第六部 第五章 第八話 カジーム夜話


 アウレルとエレナは互いの想いを伝え合った。


 そして、そんな二人を皆が祝福した。宴は益々賑わいを増し皆が笑顔で酒を呑む。


 楽しげな光景に笑顔を浮かべつつ、またもや余計な気を回す『酒に酔えない男』が一人……。


「ねぇ、アリシア?」

「ライさん……何ですか?」


 いつの間にかアリシアの隣に移動したライは、アウレルとエレナ……二人の今後について聞いておきたいことがあった。


「神聖教の結婚てどうなってるの?」

「神聖教には結婚に関しての規定はありません。伴侶は本人が自由に選べますし、伴侶が神聖教でなくても無理強いはありません」

「そんなので良いの?」

「はい。神様は懐が深いんです。邪教徒や犯罪者と婚姻でもしない限りは当人の自由なんですよ?」

「それなら良かった……」


 他の者が祝福する中で逸早くそんな心配をしているライにアリシアは微笑んだ。

 本気で誰かを心配しなければそこまで気は回らないだろうと理解したのである。


「そういやエレナ、どうするんだろ?居城を出てアウレルさんのトコに来るのかな?それとも二人で居城に?」

「さぁ……。それは本人に聞いた方が……」

「良し。後で誘ってみよう。……。それと気になったんだけど……」

「何でしょうか?」

「天使って結婚するの?」

「しますよ?純天使の方々は精霊と同じ魔力体が主体なので子孫を残すことは出来ませんが、今の天使の殆どは人間素体です。私は天使同士から生まれた子ですし、今の天使の中には人との間の子もいます」



 約千年前──『天魔争乱』の際、天界はかなり純天使の数を減らした。その為、当時の神が新たな天使を【創生】した──それが現在の天使『法天使』。

 人と天使の性質を融合した存在である『法天使』は、契りにより子孫を残すことが出来る。そして子を成した後も天使の力は残されるのである。


 人との契りは本来不浄……それを免責された『法天使』は『免罪使徒』『免罪天使』とも呼ばれている。


 そして、生まれる子はほぼ確実に天使として生まれる。その遺伝子の強さは天使の数を減らさぬ為の神の選択。

 但し、出生率は人より若干低い。人の繁殖力ではエクレトルが直ぐに人口過密になってしまう為、調整されていた。


 外傷以外では不老不死の『純天使』と比べ、『法天使』の寿命は魔人と同程度。しかし、稀に純天使に近い存在へと進化する者がいるのもまた特徴だ。

 エクレトルはこのバランスで上手く管理を行っている。


「天使の私達は人の神聖教徒の様に自由には結婚は出来ません。相手を見付けた後、エクレトルで調査が行われた上でになりますね」

「……相手は自由に選べるの?」

「はい。愛が無ければ天使では無いでしょう?」

「ハハハハ。そりゃそうだ」


 ここでも心配されていたらしいと気付いたアリシアは、ライを本当に不思議な人物だと感じていた。


「ライさん」

「ん?何?」

「そんなに他人に心を砕いてばかりで疲れませんか?何故それ程誰かの為に……」

「……ここだけの話にしてくれる?」

「はい」

「自分でも良く分かってなかったんだけどね……夢を見るんだ」

「夢……ですか?睡眠の際の?」

「うん。それでようやく分かった。俺の中にはある記憶があって、その経験が俺の思考の根幹にある。最近特に夢の回数が増えてさ……多分前世ってヤツかな」

「…………」


 ライの前世──幸運竜ウィトのことは既に調査しているアリシア。まさか、当人に自覚が芽生え始めているとは思いも寄らなかった。


 そしてウィトは、先代の神『慈愛神アローラ』の伴侶だったという。それならば他者への過剰な配慮の理由も、身を呈して誰かを幸せにしようというのも可能性としては有り得る話だ。



 同時にアリシアは少し怖くなった……。


 前世というものがこれ程色濃く反映される例をアリシアは知らない。結果としてライは、多くに幸運を与え苦難から人々を救ったのだろう。それ自体は悪いことではない。


 だが──それはライ・フェンリーヴという人物が自らを殺していることにはならないだろうか……どうしてもそんな不安が過った。


「アリシア?」

「はい?」

「どうしたの、急に黙って……何かあった?」

「いえ……大丈夫です」

「それなら良いけどね」


 屈託無く笑うライの姿にアリシアの心は少しばかり苦しくなる。それは天使としての慈悲か、それとも同居人としての友愛か……。


(エルドナ……。それとアスラバルス様に相談しないと……)




