第六部 第五章 第九話 別れのかたち
「お世話になりました、リドリーさん。レフ族の皆さん」
アウレル魔人化の翌朝───帰還するライ達を見送りに来たレフ族は、幾分酒の残った顔をしている。
それでもわざわざ見送りまでして別れを惜しんでくれていることに、ライは心から感謝した。
「もう少しゆっくりして行けば良いのじゃがな」
「いやぁ……何かと忙しくなりそうなんで。でも、また来ます」
「ラジック殿や大聖霊様のお陰で広大なペトランズの大地も行き来は楽、か……。うむ。いつでも好きな時に来ると良い。歓迎するぞ」
「ありがとうございます」
リドリー以下レフ族達は昨日から気さくな態度で接している。その最大の理由が『エイル』であることはライにも察しは付いていた。
加えてフローラ、ベリーズ、ナッツの救出と、シウト国との同盟。そこにライの存在があった意味を理解しているのだ。
「それじゃ行きます……っとその前に、アウレルさん達はどうします?」
魔人化を果たしたアウレルは右目に眼帯をしている。そして、その服装は旅支度ではなかった。
実は昨日の内に同居を提案し考える時間が欲しいということだったが、どうやらカジーム国に残るつもりらしい。
「悪ぃな。誘いは嬉しいが、レフ族に世話になった分は働いて返さねぇとよ?」
「そうですか……」
「それにな……」
コソコソっとライに近寄り耳打ちしたアウレルは、ライからは見えない位置でニヤニヤとしている。
「お前のハーレムを荒らす訳にゃいかねぇだろ?」
「くっ……!だから違うと何度言わせれば……」
「ハッハッハ。冗談だ、冗談!」
アウレルに背中をバシバシと叩かれたライは、少し噎せた……。
アウレルは早速極薄の覇王纏衣を纏っているのだが、幾分出力が高い。魔人化の強化に加え常時命纏装を続けたことが力の昇華を果たし、警戒を解いたライに力が通るまでになっていた。
「それで……エレナはどうする?」
自分の気持ちを改めて知ったエレナ。今後どうすべきか……一晩悩んだらしく目が赤い。
そして出された答えは───。
「私もカジームに残るわ」
「おい、エレナ……。俺ぁ無理に一緒に居ろとは言わ……」
「私が一緒に居たいのよ。言わせないでよ、恥ずかしいんだから……」
「わ、悪ぃ……」
互いに照れているアウレルとエレナ。気持ちが通じたからといっても、落ち着くまでにはまだ時間が必要らしい。
そんな初々しい二人を茶化したのは我等が酒ニャンである。
「やれやれ……そんなことでは子は出来んぞよ?ホレ、ブチューッといかんか」
「なっ!こ、こんな人前で出来る訳無いでしょ!大聖霊だからって悪巫山戯が過ぎるわよっ、もう!」
「………。怒られちった」
だが、メトラペトラは実に楽しそうだった。この猫、存外色恋沙汰に興味津々である……。
「決めたのね、エレナ」
「マーナ……。うん……私はアウレルといる。アウレルの力になるって決めたから」
「頑張りなさい、エレナ」
「あなたもね、マーナ……あなたの道は私よりも
「平気よ。私は絶対諦めないから。アウレル!エレナを泣かせたらぶん殴りに来るからね!?」
「分かってるよ」
そうして抱擁し合うマーナとエレナ。親友の新しい門出をマーナは心の底から祝った……。
これから先、有事の際は共に戦う機会もあるだろう。だが、少なくともエレナはアウレルの伴侶となる。優先される順番が変わるのだ。
そんなマーナを心配しライは妹の頭を抱き抱え胸に押し当てる。妹思いの良き兄の胸でマーナは震えていた。
友の自立が悲しかった訳ではない。マーナは喜びに奮えているのだ。
(優しいお兄ちゃん、最高!)
最早マーナの愛は止まらない……。エレナはそんなマーナが心配だった。
(血の繋がった兄との愛……。それはあなたの最大の試練よ、マーナ……)
その試練を越えられるか……その結末が分かるのはずっと先のこと。
「そう言えばイベルドは?アイツにも教えてやらないと……」
「イベルド?誰?」
「お兄ちゃんには言ってなかったわね……私達の仲間に『イベルド・ベルザー』って魔術師が居るのよ。エレナが助かってから安心したのか、しばらく研究に専念するって姿を消したの。それから音信不通で……」
「……その人も守れなかった悔しさで修行してるとか?」
アウレルは頭を掻きながら首を振った。
「いんや、アイツはそんなタマじゃねぇさ。イベルドは魔術師というより魔導師だ。俺らみてぇな感情で動くヤツじゃ無ぇよ」
「へぇ~……魔導師ですか……」
魔法を扱う者は探究者。求め扱う術によりそれぞれ称号が違う。
その分類となるのは魔法、魔術、魔導……同じ様で実は少しづつ違いがある。
まず魔法とは、体内の魔力を詠唱により属性・効果・威力を組み上げ放つ力である。これを行使するのは自らの魔力と知識、そして経験。
戦いに身を置く者はこれを優先して学ぶ。
対して魔術とは、魔力だけでなく時には術式や魔法陣を用い法則に干渉し、また時には専用の道具を介して行われる儀式魔法を指す。それは自らの魔力でなくても術式を理解していれば行使することが可能というものだ。
これは戦いではなく、魔法というものの知識を高めようとする者が
魔術に関しては魔法と混同する部分もある。例えば転移魔法は魔法陣が発生するのが通常だ。ライの魔法の一部は魔法陣を使うものもある。
そういった曖昧な部分がある為『魔法使い』という表現はあまり使われることなく、また魔法を使える者は大概魔術も使える為に【魔法】と【魔術】を中心に扱う者を総じて魔術師と呼称する場合が多い。
そして『魔導師』はそこに更なる知識と技能を加えた者の称号──。
