第六部 第六章 第三十話 トラクエル領



 ノルグー領を離れたライ(分身)、アムルテリア、シルヴィーネル、トウカの四名は、シウト国南西の地・トラクエル領へと転移していた。


 目指す先はシウトとトシューラの国境であり、トラクエル領主の拠点都市でもある『ダルグ』。混乱を与えぬよう直接転移ではなく近郊へと転移を果たす。

 アムルテリアは世界を巡っただけあり、世界の殆どの地への転移が可能だった。


 そうしてダルグの街入り口に向かったのだが……。



「申し訳ありませんが、身元が確かな者しか入れません」

「……はい?」


 入り口にていきなり足止めを食らうことに……。


「どういうことですか?」


 ライの問いに困った表情を浮かべる門番。シウト国側の入り口である以上問題は無い筈……だったのだが、随分と警戒している様にも見える。


「こちらにトシューラの難民が居ることはご存知ですか?」

「いや……でも、別におかしくはないでしょう?」

「難民自体はそうです。ですが……実は数日前、トシューラ国への反感を持つ者が街に現れ暴力沙汰を起こしまして……」

「反感……」


 シウト国民が直接的にトシューラへの恨みを持つということは滅多に無い筈だとライは考えた……。

 ライの様に謀略に巻き込まれた者も居るので絶対ではないが、難民の元にわざわざ現れ騒ぎを起こす程の恨みを抱えることは確率的には相当低い。そんな者を生かしておく程トシューラは甘くない、というのがライの意見だ。


 しかし、その考えは甘かった……。


 くだんの魔獣騒動で小国から避難した者の中には、トシューラへの恨みを抱えた者が相当数居たのだろうと門番は口にした。トシューラ国の侵略の歴史を考えれば、他国に逃れ身を寄せた者は確かに多いだろう。

 そしてフリオの調査では、そういった者達がシウト国内で結束しようとしているのだという……。



「そういう訳で、身元が確かな商人や役人などしか受け入れないよう命令が出ています。申し訳ありませんが……」


(くっ……。こうも挨拶回りで行く先々で……やっぱりどっかで呪われたのか?俺の幸運何処行った……?)


