第六部 第六章 第三十一話 魔人の少年


 トラクエル領にて再会を果たしたフリオ。その対話で新たに分かったことが幾つかあった。



 まず、フリオが所属していた『ノルグー第三騎士団』は人員を半分に分けたらしい。

 半分をトラクエル領主となるフリオに同行させ、残りを新団長ディルムに任せたという。後はトラクエルの騎士側も同数ディルムの騎士団側に配置換えしたそうだ。


 因みに、フリオの話ではトラクエル騎士団長は二本柱なのだという。

 先程のポールも実は騎士団長の地位にあるそうだ。もう一人は元からトラクエルの騎士団長であるバスティラという男が存在し、ポールと同一権限を持つらしい。


「ポールさん、騎士団長だったんですね……出世してんなぁ」

「【英傑公】様が何言ってやがる。それに、シュレイドなんか『独立遊撃騎士』だぜ?アイツが第三騎士団じゃ一番の出世頭だよ」

「そう言えば、シュレイドさんはマリーから修行受けたんでしたね……」

「実は第三騎士団はお前との縁もあって、優先して修行を付けて貰ったんだよ。勿論、俺もな?」

「じゃあ、腕上げましたね?時間があったら手合わせします?」

「今は手合わせっつうより手解きだろうな。こうしていてもお前の力が分かるよ。すっかり逆転されたな」

「ハハハ……。一応分身なんですよ、今フリオさんと会ってるのは」

「………はい?」


 分身の話は知らなかったらしいフリオ。若干笑顔が引き攣っていた。



 更に話を続けると、新たな事実としてレオンの側仕え従者・トレムス少年の素性に関しての話に……。


 トレムスは、元トラクエル卿・ラダックの子息──。

 トラクエルの一族は有能……そう判断したレオンは、爵位を取り上げられたトラクエルの血縁の保護をクローディア女王に願い出た。その後、許可を受けたレオンはトレムスに騎士見習いの地位を与え側仕えにしたのだという。


「流石、レオンさん。懐が深いですね……」

「お前、トレムスに会ったんだろ?どう思った?」

「真面目そうでしたが、少し陰がありましたね。でも、理由を聞いて納得しました」


 レオンとしては次代を背負う人材になって欲しかったのだろう。応えられるかはトレムス次第といったところだ。


「ラダックの家族はトレムス君だけですか?」

「いや……。奥方……それと娘が二人居た。目立つと困るだろうと父上がエノフラハに邸宅を用意していた筈だが……」

「て、ことはレダさんが対応してますよね。それなら好都合か………」

「ん?何が好都合なんだ?」

「挨拶回りにですよ。今、レダさんのトコにも分身が居ますから……」


 ライが何か企んでいることは理解できたが、今や忠告するほど頼りない相手でも無い。取り敢えずその辺りはスルーして話を続ける。


「ライ。お前に話しておくべきことがある。実はな……」

「………パーシンのことですね?今、リーブラ出身の人とトシューラ国に潜入している」

「!?……何で知ってる?」

「つい先刻さっき、分身の一つが知り合いの魔女さんに聞きました。魔獣騒ぎに乗じて乗り込んだのに、俺が殲滅しちまった……。スミマセン、フリオさん」

「いや……俺が行けと言ったからパーシンは従った。考えが甘かったのは俺の方だ」


 魔獣が簡単に殲滅されるとは思わなくて当然……流石にフリオのせいではない。

 ともかく、現状のパーシンがどこかで足止め等を受けている可能性はある。いや……もしかしたら焦るあまり無理に乗り込む可能性も無視できない。


 更にいうならば、いつまた魔獣アバドンが現れるかという危険性も消えないのだ。迷っている場合ではない。


「フリオさん……。俺は今からパーシンを追います」

「追うって……お前……」


 トシューラにとってライは艦隊を沈めた『御尋ね者』……。魔の海域で殲滅した艦隊には生き残りが居るというから、ライの風体は周知されているだろう。


「まぁ、姿は幻覚魔法で幾らでも変えられますから大丈夫ですよ。それより……トゥルクへの査察の件は聞いていますか?」

「邪教の件だな……連絡は受けている。トラクエル領内でも拿捕した」

「そうですか……。実はトゥルク……プリティス教の教主は魔人の可能性もあります。そっちに労力を取られるとパーシン達を手助け出来なくなる可能性もある。だから、トシューラ王都へ乗り込むのは査察が終わるまで待って貰おうかと……」

