第四章 第二話 ドラゴンへの道②


 ディコンズの街を出た一行は、氷竜のいる森の入り口で待機中である。


 念の為に現在のライの力量を測りたいフリオはライとの手合わせを敢行。ライは鎧を脱ぎ軽装で剣を振るっている。


(おいおい……随分腕を上げたな。二十日でここまで変わるのはちっとばかし異常だぜ……)


 以前のライは無駄ばかりだったが、その無駄が殆ど見当たらない。まだ未熟なので隙が無いわけではないが、そこを攻められた際の対応がまた迅速なのだ。フリオも手加減の必要が殆ど無い程である。


「余程良い師匠に出会ったみたいだな。こりゃ直ぐに追い抜かれるか?」

「フリオさん、武技使わないじゃないですか……それ使われたらアッサリ負けちゃいますよ」

「それが判るだけ腕を上げたってこったろ?鎧加えたらその差も埋まるだろうし、胸張って良いぜ」


 他の騎士達も感心頻り。二十日前の『ヘッポコ勇者』とはまるで別人の動きをしているライ。それらは師であるマリアンヌの異常さが原因であることなどフリオ達は知る由もない……。


 ラジックも知らないことだが、現時点のマリアンヌの性能は下級魔王級を単独で撃破出来る。そんな高い能力を持つ存在が最適な練習をひたすら叩き込んだのだ。特に最後の六日間は寝る間すら惜しみ戦い通し……嫌でも無駄は減るだろう。


「良し、十分だ。鎧も使い熟せる様になったんだろ?」

「全部の機能とはいきませんが何とか……まあ、少しは役に立てるかと」

「期待してるぜ?言い出しっぺなんだから、何かあれば最前線な?」

「え……?え?」


 不安げなライを無視し、フリオは騎士達を呼び集める。防御優先で街には四十名を残し、交渉側は十名程。これはドラゴンに敵愾心を持せぬ為のギリギリの人数である。

 少数から更に少数に振り分けた為、今後の対応を打ち合わせる必要があった。


「まず、俺とライがドラゴンとの対話を試みる。上手く交渉し取り決めが出来るのが最良。もし対峙した場合は全員撤退を優先、その場合、俺とライが殿を務める。で、最悪の場合だが……」


 騎士達の顔を確認するフリオ。皆、その視線の意味を理解し頷いている。


 最悪の場合、村に被害が及ばぬようドラゴンを仕留めなければならない。しかし、それは非情の決断でもあった。

 ライとの手合わせも少し加減する程のフリオだが、全力を用いても恐らく相討ちが精々だと考えている。それは当然、騎士達の犠牲も含めた上の話だ。


 フリオはライの鎧の異常さを目にしたことはない。故にライの戦力を過剰に期待していないのだ。その上で逃がす算段まで考えている。

 ノルグー領内のことはノルグーの騎士で。事の始まりがライだとしても、騎士団員ではないライを犠牲にするつもりは始めからなかったのである。


 そんなフリオ達騎士団の覚悟など露程も知らないライ。いそいそと鎧を着込んでいる。


「次は陣形だな。まずドラゴン接触時。俺とライ、それとシュレイドが前線。その後ろに、ジャン、ピエール、ジャック、ポールの四人が陣形を維持しつつ援護。残りは魔導具を携帯し防御陣形を展開。レグルスとフェルミナは最後方で回復・支援魔法の準備。移動時は回復役の二人と防御担当を入れ替えて移動。わかったか?」

「了解!」

「もし最悪の事態になったら、レグルスとフェルミナは街に知らせてくれ。ライはその護衛だ」

「?……俺、言い出しっぺですよ?それはちょっと……」

「良いんだよ……『最悪の場合』なんだから」


 今一つ納得していないライを誤魔化してフリオは話を纏めた。


「じゃあ行くぞ?全員、警戒しつつ前進」


 森の中には広い道などない。当然馬車は森の外に置いていく他無いので徒歩である。


 そんな森を警戒しつつ進む一行。どこにでもある普通の森と思われたが、しばらくするとフリオは違和感に気付いた。


(魔物の気配が無いな……野性動物は居るみてぇだが)


