第六部 第五章 第六話 魔人への進化


 アウレルに《魔人転生》を行う間、マーナ、エレナ、ランカの三人はレフ族の里にて待機することとなった。


 その間にマーナは、親友エレナの気持ちを確かめようとしていた。


「それでエレナ……どうするつもり?」

「マーナ……。正直なところまだ迷ってるのよ、私は……」


 憂いをおびた表情のエレナを抱き締めるマーナ。一番の親友にして理解者たるエレナの為なら、本当は何でもしてやりたい。しかし、こればかりは当人の意思でしか結論は出せない。

 だから……ほんの少し背中を押すことにした……。



「素直になりなさいよ、エレナ……。恥ずかしさや後ろめたさ、社会の良識なんて全部捨てて、それでも残ったのが本当の気持ちよ。それに従えば良いの」

「……でも………怖いの」

「怖い?何で……?」

「私の為に身体を張ろうとするアウレルがいつか私の為に命を落としそうで……だから怖いのよ」

「エレナ……そんなものは気にしては駄目よ?」

「え……?」

「私はお兄ちゃんの為なら死ねるわ。この身を犠牲にしても良い。そんなことをすれば勿論お兄ちゃんは悲しむし苦しむ。でも、私はそれでもお兄ちゃんが大事なの」


 マーナは自分理論での考えを語り始めた。はたからは少し過剰な愛に聞こえるそれを平然と語るマーナ……。


「極論、愛した相手の為に死ぬことは最高の愛よ。相手が自分の為に命を掛けるなんて人生でどれ程の男がしてくれると思う?」

「それは……」

「私はお兄ちゃんに命を救われた。だからこの命も心もお兄ちゃんに向いている。アウレルは戦場で何度もエレナの魔法に救われた。だからあなたに心が向いるんだと思うわ」

「…………」

「素直になりなさい、エレナ。答えがどうでも、自分に嘘を吐けば心の苦しさが増えるだけよ」


 実の兄への愛を隠そうともしないマーナ。常に思いのまま生きているような『暴君勇者』でも、ちゃんと心のあるべき形を理解している。


 エレナは……何かが心にスッと落ちた気がした。


「……ありがとう、マーナ。答えが見えた気がする」

「そう……なら良かった」

「でも……今のマーナの話だと、好きでもない相手から全力の愛を向けられた時どうするの?」

「決まってるでしょ、エレナ。そんな奴は只の変態だから全力で殴り飛ばすのよ!」

「へ、へぇ~……」


 あれ?折角の良い話がいつものマーナの話に……とエレナは気付いたが、マーナの満面の笑みで一気にどうでも良くなった。


 余分な気持ちを脱ぎ捨てて真っ直ぐに自分を見つめ直す。それで良いのだと親友は言ってくれた……。


 後は───。


(アウレル……)




 カジーム西部の草原で、ライと向かい合うアウレルは全ての武装を解き上半身も裸。いよいよ魔人化へ……。


「最後に確認です。アウレルさん……魔人化したら二度と戻れません。外見に関してはフェルミナがある程度調整出来るみたいですけど」

「構わねぇさ」

「分かりました。外見の変化はその人間の心に影響するみたいです。心を強く持てば化物の様な容姿にはなりません。それを忘れないで……」


 復讐に染まったエイルは本来黒い肌になるところだったが、レフ族という血筋とエイルの才能が術と上手く適合し軽い日焼け程の変化で済んだ。

 逆に術と適合せず『敵をより多く捕らえ倒す』意思が先行したヤシュロは、潜在的なイメージから蜘蛛を想像してまった。


 【魔人転生】を編み出したアムドは、力の象徴として魔王の姿を思い浮かべた。あの姿はアムド自身が望んだものであり、自らの力も完全に掌握している。


 そして魔人化を望まず適合しなかった者──例えば魔法王国に従事していた者は視覚情報により災難を避ける為により多くの【目】を望み、蛇の魔物に襲われ猛威に晒された過去がある者は強固な【鱗】を体現した。


 アウレルにとっての【力】が何を意味するかは分からない。しかし、人の姿のままで居ることを強く望めば外見が大きな変化を起こす確率はかなり低い筈。


「済まねぇな、ライ……。これはデカイ借りだな」

「言ったでしょ、妹が世話になったって……。それに、惚れた女の為に強くなろうというのが恰好良すぎて手伝いたくなったんですよ」

「へっ……あんま誉められても返せるモンもねぇけどな?」


 ライはアウレルの心からの笑顔を初めて見た気がした。


 大聖霊三者による補助で展開された魔法陣。ライにとっても未知の領域となる《魔人転生》──失敗する訳にはいかない。


「最後にワシから……。アウレルとやらよ……《魔人転生》は生命の変質じゃ。それを短時間で為すことには当然苦痛があるぞよ?」

「覚悟はしてるさ」

「ならば良い」

「それじゃ、アウレルさん」

「おう!頼むぜ!」


 左腕を空に掲げたライは、最後に必要なものを揃える為に聖獣召喚を行う。


「来てくれ、アグナ!」


 契約紋章から呼び出されたのは翼神蛇アグナ。巨大な翼ある蛇がライ達の上空で飛翔し待機している。


「アグナ。特大の擬似太陽を頼む」

「わかった」



 大地に浮かび上がった魔法陣が回転を始め緑色の光を放つ。アグナの巨大な《擬似太陽》を取り込んだ魔法陣の光は、赤へ……やがて魔法陣はアウレルを取り囲む円柱空間結界の固定へと変わった。


