第六部 第六章 第二十五話 三兄弟、教鞭を振るう 


 あまりに変化してしまったエルフトの街。しかも訓練所の理事長という現実にライは『帰る』という発言が飛び出した。

 勿論、本気ではないのはフェルミナもマリアンヌも理解している。


「挨拶回りは宜しいのですか?」

「うん、そうだったね~。……。でも、あまりの環境変化に帰りたくなったのは初めてだよ。え~っと……此処にはレイチェルさんとサァラと……」

「私の知るライ様所縁ゆかりの方は、ソウルオクス様達ですね」

「誰!?」


 突然カッコイイ名前が飛び出したが、ライは全く聞き覚えがない。記憶を辿れども一向に答えは出なかった。

 


「もしかして……御存知ありませんでしたか?」


 ソウルオクス──それは、三兄弟のファミリーネームだった……。


「初めて知った……。思えば、ずっと三兄弟って言ってたからなぁ。ま、まぁ良いや。取り敢えず三兄弟に会って話を……」

「そうですね。では、兵士学舎へ」


 向かった先の兵士学舎内。一階……と思いきや意表を突いて二階教室をそっと覗き込むと、ビシッ!と貴族服を着込んだ三兄弟の一人が………。


「……ねぇ、マリーさん?」

「何でしょうか?」

「あれ……誰?」

「アスホック様です。今は講義の最中の様ですね」


 本を片手に黒板に何やら書き込んでいるアスホック。時折冗談を交えながら教鞭を振るっているのは『戦闘連携理論』というもの。確かに三兄弟は、連携に関して右に出る者はいない達人。


 そしてその内容は、どこぞの『ボッチ勇者』には縁遠い講義と言える。


 が……それより何より、ライの知るアスホックと比べると違和感が半端じゃない……。


「………。次、行ってみよう」


 階下に下りたライは再びそっと教室を覗き込む。ライの動きに合わせているフェルミナとマリアンヌはとても付き合いが良い……。


 そうして覗いた一階では、三兄弟の一人が少年・少女と言える者達に懇切丁寧に指導していた。

 生徒達はそんな三兄弟(の一人)に怯える様子もなく、寧ろ好意的な態度だった……。


「……ねぇ、マリーさん?」

「何でしょうか?」

「あれ……誰?」

「ウジン様です」

「……マリーはどうやって見分けてるの?」

「皆様、瞳の色が違うのです」

「嘘!……てか、瞳みたことないや……」


 彫りが深い故か目はいつも影になっている三兄弟……当然見たことなど無い……。


「それにしても……凄い懐かれてるよね。三兄弟って結構な強面なんだけどね……」

「あのお三方は非常に面倒見も良くて人気なのです。理論などの説明も解り易いと評判ですから」

「へ、へぇ~……」


 三兄弟の隠れた才能発覚───『皆殺し』『根絶やし』『血祭り』の通り名は、最早微塵も見当たらない……。


「そ、そういえば皆殺……じゃなかった、ジョイスさんは?」

「恐らく外で実戦訓練中です」

「……行ってみよう」



 マリアンヌに案内され学舎から少し離れた森の先には、広めの実戦訓練場があった。確かに兵と訓練しているジョイスの姿も見える。


 だが、先の二人と違いかなり激しい訓練の様相だ。



 上半身裸のジョイスを中心に木刀を持った訓練生……ざっと見で十五名程が取り囲んでいる。


「フハハハ!どうした?遠慮せずに来い!小童共!」


(小童て……。アンタとそう歳も変わらんだろ……)


 手合わせしてるのは二十歳前後の男女。恐らくシウト国の兵士だろう。

 全員が纏装を纏いジョイスへと一斉に襲いかかっている。


 それはまるで中ボス戦の如き光景……だが……。



「甘いわ!」


 ジョイスは容赦なく兵士達を殴り回る。男女の区切りなく吹っ飛ばす様子は、寧ろラスボス戦に見えなくもない……。


「うわぁ……容赦ねぇ。ん?ね、ねぇ、マリー?アレって……」

「はい。回復属性纏装です」

「マジですか!……俺やマリー以外で使えるヤツ、いたんだ」


 ライは恐らくフェルミナも使えるとは思っている。



 しかし、回復属性で纏装すると消費が激しい。回復属性だけあり身体の中に吸収されるのが原因だろう。人は常に老化しているのも原因である。

 回復属性纏装は、肉体の老化が遅いほど体内に吸収されづらいので使用出来る可能性が高くなる。ライやマリー、そしてフェルミナは半精霊体以上なので使用は容易。


 そして……。


「もしかして、ジョイスさん……魔人化してる?」

「はい、お三方とも……此処に来てしばらくしてからですね。実はライ様の真似をしていた様で……」

「魔石食いか……。でも、シウト国じゃ出費が凄いだろうに……」


 ライは採掘場の魔石をチョロまかして取り込んでいたが、本来はクズ魔石でも毎日となると半端でない額になる。三兄弟はそこまでの出費をしたのだろうか?と、ライは感心していた。


 ところが……マリアンヌの言葉はライの予想を軽く上回るものだった……。


「お三方は各自仕事を行ない貯めた報酬で小さな山を購入したのです。そして見事、鉱脈を掘り当てました」

「鉱脈?金属かなんかの?」

「いいえ。魔石鉱山です」

「……嘘ぉん」


 そう言えばアスホックは貴族服を着ていた……。つまりあれは支給品ではなく自前ということだろうか……?