 その違和感をフリオ以外にも感じ取っている者がいた……。それはフェルミナである。フェルミナは隊列などお構い無しにライに近付き、耳を貸す様に手招きした。


「ライさん。ここは聖域です」

「聖域?どんなものか判る?」

「ハッキリとは言えませんが……何かを守るための結界が敷いてある感じです。結界の主は既に居ないみたいですが……」


 ドラゴン種は『魔物』ではないので、聖域でも問題なく居を構えることが出来る。いや、寧ろドラゴンは意図的にこの場を選んだのではないかとライは思った。ただ、その理由が解らない。

 と、こそこそと話しているライとフェルミナが気に入らないのかフリオが冷やかな声を投げ掛けた。


「コラコラ。隊列を乱すな、隊列を。遊びに来てんじゃ無ぇぞ?」

「いや、フリオさん。フェルミナの話では……」


 今し方フェルミナから聞いた情報をフリオに伝えると、フリオは隊列を止め一時休憩となった。


「聖域か……で、何でドラゴンが聖域を選ぶんだ?」

「そこまでは……ただ可能性として怪我をしているとかは考えられませんかね?」

「普通に翔ぶってんだから大した怪我じゃ無さそうだがなぁ……。聖域だからってわざわざ人の近くに来るには理由が弱くないか?」

「じゃあ聖域関係無いんでしょうか……」


 結局、聖域という情報を得てもドラゴンの意図は分からない。諦めて再び歩を進めることになる一行。

 しかし、聖域と知ったこと自体に意味はあった。一行の足取りが若干楽にはなったのだ。他の魔物が現れる可能性が下がることは精神的余裕を持てる十分な理由である。


 騎士団一行は更にしばらく歩く。すると程無く視線の先に日が射し込む明るい場所が浮かび上がった。森の切れ間に池の水が揺らめいていて光の反射が眩しい。どうやら目的地に到着した様だ。


「全員、戦闘警戒体制。但し、敵意は出すな。俺達の目的は飽くまで交渉だからな」


 フリオが小声で指示を出したその時、低く透き通る声が聞こえてきた……。


(ほう……交渉だと?面白い。か弱き人間が我に何の交渉をするつもりだ?)


 フリオ達は一瞬にして固まった。まだ氷竜の住み処までかなり離れている筈。しかし、その距離で存在を認識されてしまっていたのだ。ドラゴンという存在を軽く見ていたつもりは無いが、それでも認識が甘かったことは否定出来ない。


(クックック……交渉はどうした、人間共?それとも、そんなもの自体が嘘か?もし我を怖れ諦めたのなら早々に立ち去れ。でなければ……)


「ま、待ってくれ!交渉に来たのは本当だ。ただ、アンタと面と向かって交渉をしたい。顔も見ず信用を得られるとは思わんからな」


(面白い。ならば泉まで来るが良い。但し一人で、だ)


 フリオは一瞬、躊躇った。単独なら隊長の自分が行くべきだろう。足を踏み出そうとしたそのとき、フリオの肩を掴み前へと歩み出る人影があった。


「ライ!お前、余計なこと……」

「ホラ、言い出しっぺは俺ですから。隊長は状況判断と指揮が仕事でしょ?それに交渉得意なんですよ」


 止めるフリオの手を掻い潜り、軽口で泉に向かうライ。皆からは見えないが、ライは白目を剥き顔の至るところから様々な液体が垂れていた……。


(フリオさんに何かあればレイチェルさんに申し訳が立たないからなぁ……)


 勢いで歩み出たことを半ば後悔しているが、鎧の機能を信頼しているので諦めは付く。他の誰かよりは被害は少ないだろうとライは考えているのだ。


 結局、フリオはそんなライを止められなかった。ライは無茶苦茶だが馬鹿ではないとフリオは知って……馬鹿では……ない?……筈……だ…………と思いたいのだ。



 不安なフリオに見守られつつライは交渉へと向かう。やがて池の畔に到着すると対岸には氷竜の姿が……。空が反射したような澄んだ青の竜は、地響きを立て巨体を近付けてくる。辺りの空気が少しだけ下がった気がした。


(何だ、まだ子供ではないか……まさか貴様が頭目か?)


