第六部 第五章 第七話 カジームの宴
カジーム・レフ族の里での宴は賑わいを見せていた。
これはアウレルの為の宴……というだけではなく、実のところはカジームが国と認められた祝いの宴も兼ねている。
カジームの地に大聖霊メトラペトラが再び現れた時、祝いの宴を開く──レフ族達はそう決めていたのだそうだ。
「何だよ……マーナ、嘘吐きやがったな?」
アウレルの為の宴と言っていたマーナ。だが、嘘吐き呼ばわりされたマーナはアウレルの指摘を否定した。
「嘘じゃないわよ。ちょ~っとだけ含まれているって族長さん言ってたし……」
「ちょ~っとだけ、って……そもそも考えりゃ分かるが、俺は宴をして貰える様なことを何もして無ぇんだよ」
「だから『含まれている』って言ってるでしょ!分からないならぶん殴るわよ?」
マーナの話では、アウレルがエレナへ告白したことについて宴が開かれているらしい。
上手くいけば祝いの、駄目なら励ましの宴。要はちょっとした余興扱いである。
「……レフ族ってそんな人達だったの、フローラ?」
宴の輪に加わっているライの隣にはフローラが並んで座っている。久々の再会ということもありライはフローラと積もる話をしていたのだ。
「レフ族の皆は割とお茶目ですよ?」
「へぇ~……お茶目か~……」
「はい!」
ライの視線の先には、レフ族にしては明らかに異質な姿の男達が見える。
モヒカン、刺青、フェイスペイント……ナイフを舐めているあれもお茶目だろうか?と、ライは少なからず混乱した。
「それでアウレルさん。少し時間が経ちましたけど、身体に違和感は無いですか?」
「問題無ぇぜ。魔人化したからってあんまり変わらねぇんだな」
「いや……まぁその内に分かります。だけど、その前に『覇王纏衣』だけは覚えた方が良いですね。アウレルさん、使えますか?」
「魔力が足りなかったから短時間しか使えなかったがな……」
「じゃあ、多分そこから変わってますよ。試してみて下さい」
集会場の外に移動したライ達はアウレルの調子を確認する。覇王纏衣はマリアンヌの指導で身に付けてはいたが魔力不足で維持が出来なかったという。
魔人化最大の特徴である魔力臓器を持つ今ならば改善されている筈……。
そして事実、アウレルは覇王纏衣の維持を難なく熟した。
「おぉ……。魔力が無くならねぇ……」
「魔力臓器の恩恵ですね。魔人化したから身体には魔力が満たされる。勿論、限界はあるでしょうけどそれも修行で伸ばせます」
「体力はどうなるんだ?」
「力や耐久性も以前より強化されますよ?アウレルさんはずっと命纏装使ってたでしょ?だから持久力に関しては変わらないと思います。それと回復力、耐毒、耐魔力、耐精神汚染とかは格段に強くなりますね」
「あ~……。お前の言う通り確かに酒に酔えなくなったな……」
「一応、酔える酒もあるにはありますけどね。その辺りは追々考えましょうか」
「いや……酒は絶つ。本当の祝いの時だけにしようぜ?」
ライの説明だけでもかなりの進化。だが、当然ながら注意点もあるのだとライは付け加える。
「急に変化したから色々加減が難しくなると思います。だから、感覚を完全に掌握するまでは覇王纏衣で自分の動きを制限すると楽ですよ?慣れるまでは食事や着替えも結構大変かと……」
「お前もそうだったのか?」
「俺は自然魔人化する前からずっと纏装使いっぱなしでしたから、逆に解除した時が大変でした。今の話はその経験からの助言です。どのみち修行を続けるなら『極薄黒身套』の常時展開は必須ですし……」
「魔人化しても強さの先は長ぇ訳か……魔力があるなら魔法も使ってみてぇしな」
「そうですね。強くなるには色々試すしかないんですよね、結局……」
今のライは基本的な力はほぼ極めたと言って良い。
纏装は一部特殊なものを除きほぼ使い熟し、魔法は神格魔法でなければ全てを扱える知識と技量がある。
更に剣術・体術を修め波動という稀な技能をも授けられた。自分では未だ理解していないが、存在特性も併用しているとサザンシスの長エルグランから聞いている。
それでも……まだ足りないというのがライの感想だった。
大聖霊の力はこれ以上増やすことは出来ない。だが、敵は今のライを越えてくる脅威を持つ可能性もある。
特に不安なのは組織だった謀略の行動……ライと言えど全ては守れない。だが、お人好しは世界を巡ることで拍車がかかり見捨てるなど出来る訳もない。
だからこそ、各地の守りには力ある仲間を増やすことに意義が生まれる。アウレルの魔人化はそういった願いが含まれている。
他者に頼る──ライも自分なりに周囲を育てることを選択肢に加え始めたのだろう。
「それで……アウレルさんのその目ですが……」
「これか……
「……時間限定の未来視……ですか。《解析》したら存在特性って出たんですよ。つまり、アウレルさんの存在特性は【未来視】ってことになりますね」
「でもこれ、ずっとズレた映像が見えてんだが……」
「存在特性は強い意思があれば制御出来るとディルナーチで聞きました」
「つぅことは、これも修行が必要ってことか?」
「はい。それとその目……魔力貯蔵器になっていますよ。アウレルさんの魔力はマーナ並みになってますね」
総魔力量は以前のざっと百倍以上……恐らくアウレルにとって一番大きな収穫だろう。
