第六部 第六章 第三十二話 妹と義妹
視点は再びライ、マーナ、アリシアのエクレトルルートへと移る──。
ライとクリスティーナの手合わせは唐突に終了した。
原因は手合わせの中での『魂達の再会』──それはクリスティーナの闘争心を幸福感に変えてしまったのだ。
クリスティーナ自身は魂から湧き上がるその感情に幾分戸惑っている様子。そしてその感情を否定することが出来ず大胆な行動に出た事実が、クリスティーナに益々行動を起こす勇気を与えるのだ。
(お姉様もこんな気持ちを感じていたのですね……?)
クリスティーナの姉ナタリアの変化──その理由が今ならば解る。
クリスティーナが望んだのはライの傍にいること。ライの居城にて同居人に加わることは取り敢えず修行名目として容認された。そんなクリスティーナがライの反応に若干不満であることなど『鈍感勇者』は当然気付かない。
そして……クリスティーナとは対照的に、ライはそこまでの昂りを感じることが出来ないでいた。
確かに幸福感がない訳ではない。不思議な安心感、懐かしさ、愛おしさがあることに戸惑ってもいる。
だが……『心が満たされる』とまではいかなかったのだ……。
それは、もう一人のライ……幸運竜ウィトの口にした『変質』が関係していることなど知る由もない。
三百年離れていた『魂の伴侶』の再会──本来意図して果たせるものではないそれは、今後も幾分の波乱を含むこととなる……。
「ふむ……結局、隠れた実力は見られなかったか」
皆の元に戻ったライとクリスティーナ。その手合わせを見守っていたアスラバルスは、少しばかり残念そうだった。
ライはこれに苦笑いで応えるしかない。
「アハハハ……ま、まぁ手合わせですから、こんなものですよ。それより……クリスティは凄いね。【御魂宿し】にしてもあの魔力は桁違いだ」
ライに寄り添うように立つクリスティーナは、誉められていることが素直に嬉しいようだった。
「い、いえ……
「そっか。メルレイン……は聞こえてるのかな?」
ライの呼び掛けに反応した聖獣メルレインは念話で答える。
『ええ。初めまして、ライ。私はメルレイン……クリスティの契約聖獣よ。そして以前はあなたの兄・シンと契約していたわ』
「兄さんと?へぇ……それはまた……」
『不思議な縁ね、フフフ』
そこでクリスティーナはポン!と両手を合わせた。
「そうでした!シン様はライのお兄様なのでしたね」
「クリスティも兄さんを知ってるの?」
「知ってるも何も、シン様は私のお姉様と
「マ、マジですか……?」
「ええ。嘘は吐きませんわ」
が……ここである事実に気付いたクリスティーナは、思わず固まった。
ライの兄・シンと、クリスティーナの姉・ナタリアの婚姻……それはつまり───。
「じゃあ、俺とクリスティは兄妹になるのか……」
そう……。
義理ではあるが続柄は兄妹……その事実にクリスティーナは混乱した。
「あ、ああ、あ、飽くまで義理の兄妹ですから!大丈夫ですぅぅぅ~っ!」
「うぉっ!ど、どしたの、急に?」
「もうっ!もうっ!も~うっ!」
「????」
クリスティーナの態度に今度はライが混乱する結果となった……。
クリスティーナが落ち着いたのは、義理の兄妹でも直接の血縁ではないので婚姻は可能だと思い出してからである。
「という訳でクリスティも同居することになったけど……引っ越しの準備はどうする?」
「はい。私、所持品は手荷物程度なので……あとは現地で揃えられれば大丈夫です」
「そう。じゃあ大丈夫かな……。あ!アスラバルスさん。クリスティやイグナース達を連れていっちゃっても問題はないですか?」
クリスティーナ達を引き抜くつもりではないが、駐在戦力が減ってはエクレトルの訓練に差し支えるかとライは気になった。
「問題はあるまい。皆、【ロウドの盾】には残るのだろう?」
クリスティーナ、イグナース、ファイレイの三名は頷いた。己の役割は役割として自覚しているのである。
「ならば問題はあるまい。寧ろライとの修行は良き導きになろう。他に希望者が居れば頼みたい程だ」
「そうですね……。メトラ師匠やアムルに訓練の場と移動方法を相談してみます」
「済まぬな。……。今後も頼りにしている、勇者ライよ」
「はい。それでは、また」
アスラバルスと固い握手を交わしエクレトルでの挨拶を終えたライ。
クリスティーナやファイレイ達に余分に用意していた腕輪型【空間収納庫】を手渡し支度を待つ。
準備が整い、いざ出発……と思いきや、エルドナが再度登場。
「あ~、居た居た。良かった、間に合ったわ」
「エルドナ……どうしたの?」
「早速装備の一つが出来たから渡しにね?はい、アリシア」
エルドナが手渡したのはアリシアの装備。それは金のペンダントと丸盾……。
「『アトラ』の様な自我はまだ無いけど、性能はかなり近いと思うわ。後はアリシアに合わせて進化していくから」
「エルドナ……ありがとう」
「まぁ、親友優先しちゃったけど役得ということで。皆の装備はも少ししてから纏めて渡すからね。あ、マーナちゃんとイグナースちゃんの鎧も置いてってね?」