 今回は首を突っ込んでいる訳じゃない……そんなことをライが真剣に考えていると、門番の背後から一人の騎士が現れた。


「どうした?」

「いえ……来訪者に事情を説明していたところです」


 ライはその男に見覚えがあった。ノルグーの街での訓練相手として、そしてディコンズの森では共に行動した騎士……。


「ポールさん」

「ん?俺を知ってる?誰だ、お前……」

「分かりませんか?」

「んん~?」


 眉を潜めライを観察するポール。しばらく首を傾げていたが、ハッ!と思い当たったように表情が変わる。


「もしかして……ライか!」

「はい。お久し振りです……ディコンズ以来ですね」

「ハハハ……。いや、お前変わりすぎだよ。白髪になってるって事前に聞いてなきゃ判らなかった。いやぁ……それにしてもデカくなったなぁ」


 そんな会話を聞いていた門番は幾分困惑気味。ポールは門番の肩を叩き微笑んだ。


「大丈夫だ。この男は英傑公だよ。身元は確かだ」

「え、英傑公……!?」

「……どうも慣れないんですよね、ソレ。普通に『勇者』で良いですよ。それよりポールさん、フリオさんに会いに来たんですが……」

「わかった。俺が案内する。そちらの者達は旅の仲間か?いや……良く見るとシルヴィ殿か?」


 シルヴィーネルは目立たぬよう髪を纏め白い帽子を被っている。一見して季節外れの衣装を纏う以外は普通の街娘に見えるだろう。


「はい。皆、俺の同居人ですよ」

「その狼もか?」

「はい。大聖霊のアムルテリアです」


 ポールは感嘆の口笛を鳴らす。大聖霊という存在は既にシウト国騎士達には周知されているらしい。


「さて……じゃあ、こっちだ。付いてきてくれ」



 ポールに先導され門の先……都市部へと足を踏み入れたライ達。

 そんなダルグの街は、中々壮大な光景だった……。



 元々東西に広がるカイムンダル大山脈で分断されているシウトとトシューラ両国。トラクエルも例に漏れず絶壁がそのまま防壁となっていた。

 その地域に交易路、兼、防衛都市を作るとなると岩場をどうにかせねばならない。


 数百年前のシウト国王はトラクエル領主にその難題解決を命じた。そして、トラクエル領主が出した答えはそのまま岩場を利用し街にすることだった。

 そうすることで削岩を最低限に減らせたことは、当時のトラクエル卿の評価を高めたという。


 そんなトラクエル領主の血統も国賊として地位を剥奪されてしまった。時の流れは実に残酷だ……。




 だが、ライ達の眼前にはかつてのトラクエル領主の知恵がそのまま息づいていた。


「……凄いっすね、此処は」

「だろ?俺も初めて赴任した時、思わず唸ったよ」


 白色に近い天然の岩を削り出し居住空間を造り上げた光景は、久遠国・不知火領で見た海賊の島と似ている。だが、その規模が圧倒的に違うのだ。

 大半の住民は岩場に暮らし、それ以外の流通や商売関係施設、領主居城は交易路沿いの岩場を削り平地に建てられていた。


 見上げる範囲に確認出来る生活空間というのは不思議な印象だが、生活に不便があるようには見えない辺りしっかり街として成り立っているのだろう。


「これ……今トシューラとの交易路止まってますよね……。街は大丈夫なんですか?」

「エクレトル側の道から流通があるからな。殆ど以前と変わらないそうだ」

「何とかなるもんですね、案外……」

「まぁ、トラクエル領は農業も割と盛んだしな?おっと……見えてきたぜ?」


 しばらく歩いていたライ達はポールに促されて視線の先を見る。

 そこには一際大きな絶壁に手を加えた天然の要塞と巨大な門が確認出来た。


「………これを建造した者は大したものだな。魔法による風化・侵食防止まで加わっている。更に雨水は地下に浸透し濾過ろかされる仕組みまで有るようだ」

「へぇ……アムルが感心するなんて余程拘って造ったんだな。昔のトラクエル領主はそんなに優秀だったのか……」

「現代のトラクエルの一族も優秀だったんだがなぁ……何であんなことになったのかねぇ」

「そう言えば領主以外は爵位剥奪で済んだんでしたね……トラクエルの血筋の方は今、エノフラハに居るとレオンさんから聞きました」

「成る程。フリオ隊ち……現・トラクエル卿なら詳しい事情をご存知かもな?」


 そうしてポールは、ライ達を伴い城砦門の中へと進む。向かうは最上階……辿り着いた見張り部屋には、貴族服を纏った亜麻色の髪の男がトシューラ側の大地に視線を向けていた。