 ライは次々に明かされる新事実に困惑を隠せない。その経緯にライの知人が幾人か関わっていることは、当然ながら知る由もない。


「……。何ていうか、三兄弟は割とコツコツやってるよね……。普通に手に職持ってたし」


 金策に走らずともいつの間にか城や財産を手に入れたライと違い、三兄弟は計画性を持って財を成したのだ。ライは社会人として圧倒的に負けている気がした……。



 もっとも……ライはその気になれば大抵のことが出来るだけの力を既に持っている。

 それは常人では成し得ない努力があったからこそ……飽くまで負けている気がするのは、ライの気分の問題だろう。



「……さて、次に行くかな」

「………」

「だってさ~……何か邪魔しちゃ悪くない?」

「そうですね……では、こういうのはどうでしょうか?」


 マリアンヌの耳打ちにライはニタリと笑みを浮かべた。


「流石はマリー……俺のことを分かってるぅ」

「この趣向ならジョイス様もお喜びになると思います」

「ふむ……ゴメンね、フェルミナ。もうちょっと待っててね?」

「はい。大丈夫ですよ」






 未だ拳を振るい続けるジョイス。回復属性纏装による打撃を受けても直ぐに癒えるので、兵士達は再びジョイスへと向かって行く。


 そんな兵士達は、何度も挑み少しづつ連携に工夫を加え始めた。


(むっ!急に動きが洗練され始めた……!)


 注意深く確認すれば白髪で目元が隠れた男がテキパキと指示を出している。


「後ろから同時に攻めても意味ないよ!人間が一番対応出来ないのは真逆!正面と真後ろ、上と下!、左右」

「おう!」

「単調な攻撃じゃなく不規則な攻撃に!それと同じ箇所へは二段攻撃推奨!纏装が苦手なら使える人と協力!纏装は慣れと感覚!使える人の感覚をよく観察!次の訓練に活かせ!」

「わかった!」


 兵士達の動きが急に変わったことにジョイスはニヤリと笑う。更に指示が加わり先読みするような攻撃まで始まった。

 やがてダメージが入り始めた頃、ジョイスは周囲を吹っ飛ばしつつ司令役である白髪兵に目掛けて怒濤の攻撃を始めた。


「やるな!……。いや!訓練兵の中には白髪は居なかったぞ!貴様は誰だ!」

「……………」


 ジョイスは地属性魔纏装に切り換え攻撃を強化する。

 地属性は『硬化』と『筋力増強』……しかし、その尽くは難なく受け流されていた。


 再びニヤリと笑ったジョイスは、金色の光をその身に展開し更に苛烈な打撃を加える。が、やはり軽く往なされてしまった。




「…………」

「ハハハ!成る程!実力者よ……では、少しだけ手合わせ願おう!」


 やがて地鳴りと落石の様な打撃音が響き始める。訓練兵は既に呆然と眺めることしか出来ない。


「うむ!この手応え……親方か!」

「ハハハ……そういやアンタ達も拳で語るんだったか。久しぶり、ジョイスさん」


 二、三撃拳を交わした後、再会の手合わせは終了となった……。


「やはり無事だったか、親方!しかし白髪とは聞いていたが……見事に真っ白だな!」

「ハハハ……心配掛けたね。……。ところでジョイスさん……何で魔人化を選んだ?」

「………。俺もこの国が気に入った!無論、アスホックもウジンもだ!ならば守る為の力は必要だろう!?」

「……そっか」


 拳を向ければジョイスは拳を当てて応える。それ以上は無粋というものだ……。


「それにしても半年くらいで何で魔人に……」

「うむ!我らは元々半魔人だったとマリアンヌ殿が言っていた!それと、恐らく魔石の純度も影響したのだろう!」

「成る程。確かに採掘場では魔法乱発してたしなぁ……そういや、買ったのってそんな良い鉱山だったの?」

「うむ!まばらではあるが『精霊結晶』がかなり取れる!」

「マジで!」


 鉱山で取れる魔石の中では最上位と言って良いだろう『精霊結晶』。それならば確かに魔人化は早いかも知れないが、精霊結晶自体貴重なもので良い魔導具が造れる。それを惜し気もなく取り込んだ……中々豪快な使い道だ。

 因みにライの取り込んでいた魔石は 『汎用魔石』……普通の品だ。


(イグナースが羨みそうだな……)



 と、その時……休憩時間になったらしい校舎から飛来する巨体が……。改めて言うまでもなく、それはアスホックとウジンだ。


「何事かと思って来てみたが……やはり親方か!!」

「……いやいやいやいや。手合わせしたジョイスさんなら判るけど、何で二人まで判るんだ?」

「勘ッス!!!」

「……ま、まぁ良いか」


 深く考えたら負け……三つ子故の何らかの特殊能力かもしれないと、ライはそれ以上の追及をやめた。


「久々の再会だから話をしたいところだけど、まだ回るところがあるんだ。今はストラト付近に住んでる。だから遊びに来てくれ」

「成る程!では、その内遠慮なく伺おう!」

「我々は授業があるしな!!」

「親方!!!また会おうっス!!!」


 大人しく去った三兄弟は、何かと忙しいらしい……。きっとこの街でも頼れる存在なのだろう。


 少し羨ましそうに三兄弟を見送ったライ……そこにマリアンヌとフェルミナが合流する。


「……。さて……次だな」

「はい」

「行きましょう」



 次は魔術師学舎──。


 名ばかりの理事長たる勇者ライは、少し緊張しつつ次の再会を目指す。



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