親友アリシアの為に大至急用意した竜鱗装甲は、実は以前から用意していた物に機能を追加・再調整した品……そこにはエルドナの友情が垣間見えた。
そんなエルドナ……アリシアに手招きし耳元で囁く。
「頑張りなさいよ、アリシア。天使だからって遠慮する必要はないんだから、ガンガン行きなさい!」
「………。な、何の話をしているの、エルドナ?」
「何って、ライちゃんのことに決まってるでしょ?応援してるわよ!」
「わ、私は別に……!」
「……じゃあ嫌いなの?」
「き、嫌いじゃないわよ……でも、まだ出会って間もないのよ?わからないわ……」
「ふぅ~ん……でも、アレも出会って間もない筈だけど?」
エルドナが指差したのはクリスティーナだ。
今日出会ったばかりのクリスティーナは、ライに寄り添い実に幸せそうだった……。
「…………」
「まぁ、いきなりあの娘みたいになれとは言わないけど、ちょっち自分の気持ちを考えてみたら?それで嫌ならライちゃんの監視の任を解くから」
「……エルドナ」
アリシアにはまだ自分の気持ちが分からない。出会ってからの時間が短いこともあるが、ライの周囲にはライへの好意を持つ者が多いのだ。そこで張り合う、ということが自分に出来るとも思えない。
しかし、アリシアは他の誰よりライの内面を見ている。
他者への優しさや気配りが偽りのものでないことも、自らの苦しみで他者が悲しむことを嫌いそれを一人で抱える脆さも知っているのだ……。
アリシアには『ライを支えることが出来ないか?』という気持ちが僅かに生まれていた……。それがアリシアの役目だと思い始めていたのもまた事実。
一方……エルドナがわざわざ話を切り出し煽るのはメトラペトラの影響である。
エクレトル来訪の折、ライの不安定さを支える必要性をアスラバルスとエルドナにだけは伝えたのだ。それ故の発言ではあるが、エルドナにはアリシアが満更で無いように見えたらしい。
後は時がその気持ちをどう育てるか……結果はまだ先の話……。
そんな天使達の会話とは対照的に、火花を散らす挨拶も行われている。
「マーナ様。宜しくお願致します」
「……。ええ、よろしく」
ガッシリと組まれた握手……マーナは容赦なくギリギリと力を込めた。
痛みに悲鳴を上げそうになるクリスティーナは、その一瞬でマーナの意図を理解。より強い力で握り返す。
お転婆で負けず嫌いの二人──似た者同士、この瞬間互いをライバルと認定……。今後何かと張り合うことになる。
『竜人 対 御魂宿し』──妹と義妹による『お兄ちゃん争奪戦』の火蓋は切って落とされた……かは分からないが、この対立にライが巻き込まれるのは言うまでもない……。
そして今度こそ次の目的地……の筈が三度目の制止が入る。
「あ、あの……ライ?」
「何、クリスティ?」
「じ、実は寄りたい所があるのですが……」
「ん?別に良いけど、何処に?」
「トォン国です。そこに居るルーヴェストという方に引っ越しのご挨拶をしたいのですが……」
『三大勇者』の一人【力の勇者】ルーヴェストは、ライですらその名を知る人物。寧ろ是非もない申し出だ。
しかし、それを拒絶する者が若干名……。
「お兄ちゃん、私はパス」
「マーナ……」
「私も申し訳ありませんが……」
「??アリシアまで……もしかしてルーヴェストって人は人格に問題あるの?」
この言葉には皆、微妙な表情を見せた。見兼ねたファイレイが冷静な分析をライに伝える。
「ルーヴェストさん自身は兄貴分といった感じの好漢です。ただ……」
「……?」
「その……だ、誰にでも肉体を見せたがるので……特に女性には不人気ですね……」
「………プッ!アハハハハ!」
【力の勇者】だけに筋肉自慢が凄い……しかも兄貴分的となれば、寧ろライの興味を駆り立てる人物である。
しかし、確かに女性には少々刺激が強いかもしれない……。
そこでライは、もう一体分身を発生させ二手に分かれることに。
トォン国にはクリスティーナ、イグナース、ファイレイが……そしてラジックの元にはマーナ、アリシアが同行することになった。
今回は両方ともライが行ったことのない土地……その為、直接転移は出来ないので飛翔で移動となる。幸い全員飛翔出来るので問題は無いだろう。
そして改めてアスラバルスとエルドナに再会を約束し、いざ出……。
「………も、もう大丈夫だよね?」
三度も引き留められたライは、恐る恐る確認しつつようやくの旅立ちとなった……。
向かう先はトォン国・シシレック、及び魔の海域の小島。どちらも《千里眼》で場所は確認している。一同は颯爽と飛翔し飛び去った。
「……フッフ。賑やかなことだな。エルドナも付いて行きたかったのではないか?」
「いえいえ。私には研究が出来るエクレトルこそが最高の居場所ですから」
「そうか……」
勇者ライのエクレトル来訪は今後も増えるだろう。それが楽しみになったことはアスラバルス当人だけの秘密となった……。
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