第四章 第三話 ドラゴンとの戦い


「ど、どうしたんだ、一体!おーい、ドラゴンさーん?」


 氷竜の突然の怒り──ライは意味が分からず大声で問い掛ける。しかし、氷竜は完全に怒りに呑まれている様だ。


(貴様ら!始めから卵が狙いだったのか!!謀りおったな!)


「卵?何の話だよ!ちょっと落ち着けって!」


(うるさい!こうなれば皆殺しだ!知るものが居なければ卵は安全!あの街も全て凍てつかせてやるわ!)


「フリオさん!」

「全員!戦闘体制!!」


 その声で騎士達が一斉に飛び出した。同時にライは自ら放り投げた剣を回収に走り出す。剣を手に振り返ると、騎士達は陣形を組み氷竜と対峙していた。


(最悪だ……だが、何故突然?)


 フリオがライに呼ばれた時、氷竜は確かに警戒を解いていた。交渉が上手く行っていたことは間違いないだろう。

 だがあの後、氷竜は何かに反応したのだ。その視線は騎士達が待機する場所に向いていた様に感じる。


「お前ら!何か変なことしなかったか?」

「いえ……特には。なぁ?」

「あ、ああ……そういえばレグルスがやたら興奮して何か言ってた様な……確か……」


『昔話のドラゴンって聖域で何かを守ってるじゃないですか?宝とか……卵とかもありますよね?ここもそうですよ、きっと』


「ちっ!原因はそれか!」


 先刻、氷竜が口走った言葉を思い返すフリオ。


【始めから卵が狙いだったのか】


 恐らく巣穴の中にはドラゴンの卵があるのだろう。


 ドラゴンの卵は秘宝である。生まれたドラゴンを飼育すれば人に従う最強の戦力になると言われている。しかしそれは兵器利用……ドラゴンが反応する理由も理解出来なくはない。


 だがフリオは違和感を感じた。これもまた勘の領域ではあるのだが……。


「つまり、卵泥棒と勘違いされた訳ですか?」


 いつの間にかフリオの側に戻っていたライは溜め息を吐いた。


「このままじゃ村に被害が出る。倒すしかない!」

「何とか説得出来ないですか?勘違いなんですし」

「無理だ。頭に血が上って聞く耳持って無ぇぞ、あれは?残念だが、仕留めるしか無い!」


 既にドラゴンは攻撃を開始している。尾や爪を回避しながらの対話はそれだけで不可能に近い。


 それでもライは諦めていない。正気を失っているなら正気に戻せば良い。しかし、相手が相手……簡単な話ではない。


 方法を模索しているライだが、対して騎士団は完全な戦闘体制に移行していた。攻撃を繰り返しては防御陣形を取る流れるような動き。見事な連携だと感心する他無い。


(でも決め手がない。人数が足りないのも理由だろうけど、このままじゃ……)


 幾度かの攻撃を受け、騎士達の連携に誤差が生じ始めた。


 そもそも強大な『ドラゴン種』は力も魔力も尋常ではない。攻撃を受ける度に騎士達の盾や鎧は歪み、引き裂かれている。剣も竜鱗の強固さを突破出来ずに既に亀裂が入っているのだ。砕けるのも時間の問題だろう。


 その時……。


「哈ぁぁぁっ!」


 掛声と共にフリオが渾身の技を放つ。それは風を纏い放たれた十字の斬撃。


 魔法剣・《風翼十字》


 その鋭い斬撃は以前マリアンヌに見せて貰った【闘気剣】よりも明かに上位の技……直撃すれば竜鱗をも切り裂くやもしれね魔力。負傷次第ではドラゴンを弱体化させられる可能性もあった。


 ───そう。『直撃すれば』である。しかし残念ながらそれは叶わない。



 フリオの魔法剣は、ドラゴンに直撃する前に発生した氷柱に阻まれたのだ。切り裂かれ崩れ落ちる氷柱を苦々しげに見るフリオ。

 その後も隙を窺い様々な魔法剣を放つが、氷柱に阻まれ、更には回避されたりと有効な成果は得られない。終いには氷竜の魔法で氷柱をぶつけられ、盾ごと吹き飛ばされてしまったのである。その様子に茫然とする騎士達は僅かに動きを止めてしまった。


