第六部 第五章 第三話 大聖霊の成長


「本当に何と感謝すべきか……」


 月光郷にてラッドリー夫妻の子息ブラムクルトの呪いを解呪したライ。

 息子との久々の会話を交わしたラッドリー夫妻は、改めて感謝を述べている。


「この恩は生涯忘れない。そう言えば自己紹介がまだだったな……俺はダニー・ラッドリー。そして……」

「妻のロゼリーナです。皆さん、本当にありがとうございました。ありがとう……」


 ライの手を取り固く握るラッドリー夫妻。ティムの為に助けた……という部分もあるが、殆どは『お人好し勇者』のいつもの行動である。


 ともかく、これでラッドリー傭兵団は復活し傭兵街構想は大きく進展するだろう。



「約束通り商人組合には全面協力しよう。俺達は何をすべきだ?」

「それは後で打ち合わせをしましょう。先ずは親子の会話をなさったら如何でしょうか?」

「済まないな、気を使わせて」


 ダニーはティムとも固い握手を交わす。


 ティムは既にラッドリー夫妻の宿まで手配している。ライがラッドリー達を救うことに疑いを持っていなかった辺り流石は親友と言えた。



 と……彼等が移動する前にライには確かめたいことがあった。



「すみません、ラッドリーさん。少しだけ聞きたいんですが……」

「ん?何でも聞いてくれ」

「ブラムクルト君に呪いを掛けた魔族ってどんな奴でしたか?」

「それか……。実はな……」


 ラッドリー夫妻の話では赤いローブに仮面を付けていた、としか言えないとのこと。つまり明確な姿は分からないらしい。


 容姿を聞いたライにはベリドの姿が思い浮かんだのだが、魔族はかなり小柄だった様なので別人と見るのが妥当だろう。


 ただ……聞いた限りでは魔族を名乗る割にあまり強い印象がない。ラッドリー夫妻は確かに腕利きなのだろうが、それでもこうして会ってみれば魔人を相手にするには少し役不足な印象がある。

 退けられたとなると相手が加減をしたのか、または本当に弱いのか……はたまたラッドリー夫妻だけでなく傭兵団としての連携が凄いのかは判らない。


 ともかく……今すぐ動かねばならないという脅威では無いが、一応警戒はしていた方が良いだろう。


 そんな会話の中、ブラムクルトは何かを思い出した様だ。


「アイツ……魔族を名乗った奴はずっとブツブツ言ってました」

「何て言ってたか分かる?」

「はい。確か“ 騙された、裏切られた ”って……」

「裏切られた……。他には?」

「済みません。それしか分かりませんでした……」

「いや……助かったよ。あ、もう一つだけ……騒動があった領主って何処の人?」

「小国トルトポーリスです。領主ではなく王族ですよ」


 トルトポーリス国は、地図から消えたニルトハイム公国を山一つ隔て隣接していたペトランズ大陸北西端の国。海に面した細長い形状をした国である。

 小国にも拘わらず大国の庇護下には入らず、自国の力のみで国防を為している今時珍しい国だった。


 船を使った交易を得意とし、北の氷海から死の海域を抜け唱鯨海にまで及ぶ航海技術はペトランズ随一とも言われていた。

 実はそれらを可能にしたのは太古の遺産を利用しているからだとも噂されているが、本当のところは分からないという。


 その流通は商人組合の有力幹部が昔から協力しているらしい。


「有力幹部?ティム……何か知ってるか?」

「ああ。商人組合の幹部は八人居るんだけど、その中で最も古くから幹部の家系があってな……どういう訳かトルトポーリスに便宜を図っている。まぁ商人組合としても利益があるし不正や違反も無いから追求しないけど」

