氷竜の章

第四章 第一話 ドラゴンへの道


 ライとフリオがノルグーで別れてから二十一日が経過した。



 先にディコンズの街に到着したノルグー騎士団は、街の周囲を警備しながらライを待ちつつ警戒待機中である。


 遡ること十日程前の早朝。既にディコンズに到着し早速行動を開始したフリオ達は、一日聞き取りを行ったが真新しい情報は得られなかった。


『ドラゴンが森に住み着いて、近づくと襲われる』


 人々はそれだけでもう森に近付かない。無理をする程の得もない為に当然とも言えるのだが、実に理に叶った行動である……。


 しかし、脅威が近場に居座っていることは住民にとって少なからず不安であることに変わりはない。騎士が少数とはいえ配置されることに住民は安堵の色を浮かべていた。


 騎士団が来るまではドラゴンが牙を剥いた時点でディコンズの壊滅は必至……当然、親類のいる者は女子供を既に避難させていた。



 そんなディコンズ……一言でいうなら『特徴の無い街』である。


 観光向けの文化財がある歴史もなく、また真新しい新鮮な技術もない。街特有の商売もこれといって存在せず、セトの街の様に農業専念でもなく、エルフトの様な豊富な資源もない。あらゆるものが普通に商売になるが特化しない。それがディコンズである。


 街はセトの倍ほどはあるが、それは居住区のみの話だ。農地を合わせれば明らかにセトの方が大きい。


「フリオ隊長。どうですか?」

「いんや、まだだな。まあ二十日で来いっつったけど、本当なら魔物相手に修行しながらなら歩いてひと月は掛かる。鎧の性能が高くても無理な取り決めだったかも知れんな……」


 フリオは肩をゴキゴキと鳴らしながら周囲を見渡す。騎士達は街の至るところに配置されている。


「間に合わなくても、どのみち街の警護は必要だったからな。それに元々少しは待つつもりだった。せっかくだからお前らもその間、休んどけ」

「休むといっても警備以外やることないんですが……」

「なら寝てろ。お前らの暇潰しまで面倒見切れんよ」


 実際、フリオも困っていた。ディコンズはとにかく暇なのだ。


 これといったものが無いディコンズ。当然ながら娯楽なども殆ど無い。娯楽に溢れたノルグーに比べれば退屈窮まる場所なのは間違いない。


 訓練による時間潰しも考えたが、無駄な疲弊を蓄積してはこれから向かうドラゴン相手に対応が遅れる可能性もある。結局、体力の温存を考えれば見回り位しかやることが無い。


(やれやれ……せめて飯が美味ければな……)


 残念なことに食事も至って普通。各種の店も少ないので、確かに寝るしか楽しみが無さそうである。ノルグー暮らしのフリオ達騎士団には、これが十日続いているのは中々の苦行だろう。