 それに気付いたフリオは倒れながらも舌打ちし檄を飛ばす。


「ボケッとすんな!死にてぇのか!?」


 その言葉の直後、ドラゴンの口から吐かれた吹雪が騎士達を襲う。これを何とか魔導具で防ぐ騎士団。しかし魔力の差は明らかで、魔導具が砕けてしまい魔力の防御壁は砕け散る。

 幸い吹雪の息は止まったが次は防ぐことは出来ない……。


 フリオは急いで立ち上がろうとしたがダメージが大きく動きが鈍い。そこに騎士団への二度目の攻撃。フリオは白い盾の機能で風の防御壁を展開し団員を守る。

 そんなフリオの行動も虚しく、ドラゴンの尾は風の壁を破り、騎士団員の剣を砕き、盾を使い物にならない程ひしゃげさせてしまう。


 フリオが魔法を展開していなければ即死だったであろう衝撃……全員、息はあるが動けない。


 その時、それまで攻撃を躱しているだけだったライはフリオの顔色の悪さに気付く。技を使いすぎて疲弊し、分の悪さに苦笑いが浮かんでいるのが分かった。相手は間違いなく上位種のドラゴンと理解したのだろう。


「ライ!レグルスとフェルミナを逃がせ!街に知らせて避難させろ!」


 悲痛な叫びを上げるフリオ。だが、ライは首を振った。


「フェルミナ!全員に回復魔法頼む!」

「はい!」


 フェルミナは『円環の杖』を振り翳し一言唱えた。


 《生命波動陣》


 大地から溢れる生命の力を回復力に変換する地属性広範囲回復魔法。本来は中位回復魔法なのだが、フェルミナが使用すると騎士達の傷は一瞬で癒え立ち上がれるまでに回復を果たした。フリオの疲労や痛みも薄らいでゆく。


「フリオさん!撤退して下さい!」

「ここで仕留めなければジリ貧だ!村を襲わせる訳にはいかねぇんだよ!」

「なら街に知らせに行って下さい!避難の時間は俺が稼ぎますから!」

「バカ野郎!死にてぇのか!」

「バカはどっちだ!ノルグー騎士団長フリオ!!お前の役目は何だ!!」


 ライの怒号に目を見開き唖然とするフリオ。初めて見たライの本気の感情に言葉が出ない。


「……スミマセン。でもフリオさんは『ノルグー』の騎士団長なんですよ?優先しなきゃならないのは部下の命、領民の命でしょう?」

「だからって……お前を置いて行けるかよ……」

「大丈夫ですよ、まだ本気で鎧使ってませんから。それに考えがあります。ただ、一応は街の犠牲の可能性は避けなくちゃならないでしょ?大丈夫!俺は勇者です……それに運も良い。信じて下さい!!」


 目の前にあるのは『勇者ライ』としての顔。フリオは結局、反論出来ずライに従った。


「わかった……但し、俺はすぐに戻る。それまでくたばんじゃ無ぇぞ?」

「わかりました。待ってますから早く!」

「撤退の後、ディコンズの民を避難させる!総員、撤退だ!」


 騎士団員、そしてフリオは苦悶の表情を浮かべていた……。


 かつて自分達より弱かった少年を置き去りにするのだ。屈辱、後ろめたさ、そして僅かな安堵……内心穏やかではなかろう。


 しかし、ライの覚悟を無駄にすることは出来ない。皆、フリオに従うしかなかった。


 そんな中、当然フェルミナは残る。その視線だけでフリオは理解した。フェルミナから感じるドラゴンすらも越える威圧感。見た目からは想像も付かない。


「……ライを頼む」


 フリオのその言葉に無言で首肯くフェルミナは力強い目差しをライに向けている。


 一方、強がった故に損な役回りを負ったライ。珍しく凛々しい顔に反してその足元は生れたての子鹿の如く震えている。良く見るとその目も子鹿の様に潤んでいた。


 流石は『蛮勇を繰り返す男』ライ・フェンリーヴである。フェルミナが居なければこのまま泣いて逃げていたことは間違いない……。


 そんなライを無視し、フリオ達を逃がすまいと氷竜は吹雪を吐いた。ライは素早く間に立ちはだかり、鎧の機能『対氷結機能』で吹雪を防ぐ。


「いい加減落ち着けよ!卵に何もしないと約束するから!」


(うるさい!人間など信用出来るか!)


