第六部 第七章 第二十三話 超巨大魔獣討伐作戦①


 マリアンヌがトレイチェとの戦いを始める少し前──地上側にも動きがあった。



 前線に出ていたシルヴィーネル、トウカ、ランカ、イグナース、ファイレイ、アーネスト、マレクタルの七名は、このまま大型魔獣を放置しておく程被害が拡大すると判断。直接の退治に向かうことにしたのである。



 最初の攻撃以外の高出力光線放出は上空へのものであるので、地上側の被害は軽微。しかし、同時にそれは上空の戦力が予断を許さないことを意味している。



 指揮を執っていたメトラペトラ・アスラバルスとの連絡は途絶状態。現状の報告は天使達による情報収集と通信魔導具で行われている。

 その過程でアリシアの負傷を知った者が大型魔獣退治へと踏み切ったのだ。



 特にシルヴィーネルは強い怒りを見せていた。ライの同居人の中で特に仲が良かった二人……その心中は察して余りあるところだろう。



「本当に良いの?これはアタシ個人の行動だから皆には此処で役割を果たして欲しいんだけど……」


 シルヴィーネルは単身で挑むつもりだったらしく、他の者達の同行に躊躇いを見せている。


「いいえ……私も同行させて下さい。シルヴィ様の足手纏いにはならないと約束致しますから、是非に」


 トウカは襷掛けに鉢巻きといった気合いの入れようだ。


 怒っているのはシルヴィーネルだけではない。トウカもアリシアが傷付いたことに沸々とした怒りが湧いているのである。

 共に暮らした日数はまだ少ないが、ランカやファイレイも同様の感情が湧き上がっていた。


「俺達も行きますよ。あの魔獣は放っては置けませんから」

「そうだな……シルヴィ殿。やるなら皆での方が良い」


 イグナース、アーネストも気迫に満ちた目をしている。


「勿論、私も共に行きます」

「マレクタル……あなたは王族でしょ?」

「先程の戦いでも言いましたが、王族だからこそです。ここは私の国……皆さんに力を借りるならば、私こそが先陣を切るのが筋」

「……物好きね、皆」


 シルヴィーネルは少しだけ落ち着いた。怒りに任せて皆を巻き込むのは筋が違う。それに、短絡で同居人に怪我などをさせたらライへの申し訳が立たない。


「分かったわ。じゃあ、あたしの背中に乗って」


 竜化したシルヴィーネルならば難なく全員を乗せられる。

 遠近間が狂う程に巨体の双頭鰐魔獣は近いようで遠い。シルヴィーネルの飛翔でも近付くまでに四半刻は掛かるだろう。



 そんな移動の間にも全員回復薬にて体調を整える。巨大魔獣ともなれば撃ち破るまでに必要な時間は相当なもの───万全に備えてし過ぎるということは無い。



 しかし……その考えさえ甘かった。


 超大型魔獣──それは、これまで確認した中で最大と言える巨体。霊獣コハクは山を支える巨体だったが、双頭鰐型魔獣はその数倍……凡そノルグーの街の半分程もある。


「こ、これは……!まさか、これ程の……」


 アーネストが漏らした言葉は皆の心理そのもの。しかし、ランカは冷静に分析している。


「これ程の巨体となると魔力核が一つではない。でも、それを破壊さえ出来れば動きは止まる筈だ」

「しかし、その魔力核が何処にあるのか……少し体積が規格外過ぎるな。ファイレイ殿。何か良い魔法は無いだろうか?」


 アーネストの問いにファイレイは唸っている。


 それは例えるなら、都市の中から魔石を見付けるようなもの……。数も大きさも情報がないので特定が難しい。


 なればこそ、魔術師の腕の見せどころだった……。


「……一度、魔獣の身体に傷を付けられれば試したい魔法があります。上手く行くかは賭けの部分もありますけど……」

