第六部 第七章 第二十二話 折れぬ心と幸運の剣
巨大魔獣から放たれた光がアリシアを襲う──。
その純白の翼は半ば程が消失。盾が壊れた衝撃により辛うじて身体が逸れたこと、そして竜鱗装甲のお陰でアリシアの五体は保たれている。
しかし……皮膚の至るところが焼け
「アリシア!」
「アリシア様っ!」
落下を始めたアリシアを直ぐ様受け止めたマーナとクリスティーナ。アリシアは……辛うじて意識を保っていた。
「マレ……スフィ……は……」
「あなたのお陰で無事よ!だからしっかりしなさい、アリシア!」
「良かっ……た……」
そこで意識を失ったアリシアの姿に、マーナとクリスティーナは混乱をきたす。
「嫌ァァッ!アリシア様!」
「しっかりしなさい!アリシア!アリシアァ!」
マリアンヌも少なからずの動揺を見せるが、まだ戦いは続いている。深呼吸をした後アリシアに近付いたマリアンヌは、何とか命に別状が無いことを確認する。
「……落ち着いて下さい、お二人とも。アリシア様は無事です。ですが、一刻も早く回復せねばなりません」
「か、回復すれば大丈夫なんですね?」
「とにかく急ぎましょう。………。ここは戦場です。どうかお二人とも冷静になって下さい」
マリアンヌは言葉少なに転移を行ないトゥルク王側の陣地に移動。天使達にアリシアの回復を託し再び前線へと転移した。
この時……バズとドロレスは初めてマリアンヌが震えているのを見た。
それは恐怖ではない……。哀しみと怒りの震えであることは直ぐに理解ができた。
そうして前線に戻ったマリアンヌは人知れず涙を拭う。
まだ大丈夫だ……ライが来てくれる、と。同時に早く来てくれることを祈っている。
しかし……ここで二つ目の想定外が起こる。
離れた位置で戦い続けていたルーヴェスト。一方的に攻めては居たが、魔力防壁が堅く一向に決着が付かない。
「おい、テメェ!何で攻撃して来ねぇんだ、コノヤロウ!」
「ハッハッハ。そんなことをせずとも、あなた達は勝手に減って行くでしょう?あんな風にね」
トレイチェが指差した先では、アリシアが光線に晒され吹き飛ばされる光景が見えた。
「テメェ……俺を本気で怒らせたな?」
「怒りですか……。土足で我が国に踏み込んだ輩が良く言う」
「…………」
ルーヴェストは久方振りに腹の底から怒りが湧き上がった。目の前のトレイチェに、魔獣に、そして余裕ぶっていた為に被害を出した自分に……。
そんなルーヴェストが己に課していた枷を解き奥の手を使おうとした瞬間、その男が現れる……。
「ルーヴェストォォォ━━━━ッ!」
戦いに割り込むように天から降りて来たのは男……銀色の全身鎧に赤い斧。男は落下し様にその大斧をルーヴェストに叩き付けた。
反射的に下がり魔導斧スレイルティオを構えたルーヴェストは、その斧に合わせるように振り上げる。
大斧と大斧との激突──その凄まじい衝撃波がトレイチェを押し退け、更にマレスフィの元にまで到達。魔獣との戦いが中断された……。
「ちっ!何だってこんな時に来やがった!グレイライズ!?」
現れたのは旧魔法王国近衛騎士団長、グレイライズ・ナイガット──古の魔王アムド・イステンティクスの腹心にして、自身も上位魔王の力を持つ男……。
「我が王の命令なのでな……不粋するぞ?」
「テメェ……。退け!相手なら後で幾らでもしてやる!」
「そうはいかん。我が主の命と言った筈だ……。それに、貴様は追い込まれた方が力を発揮するのではないか?」
「んなこと言ってる場合じゃねぇだろうが!魔獣はテメェらにだって……」
「その程度は些事……我が王を侮るなよ?」
グレイライズが引く気配は無い……。
(クソッ!これじゃ奥の手が使えねぇ……。それに、トレイチェが野放しになるじゃねぇか!)
