第六部 第六章 第二十八話 領主レダ


 エルフトの街にてレイチェルとサァラを加えたライ一行は、エノフラハの近郊へと転移を果たす。



「凄い……本当に転移魔法まで使えるんだね、ライ兄ちゃん」

「転移は最近ようやく使える様になったんだ。中々難しいけど、サァラにも後で教えるよ」

「ホントに?やった~!」


 神格魔法である転移魔法は、あのクインリーも使うことが出来なかった。『星杖エフィトロス』があれば必要はないかも知れないが、サァラ程の才能があるならば転移以外にも魔法を教えておくべきだとライは考えている。


「……ところでマリー。エノフラハって治安良くなったの?」

「はい。魔獣事件以来、エノフラハの街には意識改革が起こりました。特に領主による主要都市移転は大きいようです」

「へぇ……領主の拠点、エノフラハになったんだ……」



 街の規模としてはフラハ領最大のエノフラハ。治安が安定しているならば悪い話ではない。


「じゃあ、このまま入っても安全?」

「はい。今はフラハにも騎士団があります。見違えているので驚きますよ?」

「フェルミナはあれから来たことある?」

「いえ……あれ以来は初めてです」

「そっか……じゃ、行ってみようか」


 そうして街の入り口に踏み込んだ時点でライは絶句した……。



「………。え?あ、あれ?」


 街の周囲は若干緑化しているが景色自体は以前見たエノフラハと符合していた。そもそも転移できた時点で間違ってはいない筈……。


 しかし、街の様子は完全な別物と呼べるものになっていた……。



 まず街の地面には石畳が敷かれ埃っぽさはかなり減少している。街の路地は広く整理され流通に不便の無いような造りに。

 以前は木造か煉瓦造りで赤い建築物だった街並みは、今や白塗りの建物が主となりつつある。


 以前のような露店商は見当たらず、代わりに通り沿いには街路樹が植えられていた。

 綺麗な水路がある為か洗濯を行っている人の姿も確認できる。



 一目で気付いたことだが、街に住む住民の服装は身綺麗な衣装となり荒くれ者の街という印象は微塵もない。

 子供達さえも警戒する様子はなく元気に駆け回っている。


「完っっ全に別の街じゃん……」

「前はどんなだったの?」

「サァラはエノフラハ、初めてなのか?」

「うん」

「私も初めて来ました。でも、そんなに違うんですか?」

「レイチェルさんもですか……。そうだなぁ……以前のエノフラハは『荒野にある盗賊のアジト』みたいな街でしたよ。埃っぽいし飾り気無いし、しょっちゅう揉め事があったみたいだし……。人拐いもあった場所でした。衛生面では嘘みたいに改善されてますね」

「そんなに……」

「これは別の街にしか見えませんよ。でも、活気は以前より勢いがあるくらいだ……」


 それを為したのが現エノフラハ領主・レダであることは疑いようがない。ティムも手を貸しているのは確実だが、これ程の変化を促した手腕は間違いなくレダの才覚だろう。


「そして、一番の変化は……アレ!あの石像!あれはもしかして……マリー?」

「…………」


 大通りの先に見える巨大な石像は『仮面のメイド像』……マリアンヌはフィっと顔を逸らして答えない。どうやら許可無く建造された為に、マリアンヌは不本意の様だ。


(そういや、あの魔獣……モラミルトを倒したのはマリーだって話だよな。それであんな像が……)


 魔獣を誰も止められなかったことから、討伐したその功績は理解できる。というか、レダが放置した時点で観光名物として利用する気満々だったのではと疑っている。


「……ま、まぁ、街の感謝の意かな?それでマリー……奥の小さな城がレダさんの住まい?」


 旧フラハ卿ニビラルの館跡に建築された白く小さな城。ちょっと丸みがあり女性らしさを感じる城が現フラハ領主の居城なのだろう。マリアンヌは小さく頷いた。


「よし、行こう。……。『仮面の女神様』」

「………」

「痛いっ!女神様、痛っ!」


 看板に書かれた案内『仮面の女神様、御光臨の説明』を読んだライは冗談めかしつつマリーを見た。幾分顔が赤い気がするマリアンヌは、からかうライの背を無言でつねっている。


 珍しいマリアンヌの照れ隠しにライは思わず笑みを溢した。




 そうして街を歩けば、やはり以前と一線を画す光景……。

 店構えは整然としていて、他の街への仕入れや出荷が行われている。貧困層は見当たらないことから上手く経済は回っているのだろう。


 目新しかったのは、神聖教の教会が建築されていたことだ。それなりに立派な教会で、丁度正午の鐘が響いている。



 時間にして二年以上……それを早いというか遅いというかは当人次第。だが、やはりライには複雑な気分だった……。



(う~ん……時間が経って大きく変わっている街とそうでない街の差が激しいな……。エノフラハの場合、良いことなんだろうけどさ……)


