幕間② キエロフの憂鬱 


 シウト国・首都ストラトの大臣執務室。書類の山に囲まれたキエロフは、その内容にウンザリしていた……。


『各種物価高につき予算増額を申請す』


 シウト国内の軍部や公的機関からの催促は、ここ最近急増している。


 今後はもっと増えるだろう……それを理解しているキエロフは頭を抱えていた。原因は主であるシウト国王・ケルビアムである。



 トシューラ国からの物資支援要請をシウト王は二つ返事で許可を出した。宰相であるキエロフはトシューラに騎士団を派遣し、支援規模を調査することを求めた。

 しかし……王ケルビアムはそれを無視し大量の支援を敢行したのである。


 どうやら事前にトシューラからの密書があったらしいと知ったキエロフだが、その相手がかつて『勇者ライ』に指摘された他国の貴族令嬢だと気付いた時全力で後悔するしかなかった……。


(もっと本格的な手を打つべきであった。済まぬ、勇者ライよ……)


 無論、キエロフは何もしなかった訳ではない。ライから忠告を受け、王妃であるシンシアと協力し王の愚行を止めた筈……。


 しかし、キエロフが更なる国の腐敗を探る内に貴族や元老院議員の名が浮かび上がりその対策を考えねばならなかったのだ。


 何せ相手は国の中枢に絡む者達……確証も無しに糾弾は出来ない。その証拠集めに追われる中での今回の騒動。何よりキエロフには味方が少なすぎた。


 そんなことを悔やんでいたその時……不意に執務室のドアを叩く音が響く。入室を許可すれば白髪の老人……キエロフ専属の執事が一礼し報告を始める。


「キエロフ様。商人が面会を求めているのですが……」

「商人などと約束は無いぞ。それに、今はそれどころでは……」

「しかし、商人は『勇者ライ』の書状を携えているとのことですが……」


 その言葉にキエロフは思わず立ち上がった。旅に出ている筈の勇者が一体何用かと不安になったが、藁をも掴みたい状態のキエロフは商人との会談を了承。

 その後、執事に案内され執務室に現れたのは腹に貫禄ある若い商人だった……。


「初めまして、キエロフ大臣。私はシウト国内で商いをさせて頂いているティム・ノートンと申します。以後、お見知りおきを」

「うむ。私がキエロフだ……まあ座って気を楽にしなさい。それで、用件は?」


 ティムはライからの手紙をキエロフに差し出す。キエロフの窶れ具合いと書類の山を見て、ティムは溜め息が出そうだったが飲み込んだ。


「勇者ライからの書状です。私はライの友である故、書状を託されました。大臣を苦悩から解放する為の協力を惜しまないと言伝てされております。僭越ながら、この私もお力添えさせて頂きたいと存じます」

「お、おお……。心遣い感謝する。しばし待たれよ」


 ライの手紙を開封し素早く目を通したキエロフは、喜びの色を浮かべた。物資不足の危機は回避されそうだと理解したのだろう。


「私は勇者ライに頭が上がらんな。これ程関わりを持つとは、初めて会った時は思わなんだ……」


 それは当然だろう。寝癖に安物の普段着で登城する痴れ者など深く縁を持ちたくなくて当たり前である。


「それで大臣。私は貴方の苦悩を救う手立てをお持ちしました。勇者ライからも全力で支えよと頼まれております故、ご安心を」

「うむ……心から感謝致す。国政で信頼できる者が少ないという辛さを実感せざるを得ない状況でな」


 苦笑いしつつ固い握手を交わしたキエロフとティム。キエロフからすれば実情を知る仲間が出来るのは気休めでも有り難い。


 しかし、この後のティムの提案が気休めどころではない衝撃をキエロフに与えることになる。


「さて……それでは本題に。キエロフ大臣。王をこれ以上放置するのは得策ではありません。速やかな退位を進めましょう」

「!!!」

「時間はありませんよ?全てはトシューラの謀略なのですから」


 ティムがあまりに当然の様に語るのでキエロフは絶句した。我に返ったのは更なるティムの言動を聞いてからである。


「トシューラはシウトの資源を奪い利益を求めているのではありません。シウトの国力を奪い領土を拡げようとしているのです」

「何と!か、仮にも同盟国相手に、まさかそこまで!!」

「我々商人には独自の情報網があるのですよ。当然、トシューラ国内にもそれは張り巡らされています。但し、同様に他国の商人がシウトの情報も持っていることになりますがね?」


 シウト国には諜報活動の密偵が存在している。彼らは各国に潜伏し情報を収集していたのだが、シウト国王ケルビアムによりトシューラ国の密偵は引き上げになってしまっていた。お陰で情報が圧倒的に足りない。


