第六部 第六章 第三十三話 力の勇者との邂逅


 エクレトルから二手に分かれトォン国に向かった側──ライ(分身)、クリスティーナ、イグナース、ファイレイの一行は、然程時間を取られず国境の街に到着した。


 本来存在するエクレトルの結界は、アスラバルスの計らいによりライ達を対象外とし移動の妨げにはならなかった為である。


 そうして到着したトォン国シシレックの街……国境の街周囲の森は、他国より早い冬の訪れを備えた一面の紅葉になっていた……。



 交易都市・シシレックはトォン国流通拠点である。


 各国の流通ルートの中で最も安全なエクレトル交易路は、魔物の危機が無いに等しい。だからこそ大量の荷物を運搬することが可能だった。


 そんなエクレトル交易路は各国一ヶ所づつしか入り口が存在しない。それはエクレトルの方針により入国人数が厳しく制限されている為である。


 そんな事情で、真っ先に大量の商品が手に入る地は必然として栄えることになる。シシレックもその例に漏れなかった。



「う~ん……活気があるのは良いんだけど、あちこちに馬車があって狭いなぁ。子供なんかには危ないな……」

「シシレックは元々防壁の要だったので壁に囲まれているんです。そこが交易路として栄えたので……」

「それで狭くなったのか……良く知ってるね、ファイレイ」

「ふ、普通ですよ」


 エグニウス大賢人の孫だけあって博識なファイレイ。感心するライの言葉に幾分照れている様だ。


「さて、それじゃルーヴェストさんだけど……皆は面識あるんだよね?」

「はい。皆、【ロウドの盾】で……私などは最初に救って頂きました」

「救って貰ったって……」


 ニルトハイム公国に起こった悲劇はライも聞いている。アステ国境でシンとルーヴェストが魔王と戦ったことも。

 しかし、その陰にあったクリスティーナの過去は初耳だった。


「ゴメン……。辛かったね、クリスティ」

「……いいえ。確かに辛い過去ですが、お姉様が無事だったので……そうでなければ私は壊れていたかも知れません。私自身もシン様やルーヴェスト様に救われたのです。だから……強く生きないと」


 か細い身体にも拘わらず気丈なクリスティーナ……ライは思わずその頭を撫でた。


「強いな、クリスティは……でもね?俺に出来ることがあれば遠慮しないで言ってね?」

「……ありがとうございます、ライ」

「そうとなったら益々ルーヴェストさんに会いたくなったよ。クリスティを助けた恩人なら尚更に、ね?」

「はい!」


 魔王級の敵を易々と無力化させたという【力の勇者】ルーヴェスト。

 能力も人格も申し分無いのであれば、出会いの縁にも大きな意味がある筈……ライは益々ルーヴェストに対して興味を持った。



 そして、辿り着いたのは比較的小さな酒場『エルベの酒場』──。


 ペトランズ大陸の食堂は大抵酒場を兼ねているのだが、その店は酒場側寄りで昼間から呑んでいる者が多い。


「うわぁ……。呑兵衛だらけだ……」


 ファイレイの話では、今はトォンの数少ない名産である火酒製造を終える時期だという。今年は魔獣騒ぎでまだ祭りが行われていないので、待ちきれない者達が先に呑み始めているのではないかという話だった。


 因みに……トォンの火酒は交易用ではない。トォン国の人間は長い寒冷のある土地柄も加わり、一年を掛けて大量の酒を消費する。その為トォンの火酒は殆ど国外に出回らず、わざわざ他国の酒好きが足を運んでまで呑みに来るという。


(……後でメトラ師匠に買っていかないとね)