「う~……また何かゴチャゴチャした話になるんじゃないだろうな……」

「おいおい……フラグ立てんなよ……」


 ピコーン!と旗が立てられた気がしたティム。またもやトラブルか、はたまたお節介か……恐らくライが首を突っ込むだろうという予感がある。


 勿論、現時点でライにその気は無い……。無いのだが、意思とは別に関わり合いになる可能性は否定は出来ない。


「それは取り敢えずは置いておこうぜ、ティム?実際、今んトコ何かと手一杯だしさ……?」

「邪教と魔獣か……確かにな。邪教徒の件は傭兵街が出来ていれば助けになったんだけどな」

「思い付いたのがつい先日だから仕方無いさ。それは今後期待してるぜ、ティム。俺の食っちゃ寝の為に!」

「………。最後の台詞が無ければ格好良かったのにな……?」


 そうしてライは再びラッドリー達と握手を交わした。


 ラッドリー達は傭兵らしく手早くテントを片付けた後、聖獣・銀虎に礼を述べに向かう。

 その後……ティムとラッドリー一家は、メトラペトラの《心移鏡》により商業都市ハーネクト付近へと送られた。



「さて……残るは聖地の結界じゃな。希望はあるかぇ、銀虎よ?」

「長く保てる強力なものをお願い致します。この地には複数の聖獣・霊獣が暮らしていますので」

「ふむ……となると、アレを試してみるかのぅ。アムルテリア……後はシルヴィとアリシア、それとトウカとランカじゃな。力を貸して貰うぞよ?」

「え……?俺は要らない子?」

「手伝うに決まっておろうが。師が動くのに弟子が動かんでどうする?」

「了解ッス!」


 一同は銀虎を伴い再び『月光の丘』に移動。メトラペトラは結界の概要を説明した。


「結界を一から張り直すのでは外から丸見えになるからのぅ……古い結界はそのままで内側に新たな結界を張る。それで……じゃ。今回は特に強力な結界を張る為にこれを使うぞよ?」


 メトラペトラは【鈴型宝物庫】から小さな銀の金属片を取り出した。


「それは……ラール神鋼か!一体どこで……」

「悪い魔王から手に入れたんじゃよ。ともかく、アムルテリアよ……これの加工と結界の要の【創造】……それと結界範囲の楔を頼むぞよ」

「わかった」

「シルヴィとアリシア、トウカ、ランカはアムルテリアが造る結界の要に触れておるだけで良い。後はワシらとライが調整するでな」


 全員了承の意思を見せ頷くのを確認し、銀虎と結界の詳細を詰める。


「この地の出入りは大聖霊、聖獣、霊獣、精霊、天使……後はどうするんじゃ?」

「ドラゴンや人も悪意無き場合は入れるようにしてあげて下さい。ラッドリー達の様に救いを求める者も居るでしょうから」

「良かろう。では、始めるかの……」


 アムルテリアはその背に【聖霊刀】を展開した。ライの半精霊化時と同じ様に十二の柄無き刃が円陣状に浮いている。

 これを空高く浮かべ放射状に射出。【聖霊刀】は古い結界の境付近に楔として打ち込まれた。


 更にアムルテリアは『月光の丘』に祭壇を【創造】──結界の中心に金属のオベリスクを構築する。


 オベリスクには双四角錐型に加工されたラール神鋼の欠片が埋め込まれ、その周囲には十二の純魔石が配置された。


 ライの頭上に移動したメトラペトラに促され、シルヴィーネル、アリシア、トウカ、ランカはラール神鋼に触れた。それを確認し、メトラペトラの術式構築が始まった。


『此処に集いし四種の力、幾重にも綴り綴り編み上げる。竜は大地を、天使は空を、鬼は力を、魔人は魔を……悪しきを退く力とならん。大聖霊メトラペトラとアムルテリアの名の元、要たるライが一つに纏め力と為す』


