第六部 第一章 第十四話 バーユからの報せ


「こんにちは~……あれ?今日はレイチェルさんとサァラちゃんのお二人だけですか?」

「バーユさん。お久しぶりです」


 ラジック邸を訪れたのは商人バーユ──彼はかつてライとラジックを繋いだ商人である。


 『回復の湖水』の一件で大きく役割を果たしたバーユは、今ではノルグーに拠点を構えるまでの大商人になっていた。

 しかし、どうも一ヶ所に落ち着かない性分らしく店を従業員達に任せ巡回しながらの商いを続けていた。


 そしてバーユは、時折こうしてライと所縁ある場所に顔を出す。レイチェルやサァラともその過程で知り合った。魔術師であるレイチェルやサァラはノルグーにある店も併せてのお得意様だ。



「今日は仕入れか何かですか?」

「いえ。少し近くを通ったのですが、通信魔導具に連絡がありまして……」


 ラジックから齎された通信魔導具をティム経由で渡されていたバーユ。ラジックの通信魔導具は他の魔導具より精度が高く遠方からも届く。故に情報が逸早く収集出来るのだ。

 これはシウト国の重責にある者と『ロウドの盾』関係者を除けば、商人組合にしか渡されていない。


「それで……何かあったのですか?」

「はい。それが……俄には信じられない話なんですがトシューラの魔獣が一掃された、と……」

「えっ……?」



 確かに信じられない話だった……。


 世界でも実力者達、しかも神聖機構の力も投入し四ヶ月近く……状況は好転せず悪化の様相まで見えていた。

 それが一瞬で殲滅……一体何がどうなったのか……。魔術師として気になるのは仕方の無いこと。


 ともかく立ち話では何なので紅茶と菓子を用意すると、バーユは嬉しそうに頬張った。


「いやぁ!この菓子美味いですね……!レイチェルさん、お店出しませんか?」

「フフフ……ありがとうございます。でも、多分時間も無いので……」

「そ、そうですね。いや、失礼しました。どうも商人の癖で……」

「それでその……魔獣の件は……」

「ああ!そうでした!」


 レイチェルとしてはフリオに直接影響もある話。早く知りたい気持ちが先んじる。


「……その前に、お二人は空の光を見ましたか?」

「昼間の光ですか?凄い数の流れ星でしたよね……」

「実はアレは星じゃなく魔法だった様で………あの光全てが氷の魔法だったらしいのです」

「!?」


 レイチェルとサァラは今し方そんな話をしていたのだ。まさか本当に魔法だとなると、一体何者の仕業かという疑問になる。

 しかし、当然ながら直接の目撃者はトシューラ国にしかいない。神聖機構も分析中との情報のみ。


 だが……そんな中で確信を持って発言した人物が居たという。



『あれはライ様の魔法で間違いありません』



 マリアンヌにはそれが直ぐに分かったらしい。


 いや……マリアンヌだけではない。魔法の氷塊を見たエイルは一目でライの魔力を読み取り、ストラトに居たフェルミナに至っては見ずともそれを知覚したという。



「ライさんがアレを……」

「いやぁ……耳を疑いましたけどね。強くなったらしいとは聞いていましたが、まさかあんな……」

「それで……どんな状況なんですか、バーユさん?」


 サァラとしてもライの所業という部分がかなり気になる様子。

 それが魔獣殲滅ともなると一体どんな魔法なのか……魔術師としての知識欲も無きにしもあらず。


「目撃した人達の話だと氷は鋭利な氷柱の形状で、それが魔獣の核を寸分違わず撃ち抜いたらしいのです。そして魔獣の体内から植物が成長を始め魔獣が乾涸びるのを見た、と……。更にその死後は大輪の華が咲いていると聞いています」

「氷、植物、それと吸収……ライさん、魔法が苦手だと聞いていたのにそこまで……」

「まだ確証がある訳ではないですけどね。魔獣掃討作戦は一時終了となるでしょうから、詳しくはトシューラより帰還した人達から情報が入る筈ですよ?」

「バーユさんは逸早く教えてくれたんですね……ありがとうございます」

「レイチェルさんはフリオさんが心配かと思いましてお節介を焼いた次第です。それに、私はライ君に借りがある。彼の関係者を出来るだけ安心させてあげたいのですよ」


 そこに商人としての損得はない。


 バーユは友人ラジックが生き生きとしている姿を望んでいた。それ一つでも充分な借り……そこに『回復の湖水』に関与するよう推薦までされているのだ。大恩とまでは行かずとも、礼は尽くさねばならないだろうという気持ちだった。


