第六部 第一章 第十二話 流星の華


 トシューラ国の平原にて『赤い魔獣メオラ』と『英雄の卵達』による本格的な戦いが始まった──。



 ロウドの盾に所属しているとはいえ、自分達のみによる脅威存在級との戦いは初めてのイグナースとファイレイ。 

 それまでは明確な脅威も数が少なく、マリアンヌやマーナといった実力者との行動が主であった為危険に身を晒すことも無いに等しかった。


 しかし今回は未熟な新人同士の共闘……一歩間違えば即、死に繋がる。勿論、それは本人達も自覚していること。


 それでも……イグナースとファイレイは、メオラを倒すことで魔獣を排除できる可能性に賭けた。

 



 先ずはファイレイが遠距離からの《闘気弾》で牽制した隙に、イグナースが再びメオラの懐へと踏み込む。

 シウトの騎士団にて伝授される闘気剣 《烈空破》で何度も斬り掛かり、再生が追い付かなくなるまで続けた。


 充分にダメージを与えたのを確認したイグナースは、そこでメオラの両腕を切り落としそのまま心臓を貫く。


「グハッ!懲りないエサ達ですね!この『天使メオラ』には効かないと分かりませんか?」

「いやぁ……俺、害虫を駆除しないと安心して眠れない質でさ?」


 そこでイグナースは【震竜剣】の機能の一つを発動。刀身が小刻みに振動し、貫き止まっていた刃がバターを切るが如く緩やかに移動を始めた。


「グァァッ!あ、あなた方を甘く見ましたか……!」

「このままもう一つの核も破壊してやる!」

「ギャアァァァ━━━ッ!た、助けてくれぇ~!…………なんて言うと思いますか?」


 歪な笑顔を浮かべたメオラは、口から黒い粘液を吐き出した。

 それはドロリとした粘着性の強い液体……イグナースの身体を包むと同時に急激に硬化を始める。


「イグナース!」

「く……くそっ!……身体が……」


 メオラの身体に粘着液ごと固定されたイグナース。その隙にメオラは腕を再生させ、更に歩肢をイグナースに向け抱き込むように突き刺した。

 鎧は竜鱗だけあり貫通はしない。メオラはそれを理解すると、今度は体温を高め始める。


「中々頑強な鎧の様ですが……さて、いつまで堪えられますかね?」



 やがて灼熱が如き熱を放出し始めたメオラ。竜鱗武装が熱を防いではいるが、あまり長く続けば機能が低下しイグナースも無事では済まない。


 更にメオラは呪闇系魔法を詠唱。精神を蝕み命を奪う呪い《死蝕の呼び声》をイグナースに向けた。


 イグナースの鎧が同時に複数種の攻撃を防げないと推測したメオラの攻撃……。

 しかし、その攻撃はファイレイの特殊魔法 《魔法式分解》により無効化。これはファイレイの祖父である大賢人エグニウスの編み出した対魔術師用魔法だ。


「ちっ……この小僧よりあなたの方が厄介ですね」

「それはどうも。でも、イグナースを甘く見ていると大怪我するわよ?」

「フッフッフ。この程度の攻撃しか出来ぬ小僧など恐るるに足ら……」


 その時、メオラの胸元から叫ぶ声が響く……。


「うおぉぉぉっ!『身体強化』!!」


 硬化していた粘液が砕け散り、同時にメオラの腹部は黒く輝く光に貫かれる。

 大きく開いた風穴は再生が遅い。魔力核の一つは見事砕かれたのだ。