「トラクエル卿。お客様をお連れしました」


 ビシッ!と敬礼したポールの態度に苦笑いのフリオ。領主の立場や部下の態度には未だ慣れぬらしい。

 そしてフリオは……その背後に居る者に目を細めると直ぐ様破顔し駆け寄った。


「ライ!遅ぇよ、この野郎!心配させやがって……」

「スミマセン、フリオさん……何とか生きて帰ってきました。本当はすぐ会いに来て謝らないといけなかったんですが……」

「事情は大体ティムから聞いてるよ。しかし……何だ、その頭は?違和感だらけだぞ、お前?」

「アハハハハ~……」


 白髪、鍛え上げられた肉体、異国の刀……しかし、その笑顔が変わっていないことにフリオは安心した様だ。


「ポール。御苦労だった。……見張りを頼んで良いか?」

「了解です。じゃあな、ライ」

「はい。ありがとうございました、ポールさん」



 落ち着いて話す為に場を変えることになった一同。トラクエル居城・領主の部屋に移動し、茶が用意された後フリオと久々の対話となる。


「手紙を貰った後で何処行ったかと思えば、ディルナーチ大陸とはな……。マリアンヌさんに聞いた時は驚きを通り越して呆れたぜ?」

「ま、まぁ成り行きで……でもお陰で色々成長出来たと思います」

「そうか……それで……」


 チラリとトウカに視線を向けたフリオは、スッと立ち上り客への挨拶を行なう。


「貴女がディルナーチ大陸・久遠国の姫君サクラヅキ・トウカ殿ですね?私はトラクエル領主・フリオと申します」

「御丁寧にありがとうございます、フリオ様。どうかライ様に接するのと同様に普段通りでお願い致します」

「その方が楽、ですか?」

「はい。『トウカ』と御呼びください」

「……わかったよ、トウカさん。今後とも宜しく。それと……シルヴィは久し振りだな」

「ええ。鎧の返却に来た後は……魔獣騒ぎの時に一度会ったきりね。どう?トラクエル領主、慣れた?」

「いんや……疲れることばかりだよ」


 肩を竦めて笑うフリオ……対トシューラ防衛最前線、難民受け入れ、更に魔獣への警戒と心労は察して余りある。


「それで……その狼が大聖霊の……」

「アムルテリアだ。ライの友フリオよ……以後宜しく」

「こちらこそ……。それじゃ堅苦しい挨拶はこれくらいにして、話をしようぜ?」


 それからライとフリオは互いのその後を語り始めた。時間的なことを考えかなり掻い摘んだ会話となったが、それでも近況を知るには十分だった。



「成る程な……相変わらず随分とぶっ飛んだ旅だったんだな。見た目もそうだが以前とは別人だぞ、お前?」

「いやぁ……中身は変わってないと思うんですけどね~」

「ハッハッハ……人の根幹てのはそうそう変わらねぇさ。ま、俺はその方が嬉しいがな」


 一方のフリオもライ不在の間に色々あったらしい。


「もう父上から俺の素性は聞いたんだろ?」

「はい。といっても、聞いたのはトシューラに捕まる前ですけどね」

「そうだったか……。まぁ、俺はそんな素性のせいでトラクエル領主を押し付けられた。半分お前のせいだぞ?」

「……ま、まぁまぁ、フリオの旦那。そう言わず、謝罪にこれを受け取って下せぃ……」


 手を伸ばしてフリオの掌に握らせたのは、セトの街『ガッツリ亭』の割引券……全品二割引というお得なクーポン券だ!


「…………要らねぇ」

「えぇっ!そ、そんな!」

「つか、食いに行ってる暇なんぞあるかっ!国境警備ナメんな!」

「……。そんなフリオさんの為にこれを……」

「……今度は何だ?」


 再びフリオの手に握らされたのは……『ガッツリ亭』のスタンプカード!スタンプが貯まれば何と!一食タダになるという嬉しい一品さ?


「てぇいっ!」


 フリオはスタンプカードを床にペシッ!と叩き付けた……。


「ああっ!何故に!」

「くっ……!やっぱ変わってねぇわ、お前」

「いやぁ……それ程でも」

「褒めてねぇよ!」

「まぁまぁ、そう仰らずにコレを……」


 三度みたび掌に何かを握らされたフリオはかなり生温い表情をしていた。しかし、今回開いた手にあったのは指輪である。


「……何だ、コレ?」

「婚約指輪です」

「誰の?」

「お、俺とフリオさんの……」

「………」

「………」


 モジモジと指を絡めて照れるライを見たフリオは、無言で窓を開き指輪を投げ捨てようとしている。ライは慌ててそれを止めた。


「冗談です!だから捨てないでぇ~!」

「……本当は何だ?」

「【空間収納庫】、兼【転移神具】ですよ。それなら好きな時にメシを食いに行けるでしょ?」

「………は?」

「因みに中には蜂蜜パイとリンゴジュースが入ってますから、皆さんでどうぞ」


 機能説明をするとフリオは怪訝な顔を見せた。神具作製と言われてもピンとこないらしい。


「まぁ、それは使えばわかりますよ……。で、話の続きを……」

「お、おお……」


 フリオとの久々の再会からか、若干はしゃぎ気味のライ。積もる話は中々尽きそうにない……。


 

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