「確かにその方が良いが……パーシンがどう出るか……」


 ようやく妹達を救える機会を得たのだ。最悪の場合、パーシンが制止を振り切るかもしれない。

 だが、ライはパーシンならば大丈夫という確信がある。折角の機会ならばこそ、より確率が高まる方を選ぶ筈だ。


「パーシンなら分かってくれます。ただ、トゥルクの査察は先伸ばしにしない方が良いと思うんです。第二、第三の魔獣騒ぎが起きる可能性がありますし……」


 プリティス教は既に魔獣絡みの騒動を二つ起こしているのだ。


 一度目は未遂に終わったノルグー。そして二度目はトシューラ国内の『魔獣アバドン』の出現と、赤い魔獣の出現。

 特に二度目は、プリティス教司祭メオラ自身が魔獣の力を振るったのである。プリティス教は魔獣を呼び出し利用する術があると考えても良いだろう。


 更にライが心配しているのは、生死不明の魔王アムド──。

 アムドは魔獣を魔力源に利用した魔法までも使用出来る。もし生存していた場合、トゥルクを手に入れようとする可能性も、出現した魔獣を奪う可能性もあるのだ。


「とにかく、トゥルク査察の日付けは間も無くエクレトルから通達されるでしょう。その前にパーシンと会って打ち合わせをしようかと……。それと、フリオさんの気掛かりを消しておきましょうか……」

