第六部 第六章 第二十七話 心の火花


 レイチェルに付き纏うモイルーイを撃退したサァラは、マリアンヌに気付き駆け寄ってきた。

 しかし、ライには気付かないらしく目もくれない……。


「マリアンヌ師匠!」

「お久し振りです、サァラ様。それにレイチェル様もお元気そうで何よりです」

「はい。お久し振りです、マリアンヌさん」


 会話を聞く限りマリアンヌは時折エルフトの様子を見に来ていたのだろう。先程の魔術師見習いがマリアンヌの顔を知っていたのはそういう理由だとライは察した。

 それよりも驚いたのは、マリアンヌとレイチェルが知り合いだったことだ。


「ところでマリアンヌさん……こちらの方々は?」

「お分かりになりませんか?この方はお二人にも所縁のある方ですよ?」


 マリアンヌは敢えて二人が気付くまで待った。それも配慮の一つらしい……。


「………!も、もしかして!?」

「ライ兄ちゃん?」


 レイチェルとサァラが気付いたのはほぼ同時……二人はみるみる明るい表情に変わった。


「正解!サァラ……立派になったな。レイチェルさん……ご心配お掛けしました」


 レイチェルは涙まで流している。流石に心配を掛けすぎた自覚があるので、ライは申し訳無さで一杯だ。


「取り敢えず場所を移しませんか?お互い積もる話もお有りでしょうし……」


 マリアンヌの提案により一同はラジック邸へと場所を移す。ラジック邸は今はレイチェルとサァラが利用しているそうだ。


 余談だが、三兄弟は屋敷持ちだという。しかも一人、一軒づつ並んで建てたらしい……。流石、成金は一味違う。




 一同は改めて再会の挨拶を始めた。


「先ずは……ごめんなさい!」


 いきなり立ち上がったライは頭を深々と下げた。そのまま茶を乗せたテーブルのスレスレまで頭を下げ動かない。


「ラ、ライさん!頭を上げて下さい!」

「いや……許して貰うのが先です、レイチェルさん。俺はあの時、調子に乗っていたんです」


 レイチェルはライが失踪して一番心配した筈だ。仕方ない状況だったとはいえ危険を理解せず行動し、しかも失踪……最早言い訳も出来ない。


 レイチェルがあれ程真剣に止めていたことを考えれば、きっとその後も己を責めていた筈である。

 それは大聖霊紋章で繋がったフェルミナや、強い信頼を持つマリアンヌよりも苦痛だったのは間違いないだろう。



「無事の手紙を送るまでレイチェルさんはずっと気にしていた。しかも自分を責めて……違いますか?」

「……それは」

「本当に……すみませんでした」


 だからこその精一杯の謝罪……。それはライにとって最も謝罪すべき相手への最低限の礼儀だった……。


「……頭を上げて下さい、ライさん。許しますから……ね?」

「レイチェルさん……」


 頭を上げたライは力が抜けるように席に崩れ落ちた。


「……確かにライさんが行方不明になった時、私は悲しかったです。でも……兄さんから聞いて納得もしていたんです」

「……?」

「兄さんは『アイツは獣人族の子供達を救う為に命を掛けた。そういうヤツだろ?』って……それでどこか納得もしてしまったんです。ああ……ライさんはやっぱり『勇者』なんだって……」

「………」

「それに……必ず生きているって……。そう信じていたから……」


 涙を浮かべるレイチェルの肩にサァラが手を添えた。


「そうだよ、ライ兄ちゃん。レイチェルお姉ちゃんはずっとライ兄ちゃんが生きてるって信じてた。だから自分に出来ることをって、お爺ちゃん……クインリー師匠から魔法を学び直して……」

「……ありがとうございます、レイチェルさん」

「いえ……でも、本当に良かった」


 それからレイチェルは一頻り泣いた。だが、それは悲しみではなく再会の喜びの涙──ライはただ静かに見守っていた。


「……ハァ。ご、ごめんなさい。もう大丈夫です」

「いえ……本当にごめんなさい」

「もう謝らないで下さいね。この話はここで終わりにしましょう。……。ところで、そちらの方は?」

「そうだ。紹介がまだでした。この娘はフェルミナ……俺の契約大聖霊にして最初に仲間になってくれた娘です」

「フェルミナです。宜しくお願いします」

「初めまして、レイチェル・ミランです。宜しくお願いします」


 笑顔で挨拶を交わす二人……一瞬、視線の火花が散ったことにライは気付かない。


「……そういえば、レイチェルさんはマリーとも知り合いだったんですね?」

「マリー?……ああ、マリアンヌさんにはこのエルフトでお世話になりました」

「そうでしたか……」


 レイチェルは再び笑顔でマリアンヌと視線を交わす。が、こちらは火花が散らない。


 何か不穏な気配を感じ取ったサァラは、本能的に話題を逸らすことにした……。


「ライ兄ちゃん……他には挨拶回りに行ったの?」

「ん?ああ……現在、各地で挨拶回り中だよ?」

「?……どういうこと?」

「この姿は分身体なんだよ。全部回るには何日も掛かっちゃうからさ……」


 と……突然ライの手に杖が現れる。良く見れば腰にも刀を帯びていた。


「え?な、何?魔法?」

「今、本体と入れ換えた。……それでサァラ。コレを」

「……。杖がお土産なの?」

「いや……それはクインリーさんの置き土産だよ。事象神具なんだ」

「……!お爺ちゃんの……」

「呪いの道具になっていて『秤の塔』地下に封印されていた。それを浄化したんだ。だからこれは、サァラが持つべきだと思うんだ」


 ライは手に持っていた杖をサァラに差し出す。サァラが恐る恐る手を伸ばすと杖が突然喋り始めた。


『初めまして。私の名は星杖せいじょうエフィトロスと言います。……貴女が魔導師サァラですね?』

「は、はい……」

「エフィトロスは智識の杖。魔法を正しく使うことの意味を知っていたクインリーさん……その愛弟子なら、所有者に相応しいと思ってさ?エフィトロスの今後はサァラに任せて良いかな?」

