第六部 第六章 第二十四話 有為転変
ライの挨拶回りの中である意味最も大変だったエルフト~エノフラハへの道程だ。
ライ(分身)に同行したのはフェルミナとマリアンヌ。エルフトの街は二人にとって確かに所縁ある街だった。
特にマリアンヌにとっては故郷であり、新たな存在として生まれ変わった地であり、ライとの出逢いの地でもある。
ラジックと自らが移住を果たし幾分疎遠となっても、感慨深いものがある筈だ。
そんなエルフトの街は──ライが以前来た時よりも面積が一回り大きくなっていた。
「……何か……街が大きくなってる?」
ライが立ち寄った際もエルフトは比較的大きな街だった。だが、あの時入り口だった建物は随分と街の中心側にある。
建物の数は明らかに増え、街への往来も目に見えて増えていた。
「この街は『回復の湖水』と『訓練所』の影響で来訪者が増えたのです。特に訓練所は貴族達の支援があった為、更なる発展が起こりました」
「へぇ~……」
「今では魔術師だけでなく騎士も相当数増えています。地理的にも他領地と連携しやすいので繁栄も早いようですね」
ノルグーの街に及ばずとも、シウト国の重要拠点になりつつあるエルフト。この街の発展は喜ばしくもあり、内心寂しさもある。
(俺としては思い出の街だからあんまり変わって欲しくなかったけど……これも営みってヤツだから仕方無いか……)
そんなことを考えながら、ライ達はエルフトの街へと足を踏み入れた。
街の中を歩いて先ず気付いたのは、一般人がかなり増えていたことだ。
街の外縁部は店舗と居住区が増加している。治安維持の為に騎士の詰所まで増えた。魔術師は入り口付近ではあまり見掛けない。
「もしかして住み分けしてる?」
「はい。ですがそれは、街の方針ではなく自主的なものです。訓練所の影響ですね」
「あ~……成る程ね」
訓練所は魔法使用者の育成も行っている。ライが齎した知識を求め必然的にラジック邸側へと移ったのだろう。
かつて変人とまで言われ敬遠されていたラジックは、今では随分と扱いが違うと聞いている。
(変われば変わるもんだな……ラジックさん、未だ変人には変わらないだろうに)
少なくとも以前よりは落ち着いた、ということなのだろう。そんなラジック自身はもうこの地に住んでは居ないのだが……。
加えて、マリアンヌの影響がとても大きかったのは間違いない。
ライが去った後のマリアンヌの行動は、ティムの手腕も加わりエルフトの街に多大な影響を与えている。
そして功労者たるマリアンヌは顔が知られているが故、街を歩けば当然注目される。現に街の入り口付近を歩いている間もチラチラと視線を送る者が……。
(ん?いや……これは別の理由かな……?)
