第三章 第七話 初心者修行、修了!
ティムと別れた時点でフリオとの約束の期日まで残り六日。ライはその全てを訓練に費やすことにした。
エルフトからディコンズまでは馬を走らせれば一日で到着する距離と聞き、鎧を使い走り抜ける事を覚悟したのだ。
幸いフリオ達は少し余分に滞在すると言っていた。心苦しいが、半日程の遅刻は許して貰うことにした。
そして、遂に訓練最終日である十三日目……ライは今、最後の仕上げに掛かっている最中である。
最後の六日間はとにかく手合わせの連続だった。食事の時間を惜しみ、睡眠も削り、風呂も身体を流す程度に抑え、ひたすら手合わせを繰り返す。夜間戦闘も踏まえ月明かりでの手合わせまで敢行した。マリアンヌはライの熱意を汲み取り一切の妥協はしなかった。
そんな中、ライの戦い方に微妙な変化が表れ始める。
剣主体ではなく、格闘型の動きと融合したような不規則な剣。剣技が四、格闘型が六割という戦い方だ。
本来剣での戦いでも体術が混じるのは当然なのだが、体術の技に剣技を乗せるようなライの動きはあまり一般的な戦い方ではない。剣の持ち手を最適な体制に変える変則型である。
そんな努力の結果……ライの攻撃はマリアンヌを捉え始めた……。
「お見事です。よくぞここまで……」
抑揚のない声だが、その様子からマリアンヌの満足さを読み取れる。加減しているとはいえ攻撃は全てライに防がれていた。
そうして体術で体制を崩された一瞬、ライの剣がマリアンヌの仮面寸前で止まった。
「はぁ……はぁ……ど、どうですか?」
ライは深呼吸の後、構えを解き剣を下ろした。向かい合うマリアンヌはしばし沈黙する。そして感慨深げに言葉を紡ぐ。
「これにて訓練の初級編は全て完了となります。ライ様は体技・剣技なら既に近衛兵より上の技量を持っています。この十三日間の研鑽は新たな領域への一つの階段でしかありませんが、確実にそこを踏破したのです。存分に誇って下さい」
「マリー先生……」
「そして、指導した私も誇りに思います。よくぞ耐え抜きました。約束通り私から一つの技を伝授致します」
マリアンヌはその場で軽く身構える。すると……朧気な光がマリアンヌの全身を包んだ。
「これは……」
「これは【纏装】といいます。魔力、または生命力を自らに力として纏わせる技です。【魔法剣】や【闘気剣】と呼ばれる技の基礎。ですが、これを纏えば敵からの通常攻撃は効果を低下させます。ライ様、私に打ち込んで見て下さい」
「え……だ、大丈夫なんですか?」
「はい。遠慮なくどうぞ」
距離を取り木刀で打ち掛かるライ。木刀はマリアンヌの腕に当たるとあっさり砕け散った。しかし、マリアンヌは微動だにしていない。
「……凄い」
「この様に防御に優れます。更に身体だけでなく剣にも纏わせれば……」
マリアンヌを包む光は剣にも及び刀身を纏う。そのまま近くにある岩に向け刃を軽く振るえば容易く両断。凄まじい切れ味である。
「この技は纏う量に威力が左右します。ですので一ヶ所に集中すれば強力な【闘気剣】も可能になります」
今度は剣に光を集中させたマリアンヌ。その刃で森に向かい宙を軽く薙いだ。すると離れていた木々が数本、根本から裁ち切られる。
「肉体や精神が成長すれば更に大きい力の行使が可能になります。しかし、消費が激しい技でもありますので調整が必要になります。布一枚分程の印象で操作出来るまで極めて下さい」
「で、でもそんな簡単に……」
「大丈夫です。大切なのは感覚とイメージ。まず私の纏装をあなたを通して使用しますので、感覚を覚えて下さい」
マリアンヌはライの後ろに回り背中に手を当てる。そして【纏装】を徐々に発動した。ライは己の内から湧き出る何かに戸惑ったが、マリアンヌを信じ身を委ねた。
「イメージして下さい。これはライ様が出している力だと……そして自らの力が自分を包んでいると」
そう言ってそっと手を放したマリアンヌ。ライの身体には……光が纏われたままだ。
「成功したみたいですね。あとは感覚を忘れないことです。常に衣一枚のイメージで練習を続けて下さい。今後の訓練の参考手記をお渡ししますので訓練にお役立て下さい」
「はい……ありがとうございました。マリー先生……」
ライの【纏装】が解けると疲労から虚脱感が襲う。力が入らず倒れそうになったが、それをマリアンヌが優しく受け止めた。ライの顔がふくよかな胸に当たっている。
慌てて離れようとしたライの頭をマリアンヌは素早く抱き締め己の胸に留める。ライの耳に聞こえたのは力強く、そしてとても優しい音……心臓があるのだろうことは鼓動の脈打つ音で分かる……。
「これで……あなたは旅に出てしまうのですね……」
少し残念そうなマリアンヌだが、ライは明るい声で答えた。
「訓練は終わってませんから帰ってきますよ……それに家主なんでしょ?」
「フフフ……そうですね。私はあなたが戻るのを待っています」
