第六部 第五章 第五話 アウレルとエレナ


 トシューラ国ドレンプレル、そしてアステ国の月光郷を巡った翌日──改めてカジームに転移したライ達は、早速長老の館へと向かう。



 ライは今回、カジームの地を借りてそのまま【魔人転生】を行うことにした。騒がれず術の行使を行える広い土地というのは、意外と少ない。

 加えて、他の脅威存在から新たな魔人出現を察知されぬ為にはカジームの結界は都合が良かったのである。



「魔人転生だと?うぅむ……」


 長の館にて再会の挨拶を交わした後ライが事情を正直に伝えると、カジームの長リドリーは以前のメトラペトラ同様の反応を見せた。


「……完成された【魔人転生】というのは本当にあるのか?」

「はい。数日前にクローダーから術式だけは教えて貰いました。ただ、これを他人に知られる訳にはいかないので内密に願います」

「うぅむ……信じられん。完成術式があったとは……」

「完成されたものでも魔人化に必要な魔力量は変わらないんですよ。代替魔力の用意無しに術を使うと結局は大地が枯れます。だからこその他言無用……それとカジームの一部を借りて術を行使したいのですが、許可を貰えませんか?」

「…………」


 レフ族からすれば忌むべき術である【魔人転生】。大地を枯らされた三百年の永き苦労と同胞を狂わせた結果は、リドリーの心にも深い傷を負わせている。


「………お主はエイルがそれを不快に思うとは考えんのか?」

「エイルにとっては辛いかもしれません。後で責められてもそれは仕方無い。でも、魔人化を望むのは守る為の力を欲している人なんです」

「だが、魔人の力はその者の考え方を変えるかもしれん。人には過ぎたる力……そうは思わぬか?」

「思いません」


 即答したライに驚くリドリー。争いを望まぬ気質のライがそう断言する意味を知りたくなった。


「………何故だ?」

「魔人に多く触れたから、ですよ。確かに魔人の中には危険な奴もいるでしょう。でも、それは人間という存在でも同じなんです。悪人と善人がいて、正しい道を進むか進まないかの違い……それは魔人でも只人でも変わらない」

「………」

「魔人転生の問題は魔力臓器の異常。それを取り除いた『真なる魔人転生』なら、心さえ間違わなければ大丈夫な筈なんです。俺はアウレルさんの気持ちが分かる。そして大切な人を守れない苦しみはエイルにも理解出来る筈だから」


 エレナは黙って話を聞いていた。原因は自分という負い目がどうしても拭えない。

 そんなエレナの肩に触れるマーナ。エレナもアウレルもマーナにとっては大事な仲間なのだ。気持ちを考えるのは至極当然と言えよう。



 ディルナーチの自然派生の魔人達は人と距離を置いていた。だがそれは、力が未熟故に他者を傷付けない為の選択でもある。力の優越による恐れなどは結局考え方の一つでしかない。


 そして何よりディルナーチの魔人達は皆、人間そのものだった。迷い、憂い、間違い、立ち向かい、懸命に道を探している。それを知るからこそ、ライはアウレルに魔人転生を使用する決心をしたのである。


「責任は俺が取ります。だから……」

「………。良かろう。恩人であるお主がそこまで言うのであれば、最早止めるは不粋じゃ。この里から離れた西……そこには広い草原がある。使うが良い」

「感謝します」

「何……お主にはかなり世話になっておるからな。と言っても、今回も結局は他者の為か……。全く、お人好しにも程がある。ご苦労なされますな、大聖霊様方も」


 メトラペトラはライの頭上で顔を洗いつつ笑う。


「も、慣れたわぇ。言っても聞きやしないからのぉ、此奴は」

「ハッハッハ。では、労いの為に果実酒を用意しておきましょう。終わった際には里にお立ち寄りを」

「流石はレフ族の長じゃな!必ず来る故、馳走も忘れるでないぞよ?」

「お任せ下され。この間は慌ただしかったですからなぁ」


 ライはマリアンヌ達に『直ぐに帰る』と約束し居城に留めたのだが、それを無視し酒盛りの相談を始めたメトラペトラ……。

 今更それを止めたところでメトラペトラはごねるに決まっている。


 諦めたライは、半笑いで気を取り直しアウレルの元へと向かうことにした。



 訓練場に向かうと、アウレルは入り口付近で一心不乱に剣を振っていた。

 アウレルは武装をしていない軽装。フィアアンフやオルストの姿も見当たらない。


「アウレル……」

「………げっ!エレナ!マーナまで………な、何で……」


 恨めしげな視線をライに向けるアウレル。だが、エレナやマーナが事情を知って大人しくしている性格ではないことはアウレル自身が良く知っている。


「ライ……少しだけ時間を頂戴」

「良いよ。じゃあ、俺達は奥の方に行ってるから……」


 ライ達は訓練場の奥へと向かい適当な場所で待機。


 残されたアウレルとエレナ。アウレルはバツが悪いといった様子……。対してエレナは憂いの中に居る。

 二人の対面は死に掛けたエレナをフェルミナが救った日以来である。


 マリアンヌの訓練を受けた後、アウレルは力を求めて各地を転々とした。やがてイグナースからカジームの黒竜の話を聞かされ足を運ぶ。その後は己の力不足に苦悩する日々を送っていた。

 一方のエレナは、マーナと共に行動していたが途中から連絡が途絶えたアウレルが気になっていた。所在がカジームにあると知った時、改めて話をしたいとは考えていたが何を話せば良いか分からなかった。


 そして今回の魔人化……。


 エレナ自身、魔人も只人も心に違いは無いと思っている。そうさせたのはエイルであるのだが、それでも魔王を生んだ《魔人転生》の術は不安だったのだ……。



 そんなエレナ──再会の挨拶代わりにアウレルの頬を張った。


「馬鹿アウレル!何で……何でそんなに思い詰めてんのよ!」

ワリぃ……」

「調子が狂うのよ!アンタはそんな奴じゃないでしょ!」

「…………」


 軽口には軽口で、反発しながらも互いに信用していた……そんなアウレルは見る影もない。


「アウレル……私は誰も恨んでいない。誰にも責任があるとは思っていない。だって、あそこは戦場だったのよ?アンタは他の人達を庇ってた……だから……」

「他人を幾ら守れようが関係無ぇ。一番大事なモンを守れなくて何が戦士だ、何が男だ……」

「アウレル……」


 エレナは未だ答えが出せていない。アウレルにどう応えるべきか……素直になるのが難しい関係だったのだ。

 しかし、今のアウレルは一切の迷いがない。気持ちを偽らずただ真っ直ぐに目的に向かい行動している。


「別にお前に応えて貰おうってんじゃねぇぜ、エレナ。俺はただ自分が赦せねぇだけだ。二度とお前を危険に晒させねぇ……それだけの力が要る」

「……ねぇ、アウレル。もし私がアンタに応えるから止めてって言っても駄目なの?」

「駄目だ。そういう問題じゃねぇんだよ……俺は全部忘れて二人仲良く安全な場所で暮らすようなタマじゃねぇ」

「それは……私もそうだけど……」

「エレナ……これは俺が勝手にやる事だ。もう止めんな」

「…………勝手よ、アンタ」

「ああ。だが俺は元から勝手な奴だっただろ?」

「ええ……そうだったわね」


 アウレルの意志は固いと改めて理解したエレナ。後はもうライに任せる以外出来ることは無いと悟る。


「アウレル」

「何だよ?」

「おかしくなったら許さないからね……」

「そんなつもりは無ぇよ。たとえライが術式を間違えても、必ず力を手に入れてやる」

「そう……。なら行って来なさいっ!!」

「ぐあっ!!」


 アウレルの背中を力強く叩き送り出すエレナ。流石のアウレルも少し面食らった様だ。


 エレナは神聖教の司祭で、マーナとの旅でも主に回復を担当している。

 だが、仮にもマーナの仲間だったエレナは達人級。その“ 激励 ”は無防備のアウレルにも十分な威力を見せた。


「ぐっ……!エレナ、お前なぁ……ちったぁ手加減てのを……」

「無事戻ったら答えをあげる。どんな答えになるかはわからないけどね……だから、必ず戻って来なさい」

「……。おう。行ってくるぜ?」


 少し明るくなったアウレルはライ達が待っている方へと力強く歩き出した。




 《魔人転生》の場に同行したのは大聖霊達のみ。マーナ、エレナ、ランカは里の集会場で待つことに……。

 そこには、既に警備を担っている者を除く全てのレフ族が集まっていた。


 《魔人転生》という術はレフ族からすれば危険なもの……長であるリドリーは念の為全員に召集を掛け待機したのである。


「済まんな、皆の者……」

「長が謝ることではありませんよ。我等とて勇者ライには借りがある」

「そういって貰えれば助かる。それと、言うまでも無いが今日の出来事は他言無用。たとえ【ロウドの盾】相手でもな?」


 ライの申し出通り《魔人転生》の安定使用は知られてはならないと判断したリドリー。噂が拡散されればそれを欲した者により争いが生まれる。

 かつてのカジームがそうして追い込まれ続けた様に……。


「一つ聞かせてくれないか?レフ族は何故それ程危険な術と知りながら、ライの行動を拒否しなかったんだ?」


 ランカにはレフ族の危機意識が低いとしか思えない。一体ライとどれ程の縁があれば仲間を危険に晒す行為をも許すのか……どうしても確認したかった。


「お主は新顔だな……ならば知らぬのも無理はない。我等レフ族は家族を救われた。それも二度……いや、間接的なものを含めればもっと多い」

「借りを返す為に危険を見過ごすのか?それは愚かなことだと思うけど……」

「ハッハッハ。中々辛辣じゃな、客人……まぁ大聖霊様方が三人も居られるのだ。大丈夫だろう」


 楽観とも取れる言葉にランカは幾分不満げである。そんなランカの手を取ったのはフローラだった。


「ライさんは不思議な人なんです。不安を不安じゃ無くしてしまう人……確かに万能ではないかしれませんが、信じさせる何かがあるのです」

「……何かとは?」

「それは見ていないと分からないかもしれません」


 トウカと同じ言葉……ランカは益々不思議な気持ちになる。

 あのお節介な男──確かに超常の力を持つ男ではあるが、あまりに他者との壁がないという印象ばかりが先に立つ。

 それは『暗殺者』という立場から見れば無防備な馬鹿でしかない。


 いや、だからこそランカは知る必要があると考えていた。自分が変わる為にもそれは必要なこと……そんな気がした。



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