第六部 第五章 第二話 月光郷


 メルマー家と別れを告げたライ一行は一度居城に帰還した。

 次の目的は、『傭兵街構想』の実現に必要となるだろう人物・『ラッドリー夫妻』との対話。


 協力を求める条件はその子息を救うこと──。とはいえ、ライはラッドリー夫妻の返答内容に拘わらず初めから救うつもりだった。


 そして交渉役として同行する為に待っていたティムも加え、約束どおり同居人全員での移動となる。



 目指す先はアステ国──聖獣が暮らすという秘密の聖地・『月光郷』。



「メトラ師匠は、その聖地に行ったことあるんですか?」

「ある。あの地には最高の湧水があってのぅ……」

……じゃなくてですか?」

「うむ。酒にその水を混ぜると最高の出来になるんじゃよ……じゃから、時折コッソリと人間の酒蔵に混ぜて極上の酒を作ってやるんじゃ。勿論、代わりに一樽頂くがの……?」

「へ、へぇ~……。とんだ泥棒ネコですね……」

「ニャにを~?正当な対価じゃろうが!」


 その昔……酒の生産が有名な地で時折起こっていたそれは、『酒神様の気まぐれ』と呼ばれる物語になっている──というのはマリアンヌの補足である。

 何せ三百年以上前のこと……しかし、こんな形でも大聖霊の所業が伝えられていたのは面白いとライは思った。


 そんな御伽噺の真実?を知った一行は、メトラペトラの《心移鏡》によりアステ国の聖地へと一気に移動。

 だが……転移した先には巨大な岩山が立ちはだかっていた……。


「……。大聖霊様……こ、これってどうなってるんですか?」

「落ち着け、ティムよ……この岩は幻術を組み込んだ結界じゃ。みだりに人が入らぬ様に聖獣達が施したもの……。まぁ、ワシが居れば問題なく入れる。目的地はこの先じゃ……ついて参れ」


 先陣を切ったメトラペトラは大岩の中へと進みすり抜けて消えた。それを見たティムは恐る恐る後に続き岩に触れる。すると、感触無く腕が通り抜け何かに引き込まれる感覚に襲われた。

 次の瞬間、開けた視界の先は広大な草原──遥か先には巨木や滝が見える。


「おお……。こ、これが聖地なのか、ライ?」

「聖地は色々だよ、ティム。例のディコンズの森も聖地だろ?」

「そう言えば……」


 シルヴィーネルとアリシアが覇竜王ライゼルトを育てたシウト国ディコンズの森──今は『氷竜の森』と呼ばれ、新たに聖獣が住んでいるその地も聖域として保護されている。


「まぁこういう場所もあるってことだな。それでティム……ラッドリー夫妻は何処に居るんだ?」

「あ~……済まん。何せ初めて来る場所だから分からない。ただ、一番清らかな場所を借りることが出来たって聞いてるが……」

「ふむ……それならば予測は付くぞよ?」

「メトラ師匠……案内してくれます?」

「良かろう。が、その前に……」



 メトラペトラの案内で向かったのは大樹の元。そこには森の主たる聖獣が存在していた。


「久し振りじゃな、銀虎ぎんこよ」

「これは大聖霊様がお三方も……皆様、お久し振りで御座います」


 白銀の輝きをもつ四枚の翼ある虎型聖獣──銀虎。最上位聖獣として『金獅子』と共にその名を広く知られる存在。

 因みに『金獅子』はアスラバルスの契約聖獣ノーディルグレオンのことだ。



「三百年振りになるからのぅ……。ちと挨拶に来たぞよ?あれから変わりはないかぇ?」

「はい。敢えて言うならば最近【人】がこの地に入ったことくらいでしょうか……」

「ふむ……実はその【人】に会いに来たのじゃ。其奴らは『月光の丘』におるのかぇ?」

「はい。どうやら事情があるようで……。悪意がなく懇願されたものですから滞在を許可しました」

「分かった……ではの」

「お待ち下さい。実は折り入ってお願いが御座います」


 銀虎の頼みは『月光郷』の結界に関する事案である。


 月光郷の結界は千年以上前に天使が施したもの。だが、永きに渡る風化がそれを弱めてしまったのだという。

 加えて最近森の近くに強力な力を持つ存在が現れ、無理に押し入ろうとしたせいで結界が歪んでしまったと銀虎は語る。


 頼みは結界の修復・強化に協力して欲しいとのこと。


「強力な力ある者……何者かのぅ」

「分かりません。ですが……この地は悪意ある者は入れませんので、きっと良からぬ輩だったのでしょう。貴重な神具を使用し撹乱させましたので、もう現れないと思いますが……」

「神具とな?まさかアレを使ったのかぇ?」

「はい。【忘魂球】を……」


 小型の球体神具【忘魂球】は使用回数限定神具である。

 球体を撃ち込まれた相手は前後一時間の記憶を完全に【消滅】させるという、メトラペトラ謹製の神具【忘魂球】──記憶は消滅する為に二度と戻ることはなく、それを受けた者は反動で魂が抜けた様な状態になる為にそう名付けたのだという。