「気掛かり?」

「ホラ……トシューラの難民を襲ったってヤツですよ。ソイツらが集結してる場所はもう探ってあるんでしょ?」

「ああ……」

「じゃあ、騎士団を十人程借してください。それが解決したらそのままパーシンの元に向かいますから。アムル……シルヴィとトウカを蜜精の森に頼める?」

「わかった」


 シルヴィーネルとトウカは行動を共にすると申し出たが、ライはそれを諭した。


「トシューラってのはヤバイ奴が居る国なんだよ。それに皆もそろそろ居城に戻る頃だと思う。新しい同居人も増えたから皆にはソッチで顔合わせをしておいて」

「ですが、ライ様……」

「目の前に居る俺は分身だし大丈夫だよ、トウカ。本体も城に戻るから……頼むよ」

「………。わかりました」

「シルヴィも頼む。何があるか分からないから、今後ドラゴン達との連携も必要かもしれないしね?」

「わかったわ。……。結局アタシはただ付いて来ただけだったわね」

「そんなことはないよ。特にノルグーの墓参りでは居てくれただけで助かった……」

「ライ……」

「それじゃアムル……頼んだ」


 困った様な視線を向けるアムルテリアの頭を撫で頷くライ……。意を汲んだアムルテリアは、そのままシルヴィーネル、そしてトウカと転移して消えた。


「さて……じゃあ、急ぎましょう。それと、その後でフリオさんも俺の居城に来て貰えますか?」

「それは構わんが……ここからシウトまで半月掛かるぞ?」

「大丈夫ですよ。その指輪使えば連続二回は即時転移出来ますから……」

「…………。ってことは、コレ……本当に神具なんだな?」

「勇者、ウソツカナイ!」




 ライのそれからの行動は素早かった……。




 騎士団長ポール以下十五名を率い過激派が潜むという森の遺跡に向かうと、ライは幻覚魔法 《迷宮回廊》を発動。


 最早、並の人間ではライの魔法に抵抗することは不可能となっている。遺跡の中、呆然とする者達をトラクエル騎士団は難なく拿捕し連行となった。



 但し──並の人間以外は別……。


 遺跡内にはライの幻覚魔法に抵抗した存在が身構えていた……。



「なぁ、ライ……あれ、子供だよな?」


 遺跡の奥──ポールが指差した先に居たのは、十歳程の褐色の肌をした少年。

 異国の装い……それは砂漠地帯で見掛けるような軽装。頭にターバンを巻き、赤いベスト、ダップリとしたアラビアンパンツを腰帯で縛っている。


 だが……その手には、大人でさえ持ちあがらなそうな曲刀の大剣を構えていた……。


「おい!何で邪魔すんだよ!」


 叫ぶ少年。ライの魔法に抵抗した時点で並の存在ではないが、寧ろライはその正体に驚いていた。


「ペトランズ大陸に天然の魔人……しかも子供……」

「ま、魔人?本当か?」

「ポールさん……コイツ、俺が預かっても?」

「あ、ああ……。フリオさんからも好きにさせろと言われてる。でも、どうするんだ?」

「色々聞きたいことがあるんです……。もしかすると難民への暴行、コイツが原因かもしれないし……ポールさんは一先ず他の人達を連行して下さい」

「わかった」


 ポールは別れを告げダルグの街へと引き返して行った……。


 残されたライと魔人少年は互いの様子を窺いつつ会話を始めた。


「なぁ……お前の名前は?」

「名前を知りたきゃ先に名乗るのが礼儀だろ?」

「確かにそうだ……悪かった。俺はライだ。ライ・フェンリーヴ。お前と話がしたい」

「………オイラはアーリンドってんだ。なぁ、お前……何で邪魔すんだよ。トシューラの人間は悪党だろ?」

「う~ん……それは、トシューラの人間は悪党なんじゃなくて『トシューラの中にも悪党がいる』だけだろ?」

「同じだろ!トシューラは悪い奴らだ!だからブッ飛ばす!」


 かなり極論に振り切れてるアーリンド。幼い故か……いや……恐らくは別の理由……。


「あのなぁ、アーリンド……」

「オイラの国はトシューラに壊された。家族もバラバラになってオイラ一人になった……だから……」

「仕返しか?」

「悪いか?」

「いや……でもなぁ……」


 ライはしばし考えたが、そもそも説得出来るのか分からない。結局、時間も惜しいので手早い決着を選択した。


「良し……じゃあ勝負ね?俺が勝ったらアーリンドは俺に大人しく従う。アーリンドが勝ったら好きにして良いよ。何なら部下になってやる」

「何でそんなことしなくちゃならないんだよ!」

「だって……ここは俺の暮らす国だし?普通、人ん家の庭先で暴れられたら迷惑だろ?それともアーリンドはトシューラと同じことをするのか?」


 アーリンドがこの言葉に乗ってくるのは直ぐに想像が付いた。嫌悪の対象と同格扱いされて無視できる程アーリンドは大人ではないのだ。


「………。分かった。でも、オイラが勝ったら部下として命令を聞いて貰うからな?」

「あいよ」


 アーリンドの同意と同時にライは姿を消した。


 流石に反応出来なかったらしく、アーリンドはキョロキョロと周囲を見回している……。

 その背後を妖しい笑顔の男がピッタリと張り付くように移動しているが気付かない。


 そして……幻覚魔法を込めた手刀がアーリンドの脳天に炸裂した。


「グヘッ!」


 今度はあっさり昏倒したアーリンド……。その小さな身体を肩に担いだライは、新たに分身を生み出し転移魔法で蜜精の森居城へと向かう。


(ハハハ。結局、二度手間か……。だけど仕方無いよな……)


 このまま放置するより居城に置いておいた方が面倒事は少ないだろう。アーリンドには色々と聞きたいこともある。



 そして、もう一体の分身はそのままトシューラ国へと飛翔しパーシンの元へと向かう。



 少しづつ慌ただしさを増す中で突然現れた天然魔人の少年、アーリンド──。

 一時的とはいえ、彼もまたライの同居人になる運命だった……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る