 そんなことを考えながら店内を見回せば、店の一角には妙に人集りが出来ていた。


「ん?何だろ?」

「多分ルーヴェスト様です。あの方は勝負が好きで度々ああしてるんですよ?」


 人を掻き分けた先では二人の男が向かい合っていた。


 一人は少年……イグナースよりも若い男は酒場に似合わぬが、客の会話からはルーヴェストと勝負する為に毎日来訪しているらしいことがわかる。


 そしてもう一人……筋肉隆々の大男。赤茶の髪の男は、簡素な服で腕を組み仁王立ちしている。

 ライには彼が【力の勇者】ルーヴェストであることが一瞬で判った。纏装など展開はしていないが強者の佇まいというのは判る者には判るのである。



「本気で来い、少年!もし俺から呻き声一つでも引き出せたら、あの金はお前のものだ!」


 ルーヴェストが指差したテーブルには結構な額の賭け金が積まれている。


「金は要らない!俺はアンタに少しでも挑みたいんだ!」

「その意気や良し!ならば見せてみろ!」

「行くぞ!」


 少年は仁王立ちしているルーヴェストの腹を思い切り殴り付けた。が、やはりルーヴェストは微動だにしない。

 逆に少年は殴った自分の手が痛かったのか、手をプラプラと動かしている。


「ハッハッハ!どうした!チャンスはまだあと二回もあるぞ?」

「くっそぉ!このっ!」

「効か~ん!最後だ!もっと魂を燃やせ!」

「うおぉぉぉりゃあっ!」


 少年の全力の拳は、ルーヴェストの鋼鉄の腹筋を打ち破ることは出来なかった……。


「うぅ……。手が……」

「ハッハッハ……まだまだ鍛練が足りないな。人間の筋肉ってのは殴るには柔らかい方だぞ?ま、俺の筋肉は最強だがな?これを読んでお前も最強筋肉を目指せ」


 手渡したのは『筋肉至上主義・男から筋肉は奪えない(上巻)』……勿論サイン付きだ!


 そして自慢げに腕を掲げ勝利を示すルーヴェスト。しかし、彼には称賛ではなく常連客のブーイングが浴びせられる。


「大人気ないぞ、脳筋勇者~!」

「全くだ!勝負してんの勝てる相手ばかりじゃねぇか、この銭ゲバ野郎~!」

「ちったぁ負けてやれよ!ガキか、お前は!」


 罵声を浴びながらも目を閉じ頷いているルーヴェスト。やがて豪快に笑い始めたと思いきや、殺気を孕んだ纏装を放出……常連客は全員意識を刈り取られ気絶した。

 先程の少年や無関係の客も全員巻き込まれていることにライ達は呆然とするしかない……。



「良し、静かになったな!ハッハッハ!」


 力による圧倒……しかし、ルーヴェストは実に満足そうだった。


(お、大人気ねぇ……)


 良く言えば豪快、悪く言えば粗暴……ライとその同行者達は生温い視線を隠せない。



 だが、そんなルーヴェストの後頭部を張り倒す者がいた……。


「こんのアホ━━っ!客を気絶させんなって何度言ったら分かるんだ!」


 酒場の主・カペラは勢い良く捲し立てる。しかし、当のルーヴェストは不思議そうな顔で周囲を確認している……。


「……。おかしいな?誰が殴ったんだ?」

「アタシだ、アタシ!いい加減にしろ!」

「何だ……カペラちゃんでちたか~?ちっちゃくて見えまちぇんでちたよ?」

「くっ……この筋肉アホウ」

「何?筋肉が見たい?待ってろ!今、最高の仕上がりを見せて……」

「や~め~ろ~!暑苦しいんだよ!それより客だ!どうすんだよ、コレ!」


 口から沫を噴いている酒場の客達。だがルーヴェストは全く気にしていない。


「ん~?その内起きるだろ?」

「くっ……殴りたい!」

「それより、他にも客だぜ?」


 そうしてライ達に視線を向けたルーヴェストはクリスティーナに気付く。クリスティーナやイグナース達と顔見知りとあり、ルーヴェストは満面の笑顔で近付いて来た。


「よう!どうした、お前ら?珍しいな!」

「ご、ご無沙汰しております、ルーヴェスト様。実は引っ越しして別の場所で修行をすることになりましたので、ご挨拶に参りました」

「引っ越しして修行?イグナース……お前らもか?」

「はい。ファイレイと三人で、こちらのライさんのところでお世話になることに……」

「ライ……だと?」


 その名に反応を示したルーヴェスト……。


 魔王アムドを退けた際、遠巻きながらもその姿を確認していた白髪の男が確かにクリスティーナの傍に立っている。


 そして、ライとルーヴェスト……互いのその視線が交差した時、男達は突然上着を脱ぎ始めた……。


「きゃあ!な、何ですか、急に……」


 悲鳴を上げるクリスティーナを気にも止めない勇者二名は、そのまま無言で互いの筋肉を強調し始めた。


 首、肩、腕、胸、背、脚部、そして腹部……次々にポーズを決めながらピクピクと筋肉を動かし、時にリズミカルに……そして時に、その力強さを溜めるかの様に肉体美を晒し合った。


