第六部 第六章 第二十六話 レイチェルとサァラ


 ライが再会を果たした三兄弟──ソウルオクス兄弟はシウト国の未来にとって必要な存在になっていた。

 しかし、その芯となる部分は変わらず豪快だったことにライは安堵する。


 ジョイスから情報を得て、ライはレイチェル達の元へと向かった。



 『ラジック学園』の敷地内──魔術師学舎の窓をそっと覗き教室内を確認すれば、レイチェルとサァラはそれぞれ別々の教室にて講義を行っていた。


 魔術師学舎は訓練兵学舎と違い教室が分野毎に分けられている。魔法は必然的にその智識の種類が増えるので区切りは必要なことなのだろう。

 レイチェルとサァラは個々に専門の教室を受け持ち教鞭を振るっていた。


 レイチェルは初級魔術師養成、サァラは上級魔術師養成……。年齢的には逆ではないかという印象もあるが、各々の立場を考えれば妥当でもあった。


 思い返せばレイチェルはノルグーでも子供達に好かれていた。知識はあるというが、魔術師としてのブランクを考えると初級魔術師の育成は丁度良いのかもしれない。

 そしてサァラは、あのクインリーの愛弟子……。天賦の才により若輩にして国家魔導師の認定までも検討されているという。



「ライさんは、あの方に会いに来たんですか?」


 レイチェルの教室をコッソリ覗くライの横で、フェルミナが小声で確認した。


「うん。俺が旅立って最初に立ち寄った街で世話になったんだ。もう一人の娘もそこで出会ったんだよ」


 ノルグー領主レオンの娘であり、元ノルグー第三騎士団長フリオの妹、レイチェル──。

 ライのことを心から心配してくれていた料理が得意な少女は、諦めていた魔術師の道を『智識を伝える』という形で再び歩み始めていた。


 自ら選んだ道ならば、ライはその決意を尊重しようと思っている。


(レイチェルさん……。何となく生き生きしている様に見える……)


 以前より少し大人になったレイチェルは、白いブラウスに薄茶色のロングスカート姿。初級教室は十二歳以下の子達で構築されているらしい。


 魔法は使えば使うほど魔力回復効率が高まる。幼い内から続けることは将来に繋がるのだが、ただ使えば良いというものではない。肉体成長等も考慮が必要なのである。


 そして何より倫理──それはレイチェルの師でもある魔術師クインリーが常々口にしていたことだ……。



『魔術師は知識と力を求めるあまり倫理から外れる者が少なからず存在するのです。ですが、忘れてはなりませんよ?人が力に溺れるということは、魔法を使っているのではなく【魔法に使われている】ことを意味するのです。正しき力は正しき心に……それを忘れないで下さいね』



