第六部 第一章 第十三話 戦場の外側で 



 空から降り注ぐ数多の光は、当然ながらトシューラ国の外からも確認された。


 それがライの所業と知らぬ各国はまたも厄災かと肝を冷やしたが、天使達から魔獣駆逐の報告を受けた神聖機構の通達により混乱は回避されるに至る。



 とはいうものの、各街への報告には時間差があり混乱こそ無いとはいえ少しばかり騒動にはなったのも事実。



 その一つ。その事象に魔術師達は興味を引かれ、俄に騒がしくなったシウト国・エルフトの街──。

 空の光を眺めていた『シウト国特別戦力育成訓練所』の者達は、指導教官の声で我に返る。


「取り敢えずあの光はこちらに影響は無いと思いま~す。皆さん、説明を続けますよ~?」


 拍手により視線を集めたのは黒いとんがり帽子に黒マント、金と赤の刺繍が施された白のワンピース型魔導衣に身を包んだ少女。

 マリアンヌが訓練所を離れた代わりに教官の任に就いたのは、『ノルグーの守護者・クインリー』の愛弟子サァラだった。


「え~……基礎の理論講義と訓練を終えた皆さんは、今日から専門技能の修得へと移ります。私は魔法の指導教官を任されたサァラ・レオと申します」


 訓練生の中にサァラを子供と侮る者は居ない。クインリーの愛弟子にして天才魔法少女サァラは、マリアンヌと共に魔物の沈静化を行った実績がある。

 加えて血族が跡絶え没落していたレオ家は、サァラの生存を確認したクローディアにより復興を認可された。


 つまりサァラは、今や爵位持ちの貴族──レオ家は魔法に長けた一族だったこともあり、若いながらに高い発言力を持つまでになっていた。


 そして魔法の指導教官はもう一人───。


 亜麻色の髪の美女は、魔術師というより教師といった姿をしている。


「私はレイチェル・ミラン。サァラと共に魔法指導を担当します。私は魔力が少ないので実践ではなく理論面担当ですが……」


 クインリーのもう一人の弟子、レイチェル。


 魔術師の道を選ばなかった彼女ではあるが、有事とあり自らも行動を起こすことを選択した。

 一時的とはいえ指導教官となるのは、まだ一人での指導が不安なサァラからの達ての願いでもある。



 レイチェルとサァラは、件の『魔獣召喚未遂』でフリオを介し知り合った。仲良くなった二人はそれ以来姉妹の様に親しくもなったのである。


 訓練所の規模が拡大し生徒数が増えたことに対し、指導教官が不足気味な訓練所……。そこにレイチェルが教官として就任することは、シウト国としても渡りに船だったことだろう。


 それ以来、レイチェルとサァラはエルフトの街で暮らしていた。


「これから、この『魔導訓練部門』は魔力に関する専門知識を中心に実践まで指導致します。魔導具、魔術、魔纏装、そして魔法……。皆さんはこれから脅威と戦えるだけになって貰わなければなりません。気を抜かず頑張って下さいね」

「はい!宜しくお願いします!」


 気合い十分の魔導訓練生。何せ可愛い美少女と美女……訓練生達は己の幸運を天に感謝していた。




 対して、訓練所の別の場所では動揺を隠せない者達も存在する。

 それは『身体能力向上訓練部門』側───。



「俺は今日から貴様らの指導を担当することになった『筋肉担当』のジョイスだ!」


 浅黒い肌に筋肉隆々!何故か上半身裸の巨体!石像の様な彫りの深さ!身体訓練担当ではなくとは何ぞ?と動揺を隠せない訓練生達……。


「そして俺が筋肉担当のアスホック!!」

「そして俺が筋肉担当のウジンっス!!!」


 次々に出現する筋肉担当……。


 訓練生達は思った──。


 “ 筋肉ヤベェ……そして三人の見分けが付かねぇ ”