 そんな状態の中、ティムの話は国としては由々しきことである反面その情報により本質的危機を知らされているのである。キエロフは複雑な心境だろう。


「しかし、商人としては儲け時ではないのか?勇者ライの友人と言えど、それを逃すのは惜しいのでは?」


 試すようなキエロフにティムは首を振った。


「商人が戦争利益を望むことは『天魔争乱』の頃より禁忌なのですよ。何せ果てがありませんからね」


 商人が際限無く利益を追求したら世界が滅ぶまで止まらない。戦争はまさにその格好の火種なのだ。そして商人は負けず嫌いでもある。商人の世界には、そうして世界が疲弊した裏歴史が伝わっている……ティムはそう語った。


「だから商人の間では『戦争を避ける為の』情報網がある。勿論、商人組合に所属しない例外はありますがね。ともかく、その情報網から今回の件はトシューラが国として主導しているのは明白と判断しました。故に商人組合は『止める為』に尽力致します」

「………わかった。では協力願うとしよう。しかし、具体的にはどうすべきか未だ見当がつかぬ」

「それなのですがね?実は……」


 ティムはライと打ち合わせしたことをキエロフに話した。後継者の擁立、勇者フォニックの真実と存在の利用、裏切者の炙り出しと元老院の再編課題。そして王の処遇……。


「国内は取り敢えず以上で持ち直すと考えます。それに商人組合の情報を使えば、トシューラに混乱を与え体制が整うまでの時間稼ぎも出来る」


 しかし……キエロフは躊躇う。忠誠を誓う国王を追い落とす行為はあまりに不義理ではなかろうか?だが、このままでは国の危機は迫るばかりなのも確かだ……。

 そんなキエロフの心中を見透かした様にティムは語り始める。キエロフの苦悩は事前に予測が付いていたのだ。


「キエロフ大臣……貴方は前王の頃から国に仕えていた筈です。聡明な前王が健在であったなら今の由々しき事態をどう思うか……貴方なら、いや……『貴方だからこそ』お分かりでしょう?」

「…………」

「王を諫めるのも臣下の責務。しかし、ケルビアム王はそれを蔑ろにしたのです。ならば臣下が王家の為に出来ることは決まっているのでは?」

「そう……かもしれぬ」


 その後しばし沈黙が続いたが、ようやく意を決したらしいキエロフ。王家の為……大胆な手法だが試さない手はないとキエロフは判断し、ティムの申し出を受けることにした。

 どの道このままでは疲弊の一途……どん詰まりである。『勇者ライの友』に賭けてみるのも悪くはあるまい。


「わかった。では私は王妃・王女に進言致してみよう。加えてノルグー卿にも湖水の話を通しておく。それで良いか?」

「はい。後の細かいことはこちらで準備をしますのでご安心を。それと、大臣には書類上の問題を理由に物資の流出を一時止めて頂きたい。トシューラが催促を始める前に全て終わらせますので」

「……うむ。了承した。時に、勇者ライのことだが」

「はい。今頃ドラゴンと交渉を終えてこちらに向かって来ているかと。『真の勇者フォニック』を吹聴するなら丁度良い功績でしょう」


 キエロフが公の場でライと再会する時は『勇者フォニック』としてである。予定では仮面を着けているので顔を見ることは出来ないが、その前には面会する機会はあるだろう。

 ひと月でどれ程変わったかキエロフは気になったが、それも直に分かる筈だ。


「さて。それでは大臣は王妃と打ち合わせの後、元老院の召集準備を。議題は『物資高騰対策による商人組合への協力要請。別議題として王女の王位後継の後見人紹介』と言ったところでしょうか。とにかく、ライの準備が出来たらご連絡致しますので」

「わかった。この貢献、後に必ず報いよう」

「大臣も国の為に動いてくれているのです。国民として貢献するのは当然のことですよ。ただ、商人としては少しだけ謝礼は期待してますけど」


 キエロフは豪快に笑った。ティムの正直な意見は嘘に塗られた元老院達より余程気持ちが良い。


 そして、その日からキエロフとティムは奔走を始めた。内密裏に下準備を整える必要と確かな関係性の組み立て……やるべきことは山積みだ。


 早ければライは一週間以内に現れる。それまでに全て準備を揃えたい。トシューラ国の思惑を回避するには事態は一刻を争う。


(さあ、ライ。舞台は整いつつあるぜ?楽しみにしてろよ?)


 ライが聞いたらゲンナリしそうなことを考えるティムは、今日も重い身体を揺らしながら走るのであった……。



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