それは初めてマリアンヌの感情が籠っていると感じた言葉だった。そのせいかマリアンヌが抱擁を解いた時、ライは真っ赤になっていた。
「それでは今日は目一杯の休息と栄養を。準備して参りますので……」
いつもの調子に戻ったマリアンヌは足早に行ってしまった。気恥ずかしさに頭を掻いているライ。そこに背後から声を掛ける人物が……。
「……君、いつの間にそんな仲になったの?」
「ゲッ!ラ、ラジックさん!」
「マリアンヌはウチの娘だから渡さんぞ?欲しければ私を倒してから……」
奇妙な構えを取り狂人モードになりかけたラジック。しかし、物凄い速さで現れたマリアンヌがラジックの鳩尾に拳を当てる。グッタリしたラジックを脇に抱えたマリアンヌは、一礼した後再び去っていった。
「………」
呆気にとられたライ。と、間髪置かず今度は後ろから抱き付れる。
「うぉっ……ん?フェルミナ?どうしたんだ?」
僅かに見えた白金髪でフェルミナと気付いたが、返事はない。だが、いつもより強く抱き付いている。
「どうしちゃったのかな?フェルミナさんは? 」
「………」
しばらくしがみついていたフェルミナは、ようやく手を弛めた。ライが振り返ると今度は正面から抱き付いてきた。まるで駄々っ子である。
フェルミナはライが訓練に明け暮れる間、ラジックから魔法具の使用方法を教わり試していた。ライの邪魔をしたくなかったこともあるのだろうが、そこは寂しさに弱い大聖霊様。相当ストレスが溜まっていたらしい。
「フェルミナは寂しがり屋だなぁ……」
「……違うです」
諦めたライは疲労でフラフラしながらも、フェルミナに抱き付かれたままラジック邸に戻っていった。
その日は実に豪華な食卓だった。フェルミナはライの脇で服を掴んだまま食事をしている。寂しい思いをさせていた自覚があるライが度々頭を撫でていた甲斐もあり、フェルミナはいつもの明るさを取り戻した。
「ラジックさん。鎧の返却は大丈夫ですか?」
「ああ。何とか解析だけは終わったよ。ただ内容がチンプンカンプンでね……。参考になる魔導書も足りないし、これからが大変さ。しかし、だからこそやり甲斐もある。君には本当に感謝してるよ」
「そういえば、本当に魔導具を頂いて大丈夫なんですか?フェルミナの分も合わせてお礼をしないと……まあ、金銭だと限界がありますけど」
ラジックは手をヒラヒラさせながらやんわりと断った。
「こちらから頼んで滞在して貰ったんだ。逆に払わなくちゃならないくらいだよ。ああ……それとマリアンヌから聞いた格闘型の装備だが、済まないが時間が掛かると思う。どうせなら解析した鎧の機能も付けたいんだ」
「わかりました。宜しくお願いします」
「……そういえば君はドラゴンに会いに行くんだったっけ?もし可能なら竜鱗が欲しいんだが、難しいだろうなぁ」
どこまでも研究の虫のラジック。この変態さんともしばらくお別れである。
「もう一つの『湖水』の件はシグマ氏と連絡を取りながら進めるよ。資金は出してくれるらしいし」
「はい。でも一応、内密に願いますよ?戦争の種になりますから」
「わかってるよ。戦争なんて始まったら研究出来なくて困るからね!」
ここ六日間は非常に厳しい鍛練だったので最後の夜は久々に英気を養えた。
しかし、振り返ればこれ以上無い程に充実していた日々……食事と睡眠には困ることもなかった。
(これからまた忙しいんだろうなぁ……)
明日からは野宿は無いにしても面倒事が目白押しだ。ドラゴン相手に穏便に済めば御の字、もし被害が大きいと後が差し支える。国王退位の件は将来に絡むことなので早めに処理したい。明日からはかなり気合いを入れねばなるまい。
そんなことを考えながら、ライはいつの間にか寝床に潜り込んできたフェルミナと共に眠るのであった。
翌朝───。
「それじゃマリー先生。また来ますね」
「はい。ご武運を。鍛練も欠かぬように」
「わかりました。どうか、お元気で」
見送りはマリアンヌだけである。ラジックは今頃研究を続けているのだろう。
シグマには先刻声を掛けてきた。色々と準備に忙しい様なので簡単な挨拶だったが、旅の無事を祈ってくれた。
ライが久々に鎧を着けると以前より軽く感じる。この街でラジックから手に入れたのは、フェルミナの杖『円環の杖』と弓銃『土蜘蛛の弓』、そしてライの『幻影の剣』──。
新装備を加えた勇者ライは、いよいよディコンズへと旅立つ。
「それじゃ、行ってきます!《身体強化》」
フェルミナがマントに掴まりライが身体強化で駆け抜ける……やはり奇妙な光景である。そんな二人は土煙を上げながら瞬く間に小さくなって行った……。
寂しげに見送っていたマリアンヌはライとの再会の約束を信じ、凛とした姿勢で屋敷へと戻るのであった……。
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