第六部 第六章 第二十九話 親の罪、子の未来


 エノフラハにて再会を果たしたレダは領主となっていた。

 大きく変化したエノフラハ──領主の城での対話は続く。


「成る程ね。それで……レイチェルちゃんとサァラちゃんもライの居城に行く訳ね?……。ライは責任取れるのかしら?」

「同居すると責任が発生するんですか?」

「全員を妾にした……そういう訳じゃないのかしら、英傑公?」

「いや……ち、違いますよ?実家が狭いから引っ越しただけで、折角広いので色んな人に同居を勧めただけなんですが……」

「でも、女性ばかりでしょ?」

「い、いや……ティムも誘ったんですよ?元々友人少ないから男が少ないだけで、今後は増えるかもしれないし……」

「でも、女性ばかりなんでしょ?」

「うっ……。そ、それは偶々たまたまそうなっただけでですね?」

「ふぅん………」


 レダの視線は幾分冷たい気がする……。ならば、とライも話を切り出した。


「ところでレダさん……」

「何かしら?」

「フリオさんとは結婚しないんですか?」


 この言葉でガタリと崩れ落ちたレダ……。予想通りかなりの動揺を見せている。


「な、ななな、何言ってるんだい、ライ!いきなり……」

「あ……前の口調に戻った」

「ア、アンタ……コホン!あ、あなたはいきなり何を言ってるのかしら?」

「いや……レダさんてフリオさんのこと好きですよね?というかフリオさんが結婚しないの、レダさんを待っているんだと思ってたんですが……」

「なっ……!」


 顔を真っ赤にしたレダは、水を何杯も飲み干した。


「ふぅ~……ライ。あまり冗談を言うと怒るわよ?」

「皆……俺、冗談を言ってると思う?」


 ライは真顔で同行者達に確認している。とても冗談に見えないので同行者達は首を振った。


「ちょっ!ちょっと良い?な、何でいきなりそんな話が出てきたの?」

「レオンさんに頼まれました。実はフリオさんとレイチェルさんに見合いの話があったらしくて……。レイチェルさんには自由にして欲しいというのがレオンさんの希望だったので、同居を申し込まれたら受けるつもりでしたし」