「彼が戻ってくるのかまでは分かりませんが、こちらの大陸にもちゃんと目を向けていたことだけは確かです」

「そう……。でも、私はライさんが無事なだけで充分です」

「そうですね。………さて、私はそろそろ行きます。お邪魔しました」

「あ……お夕飯を食べて行きませんか?」

「お誘いは嬉しいのですが、今日はシグマさんと打ち合わせがありまして……」

「そうですか……。どうかお気を付けて」

「また来ます。では……」


 レイチェルが菓子を持たせると、バーユはニコニコとしながら去っていった。


「……よかったね、レイチェルお姉ちゃん」

「うん。これで兄さんも少し安心かな……」

「そうじゃなくて、ライ兄ちゃんのことだよ」

「……。それはサァラちゃんも嬉しいでしょ?」

「うん……」

「ライさん、早く戻ってくれば良いのにね………」




 魔獣殲滅の報告はペトランズ中を駆け巡る──。


 魔獣討伐が誰の手によるものかを知る者は少数……。しかし、確実にそれを知る者も存在する。




 神聖国家エクレトルもその一つ。


 解析の結果、魔法はディルナーチ大陸の遥か上空より射出された。そこに存在した波動がライのものであることはエルドナが追跡済みである。


「………エルドナ室長」

「何~?どうしたの、ルルナリア?」


 神聖機構内、純白の空間……。光るパネルを操作しながら、若き天使は幾分動揺している。


「この数値、間違ってませんか?」

「間違って無いわよ?どうして?」

「いえ……だって……。あまりに……」

「人間離れしている、かしら?まあ、この子は特殊なのよん」

「特殊……ですか?」



 ルルナリアは最近エルドナ付きになった若き天使である。


 エルドナは魔王アムドの出現により新たな部所『ロウド世界脅威対策室』の室長の地位に就いた。

 実はその才覚を以てして『至光天』の地位を薦められたが、エルドナは興味を示さず辞退していた。


 断ったとはいえその事実はエルドナの格を上げることとなり、昇進は確実となる。

 しかし、エルドナは敢えて新たな部所の設立を提言。『ロウドの盾』の支援組織として『脅威対策室』初代室長となったのだ。


 そこには脅威相手なら好き放題開発が出来るという願望と、ライの様な存在の観察の好機という欲望があったことはエルドナだけの秘密である。


 ルルナリアはそんなエルドナ直属の部下になり、世界の情報確認を行っていた……。


「アリシアの話では、このライという子は大聖霊と契約しているみたいなのよ」

「大聖霊………って、嘘っ!あ、あの大聖霊ですか?」

「ええ。しかも既に二体……かつての勇者バベルでも一体だったのにねぇ」

「か……身体や精神は大丈夫なんですか?」

「特には問題無い………のがまた特殊よね。並の人間では堪えられない筈なのに……魔人化したこともまるで申し合わせた様にすら感じるわ。実に面白……興味深い」


 まるで何処かの変態魔導科学者の様なエルドナさん。研究の興味が優先されるといった部分も含め、共通点が多いことも忘れてはなるまい。


「……でも、室長。やっぱりこの数値はおかしいですよ」

「何が?」

「だって……コレ、実質神聖機構の誰よりも強いじゃないですか。もしかするとティアモント様にまで届」


 そこで自らの口を塞いだルルナリア。最高地位に在る大天使ティアモントを人と同列に語ることは不敬と慌てたのだ。


 だがエルドナは、ニマニマと笑みを浮かべつつルルナリアに答えた。


「戦闘力では確かにティアモント様を越えているでしょうね。でも彼は、ティアモント様には勝てないわよ?少なくとも今は……ね?」

「えっ……?それは何故ですか?」

「格が違うのよ。それこそ文字通りに……ティアモント様は『神格』をお持ちだから」

「さ、流石はティアモント様……」

「でも、先は分からない。これは内緒にしてね?人が神格に至る可能性を神聖機構は嫌う。ティアモント様やアスラバルス様は気にしないでしょうが、ぺスカー様辺りは隠れてちょっかいを出す可能性もある。それでも、この子は全てを退けるわ」

「そんな脅威を放置して良いのですか?」


 エルドナはただ首を振った。


「この子はもう世界を何度も救っているのよ。私が見ても有り得ないと思う様な行動でね?それを脅威だからと反発するのはおかしいと思わない?」

「そ……それは、まぁ……」

「この子の道が何処に向かっているのか分からないけど、私は信じたいと思ってる。だって面白……じゃなく期待出来るもの」

「……この方が世界を何度も救っているというのは本当なのですか?」

「ええ。今回の魔獣殲滅だけじゃなく、ディルナーチ大陸でも何体も魔獣を聖獣に変えているわよ」

「う、嘘っ!ほ、本当ですか!?」


 魔獣から聖獣の転化は神聖機構ですら未だ成し得ない所業。偉業と言って良い事態だ……。


「しかも、その一体は何と!あの『アグナ』なのよ?」

「アグナ!よ、翼神蛇アグナですか?か、神の分身を救ったなんて……」

「神聖機構が手を出せなかった事案……それをあっさりとね?どう?面白いでしょ?」

「……………」

「それと魔王アムドね……アレもアスラバルス様だけの力じゃないの。神聖機構内では内密になってるけどね?」

「………。確かに特殊……過ぎて私には付いていけません」

「ンフフ~。という訳で、この子のデータは公表しちゃ駄目よ?」

「えっ?い、隠蔽するんですか?」

「失礼ね……アスラバルス様とティアモント様にはちゃんと報告してあるわよ。ただ、神聖機構内で公表しちゃうと騒ぎになるでしょ?ルルナリアはその辺り信用出来ると聞いたから引き抜いたのよ?」

「………わかりました」


 その言葉を確認したエルドナは笑う。それはとても無邪気で、悪意なき笑顔だった。



「今後、この子……『ライ・フェンリーヴ』は私達だけの特別監視対象。良いわね?」

「わかりました……」

「それじゃ、魔獣の件は『ロウドの盾』の活躍により収拾しましたと報告しといてね~」


 ヒラヒラと手を振るエルドナは、再びパネルを操作し始めた。


 困ったのはルルナリア。天使は原則嘘を付けない。どうやって魔獣を倒したのかの言い訳に困ってしまった。


 結局、アスラバルスに泣き付き『ロウドの盾の活躍』と上手く理由を付けることになるが、ルルナリアにはエルドナの下で働くことに若干の不安が残ったのは言うまでもない。



 魔獣アバドンは世界から姿を消した。


 これからしばし後……再び魔獣は世界を震撼させる日が訪れる。

 しかし、恐れることはない。その時立ち向かうのは『白髪の勇者』──救いたがりの勇者は間もなくペトランズ大陸へと帰還する。

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