「そこを何とか!何なら俺が見張っても良い」


(黙れ!)


 会話の間、ずっと吹雪を吐いている氷竜。ライの鎧の『対氷結機能』が無ければとっくに氷漬けだ。


 【対火炎・氷結防御】は鎧を中心に透明な球状防壁が発生する機能。鎧が魔力攻撃を自動感知し展開されるが、そのお陰で鎧の覆っていない手足も被害を受けずに済んでいるのだ。


 今更気付いたことだが、どうやら氷竜は喋っているのではなく脳内に直接言葉を伝える技法を用いている様である。


 その後もしつこく吹雪を吐き続ける氷竜の態度に段々と腹が立ってきたライ。《身体強化》を使い翻弄し背後から頭を蹴り飛ばすが、ドラゴンの強度は生半可ではない。逆にライの脚が負傷する結果となった。しかも、少し凍っている……。


 即座に鎧の機能で回復し急ぎ飛び退くと、先程までいた場所に鋭い氷柱が突き刺さった……。


 ライは《身体強化》を連続使用し対話の隙を窺うが、ドラゴンは一向に冷静になる気配が無い。


「フェルミナ!何か動きを止める魔法は無いか?」

「わかりました!少し待って下さい!」


 ライの指示を受けたフェルミナは、腰から弓銃を抜き氷竜へと照準を合わせる。その間ライは《身体強化》を使い撹乱を続けた。氷柱や吹雪は容赦なくライを掠めている。


「ライさん!」


 フェルミナの合図で氷竜から離れると、弓銃から複数の白い弾が射出された。その弾はドラゴンを取り囲む様に展開し、更に細分化され雪のように降り注いだ。


 《粘糸の雪》


 フェルミナの持つ『土蜘蛛の弓』に付加された固有魔法──粘着性の強い糸を出す魔物【土蜘蛛】の糸を球状に変化させ、相手を絡め取る特殊魔法だ。


「流石はフェルミナさん!あとで沢山ご褒美だな!」

「エヘヘ」


 嬉しそうなフェルミナを安全圏まで下がるよう指示し、ライも氷竜から離れた場所に待機。粘糸がドラゴンを包み動きを鈍らせるが抵抗を止める気配は無い。そのうち身動きが取れなくなったのか、氷竜は静かになった……。


「聞けよ!俺達は卵泥棒じゃないんだ!ただ交渉に……」


(うるさい!人間を信じようとしたアタシがバカだったんだ!人間は嘘吐きだ!)


「確かに嘘吐きだけど、全員が悪者の訳じゃない。だから信用しようとしたんじゃないのか?」


(うるさい!うるさい!アタシは卵を守らなくちゃならないんだ!人間を近付けちゃ駄目だったんだ!?)


 すっかり口調が変わり喚き立てる氷竜。その声は若い女性の声だった。

 卵を守っているならメスでも不思議ではないのだが、その言葉からは親というよりも義務で保護している印象を受ける。


「本気なら今の内に卵を盗んで逃げるだろ?だから……」


(うるさぁぁぁ~いっ!!!)


 その叫びと共に吹雪が氷竜を包み始める。更に風が巻き起こり吹雪の竜巻が生まれた。ライは距離を取り茫然と見ているしかなかった。目の前の光景は最上位魔法の奔流………。


 《氷結風魔法・風雪氷獄》


 竜巻結界の中はあらゆるものが活動を止める空間。あれに触れようものなら端から凍り付き砕けることになる。いや……触れずとも近場の物は凍り付く為、木々が氷結し砕けて倒れる様が異様だった。


 やがて……竜巻は弱まり霧散すると冷気の幕が徐々に晴れてゆく。その中から白く染まった氷竜の姿が浮かび上がった。自らもそれなりのダメージを受けたようだが、氷竜は氷雪を操る種……問題は無いのだろう。

 但し、《粘糸の雪》は凍て付きパラパラと砕け落ちている。せっかくの拘束は解けてしまった……。


 そんな中でもライは氷竜が冷静になったことを期待していた。文字通り頭が冷えたのでは?などと考えていた、その矢先──。


『グガァァァァ!』


 氷竜は猛烈な咆哮を上げライに飛び掛かった。慌てて《身体強化》を発動し回避するライだが、氷竜は諦めず攻撃を繰り返す。そこでライは、ようやく違和感に気付いた。


(氷柱を使ってこない?魔力切れか?)


