第六部 第七章 第九話 精霊人


 聖獣に導かれた異空間を進むライ達は、やがて街の入り口に到着した。



 空は青く、木々が生い茂り、蝶なども飛んでいるその場所は、やはり現実世界と見分けが付かない。敢えて言うなら幾分静かな気がする。



「………異世界じゃなく異空間──なんだよね、フェルミナ?」

「はい。異世界には神が存在します。どんな神でどんな立場かはまちまちらしいですけど……。対して異空間は飽くまでロウド世界の中に新たな空間を生み出したものです。だから、ここはロウド世界でもありますね」


 空間魔法でロウド世界上に生み出したものらしいが、大聖霊契約を遮断する程の空間であることにフェルミナも驚いているらしい。

 大聖霊はロウド世界の法則……通常ならば遮断することなど神の力でしか成し得ない。


「でも、それじゃあフェルミナが居ないアッチの世界がおかしくなるんじゃ……」

「それが……流れる力だけを遮っている様です。世界法則には干渉してはいないみたいですね」

「それはまた……面倒な様な、安心した様な……」


 恐らく異空間内に居る者を守る為にそう設定したのだろう。その辺りを察すれば理解しない訳には行かない。


(まぁ、ともかく進むしかないか……)


 アーリンドを聖獣ムクジュの背に乗せて移動を始めたライ、フェルミナ、スフィルカ。スフィルカは地上での行動の為に翼を収納している。


 そうして踏み込んだ街の中は……至って普通の活気付いた街だった。


「おや、珍しい!外からのお客さんかい?」


 入り口付近に出店を構えた中年の女性が楽しげに声を掛けてきた。その声で他の住民達も集まり始める。


「アンタ達も聖獣様に救われたクチかい?」

「いや……俺達は聖獣に頼んで人捜しに来たんですよ」

「人捜し?」

「はい。皆さん、デルセットの方ですよね?」

「そうだね……それ以外の人も居るけど」

「それ以外もって………。………。スミマセンが、此処に居る人口って判ります?」

「大体二万人くらいって聞いたよ?」

「に、二万人も………?」


 女性の話では、デルセットの民が異空間に入る以前から人が住んでいたとのことだ。

 何等かの理由で各地から避難しようとした者達は、危機に陥った際に異空間に迷い混むらしい。


 それでもデルセットの民は七千という少数国家。異空間が二万という人数に増えたのは割と最近とのこと……それは魔獣出現が原因なのだろう。


「じゃあ、トシューラの民も……」

「ああ。少なからず居るね」

「大丈夫……なんですか?」

「ん?ああ……聖獣様がちゃんと選んで救ってるのは分かってるからねぇ。ここじゃ皆、平等だよ」

「…………」

「まぁ、そろそろ増え過ぎて狭くなり始まっていたから今後は分からないけど……」

「そうですか……。……。ところでデルセット出身の方に会いたいんですが、どうしたら良いですかね?」

「こんな場所でもお役所はあるんだよ。人数の管理は必要なんだってさ。街の中央の塔……見えるかい?」


 女性が指差したのは石造りの塔。何となく平べったい印象がある五段の塔は、一見すると闘技場に見えなくもない。


「あそこには最初に聖獣様に救われた人達が居てね?色々と世話を焼いてくれるのさ。人を捜すならあそこで聞いてごらん?」

「分かりました……色々とありがとうございます」

「良いって良いって。……。ところで、その子が乗ってるのは……」