「ぎゃあぁぁぁっ!こ、この不信心者めが!天使たるこの私になんという……!」


 のたうち回り叫ぶメオラを一瞥し、ファイレイの側に戻ったイグナース。だが、かなり消耗してしまった様だ。


 実はメオラの粘液の中は猛毒。ファイレイの魔法と竜鱗武装のお陰で大きな影響こそ無かったが、呼吸を妨げられていたのだ。


「大丈夫、イグナース!?」

「あ、危うく窒息するところだった……」

「今回の戦いの情報は鎧に蓄積されているそうだから、後でラジックさんに見せた方が良いわね」

「そうする。それより……アイツは?」


 魔力核の一つは確実に潰した。可能性の一つとして魔力核は再生しないかもしれない。そうなれば決着は近い……と期待したイグナース。

 だが……二人が視覚纏装【流捉】で捉えたのは、魔力核が再生する様子だった……。


「くっそ……。やっぱり二つ同時じゃないとダメなのか……」

「せめて私がもう少し決め手を持っていれば……」

「ファイレイのせいじゃないさ。俺だけじゃ最初に殺られてた訳だし、感謝してるよ」

「イグナースにしては素直ね……結局、私達はまだまだ力不足なのよ」


 師であるマリアンヌが使用していた圧縮魔法を使えれば、魔力でもメオラの甲殻を貫けたかもしれない。

 イグナースにしてもファイレイにしても、今回の戦いは経験・技能共に不足していることを突き付けられる形となった……。


「撤退しましょう、イグナース。情報としては充分よ」

「…………」

「イグナース?」

「……ここで退いたら、また犠牲が増えないかな?」

「それは……」


 真剣な眼差しのイグナース……やはり仕留めておきたいというのが二人の本音だった。


「実は一つ、技があるんだ。研鑽不足で使わなかったけど……」

「それなら倒せるの?」

「わからない。ただ、先刻さっきの攻撃が通るならそれなりのダメージは与えられると思う。上手く行けば倒せるかも……」

「………。じゃあ、それを最後の攻撃にしましょう。それでダメなら撤退。良いわね?」

「流石だ、ファイレイ……。俺の相棒は話が分かるね」

「『お目付け役』の間違いじゃない?」

「アハハ。ですよねぇ~」


 いつもの調子に戻ったイグナースは、自らの顔を叩き気合いを入れ直した。


「技を出すのに少し時間が掛かるんだ。ファイレイ、時間稼ぎを頼める?」

「良いわよ。ただ、無理はしないでね」

「お互いにね」


 イグナースが剣を構えるのを確認したファイレイは飛翔──。未だのたうち回るメオラに向け《闘気弾》を放つ。

 更に《目奪もくだつ》という魔法を使用し、メオラの意識を自分に引き付けた。


(私じゃ有効な攻撃は与えられない。せめて圧縮魔法を覚えられていれば……でも、時間くらいは稼いでみせるわ!)


 ファイレイは上空を移動しながら攻撃を続ける。それを見たイグナースは自らの研鑽不足を悔やむ。


(本当はファイレイを危険に晒すつもりはなかった。もっと俺が強くならないと、守れるものも守れない……)


 そう覚悟を決めながら、イグナースは剣に意識を集中し始めた。

 自らの【黒身套】を圧縮し刀身で流動。丁度、剣に黒い竜巻が巻き付いている様な闘気剣の展開──。


(まだだ……もっと……)


