第六部 第六章 第二十三話 火葬の魔女の仕事
ライが『火葬の魔女』リーファムへ託していた依頼──結論を言えば、リーブラ国の民の捜索は終わっているという。
ただ、その後のリーブラ国民は様々な道筋を生きることとなった様だ。
「まず……生き残っていた内、行方不明だった女性の三分の二は上手く立ち回っていたわ。これ……実はリーブラ国が崩壊する寸前、妖精達が幸運操作系の魔法を使ったらしいのよ。だからリーブラの民は、思ったよりかなりの人数が救われた様ね……」
「そんなことが……」
「その人達は見付け次第アプティオに送ったわ。大変だったのは残り三分の一と男達。男は労働力として買われていたから買い戻す必要があった。いきなり力で奪うと何かと禍根が残るのよ……それは魔女のやり方じゃないわ」
「それじゃ、対価は足りなかったんじゃ……」
「いいえ?ライは自分が払った対価を安く見過ぎているみたいね。あれを全部合わせれば大国の領地一つにはなるわよ?元々、私は金銭には執着もないから支払いはすぐに用意出来たの。ただ……」
「何か問題が……?」
「その辺りは人の欲の問題と言えるものよ」
他者が欲しがるものはより高値で売りたがるのが人の欲というもの。それがたとえ奴隷であっても、決して元値では売ろうとしないのだ。
「交渉で粘っても良いのだけど、面倒なので燃やしてきたわ」
「え……?き、聞き違いかな?」
「大丈夫よ。怪我人は居ないから……館と財産が灰になっただけで」
「聞き間違いじゃない!」
よくよく聞けば、リーファムは商人組合を介して交渉していたのだという。しかし……交渉相手の貴族はかなりの
業を煮やしたリーファムは、奴隷達全員に暴動を起こすよう誘導しその後の保護を約束。そうして混乱の末、無人となった貴族の館を消し炭にしたのだという。
「いやいやいや……。禍根残りまくりじゃないですか……」
「大丈夫よ。禍根すら残らないよう徹底して燃やしたから。『命』を軽んじ欲の対象とする者はこの世界の律を乱す。やがては身を滅ぼすのは必然……命までは取らなかったのは、せめてもの情けよ」
「…………」
ライは『火葬の魔女』の恐ろしさを初めて理解した気がした……。
勿論、リーファムは道理の上でそれを行っている。依頼者がいて、交渉があって、相手が強欲で応えず、結果として救うべき行為での『財産の消し炭』……それは魔術師としてのルールの一環なのだという。
「という訳で、一番面倒そうな所からは救出したわ。男は数名以外全員アプティオにいる。それで……残念だけど、侵略を受け最初の頃に抵抗した人達はもう……」
「そう……ですか。……。男で無事な人の残りは?」
「二名は貴族に気に入られたらしくそこで暮らしているわ。……。恋愛というものは不思議ね。恨むべき国の貴族相手に恋をして、遺恨を捨てて前に進む力を与える。本当に……不思議」
奴隷として買われた二名の男は、全く関係の無いそれぞれの土地で同じように貴族の娘と恋に落ち迎え入れられた。認められた切っ掛けがどちらも魔獣アバドン出現時の活躍というのも、また奇縁かもしれない。
「以上で男に関しての捜索は終了。そうそう……一人だけトシューラ国内を駆け回っていたわね。魔獣騒動の際にシウト国の者と侵入した様だけど、あなたの知り合いだったわよ?」
「……囚われていたアプティオの人が……俺と知り合い?」
「違うわ。知り合いはアプティオの民が同行していたシウト国の人よ」
「もしかして……ファーロイトですか?パーシンがトシューラ国に……」
「パーシン?」
「パーシンは……今はファーロイトと名乗っているけど、トシューラの王族……第三王子なんです」
パーシンが今トシューラに潜入する理由は、ティムから聞いた『妹の奪還』以外考えられない。
考えてみれば、確かに混乱に乗じる好機だったかもしれない。だがライは、魔獣を駆逐してしまったことでその機会を潰してしまったことになる。
「クッ……もう少し慎重にやるべきだった」
「……?どういうことかしら?」
事情を説明するライ……しかし、エイルやリーファムは呆れている。