「聖獣です。俺は聖獣の友達がいっぱい居るんですよ」

「そうかい。それなら此処の聖獣様も寂しくなくなるかねぇ?」


 街の人々は皆穏やかな表情だ。外界と違い脅威も争いも少ない異空間は楽園なのかもしれない。



 そうしてライ達は、女性から教えられた塔へ向かう。道すがらは街の様子を確認しながらの移動となった。


「……食料などはどうしているのでしょうか?」


 スフィルカは市場の様子を見ながら疑問を口にする。異空間の広さは把握していないものの、二万人分の食料が確保できているのかはライも疑問だった。


 フェルミナはその概念力を使い確認を試みるもやはり効果は弱いらしい。それでも異空間内の命の量は把握したとのこと。


「土地の食料だけでは、やはり足りないみたい……」

「う~ん……じゃあ、どうしてるんだろ?」

「わかりません。ですが、恐らくは外から手に入れているのではないかと思います」


 時空間操作が可能なら外からの搬入も確かに可能だろう。それも予想の範疇を超えない訳だが……。


「まぁ、聖獣に会って聞いてみれば良いさ。それよりも最優先はアーリンドの家族だ。急ごう」


 しばらく進み街の中央の塔へ。警備は存在せず出入りは自由とのことで早速中へ。

 そこに居たのは礼服を着た人間と、不思議な容姿をした人ならざる者達──。


 人が素体ではあるものの形状的には【御魂宿し】の様な聖獣の特徴が具現化した姿……。しかも、全員特徴がバラバラで統一性が無い。

 共通の特徴は、若干足元が透けていて背中に光輪があることだろう。



 初めライはその者達を獣人だと思っていた。違うならば魔人かと……。

 しかし、フェルミナの言葉によりその種族の名を初めて知ることになる。


「精霊人……こんなところに……」

「精霊人?」

「聖獣と人の間には稀に子が生まれることは知っていますか?」

「メトラ師匠から聞いた様な気も……」

「彼らがその『聖獣と人の間』たる存在。生まれ付いての存在が聖獣側に片寄っている。そして、人の姿に近く格としては精霊格なので『精霊人』と呼ばれています」

「聖獣との間の……しかも精霊格……」


 ライが初めて知る存在……それはつまり、隠れて暮らしていることを意味していた。


「人との間に子を成せる聖獣や霊獣は、人型に近い姿を持つか人型に変化出来る聖獣です。それ以外では子を成すこと自体出来ません。加えて、元々人から隠れ住む聖獣……出会いの機会も含め精霊人が生まれるのは非常に稀なんです」

「……。でも、見た感じ二十人近く居るんだけど……」

「はい。だから私も驚いています……」


 フェルミナもこれ程の数の精霊人が集まっているのは見たことが無いらしい。


 更に聞いてみれば、精霊格なので寿命は無く不老……。普段は精霊体化して自然に溶け込んでいる者も居る為、精霊とも間違われ易く存在を特定出来ないだろうとのことだ。


 精霊格は基本魔力体……その力は上位聖獣並みということになる。もし力を振るえば魔王級であることは疑いようがない。



 そうなると精霊人の気性が非常に気に掛かる……と考えていたライだったのだが───。



「おんやぁ?キミ達、見ない顔だねぇ?新入りかい?」


 ライ達に気付き声を掛けてきたのは、桃色の鉱石で長い髪を飾る少女。仄かに紅いキトンを纏う胸元には、やはり桃色の鉱石を飾っている。若干足元が透けているので彼女も『精霊人』の様だ。