外見の変化の少なさに対し得たものの多さは、やはり力を求める者からは魅力そのもの。……だが、ライはその変化にはアウレルの意志の強さも当然反映されていたと考えた。
「……アウレルさんにとって【力】って何ですか?」
「何だよ、急に……」
「【魔人転生】は力をどう考えているかで変化も違うらしいんです。アウレルさんはほぼ変化していない。何か理由があるのかなって……」
「……。ライ、ちょっと来い。それと笑うなよ?」
手招きしたアウレルは皆から離れた場に移動し耳打ちを始めた。
「マーナだ」
「は?」
「だから、マーナだよ。俺にとっちゃ最強はずっとマーナだったからな。あんな風になりたいってのが願いの中にあった……と思う」
「………!ま、まさか女体化してませんか?」
「ハッハッハ!問題無ぇよ!しっかりムスコは付いてらぁな!」
「よ、良かった……」
筋肉魔人戦士アウレル(女)……そんな惨事にならず良かったとライは心の底から安堵した。
しかし、可能性があったのも確か。【魔人転生】はその意味でも危険だと改めて理解した。
マーナを力の象徴として見たアウレルは特に魔法に惹かれたのだろう。それ故の魔力貯蔵器。外観の変化の少なさに関してはアウレル自身に心当たりがあるらしい。
「多分だが、エレナの存在がデケェんだよ。元は惚れた女を守る力が欲しかった訳だからな……そのエレナを変化した姿を見せる度悲しませる訳にゃいかなかった」
「確かにそれは大きかったかも……。それで……アウレルさん、どうするんです?」
「エレナとのことか?アイツが答えをくれるって言ってたからな……どうあれ俺は満足だ」
「……なら、改めて告白したらどうですか?気持ちを知られてもちゃんと伝えた訳では無いんでしょ?」
「………。そういやそうだな」
「想いを全部伝えれば少なくとも後悔は無くなると思いますよ?」
「……ああ。そうするぜ。流石は女を侍らせるだけあるな、ライ?」
ニヤニヤとライの同行者達に視線を向けるアウレル。確かに同行者の中には男は居らず、しかも美女揃い。アウレルでなくとも勘繰るのは仕方有るまい。
「は、侍らせてる訳じゃないですよ?」
「良いって良いって。分かってるから皆まで言うな。強い奴にゃその権利がある……生物の本能ってヤツだよなぁ。まぁ、俺はエレナに絞るが……」
「くっ……!ち、違うってのに……」
「ま、頑張れよ?『絶倫勇者』?」
「違ぁぁ~うっ!!」
アウレルはすっかり明るくなった。
カジームの地にて新たに生まれ変わった『魔人戦士アウレル』……ライが初めて術を用い魔人化させた男。
そして再び宴に戻り騒ぐことしばし──。ここでメトラペトラから突然の発表があった。
「え~……そちらのアウレル君じゃが、女の為に命を賭けるという男気を見せ見事に魔人化した。と言う訳でじゃ!今からアウレル君には改めて告白して貰おうかの?」
集会場には歓声が響き渡る。皆酔っているので完全に酒の余興……エレナは若干抵抗しているが、アウレルは全く臆すること無く立ち上がる。
「あ~……ご紹介に預かったアウレルだ。正直レフ族の皆にゃ迷惑しか掛けてないので申し訳無い。この場で謝罪しておく」
改めての謝罪。だが、レフ族もお人好し民族──何かを恩に着せるような真似はしない。
「良いぞ、穀潰し~!」
「死にそうな顔じゃなくなっただけマシだな!」
「振られても置いてやるから安心しろよ~?」
言いたい放題のレフ族。しかし先にも述べたように、宴はレフ族建国の祝いなのだ。羽目を外して騒ぐのも今日だけはご愛嬌。
対するアウレルも元傭兵ならではの図太さで応えた。
「え~……レフ族の連中は優しいから、お言葉に甘えてもうしばらくタダ飯を食わせて貰うことにした。あ~……穀潰しは止めらんねぇな~?」
集会所に笑い声が溢れた。
アウレルは元々ムードメーカー的な存在でもある。明るく戻った姿にエレナは穏やかな笑顔を見せていた。
「あ~……。じゃあ改めて……エレナ。心配掛けちまったし、普段の俺を考えると説得力も無いだろう。だけど誓って言うぜ?俺はお前を愛してる。お前がどう考えていても構わねぇ。俺はお前の為に生きると決めた」
冷やかすような男達の口笛と歓声。対して男らしい告白に羨ましそうに溜め息を吐く女達……。
注目されるのを嫌がっていたエレナだったが、アウレルの堂々とした様子に諦めて立ち上がった。
「わ……私はその……」
「答えが欲しい訳じゃ無ぇ。急ぐ必要もな?」
「答えは出てるのよ……。ただ、その……人前だから……」
エレナがモジモジしながらマーナに視線を送ると、笑顔でサムズアップしている姿が見えた。
それで背中を押された……かはともかく、エレナは一生に一度と言わんばかりの勇気を振り絞る。
「……。こ、こんな人前じゃ一度しか言わないわよ?わ、私もアンタを……あ、愛……してる……みたい……」
一斉に上がった歓声。場の全員が祝福し二人の背中を押して寄り添わせる。
メトラペトラは酒を振り撒き、アムルテリアは砂金を振り撒き、フェルミナは花びらを振り撒き、ライは魔法で光を振り撒いた……。
大聖霊達(プラス痴れ者)の祝福は大きな加護となる。
世界は未だ不安定……しかし、カジームの宴は確かに幸せな未来はあるのだと感じさせる光景だった……。
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