「そ、そんな恐ろしい物を……。何てニャンコだ……」

「フフン。まぁ限定じゃから一度で壊れるがの。材料もただの石じゃし」

「ま、まさか師匠……それ使って悪さとかしてませんよね?」

「も、勿論そんなことせんよ?」


 ネコの癖に口笛を吹こうとしているが当然鳴らないメトラペトラ……同時に『あ、コイツ使ったことあるな?』と全員が確信した。


「と、ともかくじゃ!先ずは傭兵夫妻に会いそれから結界の再構築じゃな。それで良いかぇ、銀虎よ?」

「ありがとうございます、大聖霊様」

「という訳じゃ。全員協力せよ」

「了解です」



 その為には傭兵夫妻の居る『月光の丘』に結界の要を設置するのが最適。一同は本来の目的である『ラッドリー夫妻』の元に向かう。



 聖地内の移動は徒歩。聖地・月光郷は複数体の聖獣・霊獣が住まう聖地にしては珍しい土地……。

 その広大な地には浄化作用があり、草原や森、水場など、求める環境に合わせて快適に住み分けすることが出来る。


 実際、ライ達は移動の最中に何体もの聖獣・霊獣を確認している。


 メトラペトラの話では、住み処を変える聖獣や少し性質が荒くなった霊獣などが立ち寄り安らぎを求める場としても利用されているのだという。

 


 そんな月光郷の草原の先──少し樹木が増えた丘の上には大きめのテントが張られていた。

 側には馬が二頭。石を積んだ焚き火の炉に水桶といった野営の支度が整えられている。


 一同がテントに近付くと、丁度中から四十半ばといった男女が姿を現した。

 その目には涙が浮かんでいたことをライは見逃さない。


「ん……?こんなところに人が……お前達、何者だ?」


 口髭をたくわえた体格の良い男は革製の帽子にシャツといった服装。女の方も同様に、簡素な姿に上着を一枚羽織り腕を捲っている。


 二人とも腰に大型のナイフを下げ指輪型魔導具らしきものを身に付けていた。


「ラッドリーさんですか?」

「そうだが……」

「私はティム・ノートンと申します。私の部下が以前街でお話を窺いしたと思いますが、『傭兵街』の件で改めてお願いに参りました」


 顔を見合わせたラッドリー夫妻は困ったように溜め息を吐く。その様子から疲労の色が窺えた。


「その件は断った筈だが……今は息子の傍から離れる訳にはいかない」

「息子さんの件を解決すれば受ける、とも聞いています。今日窺ったのはその目星が付いたのですよ」

「ほ、本当か、それは?本当に……!」

「はい。早速頼めるか、ライ……?」

「あいよ」


 ラッドリー夫妻の脇をすり抜けてテントに入ったライとメトラペトラ。ラッドリー夫妻の息子は十五、六といったところだ。ただ、かなり痩せている。

 眠っている様にも見えるが、時折指先が反応しているので意識があるらしい。


「どうじゃ、ライ?」


 ライはクレニエスの時と同様に、チャクラの《解析》と《情報解読》を用い状態を確認。解析結果は少々予想とは違っていた。


「これ……かなり特殊な呪いですね……」

「なんじゃと?」

「正確には毒です。呪殺系の念を込めた毒針がまだ体内にありますから、それを取り除いてから全身の呪いを浄化しないと……」


 情報を聞かされたラッドリー夫妻は必死に懇願する。ライにはその親の愛が痛い程に分かった……。


「た、頼む!どうか息子を……ブラムクルトを……」

「大丈夫です。この程度なら……」


 回復魔法纏装【痛いけど痛くなかった】を用い毒針のみを体内から抉り出したライは、更に契約紋章を展開し聖獣・火鳳を喚び出す。


「セイエン、この人の浄化を頼める?」

『分かりました』


 白く輝く《浄化の炎》がブラムクルトを包んだ際、ラッドリー夫妻はかなり取り乱した。が……その火が物質を焼かぬことを知ると浄化が完了し炎が消えるまで呆然と見守っていた。


『これで大丈夫です』

「ありがとう、セイエン。あ、たまには家に遊びに来てくれ。紋章自由に使って良いからさ?」

『フフッ……。わかりました』


 契約紋章を通り火鳳セイエンが帰るのを見届けたラッドリー夫妻は、ブラムクルトに駆け寄った。


「父……さん、母さん……?」

「ブラムクルト!」

「良かった……。本当に……良かった……」


 親子の感動の場面を邪魔せぬ様にライとメトラペトラはテントの外にて待つ。


「……結局、私達は付いて来ただけだったわね」


 エレナの的確な指摘に苦笑いの一同。しかし、今後のことを考えるとここで役立たずと認める訳には行かない。

 無論、ライはそんなことなど微塵も気にしないのだが……。


「そ、それは……魔獣討伐や邪教徒捕縛の団体行動の練習ということに……」

「そ、そうよ!アリシアのいう通り練習よ、練習!」

「マーナ……必死過ぎ……」

「うるさいわよ、シルヴィ!」

「マーナちゃん、落ち着いて下さい。ホオズキの飴、食べますか?」

「あ、ありがとう……」


 賑やかな御一行の様子にライは快活に笑った。

 こうして安心して仲間と旅が出来ることは確かに嬉しいことだ。



 傭兵ラッドリー夫妻とその子息ブラムクルト。この出会いもまた一つの縁であることをライは後々理解することになるだろう。


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