「どうも~。人捜しに来た勇者で~す。名前はライ・フェンリーヴ。宜しくお願いしま~す!」

「アハハハ!ワタシはクラリスだよ?宜しく宜しく~!」


 ガッシリとライの手を取りブンブン振り回す精霊人クラリス。彼女はかなりフレンドリーな性格だった。


「ん?勇者?でもキミ、人間じゃないよね?」

「まぁ色々とあって俺も精霊格なんですよ。あ……こっちは連れの大聖霊フェルミナと地天使のスフィルカさん。それとアーリンドです」

「へぇ~。……。えっ?大聖霊?」


 クラリスが驚きの声を上げると精霊人達が集まってきた。

 大聖霊という存在の知名度は精霊人達の中では非常に高い様だ……というより、実はフェルミナと顔見知りまで居た様で何かと昔話に花を咲かせている。


「………。流石、大聖霊様は超常存在には知名度抜群な訳だ」

「まぁね~。ワタシ達みたいな存在からすると、みんな寿命で通り過ぎちゃうから大聖霊様の様な存在に親しみを感じる訳さ!」

「成る程ね……」


 それはフェルミナも同じだろうと思いつつ、楽しげに会話する様子にライは少しだけ安堵した……。

 フェルミナにも昔話ができる相手が居たことはライにとっても嬉しいことだ。


 ライがフェルミナの様子を見守っていると、クラリスがその背中をバシバシと叩く。


「全く……優しい目で見守ってるじゃないか、キミは。それで?人捜しだっけ?」

「はい。実はデルセット出身の中で子供とはぐれた人を捜してるんですけど……」

「う~ん……ちょっと待っててね~」


 何やら魔石を取り出して覗き込んでいたクラリスは、お目当ての情報を探り当てたらしくアーリンドの頭を撫でながら確認を始めた。


「キミの家族かい?」

「うん」

「キミの名前は?」

「アーリンド」

「お父さんとお母さんの名前は?」

「ナバリッドとシェリエラ……」

「ふむふむ……じゃあ、ナザーフさん家の子だね?今、案内してあげるね」


 不安に満ちていたアーリンドの表情は一気に明るくなり、ライとスフィルカの顔を交互に確認している。


「良かったですね、アーリンド」

「うん!」


 慈愛に満ちた顔でアーリンドを撫でるスフィルカ。堕天した存在は慈愛が強い故に神にすら逆らった。スフィルカはアーリンドをさぞや心配していたのだろう。


「さて……じゃあ、ワタシはこの子を両親に会わせて来るとしますか。あ、キミ達は少し話がしたいから待ってて貰える?」

「え~っと……実は急ぎの用があるんですが……」

「悪いけどすぐには帰せないんだ。理由は戻ったら説明するからさ?」

「……仕方無い。待つことにしますよ」

「ゴメンね~?」


 ムクジュから降りたアーリンドはライの手を取る。その表情はようやく見せた満面の笑顔だった。


「ありがとう、ライ……兄ちゃん」

「良いってことよ……。修行、付けてやれなかったな。でも、家族といられるならその方が良いさ。元気でな、アーリンド」

「うん!」


 アーリンドは手を振りつつ何度も振り返りながら去っていった。


 家族の元で……そう口にしたライはスフィルカのことを考える。そしてスフィルカに改めて向き直り、ある提案を申し出る。


「スフィルカさん……」

「はい。何でしょうか?」

「もし、スフィルカさんが嫌じゃなければウチに来ませんか?同居人が結構居るので楽しいですよ?」

「えっ……?」

「いや、何て言うか……旅しているのって疲れないかなぁって。安心して休める場所があればスフィルカさんも気が楽かと……ウチの同居人は家族として接しているんで……」

「………」


 スフィルカは思わず微笑んだ。ライの気遣いなどあっさりと見抜かれていた。


 スフィルカが旅に出たのはエクレトル滞在に後ろめたさがあった訳ではない。スフィルカにとっては目が覚めた時点で時間が経過している世界──その変化を確かめたかったのだ。


「ありがとうございます……でも、もう少しだけ旅をしようと思います。私達の選択がどんな世界を生み出したのか知りたいのです」

「そう……ですか」

「でも、旅が終わったら一度ライさんのお家に窺います。その時、もし良かったらお世話になります」

「そ、そうですか?俺の家はシウト国北東の森の中です!いつでも来て下さい!」

「はい……ありがとうございます」


 ライの同居人はそれこそ種族も国も関係無しである。スフィルカが気兼ねをすることもないだろう。


 こうして増える同居人ではあるが、女性率が高いことは御存知の通り……。

 後にその辺りをロイやローナ、更にはティムにまで弄られるのは余談としておこう。



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