第六部 第一章 第七話 エイルの契約


 魔獣に追われる者達が続々とアギロナ村へと集まり始める。逃げる者は必死……当然藁をも掴む思いだ。


 エイルは余計な期待を持たせてしまったと後悔する反面、敵国の民を守る事態に抵抗を感じていない自分に驚いてもいた。


 そんなエイルの胸に飛び込み顔を埋めるティノス。上目使いでエイルを見つめている。


「こんな状況で……お前、案外大物だな」

「そう?ところでお姉ちゃん、どうするの?」

「こうなったら逃げる訳にもいかねぇよなぁ……あ!そうだ!」


 思い出したのはラジックから受け取った魔導具。カジームを出る際に渡されたものだ。

 一応ラジックの知人全員にはこれが手渡されており、ペトランズ大陸内ならば連絡が取れることになっている。


 そこでエイルが連絡を取ったのは……マリアンヌだった。



「お~い、マリアンヌ。聞こえるか?」

『………。エイル様ですか?どうしたのですか?』

「実は頼みがあってよ……」


 エイルから経緯を聞いたマリアンヌは、早速対応をしてくれることになった。


『神聖機構に連絡を取り確認してみた結果、天使に防衛を担って頂けることとなりました。ですが……準備に少しばかり掛かるので、それまでは滞在して欲しいとのことです』

「どのくらい待てば良いんだ?」

『日暮れ前には向かうとのことです。大丈夫でしょうか?』

「わかった。助かったぜ、マリアンヌ。借りが出来たな」

『いえ……私は何もしておりません。それより……エイル様はお辛くありませんか?』

「ん?ああ……トシューラのことか?まぁ、何とかな……」


 マリアンヌとはカジームで話をした際、ライに仕える者ということで友好を結んでいる。

 元々ラジックの娘の様な立場である為、カジームにも足を運び色々と貢献してくれたマリアンヌ。同じ『戦える女』ということもあり、打ち解けるまでに然程時間は掛からなかった。