「いや、そりゃあ仕方ねぇんじゃねぇか?そうしないと犠牲が増えてたろ?」
「そうよ。事実、小国の大半はあの『流星』が無ければ壊滅していたのよ?あの状況で全てを把握するのは無理よ」
「それは……そうですけど……」
そして一番呆れているのはメトラペトラだ。既にワイングラスに注いだ酒を飲み干している大聖霊様は、ライの考えなどお見通しといった御様子。
「お主ら。何言っても無駄じゃぞよ?此奴は結果として友の邪魔になったことを悔いておる。と、同時に手助けすることを既に考えておる……違うかぇ?」
図星……ライは既に分身を一体、パーシンの元へと向かわせている。
「まぁ好きにさせるわぇ。それよりも気掛かりを減らす方が此奴の為じゃ。リーファムよ、続けよ」
「……。フフ、私の時より師匠らしいじゃない」
「フン!ライの方が手間が掛かるからのぅ……馬鹿な弟子ほど可愛いというヤツじゃ!」
「へぇ~?可愛いのか、メトラペトラ?」
ニヤニヤとからかうエイルに“ シャーッ! ”と威嚇するメトラペトラ……やはり大聖霊様はツンデレニャンコのようだ。
「良いから早うせい!」
「はいはい。……。それじゃ女側の捜索結果ね。大体二割を残して無事にアプティオに送ったわよ。それで、一割程は先程言ったのと同じようにトシューラで身受けされているわ。勿論、幸せに暮らしている。そうでなければ奪還して来たわ」
「……残り一割は?」
「半数は自害してしまっていたわ……御免なさいね」
「……。リーファムさんのせいじゃないですよ。謝らないで下さい」
女の身というのはどうしても男の捌け口にされてしまう。これはロウド世界の問題として今後も突き付けられるだろう。
「……あなたも泣く必要は無いわよ。原因になった者達にはキッチリと罰を与えてきたから」
そっと手を伸ばし泣きそうなライの頭を撫でるリーファム……。やはりライの心が不安定に感じ気に掛かった様だ。
「残りは今、他国に居てね?神聖教徒になってエクレトルで暮らしているわ。やっぱり魔獣騒ぎで上手く逃れたみたい」
「……アプティオ国への報告は?」
「随分前に、ね……」
「そうですか……ありがとうございました」
アプティオへの報告は、ライの苦悩を考慮しリーファムが先に行っていた。
話を聞く限りでは、ライが帰国途中アプティオへ足を運んだ時には既に報告済みだったらしい。
悲劇を伝える役目から逃れホッとするライは、自らのそんな心が悲しかった……。
「エイル……レフ族の捜索は?」
「リーファムに依頼したよ。それで、リーファムに色々習いながら手伝ってる。お陰で生死の判別は付いたし、居所も掴んでかなり救出した。残すところ数人だ」
「……強いな、エイルは」
「おう!元魔王だしな!」
ニッコリと笑うエイル……。その前向きな姿にライは少しだけ心が軽くなった気がした。
「……実は今回来たのはリーファムさんとの連携も必要かと考えていて、その打ち合わせに」
「……確かにそれは有り難いわね。此方からお願いするわ」
「じゃあ住まいを……俺の暮らしているのは、シウト国首都ストラトの北西にある『蜜精の森』です。アムル……大聖霊が城を建ててくれて……」
と……そこで来客の鐘が鳴る。アンリに案内されて来たのはホオズキとランカだ。
「遅くなって済まない」
「いや……妖精とは仲良くなれた?」
「はい!楽しかったです!」
「そっか……よかったね、ホオズキちゃん」
女性達は互いに自己紹介を交わすが、微妙な視線がライに集まる。
何せ全員女性……これは流石のエイルも呆れる、というより焦っていた。
小声では聞こえてしまうので、エイルは念話による確認をメトラペトラに行った。
(おい、メトラペトラ!)
(ん?何じゃ?)
(同居人て何人いるんだ?)
(え~っとじゃな……ひのふのみの……大聖霊を除けば八人じゃな。因みに今後も増える予定じゃぞ?)
(ま、まさか……全員女か?)
その問いには無言で半笑いのメトラペトラ……エイルはようやく確信した。
(お前の仕業かよ!)
(そじゃよ?名付けて『ハーレム勇者楽園計画』じゃ!)
(お~ま~え~なぁ!)