 やがて刀身の闘気は黒い牙のように変化。低く唸り振動している。


「良し!」


 ファイレイに口笛で合図を送ったイグナースは、メオラの死角から接近し技を放った。



《暴食の嵐牙》


 圧縮した【黒身套】を超高速回転させることで、あらゆるものを削る黒き牙へと変化させたイグナースのオリジナル剣技。

 膨大な力を消費するが、当たりさえすればドラゴンすら倒すだろう破壊力だ。


 不意を突かれそんな一撃をまともに受けたメオラは、一瞬で蠍型の下半身を消し飛ばされた……。


「ギャアァァァッ!な、何だとぉ!一体何が……」


 吹き飛ばされた下半身に動揺するメオラ。が、イグナースは手を緩めない。


「消し飛べ!害虫!」

「グギャアァァァッ!!」


 更にもう一撃……黒い渦はメオラを飲み込むとそのまま爆散し消えた……。


「ハァ!ハァ!やった……」


 疲労困憊のイグナースはその場でペタりと腰を落とした。汗が滲み手は震えている。


「凄いじゃない、イグナース!今の技は何?」

「い、一応『対魔王級』用に考えていた技なんだ。ルーヴェストさんに手伝って貰ってたんだけど、完成にはまだ掛かるかな」

「今のが完成じゃないの?」

「完成したら剣の周囲じゃなく剣の先に【黒い牙】が伸びる予定なんだ。先刻さっきも最後は維持出来なくて散っちゃったし……」


 鎧の魔石に触れ回復魔法を何度か発動し、イグナースはようやく立ち上がる。そして、まだ重い身体で剣を構え警戒へ移った。


「ファイレイ……索敵頼むよ。止めを刺せたか確信がない」

「わかったわ」


 地上、上空共にメオラの姿はない。安堵したファイレイはイグナースの肩を支えて飛翔を始めた。


「悪いね」

「今日は頑張ってたから……」

「ファイレイ……」

「フフフ……。シュレイドさんに報告することは沢山あるわよ?」

「褒美出るかな?」

「多分ね」


 と、二人が気を抜いたその時……大地が割れ巨大な魔獣が現れた。


 それは黒色型の魔獣……しかし、良く見れば魔獣の身体には赤黒い魔力核が露出している。


「こ、この魔力の感じ……。ま、まさか……」

『そのですよ、小娘……。真なる天使はあの程度では死なぬのです』

「本当にしぶといなぁ、害虫は……」

『小僧……よくもやってくれたな。貴様のせいで元の肉体を失ってしまったわ』


 メオラは魔力核だけを他の魔獣に移ししぶとく生存。最早、人であった部分すら無くなった。


「それで魔獣の身体奪ったの?寄生虫じゃん」

『赦さぬ……赦さぬぞぉ!天の怒りを受けよ!』


 徐々に赤く変化を始めたメオラが寄生した魔獣。魔力核二つが発する力は変わらず高い。

 身体を入れ換えた為、肉体疲弊も回復。当然といえば当然なのだが……。


「ファイレイ!逃げろ!」

「嫌よ!逃げるならあなたも……!」

「実は意識を保つのもギリギリなんだ。《暴食の嵐牙》は鎧の魔力まで使っちゃったから……」

「なら、尚更嫌よ!あなたが嫌だと言っても無理矢理でも連れていくわ!」

「頼むよファイレイ……君を失いたく無いんだ」

「私だって……」

「君が好きなんだ。だから……」


 イグナースはファイレイの頬にそっと触れた。そこには……想いの宿った優しい瞳があった……。


「やっぱり嫌よ。私だって好きな人に死んで欲しくない……。見捨てて逃げるなら死ぬまで戦うわよ!」

「ファイレイ……。バカだなぁ、君は……」

「馬鹿で結構よ。でも、私は死ぬ気なんて全然無いわ。だからあなたも……」

「………帰ったら結婚する?」

「……そういうのは不吉な前振りだから止めてね?」


 とはいえ、顔を赤らめ満更でもないファイレイ。イグナースは笑いながら剣を構えた。


「よし!じゃあ、生き残る為に限界を超えるよ、ファイレイ!」

「ええ……やりましょう!二人で一緒に!」


 最後の悪足掻きでも良い。二人は互いを守る為、命を賭ける覚悟を決めた。


 しかしそれは、事実上の絶体絶命───。


 魔獣がキシャーッ!と奇声を上げ二人に迫ろうとした瞬間……それは起こった。



 天から降り注ぐ光が空に数多の線を引きつつ地上へと降りてくる。

 真昼の流星……ではない。それは意思ある者の手によるもの。


 そんな光の一つがイグナースとファイレイの元にも降りてきた。


(あれは何?………この感じ、まさか魔法なの?)