 しかし、そんな気のたるみは唐突に破られた。フリオがウンザリとしかけたその時、街の外に土煙が見えたのだ。騎士達は俄にざわめき立つ。


「魔物の暴走か!全員、警戒体制!」


 フリオの声で陣形を取る騎士達。少数精鋭で来たので五十人程という人数に幾ばくかの不安が残る。だが……。


「む!まて。警戒を維持しつつ各自待機!」


 眼前の土煙が近付くにつれ、小さいながら人影を確認。しかし人型の魔物も存在する為まだ油断は出来ない。フリオは完全に認識出来るまで警戒を維持した。


 そして……。


「ハァ~…驚かせやがって。全員、警戒を解け。お目当てが来たぞ」


 フリオがライを確認して警戒を解いた途端、土煙と共に何かが高速で通り過ぎた。思わず騎士達が噎せかえる。


「ゴホッ!何やってやがんだよ、ライ!」

「スミマセン……急に止まれなくて」


 土煙が消えるとそこには若き勇者が立っていた。二十日程前にノルグーで別れた赤髪の若者。勇者なのに全く威厳を伴わない彼が、変わらぬ笑顔で頭を掻いている。


「少し遅れました。……スミマセン、色々ありまして」

「いや、寧ろ予想より早いよ。しかし……何だ今のは?」

「《身体強化》……鎧の機能の一つです。馬より早いんで便利なんですよ」


 フリオは呆れた。鎧の機能もそうだが、当たり前の様な顔をしているライも大概である。


「そんな当然の様に……ん?その子は?」


 フリオはライの陰に隠れている少女に気付く。若いが凄い美少女だ。しかし、これからドラゴンに逢うのに何故連れているのだろうか、と訝しがるフリオ。


「彼女はフェルミナ。詳しくは後で説明します。ほら、挨拶して」

「フェルミナです。宜しくお願いします」


 礼儀正しく挨拶し微笑みを浮かべたフェルミナ。騎士達の中には顔を赤らめている者もいる。ライはそれに気付いたが無視して話を進めた。


「それで……ドラゴンは?」

「ああ、まだいる様だな。街で得られる情報はあまり無かった。とにかく森に向かって確かめるしかないな。それよりお前、休まなくても大丈夫か?」


 あれだけの勢いで走って来たのだ。疲労は相当なものだろうとフリオは考えたのだが、ライは平然と答えた。


「いつもやってるから大丈夫ですよ。良い回復薬もありますし」

「いつもって……ま、まあ良い。取り敢えず市長んトコ行って打ち合わせするぞ」


 フリオは騎士として派遣されている。任務には責任を持たねばならない。何時もの様にいい加減ではいられないのだ。

 勿論、ライもそこは理解している。人前では余計な軽口は避け『騎士団長フリオ』に接するつもりだ。


 ディコンズの長の家に着くと、如何にもといった風体の老人が姿を現した。長は威厳ある顔付きで騎士団を邸内に案内し会議の場を提供してくれた。


「それで長。確認したいのですが……」


 安全対策の為街の状態は把握をしているフリオだが確認は必要。促された長は、住民から聞き取りした内容を読み上げる。


「色は『空の様な青』と複数が目撃しております。大きさは小さな屋敷程。どうやら森の洞穴内に住み着いた様です。洞穴の前には池とも泉とも言える水場があります」

「その辺は事前に報告を受けた通りですね。空色……氷竜か。しかし、何故こんな暖かい地域に……」


 氷竜はその名の如く低温の性質が強い竜である。

 基本的にドラゴンは性質に合った場所を住み家に選ぶ。そこでしか住めない訳ではなく、性質に合った場所なら力が増し危険な事態に対応し易いからである。つまり、比較的暖かいシウト国内に氷竜が現れること自体かなり珍しいと言えた。


「で、具体的被害は無いと」

「はい。直接の危害は有りません。但し、近付くと威嚇してくるので驚く程度です」

「はぁ……では、街を攻撃したりは無かった訳ですね?」

「たまに飛び立つことも有りますが、街には近付いたことも無く興味も示しません」


 氷竜は本当にただ住み着いただけの様だ。しかし人を襲わない知能が有るならば、ライの提案通り交渉が可能な存在かも知れない。


「……では我々は本日の午後、ドラゴンと交渉しに向かいます。そこで一つお願いがありまして……念のため住民には、避難所に待機して頂きたいのですが……」

「それは構いません……ですが大丈夫でしょうか?ドラゴンを怒らせると街に被害が及ぶことには……」

「こちらから手は出しません。ただ街に被害が出ると判断した場合、命を賭けてでも退治に切り替えます。街には防衛の兵を残し結界魔導具も配置しますので、どうか我々を信用して下さい」