 言葉を切ったメトラペトラは前足でライに合図を送った。事前の打ち合わせで教えられた通り、ライは大聖霊紋章に触れつつ宣言する。


『この結界を破ろうとする者にはそのまま力を返そう。清心を持ちて善意を向けるならば誠意を以て返そう。これよりこの地は要柱のもの……仇為す者、踏み込むことあたわず』


 そしてメトラペトラは、最後に銀虎に飛び乗り術式を完成させる。


『要柱の代行者は銀虎。この者の意こそ掟。月光郷は今、新たな楽園となる──【金匣聖界こんこうせいかい】!』



 結界発動と同時に全ての音が消え完全なる静寂が訪れる。そして次の瞬間──空が眩き金色に染まった。


 しかし……それは一瞬のこと。瞬きを一度行った時には既に元の青空に戻っていた。


「ふぅ……。これで数千年は持つ筈じゃ」

「……………」

「……………」

「……………」



 一同絶句……。


 正直、誰も何が起こったか理解できていない。フェルミナやアムルテリアすらも首を傾げている始末だ。


「な、何じゃお主ら、その目は……?」

「いや……凄過ぎて何が何やら……」

「結界……というより限定ながら『世界を創った』というヤツじゃな。フェルミナやアムルテリアは知っておるじゃろ?」

「……私達は【創世】は出来ない筈よ、メトラペトラ」


 フェルミナは今まで見たことの無い程に驚愕していた。流石に困惑させ過ぎたと理解したメトラペトラは、術式の説明を一から始める。


「今のは『創世』ではあるがの……完全なものではない。かなり近いが『時空間』寄りの創世じゃ」

「それはオズの力だろう?何故お前が……」

「早合点するでない、アムルテリアよ。時空間寄りと言っておるじゃろ?今のは干渉魔法の上位……ワシが編み出した【如意顕界法】じゃ」


 干渉魔法……つまり神格魔法同士を更に組み合わせた【如意顕界法】は、現在メトラペトラのみが使える魔法である。


 使用したのは【時空間】【情報】【物質】の三種。概念での得手不得手を如意顕界法という形で補ったのは、如何にも魔法が得意なメトラペトラらしい。


「もっとも、今回はワシの力は殆ど使っておらんがの……。竜、天使、鬼、そして魔人という存在の力を少しづつ借り、ワシとアムルテリアの概念を加え構築した結界じゃな。ライの力は纏める際の言霊として借りた」

「うはぁ……師匠だから出来た技ッスね、それ……」

「まぁの……。ワシの【師】としての契約と魔法熟練度、そして大聖霊という格があればこそじゃろうな。無論それは、お主の元に種族を問わず存在が集まったという人運あればこそじゃがの」


 それでも、フェルミナやアムルテリアは未だ驚愕を振り払うことが出来ない。


 大聖霊は確かに魔法も使うことが出来る。しかし、概念力を使わぬ魔法となると大概偏りがあり得手不得手が生まれる。

 自らの概念に近いもの程強く自在に、遠いもの程上手く扱えない。


 例えばフェルミナとアムルテリアは【生命】と【物質】──純粋な意味では対称の位置にある。そしてフェルミナは創造系の、アムルテリアは創生系の力が苦手。


 そういった事情で『機械生命』『意思ある物質』等の一部の特殊な例を除き大聖霊達は自らの力の範疇を理解していた……つもりだった。


 だが──メトラペトラの力の範疇はそれを超え拡大しているのである。

 本来、苦手な筈の転移魔法……トシューラ魔石採掘場からの多人数転移に神具を必要としたメトラペトラだが、今では容易く同様のことが行使出来るのだ。


「ワシら大聖霊にも成長の余地が残されておると言うことよ。【要柱】の出現はそういうことじゃ」

「………。確かにそうかもしれないわ。そう思わない、アムルテリア?」

「フェルミナ……」

「私はライさんの現れたことには意味があると思うの。僅かな間で大聖霊を……しかも、私達ですら救えなかったクローダーまでも復活させた。【要柱】であることは疑いようが無いわ」

「………」


 大聖霊達と強き繋がりを持つライを、フェルミナやメトラペトラは【要柱】なのだという。


 【要柱】の存在は伝承──今ではその伝承を知る者の方が遥かに少ない。

 だがライは、その言葉を幾度か耳にしていた……。

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