『困った時は遠慮なさらずにご連絡を』

「分かったよ。ありがとうな、マリアンヌ」

『それではエイル様、また後程……』


 そう言い残しマリアンヌは通信を切った。


 エイルは溜め息を吐いた後、アギロナの村人達に向け今後のことを伝える。


「取り敢えず、神聖機構から天使が来ることになったぜ?」

「おお……流石は聖女様だ」

「聖女じゃねぇっつってんのに……。それで、だ。この辺の避難者はまとめて守りたいから受け入れろとさ。それで良いか?」

「それは構いませぬが、食料や物資が……」

「神聖機構がある程度用意してくれるって話だけど、逃げてきた奴等も全く持ち合わせが無い訳じゃないと思うぜ?」

「わかりました……皆、分かったな?」


 村人は皆頷き、子犬の様な目を解除。エイルへの縋り付くような圧力は解除された……。


「天使が来るまではアタシが守ってやる。今日中には来るってよ」

「色々とお世話になります。その……是非お礼を……」

「そんなのは期待して無いから気にすんな。それより……この先が大変だぜ?村の物は先を考えりゃ大事に取っといた方が良い」

「ありがとうございます、聖女様!」



 結局最後まで聖女にされたままのエイルは、きちんと金を払い食事をしつつ天使の到着を待つ。

 その間もティノスはエイルに付きっきり。片時も傍から離れなかった。



 そして夕刻──。


 エイルは間も無く現れるだろう天使を待ちつつ、外で村の景色を眺めている。傍らにはやはりティノスが居た。


「お前、帰らなくちゃ怒られるぞ?」

「大丈夫だよ。長老、結構ボケてるし……」

「ボケてる……」

「そんなことより……天使が来たら行っちゃうの、お姉ちゃん?」

「ああ。まだ用があるんでな?」

「そっか……人捜しをしてるんだっけ……。でもこの辺じゃ見かけなかったよ、レフ族は……」


 ティノスのその言葉でエイルは一気に飛び退き距離を取る。


「……どうしたの、お姉ちゃん?」

「お前、何者だ?」

「……?」

「アタシは耳の長い奴等を知らないかと聞いたんだぜ?レフ族とは言っていない」

「…………フッ。バレちゃったか。仕方無いね」

「この村で暮らしているってのは嘘か?お前……村人の記憶を弄ったのか?」

「嘘じゃないよ?ボクは確かに村の敷地内に住んでいる。記憶を弄ったのは目的の為に都合が良からだよ……」


 ティノスから立ち上り始める魔力。それは魔獣よりも強力なものだとエイルは察知した。


「目的ってのは何だ?」

「そんなに警戒しないでよ。ボクは邪悪なものじゃない。寧ろ逆だよ」

「ハッ……聖なる存在とでも言うのか?」

「うん、そうだよ。ボクは『聖獣』さ……」

「………は?」


 ティノスの告白……その正体に拍子抜けしたエイル。改めて魔力を探れば確かに邪悪な気配はない。


「何で聖獣が人の真似して紛れてるんだ?」

「言ったでしょ?目的の為だって」

「目的?」

「ボクは山に住まう聖獣・コウ。多分、世界で一番長く生きている聖獣だよ」

「………」

「本当はね?ボクが村を守るつもりだったんだ。でも、強い人間……いや、魔人かな?キミが現れたから任せることにしたんだよ」


 聖獣コウの話では、あの魔獣には聖獣を穢す力があるという。守りを固めるだけならば問題はないが、対峙するには厄介な相手だったそうだ。


「成る程な……それは分かった。でも、何で正体を隠した?」

「フフン……実はお姉ちゃんを観察してたんだよ」

「は?何で……」

「ボクはお姉ちゃんが気に入ったんだ。特にオッパイが……」


 ガクッと体勢を崩したエイル。あまりの理由に一気に肩の力が抜けてしまった……。


「………只のエロ聖獣じゃねぇか」

「ハハハ。別に性的な意味じゃないよ?ボクは聖獣としての性質上、柔らかいものが好きなんだ。温かいものもね」

「………。で、アタシが気に入ったから何だってんだ?」

「お姉ちゃん、ボクと契約しない?」

「聖獣と契約?アタシが?」


 かつての魔王が聖獣と契約など笑い話に聞こえるかもしれない。


「お姉ちゃん、処女でしょ?」

「やっぱエロ聖獣じゃねぇか……」

「違う違う。基本的に聖獣には性欲がないんだ。人との間に子供は作れるみたいだけどね……前例が殆ど無い。っと、そんな話じゃなくて……聖獣は純潔の乙女にしか憑依出来ないんだ。知らなかった?」

「知らねぇよ、そんな話。そもそもアタシは【御魂宿し】に会ったことも無い」

「そっか。うん……でも、【御魂宿し】じゃなくても契約は出来るんだけどね……」

「それもどうでも良い。で?アタシが契約しないって言ったらどうするんだ?」

「そうしたら、大人しく山に帰るよ……。また、ずっと独りぼっちだけどね……グスッ」


 またしてもイノセントな眼差しに晒されるエイル。コウはチラチラと上目使いに視線を送っている。


 レフ族は情に厚い……。結局アギロナ村を見捨てられなかった様に、今のエイルにはコウを見放すことすら後ろめたさがある。


「くっそ……子供の姿でそんな視線を送るとか、汚ぇ……。お前、本当に聖獣か?」

「アハハ!うん、やっぱりお姉ちゃんで良かったよ。言葉遣いはアレだけど、凄く優しいのが分かる」

「………で、どうすれば良いんだ?」

「え……?」

「仕方無いから契約してやる。聖獣なら何か役に立つんだろうし……」


 そう口にするエイルは、どことなく照れている様に見える……。


「素直じゃないなぁ……。優しいのは悪いことじゃないでしょ?」

「が、柄じゃないんだよ!それより早くしないとやめるぞ?」

「ま、待って!わかったから契約しよう!ちょっと待ってね……」


 慌てて変化を始める聖獣コウ……少年の姿が輝き始め小さな形状へと縮んで行く。

 そうして現れた聖獣の姿は、金属の様な質感を持つ銀色のリス。コウはそのままエイルの掌に着地した。


「…………」

「…………」

「プッ!アハハハハ!やっぱり面白いな、お前!」

「喜んで頂けたなら良かったよ。じゃあ、契約しようか」


 契約詠唱はコウが担当しエイルはその承認のみを行う。


『我、聖獣コウはここに盟約する。我が力は汝の為、汝は我の為に共にあることを誓わん。異論なければ汝の名を述べよ』

「アタシはエイルだ……エイル・バニンズ。契約を認める」

『これにより聖獣コウとの契約は成った。今後は共にある半身。この契約が途切れぬことを切に願う』


 一瞬の閃光。これによりエイルは聖獣との契約を果たした。


「ふぅ……割と疲れるんだな、契約ってのは」

『まぁね。それより、ボクの力は分かった?』

「契約した途端、頭に流れ込んできたからな」

『うん。じゃあ、オッパイ触って良い?』


 エイルはまたもガクッと体勢を崩す……。


「エロ聖獣……いや、淫獣か?」

『酷いなぁ……ボクはエイルを守る為に形を変えたいだけだよ。心臓や魔力器官は胸にあるだろ?』

「本当にそれだけか?」

『……ボクの身体は金属で出来てるからね。だから柔らかくて温かいのが落ち着くんだ』

「……仕方無ぇな。ま、相棒だからな……胸くらい貸してやるよ」

『やった!じゃあ、吸って良い?』

「それはダメ」


 やはり淫獣じゃないか?などとエイルは考えたが、もう契約してしまった手前諦めることにした。


 それに、聖獣コウの力はエイルの予想していたものより遥かに強力……聖獣ではなく神獣と言っても過言ではない。


 そうして胸当てに変化したコウ。その満足げな感情がエイルに流れ込んできたところで神聖機構の天使が到着した。



「貴女がエイルさんですか?」

「ああ。悪かったな、急に頼んで……」

「いえ。これも役目ですから。申し遅れました。私はルルナリー・ルクスと申します」

「エイル・バニンズだ。悪いけどアタシは人捜しの途中でね……後は任せて良いか?」

「はい。エイルさんが去ったと同時に結界を張りますので御安心を……」

「じゃ、頼んだぜ?」


 エイルはアギロナの民が集まる前に退散を始める。いつまでも聖女などと言われるのは堪ったものではない。

 颯爽と飛翔し、ルルナリーに手を振ると東の空へと飛び立った。


 後にアギロナ周辺では『浅褐色の聖女』伝承が語られることを、エイルは知らない……。



『それで……何処に行くの、エイル?』

「ん?ああ。アギロナの長老から貰った紙に『魔術師組合』ってのがあったから行ってみる」

『でも、お金無いんでしょ?』

「対価なら金じゃなくても良いかもしれないからな。上手くいけば人捜しのプロに任せられるし」

『わかった。じゃ、出発~!』



 目的地は魔術師組合──。


 エイルとコウ………そんな存在である両名には、また一悶着が待っていた……。



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