あらゆることに手を伸ばし、魔力に関係することだけでなく万物の知識を総合して求める者を指す。
魔導師はその数の少なさ故に通常は魔術師と同一の扱いにされているが、比べるべくもない深い知識を有しているのだ。
具体的な違いは、既存の知識や道具を集め魔法の構築式を研究するのが『魔術師』。
対して魔導師は、そこから先──魔力の根源追究、その法則と世界、より有意義な魔法の在り方、果ては『無限』の探究にまで及ぶ。
因みに、ライが出合った者の中にも魔導師として知られていた人物が存在する。
一人は『ノルグーの守護者』クインリー、そしてもう一人は魔導科学者であるラジックだ。
クインリーは出合った時は意識に問題を抱えた状態。故に深き知識をライに授けることはなかった。
ラジックはエルドナが提唱し発展させた『魔導科学』を元に研究を行っている。その為『魔導科学者』を名乗っているが実質は魔導師である。
また、元魔王エイルや魔王アムド、火葬の魔女リーファムも魔導師に属すると言って誤りではないのだが、魔人以上の霊格を持つ存在は大概『通り名』の方が知名度は高い。
「その『イベルド』っていう人、捜した方が良いですかね?」
「いやいや、別に良いぜ?必要ならあっちから勝手に来るだろ……それに、もしかすっと眠ってるかもしれんし」
「?」
「アイツは睡眠した状態で研究すんだとよ……知識を蓄えてから眠って研鑽。以前それで
「成る程……。じゃあ邪魔しちゃ悪いか……」
「それに今は魔人化を根掘り葉掘り聞かれたく無ぇしな?」
「まぁ……そうですね……」
「じゃあ……お世話になったわね、ライ」
「エレナ……幸せにね」
「あなたもね」
「お主の持ち物は後で道を開いてやるからの」
「メトラペトラ……皆をお願いね?」
「言われるまでも無いわぇ」
名残惜しいがいつまでもこうしている訳にはいかない。カジームの地に最後の別れを告げ、いざ出発となる。
「それじゃ、皆さん。また」
ライ一行は《心移鏡》の中へと姿を消した。
「さぁて、と……。色々働いて返す訳だが何を手伝ぇや良いんだ、長老?」
「フム……お主はその前に力の操作を学ぶことじゃな。そうすればカジームの守りに役立って貰える」
「そんなんで良いのか?」
「まぁな……このカジームは広さに対して戦力が足らん。頼りにしとるぞ?」
「あいよ。任されたぜ」
新たにカジームの住人となったアウレル。翼神蛇アグナも加わり、その守りはより強固なものとなった。
そんなカジームの地だからこそアウレルとエレナは穏やかに暮らせる……ライはそう確信している。
ライ一行が次に向かったのは再びトシューラ・ドレンプレル領。ライはメルマー兄弟に渡さねばならないものがあったのだ。
「これは……」
「………イポリッドさんだよ。カジーム国境に弔われていた」
【空間収納庫】から取り出しメルマー兄弟の前に置かれた棺。その中には生前と変わらぬイポリッドの姿があった……。
死して半年……レフ族に弔われたイポリッドは土に還り掛けていた。昨日、それを掘り起こしフェルミナに復元して貰ったのだ。
勿論、失われた命は二度と帰らない。イポリッドの魂は既に『魂の大河』に加わり星に還ってしまった。
元の姿に戻しメルマー家に返したのは、せめて生前の姿で別れを告げさせたいというライの友情である。
「父上……」
イポリッドの子らは泣いた……。
心の底から、大切な父を失った悲しみで涙を止めることが出来なかった。
「父上は厳しくも優しい方だった……。父上を思い出せば必ず優しさがあった。我々は……その気持ちすらも分からなくなっていたのだな」
兄弟の繋がりの大切さを語って聞かせてくれた父はもういない。せめて今の仲の良い兄弟の姿を見せたかった……そう思うと益々涙が止まらないグレス。
「イポリッドさんはきっと信じて疑わなかったと思いますよ。だから……」
「だから……恥じぬように生きねばならん。分かっているさ……お前にはまた借りが出来たな」
「いいえ。俺は何も……ただ一つだけ。カジームを恨まないでやってくれませんか?」
「心配するな。侵略を試みたトシューラ王族が悪いのは理解している。父も反対したと聞いているしな……それでも父は国に忠義を示した。それは我ら兄弟と領民の為……俺は父の支えにすらなれなかったことが恥ずかしい」
「そんなことは無いですよ。イポリッドさんの残留思念にはグレスさんを……そして、ボナートさんやクレニエスの優しさも誇りに思っていたのが見えました」
「そうか……父上が……」
父の遺体に語り掛けるメルマー兄弟。ライ達は親子の別れを邪魔をしないよう、そっと部屋を後にした……。
「……………」
「……………」
「……………」
クレニエス達の悲しむ姿に何かを感じたらしく、同居人達は皆どこか口数が少ない。
(参ったな……こういう湿っぽいの苦手なんだよなぁ)
そんなことを考えながらも、実は一番悲しんでいるのはライ当人である。
記憶を読む力があり犠牲者の気持ちまで把握してしまうライは、まるで我がことの様に深く傷付いてしまう。そして、それに慣れることもない……。
たとえそれがどれ程自らの負担になっても、ライはそれを避けることはしない。
そんな自分は別として、それでも他の者達には悲しんで欲しくはなかった。
そしてライは、以前からの予定を実行に移すことで気持ちの切り替えを促すことにした。
「………今日は挨拶回りをして帰ろうかと思う」
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