「いや、偉い人はアッチにいるよ。俺が来たのは『交渉すべき』と言い出したのが俺だからだ」


(ほう……貴様が。面白い。話を聞いてやろうではないか……)


 ドラゴンは対岸で待機姿勢をとった。腰を下ろし翼を畳むと、その首をライの眼前まで伸ばす。池は小さいのでほぼ障害にはならない。

 値踏みする様な金の瞳は油断なくライを見つめている。ライは信用を得る為に自分の武器を離れた場所に放り投げその場に胡座をかいた。


(ククク……貴様、なかなか胆が座っておるな)


 武器を手離し無防備に座り込むライを興味深げに観察する氷竜。対してライは、心の中で眼前のドラゴンを賞賛していた……。


 恐ろしさは確かにある。しかし、眼前の姿はそれを忘れる程に美しい。まるで空の欠片が実体を成した様な輝き澄んだ空色をしているのだ。

 だが……今は目を奪われている場合ではない。今回は友好を結びに来たのではなく、交渉しに来たのである。


「まあ信頼されなきゃ話も始まらないからな。で、交渉内容だけど……」


 平静を装い事前に打ち合わせていた様に不可侵地帯の取り決め提案を伝える。それを越えない限り威嚇もしないで欲しいと人への配慮も嘆願した。氷竜は大人しく聞いている。


「もし今の提案が気に入らないなら要望を出してくれれば相談してくる。アンタが何でここに陣取ったかは知らないが余計な詮索もしない。ただ確約は欲しい。街は襲わないと約束してくれるのが、こちらの最低限の譲歩だ」


(ふむ……悪くない提案ではある。だが人間は信用出来ない。我々を謀り命を奪うのはいつも人間だ)


「それは否定しない。てか出来ないな。人間は善悪ゴチャゴチャな存在だから。ん~……じゃあ国から約定でも出して貰う?『ディコンズのドラゴンに害為した者は死刑』とか……」


(貴様は人間なのに随分と公平だな……普通、そこまでドラゴンの言い分など聞くまいよ)


「そんなことは無いさ……大半の人間は怖いから近付かないだけなんだ。だから対話すら出来ない。まあ欲に駆られた輩なんてのは、言い分以前にアンタらに殺られても自業自得な訳だけど」


 同族である人間よりドラゴンの肩を持つ発言まで放つライ。本人は至って当然の話をしているつもりなのだが、だからこそ氷竜はライに興味を示した。


(良かろう。貴様に免じて不可侵地帯の取り決めを行うとしよう。近場の街に関しても約束して良い)


「わかった。じゃあ責任者を呼ぶからちょっと待ってくれ。フリオさーん!」


 ライが合図を送るとフリオが速足で近付いてきた。丸腰のライを見てギョッとしていたが、溜め息を吐きながら首を振っている。


「全くお前は毎度毎度……退屈させない奴だな、ホントに」

「どういたしまして。さて……それで交渉をしてくれるそうですけど、細かい打ち合わせはフリオさんにお願いします。そうだ……氷竜じゃ呼びにくいから名前を聞きたいんだけど……」


 そう語り掛けたライが氷竜に視線を戻したその時、突然咆哮が響き渡る。氷竜は身体を起こし戦闘体制に移行していた。


 これ以降氷竜との交渉は最悪の結果である『戦闘』へと形を変え、ライやフリオへと降り掛かることになる……。



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