 それぞれの想いを胸に、宴は続き日が暮れてゆく。その日、ライ達は居城には帰還せずレフ族の里に宿泊することとなった。


 レフ族の里はまだ交流向けの施設はない。長リドリーの屋敷だけでは狭いので、ライ御一行は集会場をそのまま借り受けることに……。

 とはいうものの、素泊まりというのもどうかと結論に至りアムルテリアの提案で里の空き地にちょっとした宿泊施設を【創造】することとなる。


 宿泊地は翌日には消す予定だったが、これから先も来訪者が増えることを想定した長リドリーは来客用にそのまま残すことを要望した。



 そんなレフ族の里の夜───。


 ライは一人、酒を片手にリドリーの館へと向かう……。


「リドリーさん。どうです、一杯?」

「お主は酔えんのじゃろ?」

「まぁ……。でも、少し話がしたくて……」

「良かろう」


 カジームの長とゆっくり話をするのはこれが初めてのこと。それもライの行動がこれまで慌ただしかった故である。

 互いをそれ程知っている間柄ではないが、互いが信用に足る相手であることは理解していた。


「フローラは?」

「両親の家に戻っている。ここは本来、ワシだけの家じゃからな」

「そうですか……。そう言えば、ラジックさんやオルスト、フィアーの兄貴もいませんね」

「ふむ。オルストはラジック殿の装備が揃ったとかでな。この辺で試すと大惨事になり兼ねんのでフィアアンフと共に『魔の海域』の小島に向かったぞ?」

「う~ん……。ラジックさんに話があったんだけど……ま、後でいっか」

「それで……何が聞きたいんじゃ?」

「…………」


 リドリーは長き時を生きてきた最高齢のレフ族。その知識を聞くことがライの目的であると既に見抜いている。


「一つじゃないんですけど……」

「構わん。夜は長いからな」

「じゃあ………」


 ライが最初に切り出したのは【要柱】の話……。


「大聖霊の要柱について何か知りませんか?」

「ふむ……【要柱】は詩では伝わっていても誰も分からんのじゃ。どういう存在でどんな種族か……男か女かもな。しかし、知る必要はないのではないか?」

「何故です?」

「お主が要柱じゃろう?この数千年の歴史の中で……いや、これまでの歴史の中で大聖霊と複数体契約した前例は無い。お主のみじゃからな」

「……………」

「?……何かおかしなことを聞いたか?」

「いえ……実は……」


 レフ族の長ともなれば物事の判断にも優れている筈……。ライは他言無用を約束して貰い自らの身に起こったことをつまびらかに説明した。


 自らが要柱たる存在で無いことは然程の苦痛ではない。

 しかし……大聖霊達の気持ちを考えると、契約が負担になっているなど知られたくないのである。


「……済まんな。お主の力は既に超常。この老耄おいぼれには力にはなれんようじゃ」

「いえ……余計な話をしてしまいました……」

「ふむ……だが、気になることはある。クローダーは『解決する』と言ったのだろう?」

「でも、治らないとも言いました」

「気になるのはそこじゃな。クローダーはお主の存在特性を告げた……つまり、お主自身が【進化】を果たせば『治る』ではなく『適応する』とも取れる」

「存在特性……。そういえばレフ族は使えないんですか、存在特性?」

「済まんがそれも力にはなれんな。一部の者は使えるのだが、やはり他者に助言は出来まい」

「そうですか……まぁ、仕方無いですね」


 存在特性についてはサザンシスから教えを乞うことも出来る。慌てる必要はない。


 続いて聞いたのは、トゥルクという国について。


「トゥルクか……。あの国は魔人が創った国じゃな」

「魔人が?」

「うむ。といっても自然魔人……魔力器異常はなく悪政は敷いてはいなかった。しかし、それがいつの間にかプリティス教……邪教の巣窟とは……」


 元々トゥルクは自然崇拝の国。しかし、それは国の在り方であって宗教染みたものでは無かった。


 いつの間にか発生したプリティス教──表の顔こそ神聖教に似せてあるが、その思想は邪教であることに未だ確信を持つ者はいない。

 だからこそエクレトルは念入りな確認を行っている。ライが書き出した邪教徒の情報はその確認にも役立っていることだろう。


「……お主、大丈夫か?」

「何がですか?」

「先程の話では全力を出せまい?いや……それでも余りある力ではあるのじゃろうが……。トゥルクに居るのは恐らく……」

「多分、魔王級でしょうね……。まぁ、どのみち放置はできませんし何とかするしかないですね」


 波動吼、聖獣に精霊、そして剣術……ライの強さは力の完全解放無しでも十分な程である。

 だが……それでも邪教は得体の知れない相手。油断はできない。


 特に存在特性──。


 その種類によっては纏装使いよりも脅威となることを、ライはクレニエスとの対峙で理解させられた。


 概念力の塊である力の解放ならば対抗できるだろう『存在特性』。いざとなれば使用已む無しと考えてはいても、やはり反動は計り知れない。

 唯一の救いはペトランズ大陸には何故かその使い手が少ないことだ。


「まぁ、トゥルクの件はともかく俺はアムドの件が心配ですよ……。特にカジームは子孫になる訳ですよね?なら、尚更支配下に置きたがるんじゃないかと……」

「心配は要らんさ。ワシらは魔王等には屈しはしない。エイルは居らずともオルストやフィアアンフが居る。ラジック殿の魔導具に【ロウドの盾】の方々もな」

「それでも不安は残ります。カジームが国として認められたのは良かったけど、国の面積に対して人口も戦力も少な過ぎるんです。せめてアステ国がまともなら……」

「心配性だな、お主も……。ワシらはトシューラの侵略を退けたのじゃぞ?それにアグナをこの地に置いたのもお主の考えじゃろ?」

「いや……あれはアグナの……」

「……。では、そういうことにしておくか」

「…………」


 やはりお見通し──。流石はレフ族の長だ。


「ところで聞きたいんじゃがな……。お主、女子おなごばかりを連れて来たようじゃがエイルというものが在りながらどうなって居るのかな?んん?」

「えっ!い、いや……いきなり何の話に……」

「時間はタップリあるぞ?朝まで根掘り葉掘り聞かせて貰うとするかのぅ……特にフローラとの混浴についてな?」

「うっ……!」



 カジームの夜は更けて行く。長の執拗な質問を躱しつつ知りたいことを聞き出すのは苦労したが、カジーム来訪には大きな意味があったことをライは感じていた。



 そして翌日から、ライ一行は少しばかり寄り道をする。

 それは、ライがペトランズに帰国を果たしてからずっと計画していたこと……。



 各地の知己への挨拶回りを兼ねた『家路への道程』───それもまた運命か……。

 ライには喜びと悲しみ、そして混乱が待っている。

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