(お主こそ良く考えい!ライは自らをあまりに頓着せん!繋ぎ止めるにはより多くの未練を与えねばならぬ)
(それなら、あたしやフェルミナ、それにマリアンヌが居るだろうが!)
(お主らと同じように救われた娘らを邪険にせよとでも言うのかぇ?ライは騙して囲った訳では無いのだぞよ?)
(くっ……話になんねぇ)
エイルはそこで決心した。ライがリーファムと連携を取るならばライの居城で暮らしても問題はない。転移も使えるので役割も手間も変わらない。
ライはハーレムを望むような性格では無いとしても、今後接する時間が奪われるのは嫌だ。その為にはしっかり存在をアピールしなければならない。
ならば、決断は一つ───。
「ライ。あたしもお前の居城に住むぜ?」
「うん。元から誘うつもりだったけど……」
「ほ、本当か?」
「嫌じゃなければだけどね……」
誘いが嬉しいエイルはパッと明るい表情を浮かべた。
「悪いな、リーファム。あたしはライのところで厄介になる」
「フフッ。まぁ転移が出来る者同士だしね?連携なら転移陣も繋げれば良いし……」
「良し。じゃ、決まりだな」
エイルが新たな同居人に加わった。
「エイルさんも一緒ですか?」
「ああ。宜しく頼むぜ、ホオズキ、ランカ」
「はい!」
「こちらこそ宜しく」
そこでリーファムは、ホオズキとランカを改めて確認している。
「貴女、獣人じゃなく【御魂宿し】なのね……」
「はい。一緒にいるのはコハクちゃんと言います」
「そして貴女は……いえ、何でもないわ」
ランカの正体も看破したリーファムは、そのことには敢えて触れない。それが互いの為……何故ライの元に居るかはわからないが、好意的様子が気になり見守ることにした。
「リーファムさんは同居しないんですか?」
「私はこの島の主だから……でも、距離は意味を為さないから大丈夫よ」
「そうですか……ホオズキ、少し残念です」
「フフフ……貴女は不思議な子ね」
「……?」
ホオズキの纏う不思議な雰囲気は他者を穏やかにさせる。誰とでも仲良くなる才能は、寧ろライよりも高いかもしれない。
(リーファムよ……)
(何?メトラペトラ?)
(ライのハーレムにお主も入れてやろうかぇ?)
(……いきなり何の話?)
(ライはお主の粗相まで見ても態度は変わらぬじゃろ?……悪い話じゃ無いと思うがの)
(……悪のりし過ぎよ、メトラペトラ)
(まぁ、頭の片隅に入れておくが良い)
(…………)
リーファムは呆れるように溜め息を吐いた。が……内心では悪い気はしていない。
「それじゃ一旦帰ります。リーファムさん、お邪魔しました。転移陣については知人の魔導具が便利そうなので準備できるか聞いてみます」
「貴方の知人も幅が広いわね。じゃあ、準備できたら設置をお願いするわ。こちらも色々仕事もあるから」
「わかりました。リーファムさん、アンリもいつでも遊びに来て下さいね?」
「フフ……わかったわ」
「大先生!お酒を用意して伺います!」
「うむ、良くできた娘じゃな、アンリは……。本当にお主の弟子かぇ、リーファムよ?」
「うるさいわよ、メトラペトラ」
賑やかな挨拶の中、アズーシャは会話に付いていけない。
「アズーシャさんも何かあれば遠慮なく言ってください。力になれるかは判りませんけど……」
「え、えぇ……。その際は是非……」
「コレ、良かったらどうぞ。エイルとリーファムさん、アンリにもね」
ライは予備の【空間収納庫】を手渡した。
アズーシャが魔術師協会の長と言うならば、今後何らかの協力が必要となるかもしれない。その為の投資としては悪いものではないと考えたのだ。
「良かったわね、アズーシャ。コレ、特級神具よ?」
「え……えぇっ?嘘っ!」
「あ……それと近々邪教討伐があるみたいなので、俺も参加します。もしかすると大事になるかも……」
「……相変わらずね、貴方は」
「ア、アハハ~……」
久々の再会ながらもライが変わっていないことに安堵したリーファム。同時に言い様のない不安も拭えない。
ともかく、ライの居城……新たな同居人としてエイルが加わった。ライの暮らしはまた賑やかになることだろう。
しかし、そんな平穏は長くは続かない。脅威の気配はライのすぐ側まで迫っていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます