第六部 第五章 第四話 要柱


 大聖霊達が真剣な面持ちで話をする中、ライは申し訳無さそうに話に割り込む。


「あ、あの~……メトラ師匠、幾つか聞きたいことが……」

「ん?何じゃ?」

「【要柱】って何ですか?魔王アムドにも言われたし、サザ……ランカの親父さんにも言われたんですけど……」

「……初めは確証が無かったので黙っていたがのぅ。ほぼ間違いあるまい」


 大聖霊達全員の意見は一致しているらしく頷いている。まるで誂えたかの様な出会いは別として、全員がライに惹かれ心を許していることは紛うこと無き事実。


「要柱とは大聖霊を束ねる存在のことじゃと言われておる。と言っても前例はないがの。故に本当は何を意味するかは分かっておらん」

「バベルも大聖霊と契約したとか言いませんでしたっけ……?」

「あれは単体じゃろ?じゃが、お主は四体……耐えうる身体と信頼の絆。そもそも普通の者は生涯で大聖霊に会うことすら稀よ」


 先に旅に出た兄シンや妹マーナは大聖霊には会えなかった。

 そもそも厄介な封印をされていた上にフェルミナ以外は人嫌い。更に大聖霊同士は存在の危機でも無ければ互いに離れている。出会うのは本当に【幸運】の賜物だった。


「要柱の出現は創世神が予言していたんじゃ。それを聞いたドラゴンや天使、精霊等がそれぞれ詩にした。大方それを知った者達が魔術史に残したのじゃろう。世界改竄の影響を受けておらぬ者が存在を知っていても不思議ではない」

「詩……ですか。皆知ってる?」


 シルヴィーネルとアリシアは小さく頷いた。ドラゴンはそのまま詩を、アリシアはエクレトルの魔術史で確認しているそうだ。


 それらは願望を込めて地上の楽園の誕生を詩にしたもの。メトラペトラはそれをあながち間違いではないと考えている。


 大聖霊は神の写し身。束ねれば神格を越えた真なる神の力【創世】に至る可能性もある。

 それは、創世神のみが自在に振るうことが出来た世界を創る力──。


「歴代の神すら『神の玉座』の補助無しには振るえぬ【創世】──それすら完全ではない。【創世】を単身で行使できる存在が居るならば、それは真なる神の帰還じゃ」

「俺はそんな大それた奴じゃないんだけどなぁ……。ただ、“ 縁を繋いだ相手が不幸なのは嫌 ”ってだけの男ですよ。神の力があろうと無かろうと、俺は神様になんてなる気はありませんし」

「ま、お主ならそう言うじゃろうと思うたわ。じゃが、それで良い。ワシは要柱がどうではなく、ライという男が気に入っているだけじゃからの……」

「し、師匠……愛してるぜ!メトラ師匠ぉぉ━━━━っ!」

「シャーッ!」

「ギャアァァ~ッ!」


 感動のあまりムチュ~!っと接吻を迫ったライをヒラリと躱したメトラペトラ。そして必殺『猫爪突き』……爪はサックリと額に突き刺さりライはダクダクと血を流している。


 そんなライは栗が爆ぜるように時折飛び跳ねのたうちながらも、内心申し訳無さで一杯だった……。


 “ 大聖霊を纏める ”となると【時空間を司る】オズ・エンも当然ながら含まれる。

 しかし、ライの身体は既に限界──これ以上の契約は果たせそうにない。


 それは、ライが【要柱】ではないということの証明でもあると考えている。


 師の期待に応えられぬ後ろめたさは、少なからずライの心に影を落とす……。



 だが、そんな気持ちを気付かれる訳にも行かない……そう考えたライは、誤魔化す様に次の質問で話題を変える。


先刻さっき『これよりこの地は要柱のもの』って言ってましたが……」

「ん?ああ。結界はより上位の者が支配権を持った方が強いからの……大聖霊を束ねる者、つまりお主の持ち物となった」

「ち、ちょっとそれは不味く無いですか?仮にもアステ国の土地ですよ?」

「どうせ奴等はこの土地の存在に気付きもせんわ。どうじゃ銀虎よ、問題はあるかぇ?」

「問題ありません」

「え~…………じゃ、まあ良っか」


 迷惑じゃないなら問題無し。どのみち関わった以上は何かと気を揉むことになるのだ。裏切らない相手に名義を貸した位の気持ちでライは諦めることにした……。

 これでまた一つ、穏便に物事が落ち着いたならば良し。そうでないならその時はその時だとライは考える。



 そんな中、銀虎から改めての申し出があった。

 それは仮にも土地の主となったライへ感謝の印のつもりらしい。


「勇者よ……私との契約をお願い出来ませんか?大聖霊様方を纏める方ならば、私としてはお力添えがあれば助かるのですが」

「え?いや……本当に良いの?多分、俺を買い被ってるかもしれないぞ?」

「それはありません。貴方からは非常に強い力を感じます。それに、我等聖獣は本当に信用出来る相手としか契約を行いません。それを貴方は複数……これ以上無い条件です」

「う~ん……じゃあ契約する?」

「はい。お願いします」


 銀虎からすればライの様な存在こそ契約相手に相応しいのだ。

 『月光郷』には他にも聖獣が暮らしている……それを守る為には邪念の力や穢れに強い存在との契約が必要だった。


 しかし、銀虎はそれを上回る利があることを知らない。


「銀虎よ……此奴と契約すると聖獣としての性質は固定されるぞよ?大聖霊契約者の利点じゃ」

「な、何と……!で、では魔獣から他者を守ることも……」

「可能じゃな」

「そうですか……では尚のことお願いします、勇者よ」

「ライで良いよ。……。分かった。あ……一つ聞きたいんだけど……」

「何でしょう?」

「聖獣が【御魂宿し】として契約したい相手って、何か決め手があるのか?」

「……こればかりは口では説明が難しいですね。聖獣の【御魂宿し】は穢れ無き乙女でなければなりません。融合した際の繋がりに左右するので清らかでないと……相手を選ぶ時は融合した際の感覚に違和感がないこと」

「つまり……フィーリング?」

「簡単に言えばそうですね……」


 と、ここでライは驚くべき事実を思い出した……。


「ねぇ、アリシア?アスラバルスさんは乙女?」

「えっ……?だ、大丈夫ですか、ライさん?熱でも……」


 エクレトル最高管理者『至光天』の一人アスラバルス──その姿はどう見ても男だった。

 純天使は高魔力体なのであまり男女の拘りは無いと聞いたが、それでも男の容姿で存在しているので念の為の確認である。


「いや、アスラバルスさん、聖獣と融合してたんだよ。金の獅子と……乙女じゃないのにどうしてかなぁ、と思ってさ?」

「アスラバルス様は数少ない純天使ですから、存在自体が清らかなのです。だから男女の決まりなく融合を……」

「となると、純天使は全員【御魂宿し】になれる可能性があるのか……うぅむ……」


 その場合、堕天使であるスフィルカはどうなのだろうか?元が純天使ならば【御魂宿し】にもなれるのか?少し存在が人寄りになっているので、また別扱いなのか……?