視線はマリアンヌだけでなくフェルミナにも注がれているのだ。そしてそれは二人の容姿に惹かれたもの……。
そう悟ったライは二人を伴い衣服店へと一時避難することにした。
「いらっしゃいませ」
「スミマセン。この二人に服を見繕って貰いたいんですが……」
「ありがとうございます!どの様な服が宜しいですか?」
店は庶民向けの衣装屋。対応したのは四十歳前後の女性……恐らく店主だろう。
小さな店内には所狭しと衣装が並んでいる。
「そうですね……。目立たない服が……」
「はい?」
「いえ……。そうですね……この街で女性に人気の服が良いですね。大丈夫ですか?」
「わかりました。今は秋口なのでそれに合わせてみますが、宜しいですか?」
「はい。お願いします」
フェルミナはどちらかといえは夏寄り、マリアンヌに至ってはメイド服だ。流石に目立ちすぎる。
「ライ様………この様な買い物は……」
「良いんだよ。これは二人へのお礼や謝罪も入ってるんだから。この程度じゃまだ序の口だけど、取り敢えずの謝罪」
「ライさん……」
「勿論フェルミナにもね?後は俺の願望もあるかな。だから、遠慮せずに着てくれたら嬉しい」
「はい!」
二人の飾り気が無いのは自分のせいじゃないだろうか?という反省点もあるので尚更だった。
マリアンヌは恐らく流行やお洒落など女性として必要な知識も得ているだろう。
メイド服に拘りがあるのかも知れないが、ライとしてはやはり女性としての意識を持って欲しいのだ。
フェルミナはライが最初に買い与えた服にどこか似たものを着ている。ローナやエレナ辺りが他の服を勧めていた筈なのだが、それを拒否していた可能性が高い。
切っ掛けは目立たないようにする目的であったが、折角なので二人には贈り物をすることにした。
「え~っと……店主さん」
「はい?」
「一着じゃなく十着くらい見繕って下さい。二人が気に入ったり興味を持ったら追加して構わないので……」
「わかりました」
「それで、料金は先に……これで足ります?」
小さな袋に入った硬貨をそのまま手渡すと、女性店主は驚いていた。
最近、金銭感覚が壊れてきたライ……思えば本当に金で困って労働したのは、ストラトからの旅立ち前だけだった気がする。
今や自分の服など容易く作製できるのだ。しかもタダで……。
それもまた【幸運】によるところかもしれないが……。
そうしてフェルミナとマリアンヌが服を新調している間に、ライはエルフト商人・シグマの店へと向かうことにした。
シグマの店は発展する街の中で以前と変わらぬ外観で残っている。寧ろライはそれが嬉しかった。
「さて……と……」
「何か入り用ですかな?」
「うぉう!」
ライは店内に入りシグマの姿を捜していたが、突然背後から声を掛けられ驚く……。
というか、分身体とはいえ今のライの背後をあっさり取るなど『サザンシス級』の隠密能力である。
そして振り返れば案の定、髭の店主の姿が……。
「ハ、ハハハ……。し、心臓に悪いですよ、シグマさん……」
ライの反応に片眉を上げるシグマは、すぐにライだと気付く。
「おお!久方振りですな、勇者殿……!」
「はい。いやぁ……ご心配お掛けして申し訳ありませんでした」
「ホッホッ。ともかく此処ではなんですな……。ささ、奥へ」
以前より内装が豪華になっているので商売は上手く回っているらしい。
そうして用意された懐かしい茶を一口。それからライは改めて謝罪した後、事情を掻い摘んで説明。かなり空想染みた話だったが、シグマは疑いもしていない様だった……。
「何……私からすれば貴方は最初から桁外れでしたからな」
『回復の湖水』を持ち込み流通させた時点で既にデタラメだった、ということらしい。
「それにしても、エルフトは随分と盛りましたね……」
「回復の湖水の量産型をエルフトで製造できる様になりましたからな……他領地からも人が買い付けに来るのです。勿論、効果毎に流通は調整しておりますよ?」
「そう言えば再現したんでしたね、あの湖水。改めて考えるとやっぱり凄いな、ラジックさんは……」
「……まさか、あのラジックがここまでやるとは誰も予想できませんでした」
「ハハハ……。あの人は上手く噛み合えば天才ですから」
回復の湖水の成分を解析し同様の効果ある回復薬を開発したラジックは、やはり天才なのだろう。
「そう言えば貴方が送ってきた方々のその後は御存知ですかな?」