「問題ないよ、ファイレイ。俺達はその為に来たんだ。どのみち傷を付けないと倒せないじゃないか。そうでしょう、マレクタルさん?」

「フッ……確かにイグナース殿の言う通りだ」


 全員、覚悟は出来ている。あとは『やる』か『やらないか』……答えは出ていた。


「では、確実に傷を付ける役割は私が担います。その為の術は持っていますので……」

「じゃあ、ボクがトウカと一緒に行く。攻撃が成功したら様子を見て転移で戻るから、魔法を宜しく」

「その後で魔力核を特定して撃破……同時破壊が必要かは最初の一つを破壊すればわかると思います。感知は任せて下さい」


 先ずは一手目……。もし魔力核同時破壊が必要ならば更に策を練らねばならないが、あまり時間的な余裕がない。上空への攻撃さえ減らせれば、きっとマリアンヌやマーナ達が敵を倒し増援してくれる。


 いや……増援を当てにしてはいけない。自分達で倒す──その意気込みで挑む。そうでなければ【脅威存在対策組織】の名折れだ。



 そして……決意を新たにした雄志達によって大型魔獣討伐は開始された。



「哈ぁぁぁぁっ!」


 シルヴィーネルが魔獣の上を通り抜ける瞬間にトウカとランカが飛び降りた。


 降りたのは魔獣の背……身体は犬型だが体毛は無く、頭部同様に鰐の様なゴツゴツとした皮膚をしている。巨体から考えれば相当に分厚く頑強……。

 しかし、トウカの《天網斬り》は難なく魔獣の背中を斬り裂く。一撃で深々と皮膚を裂き血が噴き出した。


 ランカは返り血を浴びるより早くトウカと共に転移。再びシルヴィーネルの背に戻った。


「す、凄い……」

「確かに……。あの技は一体……」


 皆が感心する中でもファイレイは冷静だ。


 この場に於いて指揮官は間違いなくファイレイの役割。念話を使用できるファイレイにより互いの連絡系統を維持。状況を見通す広い視野を持ち、対応出来るだけの知識もある。


 そんなファイレイは早速、魔法を発動。放ったのは精霊魔法と呼ばれる特殊なもの───。



 光精霊魔法・《光虹魚こうこうぎょ



 魔物調査用にファイレイの祖父エグニウス賢人が開発した魔法は、実は未完成だった。それをエイルの指導の元で完成させたのが《光虹魚》───下位の光精霊を親指程の小さな魚に形成した群を対象の体内に侵入させ魔力経路で増殖。内側から透過する光を放つ魔力探知系の魔法である。


 基本的に精霊なので物質の影響を受けず、内側に入れさえすれば対象の魔力を元に増殖する。但し、攻撃力は皆無……光るだけの魔法ではあるものの、魔力経路が浮き彫りになり攻撃の挙動や魔力核を探る手掛かりになる。


 たとえ対象が巨大でも効果は十分──。魔力経路は赤……魔力核は虹色に光を放っていた。


「上手く行ったわ……。あとは魔力核を……」


 赤く光る道の先にある虹の光……しかし、ファイレイは思わず絶句する。


 魔獣は稀に複数の核を持つものが居る。事実、マーナ達が戦っている三頭竜型魔獣は二つの核を持っていた。これ程の巨体ならば、もしかすると五つはあるかも知れないとファイレイは予測していた。

 しかし……今、目の前にある虹の光はざっと見ても二十を越えている。そんな魔獣が存在していることにファイレイは言葉が出ない。


「ファイレイ……。あれ……」

「ちょっと待って……今考えてるから……」


 しかし、あまり悠長に構えている場合ではない。何らかの対策を急ぎ立てねばならない。


(この巨体の魔力臓器……本来なら体内からという手もあるのかもしれないけど、不安要素が多すぎるわ。じゃあ、どうしたら……)