 ファイレイが考えを纏める間も無く光は魔獣に直撃。それが氷塊の槍であると気付いたのはメオラの核を撃ち抜いていたからだ。


『な……何だとぉぉぉっ!』


 砕かれたメオラの赤黒い核。しかし、魔力核は取り付いた魔獣のものがもう一つある。

 縫い付けられ動けない魔獣メオラは抵抗を試みるが、次の瞬間には急激に干からび始めた。


「何……何が起こっているの?」

「ファイレイ……アレ見て……」


 魔獣の身体の内側から植物の枝が伸び始め、やがてその身から全ての魔力・生命力を奪う。

 乾燥した土の様に崩れてゆく魔獣メオラは、悲鳴を上げることすら出来ず最後には大輪の華を咲かせた……。


「………。ファイレイ……今の何?」

「わ、分からないわ。でも、私達には植物が向かってこなかった」

「まさか、誰かの魔法とか言わないよね?だって、あんな……」


 あんなことを人が為せるとは思えない……。イグナースも降り注ぐ光を目撃しているのだ。


「……分からないことだらけね。でも、分かっていることもあるわよ?」

「俺達が助かったこと?」

「そう……生き残れた。いいえ、生かされたのかしら……」

「……。ま、生き残れたなら何でも良いよ」

「そうね……」


 二人はゆっくりと地上に下降し魔獣を“ 喰らった ”華を確認する。

 華はもう動かない。そして不思議なことに、早くも花粉を撒いている。


「……これ、花粉じゃないわ」

「え……?」

「これ、魔力よ。見て、ホラ……」


 ファイレイに降り掛かった光の粉は、その身体に染み込んで行く。それはイグナースも同様で、二人の魔力は瞬く間に回復を果たした。


「鎧の魔力まで回復したよ……」

「……やっぱり誰かの魔法?でも……」

「良いじゃん、別に。少なくても敵の行動じゃないでしょ?」

「そう……ね」

「それより、あの光が全部の魔獣を撃ち抜いたなら騒動は終わり……かな?」

「………。分からない。でも、もしメオラが本体だったなら終わりかも……」

「そっか……」


 顔にこそ出さないが、イグナースは悔しかった……。


 本当は、ファイレイを危険な目になど遭わせない自信があった。それが自らの魔法知識の薄さや魔導具の不慣れで逆に助けられる結果となったのだ。

 天才といえど足りないものはある。それを痛感させられた戦いだった。


 それどころか、好きな相手の命を危険に晒したことは最早屈辱とも言えた。



「………。あ~あ。俺、全然だったな……情けない」

「それは私も同じよ。結局、この華に救われた訳だし……」

「………。決めた。俺、また修行するよ。但し、今度は知識も経験も増やす」

「………どうしちゃったの、急に?私達は経験が足りないのなんて当たり前……」

「それじゃ駄目なんだよ。好きな相手を危険に晒した自分が許せない……」


 そこでイグナースは、“ ハッ! ”と思い出す。危機に陥った勢いでファイレイに告白してしまっていたのだ。


「……あ、あの~、ファイレイさん?」

「何……?」

「あのね?結婚の話なんだけど……」

「…………」

「…………」


 気不味い雰囲気。しかも、お互い告白してしまったから尚更気不味い。


「……わ、私達はまだ若いわ。修行も途中だし……」

「そ、そうだね」

「あなたがもっと強くなるまで、待つ。待ってるから……」

「お、俺もファイレイが大きくなるまで待つよ」

「大きくなる?何が?」

「胸が……まだ成長途中だから………。あっ!」


 言っちまったイグナースは慌てて口を塞いだが、時既に遅し。一方のファイレイは拳を握り締めプルプルと震えている。


「イ~グ~ナ~ス~!?」

「ゴメン、ファイレイ!いや、おっぱいが好きじゃなくて……いや、おっぱいも好きなんだけど……あ~!そ、そうだ!ファイレイのおっぱいが好きなんだ!だから信じて!」

「どうでも良いわ、そんなの!折角想いを伝えたのに……!」

「だからゴメンて!」

「取り敢えず一発殴らせなさい!」


 籠手から展開した手甲。殴られたら間違いなく無事では済みそうに無い……。


「ゴメンなさ~い!」

「待ちなさい!イグナース!!」


 イグナースは飛翔し逃亡。それを追うファイレイ。二人はそのままシュレイドの元へと向かう。



 この流星の後、僅かの間魔獣騒ぎは沈静化する。

 しかし、魔獣はまだ滅びてはいない。脅威がまだ去ってはいないことは、ライの帰還により知らされることとなる。


 だが……一先ずであれど脅威は退けられたのだ。



 平原には、魔獣から咲いた幾つもの華が風に揺れていた……。



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