た方が良いって。あれじゃ揉め事の元よ?」


 フラフラと立ち上がった受付嬢……アズーシャは、そのままエイル達の方へと歩いてくる。が、その足取りは今だ覚束無い。


「し、躾といっても魔術師は元来身勝手で……」

「だから力で束ねるのよ。貴女、折角魔術師組合総帥の地位に居るんだから」

「簡単に言わないで下さいますか、師匠……貴女程の力があるなら話は別ですが、私には無理です。やるなら貴女がやって下さい、『火葬の魔女』」


 そこでエイルは、ようやく驚きの色を見せた。


「アンタ、あの火葬の魔女か!──リーファム・パトネグラム?」

「あら……私を知ってるの?」

「そりゃあ、知ってるさ!あのメトラペトラから知識を盗んだ命知らずは、アンタくらいなモンだぜ?」

「そ、そう?……それにしても、メトラペトラを知ってるのね。流石はレフ族……でも、メトラペトラとはこの間和解したのよ」

「メトラペトラに会ったのか!じ、じゃあ、白髪の男に会わなかったか?」

「ライのこと?……。貴女は一体……」

「アタシはエイル・バニンズ。三百年前に魔王だった女だよ」


 これには流石に驚いたリーファム。アズーシャに至っては完全に白眼である。


「魔王……封印されてたって話だった筈よ?」

「解かれたんだよ。半年くらい前に」

「そう……。三百年前には《魔人転生》の影響で暴走していたと聞いてたけど……?」

「治して貰ったんだ、ライに……」

「成る程ね。それなら……」


 確かにあの男ならそのくらいの事はやり兼ねない、とリーファムは納得した。


「まぁ良いわ。それじゃ、場所を変えましょうか」


 これも運命の廻り合わせ。伝説の魔王と伝説の魔女の邂逅は、ライの【幸運】により意味を成す……。

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