 そんなクインリーの言葉を子供達にも伝えているのだろう。若き魔術師達はレイチェルの言葉を真剣に聞いていた。


 やがて講義の休憩時間となり生徒達が……続いてレイチェルが教室から出てきた。


「レイチェルさ……」

「レイチェル殿~!」


 声を掛けようと近付くライの行く手を数人の男が遮る。見た感じで貴族とわかる服装……しかし、訓練の受講者という感じではない。



「モイルーイ様……」


 レイチェルは一目で判る程の困った表情を浮かべた……。


 モイルーイと呼ばれた二十歳半ば程の男は、白基調の貴族服を身に付けている。通常より無駄に装飾が多く重そうだ。

 残りの二人は、黒い執事服を着用し腰に刀を帯びていることから恐らく護衛なのだろう。


「今日こそは色好い返事を聞かせて貰いますよ、レイチェル殿?」

「……。モイルーイ様。私は何度もお断りして……」

「お~っと!答えは急がなくて結構!それよりお食事に行きませんか?最近良い店を見つけましてな」

「申し訳ありませんが……結構です」


 ライは久々に度肝を抜かれた……。


 『今日こそは』と言いながら『答えは急がない』というモイルーイという男……頭は大丈夫だろうか、と。

 会話の流れから以前からしつこく迫っているらしいのだが、レイチェルは明らかに迷惑そうである。


 昔なら『逸材!』と喜ぶところでも、知人の迷惑となるとそうもいかない……。



 良く見れば周囲の魔術師見習い達も困った顔で見守っている。ライはその中の一人に手招きして事情を尋ねてみた。


「ねぇ……あの人は誰?」

「……その前に貴方は誰ですか?」

「………」

「………」


 案外しっかりしている魔術師初級学部の生徒。十二歳前後の少女は、訓練所では見掛けないにこそ警戒の視線を向けている。

 説明が面倒だったライは、折角の地位を利用することにした。


「初めまして。私は理事長のライと言います」

「り、理事長!?」

「名ばかりだけどね~。因みにあちらが創設者のマリアンヌさんだ」


 マリアンヌのことは流石に知っているらしく、少女は驚きで口をパクパクさせる。


「まぁ、落ち着いてね。ところで聞きたいんだけど、あの人は誰か知ってる?」

「え?あ、はい!あの方はピエトロ公爵様の御子息、モイルーイ様です」

「もしかして、ここの関係者?」

「はい。ですが確か、訓練を終えた方だとお聞きしてます。ピエトロ公爵は学園への出資者でもあるとかで、御子息は度々姿を見せるのです」

「わかった……ありがとうね」


 少女はペコリと頭を下げた後、マリアンヌと握手を交わし去っていった。


「マリーは知ってた?」

「いえ……私も初めて見る方です。【ロウドの盾】に参加して以降、学園運営はティム様にお任せしていたので……」

「となると……ティムに直接聞くのが良いね」


 眉間に人差し指を当てたライは、ティムに向かい念話で呼び掛けた。


(うおっ!な、何だ?何でいきなりライの声が……?)


 突然脳内に響くライの声に混乱しているティム。魔導具を介さない念話は、クローダーとの契約で獲得した【情報を司る】力だ。

 【千里眼】の補助を加えた念話は、クローダーとの契約後にライと接触した者にマーキングを付け、距離と関係なしの念話回路を繋ぐことが可能となった。


 一応相手側のプライバシーがあるので、応える気がある場合のみ念話が繋がるよう調整されている。



(やっほ~!ティム、今大丈夫か?)

(あ、ああ……。それにしても、いきなり呼び掛けられると心臓に悪いぜ?)

(じゃあ、次からは何か呼び出し的な音を加えるとしよう。で、確認したいんだが……)


 今ライの目の前で起こっている光景をそのまま伝えただけで、ティムは状況を理解したらしい。


(成る程……。ライ、お前ピエトロ公爵って覚えてないか?)

(……。誰だっけ?)

(ほら……ケチ王側の取り巻きしてた元老院貴族の……)

(あ~……アイツか)


 ライが失踪する前、シウト国前王・ケルビアムを退位に追い込んだ円座会議──。

 その際、見えないライに殴られた貴族、正確には元・王派の貴族がピエトロ。正直、悪い印象しかない相手だ。


(……何で失墜してないんだよ)

(ピエトロ公爵は財産持ちなんだよ。魔石鉱山を幾つも持っててな……その関係で色んな方面に顔が利く。爵位を奪って失墜させるとその関係者が反発する)

(つまり……この国はまだ浄化は出来てない訳か)

(いや……そう白黒だけじゃ分けられないって話だよ。清濁併せ呑む位じゃないとどうしたって国は動かせない)

(必要悪とかそんなクチだな……。おお、ヤダヤタ……やっぱり国政に関わるのは性に合わないな)


 案外自分でも【必要悪】を演じているライは、それはそれとして割り切っている。他人と自分は別……まさに御都合思考。


(で……だ。勿論、ピエトロ公爵にはケチ王擁立していた責任として幾つか罰則を設けた。魔石鉱山の権利の半分と財の三分の一を寄付という形で没収した。それでもまだまだ財産がある訳さ)

(……大体理解したよ。学園にはその没収した金も含まれてるんだな?)

(背に腹は変えられなかったんだよ。そんだけケチ王の散財は酷かった)


 キエロフは口にしなかったが、本来存在する額の半分がケルビアムによって散財されていたらしい。回復の湖水は回復薬という性質上、敵対する可能性の低いエクレトル・トォンの二大国にしか流せない。

 残るは小国相手……加えて魔獣出現があるまでは平穏だった為、一気に国庫が回復とはならなかったのだそうだ。


 今でこそ改善され国庫は回復したが、それでも魔獣が与える被害を考えれば多すぎるということはない。


 実はライが恩賞の一部を辞退したことをキエロフは感謝していた、という話まで聞かされた。


(キエロフ大臣……過労でぶっ倒れるんじゃないか?)