 そもそも体内に容易に入れるなら苦労はない。口からでは光線により塵一つ残らないだろう。ならば切り裂いて侵入……一体どれ程の労力を要するのか……。


 現時点で攻撃自体が効くことは判明した。しかし、既にトウカが切り裂いた傷は塞がっている。これでは侵入出来たとしても閉じ込められてしまう可能性が高い。

 魔物の体内は結界のような力場を展開していると祖父エグニウス賢人からも聞いているファイレイ。やはり外部からの攻撃が適しているのだ。


 有効な手段が見付からない……そんなファイレイの肩をイグナースが叩く。


「ファイレイ……一人で悩まないでくれよ。皆で考えれば良い考えが浮かぶかも知れないだろ?」

「イグナース……」

「ファイレイは確かに頭が良いけど、背負い込んじゃ駄目だ。それはメオラと戦った時に学んだろ?」

「………そうね」


 一人で戦っているのではない。皆で戦っているのだ。それはつまり、それだけ多角的視野で判断できると言い換えても良い。


「わかったわ。皆さん……現状を説明します」


 ファイレイは短時間で簡潔に現状を伝える。魔獣の魔力核が奥深すぎて攻めあぐねていること。体内侵入は現実的ではなく、といって外部からの攻撃には膨大な労力を必要とすること。


 更には高速再生が厄介だという事実。そして……。


「恐らくですが、魔獣の身体の何処かにそれを操っている魔術師が居ます。それを倒せば上空への攻撃は止むでしょう……しかし、制御を離れた魔獣は無秩序に暴れ始めます。何か妙手が欲しいところです」

「妙手……か」


 魔術師を放置すれば上空への攻撃は止まない。だからといって、魔術師を倒せば魔獣は無秩序に暴れ始めるのは想像に易い。

 どちらがより現状に有効か……それは全員が迷うところだった。


 そんな中……妙手発案の切っ掛けになったのはマレクタルである。


「魔獣の光線は何処から出ているかをどなたか知っているだろうか?」

「口からです。二度目の放出時に見ました」


 トウカは魔獣の光線を警戒していた為、それを確認している。いざとなれば【天網斬り】で分散させれば幾分威力が落ちると見ていたものの、やはり賭けの要素が大きいので最後の手段としていた。


「トウカ殿……それは両方の口ですか?」

「はい。二つの頭から放った光は少し先で一つになっていました。恐らく片方づつの場合、威力は半減するのでは無いでしょうか?」

「ふむ……ならば放出の瞬間に口を閉じられないだろうか?」


 巨大魔獣の頭は片方でも大国の城程もある。現実的にはかなり難しい。

 しかし、これを滑稽と笑う者は居ない。マレクタルの意図を理解したからだ。


「つまり、放出口を塞いで内部での暴発を狙う訳ですね?そうすれば魔力核の多くが破壊されると」

「はい。……難しいでしょうか?」

「……。何か考えがある方は……?」


 ファイレイの呼び掛けに反応したのはシルヴィーネルだった。


『実は幾つか考えがあったのよ。内一つが同じ考えだったけど、二つの頭を同時に塞ぐ方法が思い浮かばなかったの』

「片方なら塞げるんですか?」

『多分出来るわよ?』

「………。この際、片方でも良いのでは?」

『何か考えがあるの、ファイレイ?』

「考え……という程ではありません。要はタイミングの問題かと……放出の出だしで確実に塞げれば暴発は起こると思います。たとえ片方でも」


 確実に塞ぐ……というのが難しい。魔術師ならばそれに気付き光線の出力を抑えることも有り得る。つまり……。


「そうとなれば、やはり魔術師を先に倒すのが有効ですね。少々魔獣が暴れますが、それでも利が多い」

『じゃあ、魔術師を倒した後に魔獣を……で良いのね?』

「皆さんの意見はどうですか?」


 反対無し。作戦は魔術師退治優先となった。


 そして超巨大魔獣への本格攻撃が始まった──。

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