 それでも一応、思い出がある街。フェルミナと共に装備を揃えた頃が懐かしく感じたライは、若干の寂しさは拭えない。

 しかし、これもまた必要なこと……そう自分を納得させ歩を進めて行く。


 途中、新装された『レダの店』を見掛けた。立ち寄りたい気もしたが、レダの元に向かうのが先と判断し今回は見送った。




 フラハ卿居城前に辿り着いて気付いたのは、隣が騎士団の関連施設になっていたことだ。

 マリアンヌの話では、街の四方にフラハ騎士団が配置されているらしい。



「お待ち下さい。貴殿方の身分確認を……」


 居城入り口の兵に止められるが、マリーの顔を知る騎士が現れ直ぐに謁見の許可が下りる。

 騎士はエルフト訓練生の一人だったとのこと。




 そして遂にフラハ領主──『レダ・マーガレット・ファーロウ』との再会。


 謁見の間は、白い室内を赤い絨毯と壁掛けにより彩られた部屋。

 領主の鎮座する椅子は二段ほど高い位置に作られており、部屋の隅にはフラハ騎士が控えている。



「良く来て下さいました。お久し振りです、マリアンヌさん」


 赤と黒を基調に彩られたロングドレスを纏うレダは扇子を片手に席から立ち上がる。そのままマリアンヌに近付き手を取り挨拶を交わした。


「その節はお世話になったのに、大したお礼も出来ず申し訳ありませんでした」

「いえ……エノフラハの復興と発展が優先です。レダ様も大変な名領主振りとお聞きしています」

「それもマリアンヌさんの手助けあればこそです。今日はゆっくりしていって下さいまし」


 すっかり別人のようなレダは、続いてフェルミナの手を取った。


「フェルミナちゃんも久し振りね……。元気だったかしら?」

「はい。レダさんはすっかり変わりましたね」

「まぁ領主としての態度というものがあるので……肩が凝っちゃうけどね?」


 フェルミナにウインクを向けたレダは少し悪戯気味に笑う。


「それにしてもレイチェルちゃんが一緒とは思わなかったわ。綺麗になったわね……」

「レダさん……。お元気そうで良かった」

「フフフ……ありがとう」


 懐かしい相手との再会に軽い抱擁を交わす二人。レイチェルもレダも本当に嬉しそうだった。


「それで……こちらの可愛い魔術師さんは?」

「初めまして、フラハ卿・レダ様。私の名はサァラ・レオと申します。以後、お見知り置きを」

「あなたがクインリーさんの……話は聞いているわ。とても優秀な魔術師さんですってね?実はあなたと私は遠い親戚になるのよ?」

「本当ですか?」

「ええ。ファーロウ家はレオ家から分派した家柄なの。消えかけた家柄がこうして復活し再会したのは運命を感じるわよね……。だから、私を姉だと思ってね?」

「はい!」


 血の繋がりが遺されているだけでもどこか安心するのだろう。サァラは本当に嬉しそうに笑っていた。


「それで……この方は……!も、もしかしてライ……かい?本当に?」

「はい。ご心配をお掛けしました」


 商人上がりのレダは顔を見分けるのが早かった。と……同時にライに飛び付いた。

 それは恋愛の情から来るものではなく親愛からの行為……。ライを何処か頼りない弟と見ていたレダは、再会を心から喜んだ。


「良かった……本当に良かった。いや……話は伝わっていたのよ?でも、改めて再会できて本当に嬉しいわ」

「はい。俺もです」

「それにしても随分と変わったのね……髪も真っ白だし背も伸びて……立派になったわ」

「それを言ったらレダさんもでしょう?凄く領主に相応しい感じになりました」


 言葉遣いに立ち振舞い……身嗜みも貴族のそれに変わったレダ。元々貴族だったことを考えればこちらが本来の姿と言えなくもない。

 しかし、若干のぎこちなさは残っているようだ。



「そ、そう?実はまだ違和感があるのよ?長らく荒くれ者の中で暮らしていたので、時折あの頃の態度が出てしまうの」

「それもレダさんの一部ですから無理しないで良いと思いますけど……」

「フフフ……そうね。さて……折角の来客ですからおもてなしをしないと。御食事は?まだなら御一緒しましょうか」


 お言葉に甘えることにしたライ達は、別室にて豪華な食事と相成った。



 卓に並ぶのはエノフラハの名物料理。皆で舌皷を打った後、茶を飲みつつそれぞれの経緯を伝え合った。


 そして話は現状の確認へと移る。



「成る程……蜜精の森に居城を建てたのね?それは聞いていなかったわ」

「ティムとは連絡を取り合っていないんですか?」

「ええ……。最近はティムの部下という方との連携に変わったの。だから必要なことだけの連携になっていたわね。フラハ領が安定し始めたし、ティムも何かと忙しいのでしょう」

「でも、それじゃレダさんも息が詰まるんじゃないですか?」

「そうでもないわ。今は頼れる人達も増えたし友人もね?」


 『エノフラハ女性連合』はレダが商人である時に出来た友人達による組織。発掘屋組合の奥様方まで巻き込み巨大化した組織は、実質エノフラハの経済を任されていると言って良いだろう。

 発掘屋組合の権限は遺跡管理のみにまで縮小している。


 因みにフラハ騎士団は各地から数名づつ配置換えした騎士と、マリアンヌに鍛えられたエノフラハの若者による混成騎士団である。騎士団長には王都の近衛騎士団から派遣された優秀な女性騎士が任命されたらしい。


 エノフラハは女性の強い街へと変革された、といっても過言ではないだろう……。


 新生したエノフラハ──レダの統治により発展した街では、民も安心して暮らしている。ライはそのことに安堵に似た嬉しさが込み上げるのだった。

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