「智識の杖……本当に私で良いの?」

「サァラだから任せるんだよ……クインリーさんの教えを受け継いだサァラだから、ね?」

「わかった……。宜しくね、エフィトロス?」

『こちらこそ宜しくお願いします』


 魔王ルーダと同じ形状の杖は今、正しき使い手の元へと辿り着いた……。



「それにしてもサァラ、随分しっかりしたな。言葉遣いも少し良くなったし仕草もおしとやかになった気がする」

「クインリーお爺ちゃんが魔術師には礼儀も大切だって……」

「そっか……。クインリーさんも誇らしいな」

「うん……」


 ライは照れているサァラに手を伸ばして頭を撫でる。クインリーの代わり……ではない。ライ自身が褒めてやりかったのだ。


「でも、ライ兄ちゃんも変わったよね……真っ白」

「ハハハ……元が目立つ赤髪だったからなぁ。でも、気付いてくれたよな?」

「うん。忘れないよ」


 その後、互いの経緯を掻い摘んでの会話に移る。気付けば結構な時間になっていた。


「さて……エフィトロスも渡したし、今日はこれくらいでおいとまするよ」

「え?もう行っちゃうの?」

「割と忙しくてさ?また来るつもりだけど、もし会いたかったらストラトの北西の森に城があるから遊びに来てくれ」


 スッと立ち上がるライにフェルミナとマリアンヌが続く。あまりに自然に追従するのでレイチェルは若干勘繰っている。


「……お城ですか?住んでいるのはライさんお一人ですか?」

「いや……フェルミナやマリーも一緒です。あと大聖霊が三人?と、他にも六人程……」

「そ……それって男の方は?」

「えっと……アムルテリアとクローダーは大聖霊だけど雄?なのかな……後は皆、女性……」

「駄目ですよ!不潔です、ライさん!?」


 テーブルを叩きつつ立ち上がるレイチェル。その勢いにライとサァラは気圧されビクリと反応した。


「……。い、一応毎日風呂には入っているんですが……」

「そんなお約束は要りません!」

「えぇ~……」

「だ、大体、女性ばかりだなんておかしいですよ!」

「う~ん……偶々たまたまなんですけどね?実家狭いので皆で引っ越したらそんな感じに……」

「でも……!」


 勿論、ライはレイチェルが何を危惧しているのかは理解している。『スーパーリビドー勇者』になってからは極力考えないようにしていただけで、同居人は確かに女性ばかりなのだ。


 と……そこでフェルミナが助け船?を出した……。


「大丈夫ですよ、レイチェルさん。ライさんはだとローナさんが言っていましたから」

「グフッ!」


 更にマリアンヌの追撃が続く。


「そうです。ライ様はですのでご安心を」

「ゴフッ!」


 ライはヨロヨロと椅子に崩れ落ちるように腰掛ける。そんな姿を脇目にフェルミナへ視線を向けるレイチェル。フェルミナは………少し勝ち誇った笑顔を向けていた。


 これがレイチェルの心に火を着けた……。


「フフフ……わかりました。では私も、偶々たまたま同居させて頂きます!」


 レイチェル、突然の同居宣言。これに慌てたのはサァラだ。


「えっ!レイチェルお姉ちゃん、出ていっちゃうの?」

「勿論、サァラちゃんも一緒よ?」

「えぇ~っ!?」


 今までに見たことがない程に強引なレイチェル……サァラもタジタジだ!


「で、でも……それじゃここのお仕事は……」

『転移なら私が出来ますよ?』

「そ、そう………?じゃあ、別に良いかな」

「ということで……宜しいですね、ライさん?」


 ノルグーにて分身の一体がレオンから頼まれてたのは、レイチェルを『政略結婚』から守ること……。先程のモイルーイもそういった者である可能性は高い。

 それに、ライとしては当人が望めば拒否する必要は無いのだ。後はライが欲望に負けなければ済む話……。


「………。わかりました。じゃあ、一緒に行く……のは良いんですけど、学園はどうするんですか?」

「午後はお休みです!」

「……。それって大丈夫なの、サァラ?」

「まぁ、その位の融通は利く方かな……」

「……。わかった。じゃあ、コレを」


 ライは二人に指輪型【空間収納庫】を手渡ししばし待つことにした……。

 やがてラジック邸の私物を収納したレイチェルとサァラは、一応ながら旅支度で戻ってきた。


「終わりました」

「私も……」

「じゃあ、次は……帰還の前にエノフラハに向かいますけど……大丈夫?」

「はい」

「じゃあ、出発!」



 こうして新たな同居人、レイチェルとサァラが加わった勇者ライ一行。

 次に向かうは、エノフラハ……そこはライが消息を経った因縁の土地でもある。

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