「そ、そうだったんですか?お父様がそんな話を……」

「レイチェルさんには政略結婚はさせたくないって言ってましたよ。でも、フリオさんは跡継ぎですから早く伴侶を見付けないとならないでしょ?」

「…………」


 そんな話になっていたとは知らなかったレイチェル。同居を申し出たのは結果的に正解だったかと安堵していた。


「で、フリオさんが結婚しないのはレダさんが好きだからで……」

「だ、だから何でそうなるんだい!」

「聞いたからですよ。『俺は好きな女を救ってやれなかった』って」

「!?」

「それからフリオさんはだらしない恰好をし始めたって、レオンさん自身が……」


 フリオの不精髭は謂わば予防線だったのだろう。流石に領主に任命されてからはそうはいかなくなったらしい。


「だから、今回は確認に来たんです。レダさんがフリオさんと結婚する意思があるかどうか」

「────!?」

「レダさんが受けなければノルグー貴族の令嬢との見合いが始まります。どうします?」

「ど、どうするって、それはアンタ……」

「ハッキリ言っちゃうと、レダさんはフリオさんのこと好きですよね?」

「どどどどど、どうしてそんな!?」

「初めて会った時に教えてくれたでしょ?大恩ある人だって……でも、身分違いになったって。あの時ピンときたんですよ」

「………。私は……私……」


 自分でも隠していた気持ちを突き付けられたレダは、これまで見たことの無いような表情を見せている。


「私は……身分違いで……」

「今は違いますよね?」

「地位を剥奪されて……」

「取り戻したじゃないですか」

「こんな土地ですっかり擦れた性格になって………」

「そんなこと、フリオさんが気にすると思いますか?」

「……わ、私は」


 断る理由を探しているレダは幾分混乱している様だ。

 見兼ねたレイチェルはライに耳打ちする。



「ライさん……急かしすぎですよ」

「レイチェルさん……確かにそうです。でも、こうしないと決断しなそうなんで……」

「それは……そうかもしれませんか……」


 ノルグーでの会議の様子では貴族達が焦っている様にも見えた。裏には更に何かあるのかもしれない。


「とまぁ、用件だけは伝えました。俺としては二人が正直になれば済むと考えています」

「でも……今、フラハの領主が代わるのは………」

「そこは多分大丈夫でしょう。今すぐ結婚するんじゃなく婚姻の準備期間が用意されますから。結婚までに優秀な人材を見付ければ良い訳ですし」

「………」


 レダは、まだ迷うだけの人生を歩んできたのだろう。やはりそう簡単に決断に踏み切れない。


「………。俺はディルナーチ大陸で二つの悲恋を見てきました。どちらも相思相愛だったのに思惑や社会がそれを阻んだ。あんなのは……もう沢山なんです……」

「………」

「しがらみが嫌なら全部取り払う手伝いをします。領主の後継が心配なら一時的に俺が継いでも良い……。だからレダさん……自分の心にだけは正直でいて下さい」

「…………ライ」

「レオンさんは考える時間はくれるらしいですから、その間自分の気持ちを確認して下さい」

「…………」


 自分はロクに決断も出来ない癖に……と、ライは自嘲する。ライが鈍くても確実に好意を示されれば流石にわかる。

 フェルミナ、マリアンヌ、エイル……相手に甘えて答えを出せていない自分を最低だと思いながらも、レダには優先して答えを求めているのだ。


 それは寿命が伸びた故のことかも知れないが、そんな自分が嫌になりそうだった。



「………ところで話は変わるんですけど、元・トラクエル領主のご家族が居ると聞いてきたんですが」

「……え?ええ……レオン様に頼まれて屋敷を用意して……私の元で働いているわよ?」

「少し話をさせて貰えますか?」

「……ええ。良いわよ」


 レダが呼び鈴を鳴らし現れた姉妹は、メイド服に身を包んでいた。


 歳は二十半ば程。目鼻立ちは整っているが、どこか暗い影がある姉妹。

 父が幽閉され爵位を剥奪されたことを考えれば当然ではあるのだが……。


「御用でしょうか、レダ様」

「ごめんなさいね。この人があなた達に用があるらしいの」


 ライを見て幾分警戒している様子の姉妹。白髪で大柄となったライはかなり怪しく見えるのかもしれない。



「私はライ・フェンリーヴと言います。え~っと……」

「ライ様は英傑公という扱いになります」

「う、噂の英傑位の……た、大変失礼しました!」


 マリアンヌは姉妹の警戒を解く為に発言したが、逆に恐縮されてしまった様だ。


「ま、まぁ、英傑だのは御飾りだからこの際忘れて下さい。今回はライ・フェンリーヴ個人としてお話がしたいんです」


 そこでようやく警戒を解いた姉妹は礼儀正しく挨拶を始めた。


「大変失礼致しました。私はミランダ・トーラ……トラクエルです。こちらは私の妹……」

「アメリ・フィー・トラクエルです。以後、お見知り置きを」


 トラクエルという姓に抵抗感があるらしく、少し強張っている姉妹。だが、ライは構わず話を続けた。


「まず椅子に掛けて下さい。お二人に幾つか質問しますから答えて下さい。マリー、手伝って」

「はい」


 何事かと再び警戒するトラクエル姉妹。


「し、質問ですか?」

「はい。まず一つ目……魔獣・魔物等により主要な流通経路を遮断されたと仮定して、蓄えの少ない街はどうしたら良いですか?」

「え?な、何ですか、いきなり?」

「答えられなくても罰則はありません。これは命令じゃなくお願い……答えて頂けませんか?」

「………。『主要な』とありますが、塞がれたのはそれだけですか?」

「はい」


 突然の質問に沈黙し思考するミランダとアメリ。先に口を開いたのはアメリだ。


「環境次第ですが、予備の道があればそちらから数名に資金を持たせ最寄の街に向かわせます。そこで人材を雇いつつ魔獣や魔物の排除・誘導を依頼。そして通信魔導具でエクレトルに事情を伝えるのが最善かと」