「採掘場の人達のことですね?殆どは国に帰れたと聞いたんですが……残りはセトの街に多く移ったと聞きました」
「はい。ですが、一部は此処に残りまして……。実は、私の娘はその中の一人と婚姻しまして」
「本当ですか!?それはおめでとうございます!」
「ありがとうございます」
互いに気付かなかったが、シグマの店の番台は採掘場からの脱出者だったらしい。ライに気付かなかったのは外見が変わりすぎているからだろう。
逆にライはあちらが身綺麗になり過ぎていて見落とした様だ。
だがシグマは、見違えたライの正体を一瞬で看破した。
商人は相手の顔を忘れてはならない……『婿はまだまだだ』と、シグマはそれでも嬉しそうに口にしていたのが印象的だった。
「貴方と縁が出来たことは、やはり幸いでしたな……」
「こちらもですよ。採掘労働者の件でもかなり御迷惑をお掛けしたでしょう?」
「ハッハッハ……それも商売ですよ」
「流石は商人……只では起きない、ですね?」
「ホッホッホ!」
それから雑談を交えながら色々確認し、ライはシグマの店を後にする。
そうしてフェルミナとマリアンヌの待つ衣服店へと戻ると、丁度会計をしている最中だった……。
「終わりましたか?」
「はい。他にお客様が買い揃えたものは、こちらの袋の中に御座いますので」
「ありがとうございました。また機会があれば是非……」
「はい!今後も是非、御贔屓に」
後にこの店はノルグーの仕立屋同様にライの同居人御用達となる。やがて大きな店を構えるまでになるのは余談だろう……。
「ど、どうですか、ライさん?」
フェルミナは薄紅のブラウスにフレアスカート、羊毛のカーディガン姿。
マリアンヌはカーキ色系で裾にチェック柄がデザインされたロングスカート、ハイネック型のグレーのニットシャツ姿。上からはやはり羊毛のショールを肩に羽織っている。
二人とも装飾品を邪魔にならない程度に身に付けていた。
「うん……凄く似合ってる。いや……これは似合いすぎかな?」
嬉しそうなフェルミナとマリアンヌ。しかし、これは思いの外目立ってしまった。
店の外に出た際には周囲の視線が間違いなく増えている……。
(ま、いっか……。何か
しかし、そんな予想を上回る人数がラジック邸に向かうライ達に付いてきた……。その為、結局全員を昏倒させる手間が掛かることになる。
やがて面倒の末に辿り着いたラジックの館敷地は……殆ど面影が無かった……。
「……えぇ~………。な、何コレ~……」
辛うじてラジックの屋敷のみが残ってはいるが、その周囲はすっかり建物だらけ。店までも何軒か存在している……。
森は大きく切り開かれ『訓練兵士学舎』『花嫁修業学舎』『魔術師智識学舎』『料理修業学舎』『商人修業学舎』『魔導具開発学舎』……と、ハッキリいって人材育成機関である。
ふと気付いて敷地の入り口まで戻ってみれば、そこには『ラジック学園』と書かれた看板が………。
「……ヤベェ……ラジックさん家が学校に……」
「ここはライ様の所有地ですが……」
「そうだった!?」
いや……その件は後で無かったことにするつもりだったライ。
しかし、そのまま行方知れずとなり有耶無耶になったのだ。
そんな状態のままマリアンヌの優秀さを聞きつけた貴族などの支援もあり、ラジック邸はあれよあれよという間に人材育成機関へと変貌を遂げたという。
「因みに学園長はラジック様です」
「……ま、まぁラジックさんは何だかんだで天才だからね……」
「推進したのはティム様です」
「くっ……!やっぱり黒幕はティムか……野郎め!」
因みにライは理事長、マリアンヌは創設者として名が刻まれている……らしい。
そんな『理事長勇者・ライ』は恐る恐る学園内を見て回る。
各学舎は二階建て。木造建築ではあるが、かなり頑丈な造りとなっている。
窓からチラリと覗き込めば一階は若い者が多い。身なりで格差が出ぬよう全員支給された服を着ている。
一部はそれに手を加え豪華なものにしているが、その姿が逆にチープで浮いていた……。
学舎は花嫁修業学舎以外は共学。服も学舎毎で違う。
例えば魔術師学舎は全員黒ローブ、花嫁修業学舎はメイド服、魔導具開発学舎は白衣、と一目で判るようになっていた。
「……良し。帰ろう」
ライはあまりの環境変化に逃避した……。
しかし……挨拶回りがまだ終わっていない。この地にて出会うべき相手は複数いるのである。
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