(それは理解してるけど、今居なくなると困るんだよ……)

(やっぱり優れた文官が必要か……。つってもなぁ)


 『プラッと勇者』だったライには優れた文官候補に当てなどない。試しに《千里眼》で捜してみるが、条件が漠然とし過ぎていて何も映らなかった……。


(それも確かに問題だけど……今はモイルーイの件だな。説明したように名目は寄付なんだが実質は没収。だが、ピエトロ公爵はそれを利用して息子を学園に押し込んだ)

(でも、卒業したならそれなりの腕なんだろ?)

(う~ん……そっち方面は専門外だから分からん。頭はソコソコ良いって話だけど……)


 レイチェルに付き纏うモイルーイの姿からは、頭の良さを微塵も感じない……。


(レイチェルさんに付き纏ってるのは本当に好意なのか、それともノルグー卿との繋がりを作りたいだけなのか……)

(さぁな……それも分からないな)

(……。ま、良いか。ちょっと揉めたら悪い)

(ハッハッハ。お前、今の自分の地位理解してないだろ?所有する金や土地は別として、発言権は国内最高だぜ?ある意味ノルグー卿よりも上だ)

(……まぁ、それはあんまり使いたくないけどなぁ)


 ライは権力をひけらかすのは好きじゃない……というか慣れる気がしない。実際は力で脅すこともあるのだが……。


(わかった。悪かったな、ティム)

(なぁ、ライ……この念話って俺からも繋げるのか?)

(ああ。用があれば呼び掛ければ繋がるぞ)

(ホントに便利になったな、お前……ま、頑張れや)



 ライがティムと念話にて相談している間も、モイルーイはレイチェルに執拗く付き纏っている。

 流石に呆れたライが排除する為に近付こうとした瞬間……突然モイルーイが派手に吹っ飛んだ。


 飛ばされた勢いで廊下を顔で滑るモイルーイ。護衛は慌てて駆け寄った。


 レイチェルの傍らに現れたのは、赤いワンピースの上から黒いマントと黒のトンガリ帽を身に付け、木製の杖を持った十二、三歳程の少女……。

 ライはその少女が飛び蹴りを放ったのをしっかりと目撃している。


「くっ……!貴様!またもモイルーイ様に!」


 護衛の一人がモイルーイに回復魔法を施す間、もう一人の護衛が剣を抜き身構える。しかし、少女は全く怯まない。


「あんまり執拗しつこいからでしょ!いい加減にしなさいよ、モイルーイ!」

「貴様……目上のモイルーイ様を呼び捨てなど……」

「目上?ならばあなた達はどうなの?私は伯爵位、モイルーイは子爵よ?しかも、私は此処の理事の一人。それが立ち入りを禁じているのに入ってくるってどういう訳かな?」


 憤慨する少女はビシッ!と男達に杖を向けた。


「くっ……!」

「もう一度だけ言うわよ?二度と!ここに!立ち入るな!レイチェルお姉ちゃんにも近付くな!」


 少女が丁度言い切ったところで、護衛の魔法により回復したモイルーイがゆらりと立ち上がる。


「お、おのれ、ロリッ娘め……!」

「ロリッ娘じゃない!私は大人だ!」

「フン!そんな貧相な身体のどこが大人だ!」

「何ぃ?良し!子供じゃないところを見せてやる!」


 高速言語で魔法を紡ぎ杖先を向けた少女の姿に、モイルーイは顔を引き攣らせた。


 そして……。


「お前達、撤退だ!」

「御意!」


 モイルーイ以下二名は脱兎の如く逃げ出した……が、時既に遅し。

 少女が放った《雷蛇》が素早く追跡し廊下の先を曲がったところで放電、悲鳴が上がる。


「……。ふぅ。大丈夫、お姉ちゃん?」

「え?ええ……いつもありがとう、サァラちゃん」

「エヘヘヘヘ」


 レイチェルは微妙な顔をしているがサァラは嬉しそうだった……。



 結局ライは何もせずに、邪魔者は撃退された訳だが……取り敢えずサァラの成長ぶりに感心しつつ、ようやく再会の時となる──。

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