 いや、そもそもスフィルカは女型の堕天使……純血……処女おとめ……。


「うぉぉぉっ!乙女━━━━━っ!?」

「なっ!な、何じゃ~!一体何事じゃ~?」


 突然手で顔を覆い魂から叫ぶ『妄想勇者』……。

 スフィルカの美しい容姿と純血という響きから疾走する貧相なエロスは、メトラペトラ達を混乱させた……。


 そんなどうでも良いことで騒ぐ内に、いつの間にか周囲は月光郷に住まう聖獣・霊獣に取り囲まれていた。


「え……?な、何で集まったの?俺、騒がしくて迷惑だった?」

「いえ……どうやら彼等も契約をしたい様ですね」


 銀虎との会話を聞いていたらしい聖獣・霊獣達。考えてみれば『性質固定』は聖獣や霊獣からすればこの上無い貴重なもの。この期を逃すのは得策ではない。


「………。へ、へぇ~……どうしたら良いですかね、メトラ師匠?」

「本来ならそんなに増やしても負担になるんじゃが、お主の場合は魔力もまだ余裕綽々じゃろうし封印代わりにすれば良かろう。力の種類が増える分には困るまいし」

「そんなものですか?」

「そんなものじゃ。性質の固定は魔獣を増やさぬ意味でも役に立つ。まぁ、最終的な判断はお主がするんじゃな……」

「………。分かりました。全員と契約します」


 集まった聖獣・霊獣は銀虎を含めて六体……。契約は最上位聖獣である銀虎が代表し一括で交わすことになった。


「なぁ、アムル……俺の異変は聖獣とかの契約に問題無い?」


 こっそりアムルテリアに近付いたライは、気になっていたことの確認をしている。


 ライの異常は、膨大な『概念力』に身体が悲鳴を上げている状態。故に存在の力を使わねば基本的には問題は無いとアムルテリアは答えた。


「ライの場合、『存在の力』を過剰に使わない限り問題は無い。聖獣契約は魔力が主……そして性質固定は『存在の力』ではあるが副産物に近い。契約に問題は無い筈だ」

「そうか……」

「力を抑えつつ戦うには聖獣や霊獣、それに精霊の力は心強い。契約はしておいた方が良いと思う」

「そうする。助かったよ、アムル」

「私はお前を支える。遠慮せず頼ってくれ」

「ありがとう」



 聖獣との契約時、ライは未だ名を持たぬ聖獣や霊獣に名前を付けることになった。聖獣・銀虎の名は『銀月』……契約は他の聖獣達同様の能力貸与と魔力供給。他の五体も同じ条件だ。


「まんまの名前じゃな」

「でも良いでしょ?光郷と綺麗なの毛並み……」

「ありがとうございます。私は気に入りました」

「良かった。他の聖獣は追々考えるとしよう。それと一つ……もし聖獣・霊獣の皆が【御魂宿し】として契約すべき相手を見付けたら遠慮しないで言って欲しい。その時は契約を解く」

「……心遣い、感謝します」

「以上だ。これから宜しくたのむよ、ギンゲツ、皆」



 更なる新たな力を得たライ。聖獣が増えたことにより遠距離の対応に分身を使う機会は減少するだろう。


 ふと腕を捲り契約印を確認すれば、アグナの紋章に浮かぶ神代数字が【八】になっていた。


「まさか、“ 阿吽儺アグナ ”と契約していたとは思いませんでした」

「まぁ奇縁でね。それじゃ、ギンゲツ……この先頼る際は召喚するから、普段はこの地の管理を頼んだよ」

「はい」

「主従契約ではあるけど強制は掛けない。まぁ友達として気楽に行こうぜ?」



 こうして月光郷での役目は終わった。予定外なことが幾つか発生したが、それは寧ろライの助けとなるだろうもの……。


 此処にも【幸運】──アムルテリアはそれを改めて実感していた。


「さて……次はどうするんじゃ?」

「今日は一旦戻って休みましょう。それでですね……明日は俺と大聖霊達だけでカジームに向かうつもりです」

「嫌よ。私も行くわ、お兄ちゃん。エレナもね?」

「マーナ……」

「アウレルは私の仲間なんだから置いていかれても自力でカジームに行くわよ?」

「分かったよ……」


 結局、翌日のカジーム行きには大聖霊達とマーナ、エレナ、そしてランカが同行することになった。ランカはライを見定める為に同行するのだという。


 他の者も同行したがっている様子を見せるも、アウレルの気持ちを考え同行者はなるべく少なくする必要がある。その旨を説明するとようやく納得してくれた。



「終わったら直ぐに戻るからさ……。帰れる家があるって凄く安心するんだよ?」

「お任せ下さい、ライ様。明日は皆で食事をご用意してお待ちしております」

「それは楽しみだね、マリー。という訳で、メトラ師匠……帰りましょう」

「うむ。では、行くぞよ?」



 メトラペトラの《心移鏡》が発生し、一行は我が家──蜜精の森・居城へと帰還。万全を期す為にゆっくりと休むこととなった。



 次の目的はアウレルの【魔人転生】──カジーム国では幾つもの再会が待っているだろう。


 そこでライは、ちょっとした歓待を受けることになるのだ。


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