 と……。


「良いか!こちら側に訓練を振られた者は徹底して肉体を鍛える!肉体を鍛えれば精神も鍛えられる!それは生き残る為に必要なのだ!」

「この段階の訓練は常に命纏装を纏って貰う!!朝起きてから寝るまで、などという甘いことは言わん!!寝ている時すら纏え!!」

「訓練が終わる頃には皆、何処に出しても恥ずかしくない筋肉になってるっスよ!!!」


 何処に出しても恥ずかしくない筋肉……そんな不穏な言葉に戸惑う訓練生達。

 彼らは更に思った……“ これは天国と地獄だ ”、と。



 そんなエルフトの『シウト国特別戦力育成訓練所』──その訓練生達は既に四期生ということになる。



 一期目にマリアンヌが指導した者達の殆どは、現在『ロウドの盾』に参加し活躍している。

 その中から指導教官に選ばれたのがサァラ、そして『三兄弟』こと、ジョイス、アスホック、ウジンの四名。


 二期目もマリアンヌが担当し、鍛え上げられた者達は各騎士団の団長級に配属され各地の戦力を引き上げる結果となった。


 ある程度安定したことを見届けたマリアンヌは、三期目から指導を後継に任せ自らは『ロウドの盾』側に所属することを選択。

 それはライから託された戦闘経験と知識を元に、マリアンヌ自身も自らの鍛練を必要と考えての選択でもあった。



 そんな経緯で現在の四期生。三期目からは身分による優先を排し、実力試験で選ばれた百名程の鍛練となる。


 エルフト──ラジックの館周辺は完全な訓練場へと形を変え、以前より更に多くの宿舎が建ち並んでいる。

 其処は今やシウトにとってどれ程欠かせない拠点となっているか……改めて説明する必要はないだろう……。



 因みにラジックは住居兼、研究拠点をカジーム国・レフ族の里に移した。

 転移用魔導具は王都ストラト、ノルグー、エルフト、そしてカジーム国に繋ぎ、信用出来る者に予備の『鍵』を預けている。


 以来、エルフトの街はその姿と役割を大きく変化させていた。



「さぁ、貧弱筋肉共!先ずは命纏装だ!纏装を使え!その上で肉体鍛練をしっかりと叩き込んでやる!」

「先ずは纏装の加減を学べ!!衣一枚を極め常に纏うのだ!!訓練が終わる頃には貴様らは第一線級の戦力となるのは間違いない!!」

「途中で纏装が途切れた者には筋肉について一晩中懇切丁寧に説明してやるッスよ!!!」


 やはり地獄……身体訓練者達はゴクリと生唾を飲んだ。



 ところがこの訓練……真の天国と地獄は逆。


 身体訓練担当の三兄弟は非常に面倒見が良く、訓練生達はみるみる実力を伸ばして行くことになる。

 逆に魔導訓練側はスパルタ方式。勿論これはマリアンヌの助言に因るものだ。



 三ヶ月後には身体訓練生と魔導訓練生は入れ替り訓練を受ける。そこでようやく事実を知るのだが……それは先の話である。



「今日はここまでにしましょう。お疲れ様でした」


 サァラとレイチェルは訓練を終えるとラジックの屋敷の中へと姿を消した。

 ラジックの館は完全に改築され指導教官の休憩所であり宿舎にもなっている。


 レイチェルとサァラはラジック邸の二階に暮らしていた。



「レイチェルお姉ちゃん、お疲れ様」


 手慣れた様子で紅茶を用意するサァラ。レイチェルは自作の菓子を用意し二人は卓に着く。


「サァラちゃんこそ。本当に立派よ」

「レイチェルお姉ちゃんもだよ。話も分かり易いし」

「ウフフ……まさか、私がまた魔法に関わるなんて思わなかったけどね?」


 生来の魔力不足で断念した魔術師への道。教官という立場に形を変え関わることになった……それはレイチェルにとっての転機でもあった。


 それでも……サァラの誘いを受けた当初、レイチェルかなり迷っていた。


 それは、自ら家事業という道を選んだことにも意味や覚悟があったからこそ……その想いを諦めるのは簡単にではない。

 しかし……世界が少しづつ不穏な流れを生んでいたことは、レイチェルに何処か無力感を与えていたのも事実である。


 そんな中、兄フリオはトラクエルという重要な拠点での領主に任命された。レイチェルは離れた兄に何もしてやれないことが辛かった……。


 ならば、間接的にでも兄の助けになれないか……そうして選んだのが『育成』という手段。

 直接戦闘は出来ずとも、知識だけならばクインリーから多くを受け継いでいる。足りないものは更に自らも学べば良い……そう決意し教官の任を承諾したのである。



 そして……レイチェルの決意を決定付けたのはライの生存報告──。


 ライがノルグーに滞在したあの時……道を断念したが故に魔法の知識を伝えなかったレイチェル。

 あの時何らかの魔法を伝えていれば……そんなものは『もしも』という言い訳でしかないが、ライの生存が確認されるまでレイチェルは後悔を続けていたのである。



 立ち止まっていることの怖さを知ったレイチェルは、このエルフトの地で新たな道を歩き始めた。

 自らでは負担が大きい実践は、サァラが担ってくれる。マリアンヌが残していった高速言語の資料や圧縮魔法の効果数値表は、今後新たな知識として役に立つ筈だ。


 レイチェルに出来ることは、いつの間には山積みになっていた……。



「それにしても、先刻さっきの光は何だったんだろうね?」

「サァラちゃんはあの光に魔力を感じなかったの?」

「流石に遠すぎて分からなかったよ?でも……」

「不思議と怖い感じはしなかった。違う?」

「そう!お姉ちゃんも感じたんだね?」

「うん……不思議と安心する光だった」


 それは脅威と思われても仕方のない光景。現に目撃した者の中には不吉を口にする者も居た。

 しかし、中にはそれを見て安堵する者も居たのだ。


 悪意無き魔力──トシューラでそれを目の当たりにした者達は特にそう感じたという。


「でも……もしあれが魔法だとすると、別の意味で少し怖いわね」

「人が持つには大き過ぎる力──。ニルトハイムを地図から消した力もそうだよね……」

「使い手次第なのは分かってるけど、人の心は不安定だから……」

「……。でも、私達は間違えないようにする。これは大事でしょ、レイチェルお姉ちゃん?」

「そうね……うん、そうだわ。流石、サァラちゃんね」

「ヘヘヘ……」


 マリアンヌの話によれば、ライは以前と比べ物にならない程の強さを身に付けたという。

 だが、その心は全くと言って良い程に変わっていなかったそうだ。


 ライから託された魔法知識……。より有効的に使えるまでにしたいとレイチェルは考えていた。




 そんな風にレイチェルとサァラが自分達の役割を確認する中、ラジック邸に『とある来訪者』が現れる……。



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