「騎士団……じゃなくてですか?」

「最悪の場合を想定するとエクレトルです。騎士団は主要路を塞がれると立ち行かないような僻地には緊急移動手段が確立されていません。ですが、最寄りの街には騎士団が居る様にシウト国は配置されています。ただ……今回の場合は魔獣の可能性を考え、被害を抑えるにはエクレトルの方が最適かと……」


 ライがマリアンヌに視線を向けると小さく頷いている。

 次の質問はマリアンヌから発された。



「シウト国内で精巧な偽通貨が流通を始めたと仮定します。どう対策しますか?」


 今度はミランダが素早く答えた。


「偽通貨が見付かった区域の領地を封鎖して他領地を調査します。その範囲次第ではありますが、流通網が絞れた場合はその範囲の商人を確認し商人組合に協力要請ですね。絞れない場合は、金属の新旧を調べる術を行使して新しい通貨を回収しつつより多い所持者を拿捕します。他にも……」

「いや、わかりました」


 同じ様にマリアンヌが幾つかの質問を繰り返し、姉妹に対抗策を提示させるという問答が続いた。


「どう、マリー?」

「はい。これならば問題は無いかと……」


 質問の間に復活したレダは不思議そうに首を傾げている。


「一体何をしていたの?」

「レダさん……ミランダさんとアメリさん、どちらか、もしくは両方を預からせて貰えませんか?」

「え?それは構わないけど……いや、ちょっと待ってね?片方だけじゃないと困るわ」

「やっぱり……。優秀なんですね、お二人は」

「ええ……。でも、何でいきなり……」

「実は王都の文官にしたいと考えています」

「えっ!?」


 驚いたのはトラクエル姉妹だ。謀叛の疑いで投獄された父がいる以上、公務に関わることは出来ない……そう考えていたのである。


 レダは身分を隠させたトラクエル姉妹を仕えさせていたが、今回はそうは行かない。しかも王都は中枢機関。色々としがらみもある。


「大丈夫なの、それは……?」

「何とかしてみます。それで……どうですか?」

「あなたがそこまで言うなら私は良いけど………」


 一方のトラクエル姉妹は困惑していた。国賊扱いの父を持つ立場としては、晒し者にされる危険もある。


「身分は隠しますよ。ただ、女王と大臣には明かしますけど」

「で、ですが、私達は……」

「証明して下さい。親の罪と子の意思は無関係だって……。あなた達の弟であるトレムス君も、その為にノルグーで頑張ってますよ」

「トレムスが………」


 しばしの沈黙。そして応えたのは妹アメリだった。


「姉様。私、やってみたい」

「アメリ……」

「お願いします、英傑公。私に機会を……」

「こちらこそお願いします。良いですよね、レダさん?」


 困ったように肩を竦めたレダは、思わず笑みを溢した。

 レダ自身もトラクエルの子らに共感する生い立ち……それは寧ろ我が身のように喜ばしかった。


「ヤレヤレ……。結局お節介な部分は変わってないんだねぇ」

「まぁ、こればかりは性分ですから」

「ふぅ……では、アメリ。今日付けで私の従者の任を解きます。……今までありがとう、アメリ」

「こちらこそ……大変良くして頂きました。レダ様……お世話になりました」

「アメリ……気を付けてね?」

「姉様も……母様をお願いします」


 アメリはトランク一つだけを手に準備を終えた。


「じゃあ、レダさん……後悔をしない選択を」

「やっぱりお節介よね、ライは……」

「ハハハ……それでは、また!」




 転移の光に包まれライ達はシウト国王都ストラトへと向かう。


 到着後……ライは早速クローディアとキエロフに面会し各方面への対策を協議。アメリは身分を隠し大臣補佐の一人として役職を得る。




 『アメリ・フィー・トラクエル』という人物は、後にシウト国に於いて大きな役割を担うことになる……。


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