ルーヴェストの『奥の手』は強力だが疲弊が激しい。トレイチェに向ければグレイライズが、その逆ならばトレイチェがルーヴェストを討ちに掛かる筈だ。
かといって二体の魔王級を同時に相手するには、どうあっても限界がある。
「覚えてやがれよ、グレイライズ……」
「我も不本意……が、戦場は常に理不尽が付き纏う。いや……今はそんなことも知らぬ者が戦場に出る時代か」
「ウルセェよ……。テメェは必ずぶちのめす!」
「ハッハッハ。それは楽しみだ」
その様子を見ていたトレイチェはルーヴェスト達から距離を置いた。
「やれやれ……共に土足で踏み入った罪人ですが、互いに殺し合うのならばそれも一興。今少しだけ生かしておいてあげましょうか」
「ハッハッハ。邪教の者よ。貴様らは我が王の不興を買っている。どのみち貴様らにはこの先の滅びしか待ち受けていない」
「ほう?ならばその愚王に伝えなさい。神の名の元に葬って差し上げましょう……とね?」
「貴様……我が王への妄言、赦さんぞ!」
グレイライズの矛先がトレイチェに向きかけルーヴェストが好機到来と考えたこの時、強力な念話が伝わってきた。
『グレイライズよ……邪教の愚物に構うな。目的の達成に努めよ』
「我が王!承知致しました!」
『フッフッフ。ロウドの盾よ……せいぜい足掻くことだ。その姿を存分に楽しませて貰う』
「くっ!出てきやがれ!アムド!」
『フッフッフ……ハ━━ッハッハ!』
グレイライズは再びルーヴェストに向き直る。
「……という訳だ。邪教徒の殲滅など後回しだ。折角の機会……存分に楽しもうぞ!」
「………。テメェらの目的とは何だ?」
「言葉は不粋。知りたければ力で来い」
「ちっ……。マリアンヌ!」
転移により戻っていたマリアンヌを確認し、ルーヴェストはグレイライズとの戦いに専念する覚悟を決めた。
「済まねぇ!頼んだ!」
「ご随意に」
最強戦力の一角が魔王アムドの腹心との戦闘に突入。均衡しかけた戦況は再び不利に傾き始める。
ルーヴェストの代わりにトレイチェと戦うことになったのは、やはりマリアンヌだ。
マーナとクリスティーナは、マレスフィと協力し『三頭竜型魔獣・その一』に戦力を集中させている。魔獣は間も無く倒される筈だ。
だが……更なる戦況の悪化は終わらない………。
「中々頑張るではないですか……。そうで無ければ我が神への供物に相応しくない。足掻き苦しみ、絶望して死んで貰わねば……ね?」
「あなたを倒せば状況は傾きます。魔獣ももう二体……いいえ、間も無く地上の巨大魔獣のみになります」
「ハッハッハ。本当にそうかな?」
トレイチェは懐から赤黒い石を取り出し地上に撒いた。マリアンヌがそれが何かに気付き反応した時には既に手遅れ……。
赤黒い石は肉塊と化していた『三頭竜型魔獣・その二』『三頭竜型魔獣・その三』へと高速で引き寄せられる。
そして……赤黒い石を取り込んだ魔獣の死骸は途端に脈動を始め、みるみる再生を果たした。
「そんな……」
苦労して倒した魔獣の復活、魔王アムドの臣下の襲来、更なる状況の悪化、そしてアリシアの負傷──流石のマリアンヌも絶望に近い感情が浮かぶ。
それでも──いや……たとえどんな戦況でも折れぬ者がいる。
「ぼうっとしてんじゃ無いわよ、マリアンヌ!」
「マーナ様……」
「お兄ちゃんが来るんでしょ?なら、死物狂いで戦いなさい!お兄ちゃんにとって一番の悲しみは同居人が傷付くこと……これ以上被害を出したら顔向け出来ないわよ!」
「…………」
勇者とは困難に立ち向かう者……どんな苦境にも折れない。マーナの強き意志を目の当たりにしたマリアンヌは、その存在の大きさを改めて理解した。
「………仰有る通りです。申し訳ありませんでした、マーナ様」
「フフフ……いつも冷静なアンタが慌てるなんて、お兄ちゃんにも見せてやりたかったわね」
「残念ですが、そうはなりません。私は……最後まで諦めないと覚悟を決めましたから」
「あら残念……じゃあ、この程度の敵くらいチャチャっと片付けるわよ!」
「はい、マーナ様!」
その声と同時に『三頭竜型魔獣・その一』が撃破され墜ちて行く。
手順は先程同様にクリスティーナが矢を放ち、マーナとマレスフィがトドメを刺すといったものだ。
「無駄ですよ。何度でも魔獣は蘇ります……私が居る限りね?」
「そうはさせません!」
トレイチェの動きを予測していたマリアンヌは、素早く大剣『蒼天』の機能を発動──。
一度しか使えぬ為発動を控えていたその効果は、【空間遮断】──。大剣が砕けマリアンヌとトレイチェを取り囲むよう破片が球状に拡がると、そのまま高速回転を始める。
トレイチェが魔獣復活用に撒いた赤黒い石は、展開する破片に触れるとあっさり砕け消滅した。
(先程取り乱さなければアリシア様をこれで守れた。私は戦いの場に於いては冷静にならねばなりません……。ありがとうございます、マーナ様)
同時にマリアンヌは、腕輪型【空間収納庫】から予備の剣を取り出し身構える。
剣は以前エノフラハで受け取ったロングソード。ロイに返還しようとした際に是非に持っていて欲しいと譲渡された剣だ。
勿論、更なる加工は加えられている。そして……この剣はマリアンヌにとっての御守りだった。
『この剣はライが生まれた年に買ったんだけど、不思議と折れなくてね。調べたら鉱石の中に僅かだけど未知の材質があるんだそうだ。それに、この剣を持っていると怪我をしないんだよ……。私にとっての幸運の剣──貴女に渡ったのならばそれが最善なんだろう。だから……是非にマリアンヌさんに持っていて欲しい』
以前に別の剣に新調し旅に出たロイは怪我をした。それ以来ロイは、ずっと元のロングソードを使用していたという……。
彼にとって、そしてフェンリーヴ家にとっての『幸運の剣』を手に取ったマリアンヌは、それをトレイチェに向けると高らかに宣言する。
「間も無くプリティス教なる邪教はロウド世界より消える!覚悟なさい!」
「フッフッフ。世迷言を……やってみなさい。出来るものならば」
「行きます!」
悪化する戦況でも折れぬ心……それが無ければロウドの盾は壊滅していた。
しかし、彼女達は折れなかった。一人の勇者が来てくれることを信じ、戦い抜いたのだ。
間も無く勇者は現れる。そして、知るだろう。彼女達の勇気と優しさを……。
プリティス教討伐作戦は間も無く転機を迎える。
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