 考えれば分かることだが、シウトは暖かい地域である。しかも今の季節は初夏に近い。フリオ達との戦いの時は惜し気もなく使った氷結魔法……温暖な地で乱発することは氷竜と言えど負担だったことだろう。

 加えて最後の最上位魔法は風魔法と氷結魔法の融合魔法。上位の魔術師でも一発打てば気絶するほど魔力を消耗するという、本来複数人で使う魔法である。


 そんな悪条件であれば魔力切れも当然なのだが、それでも攻撃を止めないのは氷竜自身肉体攻撃が有効だと理解しているからであろう。


「なあ!もう止めようぜ!」


(……………)


 完全に頭に血が昇ったのか、それともヤケになったのかは判らないが、氷竜が攻撃を止める気配は無い。


 そこでとうとう……ライは覚悟を決めた。いい加減に不毛な争いは勘弁願いたい。こうなったら意地でも話を聞いて貰おうと考えたのだ。


 そして思い付いたのは母から聞いた父の勇姿……。


(よし、その手でいくか。あとは…コイツだな)


 鞘から剣を抜き何度か空を切る。ライの最初の装備、ショートソードと同程度の素材だが、ラジックが初めて魔導具作成に成功した武器。


 【幻影の剣】


 幻覚を見せる魔法を籠めた魔石を使い、自分の分身の幻覚生み出す剣である。割と汎用性は高い様で、分身以外にも様々な幻覚を生み出せると聞いている。


 氷竜が近付く瞬間、ライは自分の幻覚を数体発生させ《身体強化》で移動を始めた。足を止めた氷竜は全ての幻覚を切り裂こうとしているが、その隙を突いて有りったけの煙玉を氷竜に撒き散らす。


 刺激物が入っている為氷竜は堪らず翼で煙を散らそうとするが、それは叶わなかった。


 中位風魔法・《風壁陣》


 先程フリオが防御の為に使用した『盾に籠められた魔法』と同一のもの……ライはそれを氷竜もろとも煙を封じ込める為に使用したのだ。

 ドラゴンの周囲には半球体の風のドームが形成され、煙は風の壁の中で霧散せずに舞い続けている。


 堪らず《風壁陣》を引き裂こうとする氷竜……だが、『重ねがけ』された風壁は上位魔法に匹敵する。易々とは破れない。

 もしドラゴンに魔力が残っていたなら相殺や破壊も容易かったであろう。しかし、ライはそれを理解した上で行動していた。


 作戦は期を以て……これはティムの言葉だ。


「これで目が覚めなきゃお手上げだ。頼む!殺したく無いんだよ!」


 外側から両手で風壁を押さえているライは、詠唱を唱え最後の魔法を発動。使用したのは最下級魔法 《発火》である。火種が必要な時の生活魔法だが、それで十分だった……。


 瞬間、《風壁陣》の中で爆発が起きる。煙玉の粉塵に引火し眩い光が視界を包む。と同時に、ライは《風壁陣》を解除し飛び退いた。


 当然、この程度の爆発などドラゴン種に効果は無いだろう。しかし、閃光は思考を空白にする。動きを止めたドラゴンは、閃光から視力が回復していくにつれその輪郭が浮かび上がるのを確認した。

 頭部に乗り眼前で刃を止めている男……存在を把握した時点で勝敗は決したのだ。


「話を聞く気になったか?」


(………好きにしろ)


 ドラゴンの態度に満足したライは、そのままグラリと体勢を崩し地面に落下した。実は《身体強化》の二重がけを行っていたのだ。それも戦闘中に何度も……。


 当然、肉体は激痛。疲労困憊である……。


「ライさん!」


 ライは薄れゆく意識の中走り寄るフェルミナを確認した。しかし、今はとにかく眠さに抗うことが出来ない。


 ドラゴンを前に大の字で眠りこける姿は勇者に相応しい勇姿──なのだが、その上にフェルミナが飛び乗り顔をペシペシと叩く姿は休日の父親の如き哀愁を醸し出していたという……。


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