 長からすれば安全に暮らせればどちらでも構わないのだろう。しかし、わざわざ自分達の為に来てくれた騎士を蔑ろにはしたくない。ノルグーの騎士達は信頼されているのだ。



 結局、長は理解を示してくれた。その長は今、広場で住民達に避難所に移るよう頼んでいるのが窓から見える。


 ここは宿屋の二階に借りたフリオの部屋である。ライとフェルミナを呼び、昼食がてらノルグー出立後の話を聞いていたのだ。


「ほぉ……中々にハードな修行旅だった訳だな?」

「ええ……で、フリオさん?話に出た湖水の件ですが……」

「ああ。協力は構わんが、やはりノルグー卿の許可がある方が良いな。内密な行動が必要なら尚のことだ」

「了解しました。じゃあその様にティム……知人の商人に伝えます。それと勇者フォニックの件ですけど……」


 フォニックのことはフリオも疑問だったらしい。戦場での功績は確かに華々しい。しかし、その名声は全てトシューラ国内の活躍。他国では目撃すらされていないのである。


「まさか『傭兵団』とはな……。しかし、本当に国王はそこまで短慮をなさったのか……嘆かわしい」

「本当ならこんな真似したくないんですけどね。というか正直、面倒過ぎて困ってます。フリオさん、『フォニック』やってくれません?」

「おいおい……俺だって嫌だよ。演じ切る自信ないぜ?」


 あっさり断られてライは肩を落とす。ライは思った。全て片付いたら『勇者フォニックとして王をぶん殴って逃げよう』と……。


「おい…変なこと考えてないよな?」

「いえ……か、考えてないピヨ?」

「なんだ『ピヨ』ってのは!しっかりしろ!お前の肩にシウト国の未来が掛かって無くもないんだ!」

「あの空の~彼方~まで~飛んで行きた~い……」

「か、帰ってこい!お前は鳥じゃない!!頼むから現実逃避すんな!」


 フリオはライの頬を軽く叩く。ライは白目を剥いていた。勿論、悪ふざけの演技である。


「だって~。俺の手柄じゃない訳だしぃ~。てゆうか~?マジ、ダルくねっすか?」

「お前は何処を目指してんだ……話が進まねぇだろ」


 少しフリオがキレ始めたので、ライはゴネるのを諦め背筋を伸ばした。先程と別人の様に話を続ける。


「それで、フリオ団長!まずはドラゴンでぇ~あります!」

「お前っ………はぁ……それで?」

「ドラゴンを説得するに当たり不可侵地帯の取り決めをした方が良いのでは?」

「不可侵?……ドラゴンの縄張りを決めるってことか?」

「はっ!その通りであります!」

「いや……もうソレ良いから、話を詳しく」


 敬礼しているライを軽くあしらい続きを促すフリオ。考えていない様で妙な案を出すライに呆れ半分、感心半分だ。


「多分ドラゴンは縄張りを決めておけば森に人が来ても威嚇しないと思うんですよ。だから杭とか柵とかで境界を作れば良いんじゃないかと」

「そんな話を聞く相手なのか?ドラゴン種は人間見下してる筈だぞ?」

「多分、大丈夫ですよ。誰も怪我すらしてないのは意図的なものでしょうから。ドラゴンからすれば人間も厄介なんだと思いますよ?人を殺そうものなら勇者や騎士が挙ってやって来ますし、下手な噂が広がれば氷竜全部が人間に狙われる。人間は狡猾ですらかねぇ…」