 しばらくそんな状態が続いた後、突然ライとルーヴェストは固い握手を交わす。


「フッ……やるじゃねぇか」

「ルーヴェストさんこそ……」


 何やらいきなり互いを認めた二人。他の者達は生温い視線を送るばかりである……。


 流石に意味がわからないのでイグナースが確認すると、ルーヴェストは一目で呆れていると判る表情を浮かべ肩を竦めた。


「馬っ鹿……イグナース、お前は男だろうが?『筋肉語』が分からねぇでどうすんだ?」

「き、筋肉語?」

「仕方ねぇな……。良いか、良く見てろよ?俺がこう、大胸筋を……『こんにちは』って動かすとだな?」

「俺が上腕二頭筋と三角筋で『初めまして』……って応えたんだよ」

「へ、へぇ~……」


 訳分からん!筋肉語って何ぞ?とイグナースは混乱した……。


「で、互いに筋肉で語り合ったのさ。筋肉は嘘を吐かねぇからな?」

「お陰でルーヴェストさんの人となりが分かった訳さ。ホラ……イグナースも」

「え?え~っと……」


 ファイレイに救いの眼差しを向けたイグナース。当然ファイレイは“関わったら負け”という視線を送りつつ首を振っている……。


 そこへカペラの救いの手が入る。


「良いから客を起こせよ!商売になんないだろ!」

「ちっ……仕方無いな」

「あ、ルーヴェストさん。それなら俺が……」


 先程ルーヴェストがやった様に纏装を放出。但し、殺気ではなく精神回復魔法を込めたもの……酒場の客はムクリと起き上がり呆然としている。


「あ、あれ?俺は何を……呑みすぎたか?」

「それよりヤバイぞ!昼休みがとっくに過ぎてる!カペラちゃん!また来るからツケといてくれ!」

「わかった。気を付けてな~?」


 凡そ半数の客が足早に店を去っていった。残りの客は再び酒を注文し賑やかな雰囲気に戻る。


 幾分広くなった店内にてルーヴェストとライ達の会話が始まった。


「カペラ様。ご無沙汰しております」

「クリスティちゃん、それとファイレイちゃんとイグナース君。久しぶり。まぁ、こんな酒場じゃ滅多に会わないよな?」

「いえ……修行に専念していたので……。申し訳ありません」

「ハハハ。謝ることじゃないよ、ファイレイちゃん。まぁゆっくりしていきな」

「はい。ありがとうございます」

「それとそっちの新顔さん。あんまりルーヴェストみたいな真似しないでくれよな?」

「アハハ~……以後、気を付けます~」


 子供の様な容姿にして男のような言葉遣いのカペラではあるが、クリスティーナの姉貴分としてルーヴェスト共々頼れる存在だ。



「それで……クリスティ嬢ちゃんはライのトコで修行すんのか……」

「はい。是非にとお願いしました」

「ライよぉ?お前は指導者として自信あんのか?」

「俺は手合わせ程度に徹しますよ。ウチにはマリーとメトラ師匠が居ますから」

「マリアンヌか……メトラ師匠てのは?」

「大聖霊です。俺の魔法の師匠ですから……」

「ふぅむ。成る程な……」


 しばし無言のルーヴェストは唐突に申し出る。


「良し。ライ、俺と手合わせしろ」

「?……良いですけど」


(……エクレトル側の挨拶は手合わせ続きだな)


「ん?どうした?」

「いや……何でもないです」



 またもや手合わせ……但し、トォン国・シシレックにて行われるのは『三大勇者』にして【力の勇者】と名高いルーヴェストとのもの。


 それは、ライが世界最強格と並ぶ存在だと再認識させられる手合わせとなるだろう……。


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