 術を構成するのは【空間】【創生】【熱】の神格魔法。つまり《魔人転生》にはメトラペトラの如意顕界法と同様の技量を必要とする。


 これを個人で行使するのはほぼ不可能……恐らくアムドですら何らかの補助を必要としているのは間違いない。

 それを不完全型とはいえ単体で行ったエイル。その才能は今更ながらメトラペトラに驚きを感じさせた。



 生体を変化・変質させ適合させる為の【創生】、膨大な魔力を凝縮し安定させる【熱】、そしてそれを他に散らさず留める為の【空間】。この融合によりアウレルの身体は進化を始めた。

 赤く輝く肉体は体内に魔力製造器を造り出している最中。その身体はまるで煮え滾るも同然だろう。


「ぐっ……!」


 苦痛に歪むアウレル。しかし、その目からは力強い意志は消えていない。


 そして遂に《魔人転生》は完成を迎える。アウレルを取り囲む円柱は螺旋状にほどけ、アウレルの身体に巻き付くと更なる閃光を放った。


 それはまるで朝日のようだった──。



「……どうじゃ?」

「成功です。アグナ、ありがとう」

「いや……。だが、魔人を生み出すとは……本当に大丈夫なのか?」

「大丈夫。流石は完成版……《透視》で見ても魔力臓器に歪みはないよ。フェルミナ、アウレルさんの肉体はどう?」

「大丈夫です。一部を除いては、ですけど……」

「一部?」

「魔人化により変化した部分があります。こればかりは私でも治せません。これはアウレルさんの魔人化の特性……中核の様なものですから」

「そっか……」


 魔人化したアウレルを改めて確認する一同。一見してアウレルに大きく変化したところは無い。人の形を留めていたのは大聖霊達の協力の賜物と言える。


 しかし……アウレルが目を開いた時ライはようやく理解した。


「アウレルさん……右目が……」


 アウレルの右瞼の下にあったのは真紅の眼球。虹彩も網膜も全てが紅……。魔石化したものと考え《解析》を使用したライは、驚くべき結果を知る。


「魔石化してない……いや、魔石化してるのに目の役割も果たしている」

「何じゃと?」

「……どうやら大聖霊が術に加わったから特殊な結果になった……と考えるべきだな。あれは生命器物だ」


 アムルテリアの言う『生命器物』とは、物でありながら生命としての特徴を持つ物を指す。

 時折古い遺跡から発掘される意思ある武器、防具。また、ライの持つ竜鱗装甲『アトラ』もそれに分類されるものだ。


「魔石でありながら目でもある、か……。アウレルよ、その目は何を映しておる?」

「……。何か分かんねぇのが見える。何だコレ……」

「何が見えるんですか?」

「……何だ?時間が…ズレて……」


 アウレル自身も戸惑っている様子だが、今は先ず待っている者達を安心させるのが優先。


 アウレルが服を着ている間にライは《物質変換》で眼帯を用意した。不要かもしれないが、一応他者の目から隠す必要性を考えたのだ。



 そして里の集会場に戻りライ達を待っていたエレナと再会。エレナはアウレルが眼帯をして現れたことに気付き駆け寄った。


「アウレル!……そ、その目……!」

「潰れた訳じゃねぇから心配すんな。………。悪ぃな、エレナ。もう大丈夫だ」

「…………」

「エレナ。改めて言うぜ?俺はお前ぐべっ!」

「ヒャッホ~ッ!酒じゃ酒じゃ~っ!」


 アウレルの顔を踏み台にしたメトラペトラは、レフ族が用意していた酒樽へと飛び込む。人の恋路を邪魔した酒ニャンに足蹴にされたアウレルは、告白の機会を失い頭をボリボリと掻いている。


「……………」

「……………」


 気まずさ故か無言になったアウレルとエレナ……そんな二人の背を友たるマーナが叩く。


「ホラ、二人とも!先ずは宴よ、宴!お酒も料理もレフ族があなた達の為に用意してくれたのよ?」

「マジか?」

「話はゆっくりすれば良いのよ。さ、座った座った」


 マーナが二人を上手く取り持ったのを横目に見ながら、ライはレフ族長リドリーとの会話へ移る。

 長は空を見上げて改めて驚きの表情を見せている。そこには召喚したまま連れてきたアグナが居た。


「……ま、まさか、翼神蛇まで」

「ちょっとした縁です。それで……アグナから話があるそうなんですが……」

「何かな?」

「カジームの空いている地に住みたいらしいですよ。大丈夫ですか?」

「おお……翼神蛇ともなれば寧ろ大歓迎よ。アグナ殿、好きな場所に住まわれよ」

「ありがとう、カジームの民。では、草原付近の森の泉に……」

「アグナも酒盛りしてけよ。色々話が出来るぞ?」

「では、お言葉に甘えよう」

「ならばボクに巻き付くと良い。その方が楽だろう?」

「ありがとう、ランカ」


 アグナはその身を小さく変化させランカの身体に巻き付いた。案外面白い組み合わせだとライは思った。


「それで……術はどうなった?」

「土地も枯らさずに済みましたよ。当然アウレルさんの魔人化も成功しました。協力ありがとうございました」

「全く……お主は本当に人を驚かせてくれる」

「あ……そう言えば俺の仲間を呼んで良いですかね?直ぐ帰る予定だったんですが、折角の宴なら待たせるより呼んだ方が良いかなと思って……」

「そうすると良い。我らレフ族にも交流が必要だからな」

「ありがとうございます。メトラ師匠~?」


 酔い潰れる前にメトラペトラの《心移鏡》にて居城から同居人達を転移させる。マリアンヌ達が加わり用意していた御馳走も増え、レフ族の里の宴会はかなり盛大なものとなった。



 カジーム国レフ族の里───この日……一人の魔人が誕生したことは、今は一部の者達だけの秘密である……。


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