 自分も人間なのに他人事の様なライ。しかしドラゴンからしたらそんな心境なのかも知れないとフリオは理解した。


「つまり住み分けして権利を与えればドラゴンも納得する、と?もしディコンズの民が越えたらどうすんだ?」

「そりゃ喰われても文句言えないですよ……領土侵害なんですから」


 ディコンズの住人からすれば堪ったものではないが、どうせ森に入れないのだ。入れるだけ譲歩を引き出せれば『話のわかる相手』として街の不安は幾分減るだろう。


「まあ、その辺も話し合ってみないと。ただ、気になることもあるんですよねぇ……何でわざわざ人間の近くなんかに来たのか?」


 それはフリオも気になっていた。


 ドラゴンは強い。人の近寄らない魔物の森にでも住めば、魔物は力量の差を感じてドラゴンに近寄らない筈なのだ。


「人間だけですからねぇ……力量省みずドラゴンを狩ろうとするの」

「ドラゴンはある意味、宝と同様だからだろ? 鱗、牙、角、爪、骨、肉、革、その他諸々、全部貴重品だ。その上、退治者にゃ“箔”が付く」

「そう。でも、そんな危険な人間の近くに来た。そこに何か理由がありそうなんですが……まあ、先ずは交渉ですね」


 そう言ってライは窓の外を見る。その視線の先にはドラゴンがいるであろう森が見えた。


「ああ……それと、口裏合せをお願いします。『勇者フォニックが現れて騎士団に協力、ドラゴンを見事説得した』みたいな感じでこの街に拡散して下さい」

「了解だ。……それよりお前、腕は上がったのか?修行したっつってたけど、もしドラゴンが暴れたら全部ご破算だぜ?」

「まあ何とか。心配なら森の入り口ででも試して下さい」

「おっ?言うじゃねぇか……それと嬢ちゃん、フェルミナちゃんだっけ?連れて行くのはやっぱり危なくないか?」


 フェルミナに視線を向けたフリオだが、フェルミナは笑顔で視線を返す。しかし、その手はライの服を力一杯掴んでいるのが分かる。


「ライさんが行くなら私も行きます。せっかく魔法覚えたんです。お役に立ちますよ?」

「魔法ねぇ……どの程度使えるのか知らないが…」

「大体、全部使えますよ?呪闇属性の魔法だけは本が無かったので無理でしたけど」

「大体全部って……」


 困ってライに視線を向けたフリオだが、ライも肩を竦めている。


「本当に使えるんですよ……しかも半端じゃない魔力なんです。まぁ無理はさせないつもりですから、回復役に徹して貰えば大丈夫かと」

「はい、頑張ります!」

「いや、だから頑張っちゃダメだってば」


 ライの話で大聖霊という存在だとは聞いた。とても理解は出来なかったが……。


 それにしても、フェルミナがライを慕う様子はただ助けられたにしては過分な気がするフリオ。


(レイチェル……うかうかしてられないぞ?いや、もしかしたら手遅れかも……)


 ライはフェルミナを過保護に扱っている。というよりダダ甘に見える。しかし、危険なドラゴンの所に行くのに離れようとする様子はない。それだけ信頼しているのか、それとも本当に規格外の存在なのか……。


(まあ良いか……ウチの連中の後ろに待機させときゃ良い訳だし)


 結局、ライが大丈夫というなら反対する理由も無いのだ。ならば騎士団としてなるべくフェルミナを危険から守れば良い。それに、希少な回復人員は確かに有り難い。


「よし。じゃあ長にドラゴンの縄張りの件、聞いてくるぜ。お前らは先に街の入り口に行っててくれ」


 そう言ってフリオは部屋を出て行った。




 ライとフェルミナが街の入り口に向かうと、騎士団の精鋭が既に出発準備を済ませて待機中だ。


「ライ!お久しぶり!」

「あれ?レグルス、君も来たんだ」


 ライに真っ先に声を掛けてきたのは騎士団『最若年』騎士のレグルスである。ノルグーでの訓練の際、気さくに会話して来た少年だ。ライと歳が近い為それなりに親しい間柄となったのだが……。


「君、弱いのに大丈夫か?あ、もしかしてエサ役?」

「違うよ!何で喰われるの前提なんだよ!」

「いや……だって君、騎士団最若にして最弱でしょ?活きの良さが売りだからてっきり……」


 他の騎士達は思わず吹き出して大笑いを始めた。派遣された精鋭は皆、ノルグーでの訓練で親しくなった騎士である。その中にはライのポンコツ電撃を受けた騎士シュレイドも含まれていた。


「酷いよ、ライ……。僕一応、聖騎士の適性持ちなんだよ?回復人員で来たのに……」

「わかってるって。冗談だよ冗談……頼りにしてるよ、レグルス」


 騎士団揃えの鎧の上からバシバシと叩かれたレグルスは、些か不機嫌な顔だったが直ぐに笑顔になった。レグルスは気の良い人物なのだ。


 その後世間話をしつつ準備をしていると、ようやくフリオが現れた。騎士団の鎧を着込み、あの白い盾も忘れず持って来ている。


「待たせたな。じゃあ行くか」


 団長のその声で気を引き締めた騎士達は、素早く馬車に乗り込む。森はさほど街から離れていないのだが、負傷時など緊急事態に馬車は役立つ。無論、怪我人が出なければそれに越したことはない……飽くまで念の為である。

 当然馬車には、ライとフェルミナも相乗りさせて貰った。


「フリオさん。縄張りの件はどうなりました?」

「許可は貰った。というか感謝されたぞ?分かり易いってな……」

「じゃあ、幾らか交渉し易いかも知れませんね?」

「ああ。上手くいけば良いんだがな」


 その期待に反してフリオは嫌な予感がしている。根拠がある訳でなく、ただの勘……胸騒ぎであるのだが。


 フリオは隊長として部下を守る責任を再確認する。そして、隣に座る赤髪の少年達も無事に帰すと密かに決意するのであった……。



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